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「ねえ。さっきの女の人って、やっぱり問題あった?」
龍樹にお茶を出したついでに、実花は尋ねた。
「ああ。あの子、香織が嫌がってたっていう例の雑誌の関係者だったわ」
「ほんとに? ……やっぱりそうだったか」
見抜けないとは、私もまだまだってことか。なんだかちょっと、悔しい気分だ。
「すこし怪しいとは思ってたんだ。だけど男の記者だって聞いていたし、商品も熱心に見てくれていたし……、どうなのかなって」
「ま、害になるほどの情報も持っていなさそうだったから、放っておけ。あと、香織にはこの話、絶対にするなよ。あいつ、天ヶ瀬の山と種に関わることをすごく嫌がるから」
「お母さんには言わないよ。これ以上ぴりぴりされるの嫌だもん。……だけど伯父さま、ほんとによく分かるよねぇ。エスパーみたい」
「年中うちの山にこもってると、こういう勘だけは働くようになるんだよ」
いいのか悪いのか分からんがな。龍樹はぼそっと付け加える。
「ね。私、来年の夏休みは、天ヶ瀬の山仕事を手伝うつもりだから、そのつもりでいてよ。伯父さまの跡を継ぐのは、誰がなんと言おうと私なんだからね!」
「ちょっ……、おまえ、まだそんなこと言ってんの?」
龍樹は呆れたように実花を眺めた。
「やめとけやめとけ。香織が許すわけないだろ? 大体、実花は来年、受験生なんだからな。ばか言ってないで、まじめに勉強しろ」
話は終わりだとでもいうように、龍樹は急いで立ち上がった。
「雪で戻れなくなる前に、俺、帰るわ。あ、前田さんとはまたここで会うことになるから。日が決まり次第連絡するな」
「えっ。じゃあ」
「うん。あの人には、天ヶ瀬の種、分けてもいいと思ってる」
迷いのない声で言ったあと、伯父は悲しむような表情を浮かべた。
――それから。
都市伝説の取材云々については、情報不足だったのだろう。その後何ヶ月かにわたって、『ムーン』とかいう名の謎の月刊誌をウォッチしていた母によれば、該当する記事は何も載らなかったそうだ。
ちなみに、あの雪の日に店を訪ねてきた女の人は今でも時々店にやってきて、うちの商品のリピーターになってくれている。
……それはまあ、単純にありがたいことなのだけれど。
「あの時のおじさん、今日はいらっしゃらないんですか?」
店で顔を合わせる度に、彼女は同じことを尋ねてくるのだった。
「まだ何かお調べですか?」と、すまし顔で尋ねてみるのだが。
「いいえいいえ! そういうわけじゃないんです、けど……」
彼女の頬が、ぱあっと赤く染まる。
「何となーく、お元気かなぁ、って……」
毎度判で押したようにもごもごと答え、ごまかすように話題を変えられる。この前来たときは大学のロゴが入った封筒を手に持っていたし、友達の女の子と一緒に来店したときは、講義についての話をしていた。雑誌記者なのかと思っていたら、この人の本業はどうやら女子大生らしい。こんなに華やかで洗練された都会の女の人が、年中山にこもってばかり、数日同じ服を着ていても、風呂に入らなくても平気な顔をしている四十を過ぎたおっさんの一体どこに魅了されるのか。正直、わけが分からなかった。むろん、龍樹が普通の人とはちょっと、いやかなり違うということは、長年馴れ親しんでいる実花にはよく分かっているのだが。
遠い山奥に住んでいる龍樹自身は、当然ながらそんなことなど知る由もない。特に知らせるつもりもなかったが、彼女について話したところで、多分からかわれているとしか思わないだろう。
「じゃあ、また来ます」
そう言ったあと、その人は思い出したようにこちらを振り返った。
「あっ、今はほんとに何も調べていないので! 来るのは、普通のお客として、です」
ええ分かっていますよ、という代わりに、実花はにこりと笑う。
「次にお会いするときは、伯父が店にいればいいのですが」
わざとらしく水を向けてみると、彼女はもう一度盛大に顔を赤らめた。
「い、いや、そこはどっちでも、いいんですけどっ!」
上ずった声で弁明し、ぺこりと頭を下げると、慌てたように帰ってゆく。
年上の女の人にこんなことを言うのはどうかと思うのだが、めちゃめちゃ分かりやすい。そこがチャーミングで可愛い人、ではあるのだが。
……自分だけの秘密の宝物を、通りすがりの人に見つけられてしまったようで、正直、複雑。
「ご来店、ありがとうございました」
店頭に出て声を掛けると、彼女ははにかんだ笑みを浮かべ、実花に向かって小さく手を振った。
……うーん。やっぱり、だめだわ。
あんな笑顔を見せられちゃったら、心が狭くなるのも仕方ないよね。
――やっぱり、伯父さまには何も教えないでおこうっと。
彼女の華奢な背中を見送りながら、実花は小さく苦笑いを浮かべた。
都市伝説に会いにゆく 西乃 まりも @nishinomarimo
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