杉三長編 龍村の微笑

増田朋美

第一章

龍村の微笑

第一章

美術館。

展示会の会場。いわゆる高校生による、染色作品の展示会が行われている。

杉三「あーあ、今日もぱっとしないよなあ。」

蘭「それをいってはいけないよ。高校生なんだもん。」

杉三「だってさ、最近の作品は、真剣身がないんだよね。みんな嫌々ながら作品を作っている。」

蘭「どうしてそう思うんだ?」

杉三「作品の大きさでわかるの。みんな、ブックカバーとか、小さなものしか染めない。みんな、部活が面倒だと思っている人で、溢れているんだ。」

蘭「確かに、学校は、いまは、一番大事なものは、進学率に過ぎないということは認める。」

杉三「でしょ。学校は、百害あって一利なし。部活動だって、百害あって一利なし。部活で青春しようなんて、いまは死語になっている。そんなんじゃ、学校なんて、あってもなくてもおんなじことだよね。こんな展示会をしても、意味がないよなあ。」

蘭「まあ、ある意味ではそうかもしれないね。でも、学校の、名声をえるために、この展示会をしなければならないという事情もあるよね。」

藤吉郎「違うよ。」

杉三「違うって何がだ。」

藤吉郎「これ。」

杉三「これじゃわからないよ。」

藤吉郎「帯。」

杉三「へ?」

目の前には、袋帯が一本展示されている。牡丹の花を大きく染めたものであるが、一般的なボタンの花ではなく、ちょっと配置を変えた、個性的なもの。

蘭「へえ、龍村柄とは珍しい。」

確かに、日本を代表するデザイナーである、龍村平蔵がデザインしたものに似ている。

杉三「いや、これは、生徒作品ではないよ。顧問の先生か誰かのものじゃないの?」

蘭「きれいに作ってあるなあ。すごい上手だ。」

杉三「だから、そういうわけで、生徒が作ったものではない!こんなの、生徒が作れるはずはないし、作ろうとする気も、おこらないよ。」

蘭「いや、ここに、3年、野村遜とかいてある。」

杉三「それならなおさら変だなあ。三年生じゃ、受験で部活動どころじゃないはずだ。今さら言わせるなよ。真剣に部活をやるやつはいないよ。」

一人の男性が、三人に近づいてくる。

男性「違いますよ。これは確かに野村遜という男子生徒が作ったものです。」

杉三「ほ、本当にそうなの?」

男性「はい。私は、彼の所属する染色部の顧問をしていますから、よく存じております。彼は、真剣にこの帯を染めていました。」

杉三「でも、三年生じゃ、大学受験で、それどころじゃないはずだよ。」

蘭「杉ちゃん、そう決めつけない方が。」

男性「そうですね。確かに、一般的な人はそう考えますよね。」

杉三「その生徒はどんな人物像なんですか?」

男性「普通の高校生ですよ。」

藤吉郎「事情、」

杉三「普通のというわけにはいかないよね?」

男性「どうしてそう思うのですか?」

杉三「はい、今の高校生で、授業以外のことで、本領発揮する生徒は極めてすくないでしょ。だって、授業をきいているだけで、いじめられた子も知ってるよ。大体の偉い子は予備校の勉強、そうでない子はスマートフォンをいじる。これがいまの日本の高校だと、青柳教授がいってた。」

男性「そうですね、、、。まさしくそうかもしれませんね。確かにうちの学校でも、そのような生徒ばかりですよ。」

杉三「その、野村という生徒は、勉強はできないけど、あるいは大学を受ける気はないけど、真剣にいきようとしている子では?」

男性「よくわかりましたね。」

杉三「大方、そういうトリックですよ。そういう子が、一番被害にあうのに、はやく気がついてやってね、先生。」

男性「わかりました。一本とられましたな。」

杉三「もし、その野村という生徒がひどく傷ついていたら、彼が、何とかして自信が持てるように後押ししてあげてください。学校の先生は大概それをしないから、僕は嫌いだ。」

藤吉郎「御願い。」

蘭「ああ、気にしないでください。ちょっと極端すぎることもありますので。」

男性「いえいえ、鉄槌を打たれたような衝撃です。確かに、そうしなければなりません。あなたは、すごいことをいえる方ですな。」

杉三「いや、みんなバカの一つ覚えなの。」

男性「それで、解釈できるのもまた凄いですよ。来期の展示会では、真剣に考える生徒を増やすようにしますから、期待していてくださいね。私は、この展示会の主催者で、南荘ともうします。」

杉三「僕は影山杉三。杉ちゃんとよんでね。さん付けとかは、嫌いなので。こっちは、親友の伊能蘭と、木本藤吉郎。」

南荘「わかりました。皆さんよろしくです。」

杉三「野村という生徒に、よくできていると、伝えてね。」

南荘「わかりました。ありがとうございます。」

かるく、一礼する。

蘭「遅くなるので、一先ず帰ろう。」

南荘「ありがとうございます。またきてください!」

杉三「はい、楽しみにしてるよ!ぜひ、いい作品を作って頂戴ね。」

軽く会釈して、出口へ向かっていく三人。


数日後。ショッピングモールの中。

モールの中にあるイベント会場。

若者の黄色い声と、何人かの人たちが、買い物をしている。

蘭「フリマかな?ここではよくやるみたいだから。」

杉三「またがらくた屋か?」

蘭「いや、違うと思うよ。」

たしかに、いくつか小さな店が出展しているが、売っているのは高校生たちとおもわれる年頃の人物である。

ただ、制服は着ていないので、どこの高校なのかはわからない。

高校生「おひとついかがですか?」

杉三の前に近づいてきて、毛糸を編んだたわしをいくつか見せる。

杉三「へえ、君たちが作ったの?」

高校生「はい。体験講座というものがありまして、そこでつくるんです。」

杉三「体験講座?」

高校生「はい。外部から、講師の先生が見えて、編み物だったり、裁縫だったりを体験させてくれるんです。授業も面白いけど、これも面白いですよ。」

杉三「へえ、珍しい!いまの学校は、進学率でがんじがらめじゃなかったの?」

高校生「ええ、校長が、そういうことはやめて、他で売りを作ろうとはじめたんです。」

杉三「面白い!ちょっとフリマを拝見させていただけないかな?」

高校生「いいですよ。こちらへどうぞ。」

会場に入っていく杉三たち。

会場では、いろんなものが売られている。編み物だけではなく、竹細工や、ガラス細工などを売っている店もある。

蘭「本当に、珍しい学校だなあ。でも、今の環境には必要かもしれない。」

一番奥に、ハンカチーフや、テーブルクロスを売っている店がある。

声「杉三さんじゃないですか。またお会いしましたね。よほど、ご縁があるんですね。」

後を振り向く杉三たち。

南荘が立っている。

杉三「あ、南荘先生!こんにちは。またお会いするとは、思わなかったよ。それに、杉ちゃんって呼んでください。」

南荘「今日は、何を買いに来てくださったのですかな?」

蘭「いや、そこにいた生徒さんにすすめられて、覗いてみただけです。」

南荘「そうですか、それなら、記念にいくつか買っていってくださいよ。」

杉三「いいよいいよ。言われなくともそうするよ。ちょっとみせてよ。」

南荘「こちらです。」

その、一番奥のみせに、案内していく。

栞や、コースター、テーブルクロスなどが売られている。中にも、龍村柄のような柄を大きく染めたテーブルクロスが目に入る。

杉三「この龍村柄はもしかしたら、」

南荘「ええ、野村くんの作品です。」

杉三「どんなやつなんだろ。その野村ってのは。会ってみたいな。」

南荘「ちょっとお待ちくださいね。」

店の中に一旦入り、すぐに一人の生徒を連れて出てくる。

南荘「彼が野村遜君です。」

杉三「この人?」

目の前にいる生徒は、身長が5尺に満たないほどちいさく、左の足は悪いらしく、引きずっていた。でも、そのドングリ目は、黒く美しく、真面目そうな印象を与える生徒である。

杉三「なんだ、もっと大物かと思ったら、5尺もない、頼りない顔をした、足の悪い男か。もっと、がたいのいいやつが作ったんだと思ったよ。」

蘭が杉三の袖を引っ張る。

杉三「安心してね。いまのは冗談だよ。僕の名前は影山杉三。杉ちゃんと呼んでくれ。こっちは、親友の伊能蘭。どうぞよろしく。遜君、君は、綺麗な目をしているね。」

南荘「ほら。野村くん、挨拶をしなさい。」

遜「野村です。よろしく。」

杉三「はい、よろしく。でも、そんな高度な染め物をつくれるとは、素晴らしい。ましてや、龍村柄に興味を持つとは。龍村平蔵さんも、喜ぶぞ。」

遜「そんなことないですよ。」

蘭「染色がお上手ですね。」

杉三「将来は、友禅をそめる、職人さんにでも弟子入りしたら?」

南荘「よく、龍村柄とわかりましたね。なかなか理解されずに困ったところでした。みなさん、可愛らしいものに目がいきますから、龍村なんて、なかなか馴染みのない柄ですからね。」

蘭「そうですよね。呉服店にも、龍村柄はなかなかみつからない。」

杉三「よし、もらっていくよ、彼の作品。」

蘭「おいくらでしょうか?」

遜「千円で大丈夫です。」

蘭「いや、もったいないですから、これくらい持っていってください。僕たちの応援として受け取ってください。」

と、五千円を差し出す。

遜「む、無理ですよ、こんな大金!」

南荘「いやいや、野村くん、これは君の努力の結果なんだから、もらっておくといいですよ。一生懸命やった結果だだからね。自信をもってやりなさい、そういう意味なのです。」

遜「ありがとうございます。」

ぽろん、と涙が落ちる。

杉三「そこで泣いたらだめだろう?」

遜「いや、すごく嬉しくて。」

杉三「素直な少年だなあ。」

南荘「お品ものは、こちらです。」

と、龍村柄を袋に入れて杉三にわたす。

杉三「どうもありがとうね。龍村柄は、大切に使わせてもらうからね。」

遜「ありがとうございます!」

南荘「野村くんの作品が売れたのは久し振りですよ。大がかりなものがおおくて、なかなか売り上げはすくなかったのです。」

杉三「あら、もったいない。こんなすごいのを作れるんだから、学校の宣伝文句にすればいいのに、憧れて入ってくる後輩もできるぞ。」

蘭「でも、お宅の学校は珍しいですね。こんな風に、課外活動が充実しているなんて。なかなか、こうして、外部に売りだしにくる学校は珍しいですよ。」

南荘「ああ、確かに驚いていかれる方はおおいですよ。」

蘭「校長先生の方針だと生徒さんに聞いたのですが、何か訳があるのですか?」

杉三「わけがなければ、授業以外の事で、こんなに力を入れるはずはないよな。高校というところは事実そうだから。それに、制服もないし。」

南荘「ええ、あんまり進学や、校則で生徒をだめにしても、教育にならないと、校長が急にいい始めたんです。」

杉三「なるほど、やはりわけありか。」

蘭「いつごろから、校長先生はそのようなことをおっしゃるようになったのですか?」

南荘「まあ、私は講師としてこちらに来ているだけなので、はっきりと事情はしらないのですが、二年ほど前に、なにか重大なことがあったみたいで。それまでは、やっぱり進学校だったようですが、それをきっかけに校長が、こういう課外授業を充実させるように、方向転換させたようですよ。それで、染色や織物、竹細工などを体験させるようになったとか。」

蘭「なるほど。非常に珍しい。ても、生徒さんにとっては、よい体験になるのではないですか?多分なにか思いではあるでしょう。きってかならず、印象にのこると思いますよ。だから、すごいことをやっているなって、僕は感心してしまいました。」

杉三「そうそう。もともと、学校は百害あって一利なしなんだから!それを、こうして変えようとしているのはすごいと思う。その証拠が、生徒さんたちの笑顔だよ。」

蘭「まあ、杉ちゃんのそれは言い過ぎではありますけど、こういう取り組みはすごくいいことだなあと思ったので、ぜひ、頑張ってください。」

南荘「はい、ありがとうございます。うれしいです。校長がいれば、校長も喜ぶでしょうね。」

遜「ありがとうございます。」

杉三「そうそう、将来はぜひ、よい職人さんになってね!百害あって一利なしの学校で、進路を決定できたケースは、きわめて少ないぞ。」

蘭「杉ちゃんはすぐに余分なことを言うんだから。百害あって一利なしなんて、そんな余分なこと言わないでしょ。」

杉三「いや、いいんじゃない?百害あって一利なしの世界にずっといるより、職人の世界にいたほうが、彼には居心地はよいと思うよ。将来は進学するつもりなの?それはやめたほうがいいよ。それよりも、こんな立派な龍村柄を染められるんだから、いっそのこと、友禅にでも弟子入りしたほうがよっぽどいい。それとも、すでに行きたい進路があるというのなら、また別だが。」

遜「まだわからないのです。もう、三年生になるのに。」

杉三「三年ごときで、人生を決めさせられる方がおかしいんだから、ゆっくり考えればいいんだよ。どうせね、学校の先生の進路指導も、学校のための進路指導で、君のための進路指導ではないというトリックでできているからね、あんまり参考にしちゃだめ。それよりも、君が心から納得する生き方をしたほうがいい。例えそれが、先生方に役に立たないとののしられてもだ。」

遜「ありがとうございます。参考にしてみます。まだ、何も考えてはいないのですが、何かアイディアが出たら、それに向かって頑張ろうとは思っていますので。」

杉三「まあ、そのなかに、職人というのも、頭の片隅に入れておいてくれ。最終決定をするのは君だけど、選択肢に迷ってしまったら、職人というのを思い出してほしいな。だって、こないだ友禅の展示会に行ったことがあるんだけどさ、職人さんたち、おじいさんばっかりなんだもん。それなら、積極的に若い人が入ればいいのにと思うけど、いないんだよね。だから、そこへ弟子入りを申し込めば、喜んで教えてくれると思うよ。」

蘭「もう、杉ちゃんは、どうしてそうやって、他人のことに手を出すの?それをおせっかいというんだよ。」

杉三「いや、事実を言っただけだけど?」

蘭「結局これか。」

遜「いえ、蘭さん、ありがとうございます。僕もいい加減に早く進路を決めなければならないのに、まだ決まっていないので、親からせかされる毎日でした。だから、杉三さんがヒントを与えてくれてうれしいですよ。」

杉三「杉三さんじゃない、杉ちゃんだ。杉ちゃんって呼んでくれ。」

蘭「ヒントって、杉ちゃんの言葉は、宣伝と同じような物なのに。」

遜「いいえ、宣伝こそ、非常に参考になるって、僕は知ってますから。」

蘭「すごく素直だなあ。僕が彫菊先生に弟子入りした時もそうだったけど。日本の伝統を受け継ぐわけだから、すごく厳しかったぞ。僕は、それで無理をしすぎて体を壊したこともある。そういう世界だから、君のような人が果たして友禅の世界でやっていけるか、疑問だなあ、、、。」

杉三「大丈夫だよ、蘭。厳しいのも一つのトリック。それは、伝統を背負って立つんだから、しっかり教えなきゃと思って厳しくなるの。」

蘭「でもさ、厳しすぎて、変に自分をせめすぎて、心が病むこともあるんだぞ。例えばうつ病になるとか。そうなったらどうするのさ。」

杉三「大丈夫。それは、暴力的な厳しさじゃなくて、教えるための厳しさなんだから。どちらなのかをしっかり識別できれば、厳しさは身に着けていくための糧になれる!」

蘭「そうだけど、やっぱり心配だよ。こんなひ弱そうな子を、職人の世界に入れてしまうのは。」

杉三「大丈夫大丈夫。弱い人だからこそ、職人という世界に向いている!だって、細かい細かい一つ一つの作業に集中して、そこからおっきなおっきな感動を得られるのが職人の世界だぞ。それは、弱い人じゃないと得られない。」

南荘「すごいですね、杉ちゃんは。まるで私が学校で教えようとしていることを、簡単に口に出してしまうとは。まさしくその通りですよ。こういう伝統芸能とか、伝統工芸の世界って。」

杉三「ほら見ろ。先生だってそういっている!先生、本当は野村君に、弟子入りしてきてもらいたいなあと思っていたところでしょう?」

南荘「まあ、それがあったらなあと思わないわけではありません。はじめは、この仕事を校長先生より依頼されて、本当に仕方なく教えに来ていたのですが、その中でただ一人、野村遜君だけが、この染色に興味をもってくれたので、、、。」

杉三「じゃあ、後継者に指名してもいいんじゃない?」

遜「むりですよ!それに、先生のところにはすでに何人かお弟子さんがいるわけですから、そこから、後継者を選び出してくれればそれでいいでしょう。僕みたいな、こんなダメな人間では、絶対に無理です!」

杉三「なんだかもったいないぞ。」

遜「いえ、僕みたいなのは、先生の後継者にはふさわしくありません。こんな劣等生の高校生を弟子入りさせても、何も意味がないでしょう。」

蘭「杉ちゃん、あんまりお世辞を言いづけるのもどうかと思うぞ。」

杉三「おせじなんかじゃないよ。お世辞なんていらない。率直に感想を言っている。」

蘭「杉ちゃんはいつも、人の話を聞かないよね。」

と、ショッピングモールに置かれていた柱時計が四時を打つ。

蘭「杉ちゃん、僕らは帰ろうか。早くしないと晩御飯に間に合わなくなるよ。今日も作るんでしょ。」

杉三「ああそうか、もうそんな時間か。じゃあ僕らは帰るけど、またどこかで会おうな。これからも、たくさんの龍村柄をつくってね。」

遜「本当にありがとうございました。嬉しいです。」

南荘「皆さんとお話ができ、よかったですよ。杉ちゃんには、ためになる話も聞かせてもらったし。野村君も少しは考え直すでしょう。」

杉三「じっくり考えなおしてね。自分に自信を持つんだぞ。じゃあ、これは、大切に使わしてもらうよ!」

と、テーブルクロスを受け取り、ひざの上に乗せて、店を出ていく。

蘭「ありがとうございます。」

杉三のあとをついていく。


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