第四章
第四章
野村遜の家。
遜が、大量の大学の冊子を抱えて帰ってくる。
いつもなら、家の明かりなどついていないのに、今日はついているので、不安になる。
遜「ただいま、、、。」
部屋に入ってみると、母親が、夕ご飯を作っていた。
遜「どうしたの?今日は馬鹿に早いじゃない。」
母親「ああ、気にしないで。ちょっと体調崩したから早めに帰らしてもらったの。まあ、明日は仕事いけると思うわよ。気にしなくていいからね。」
その言葉に遜は、大きな衝撃を受けた。
遜「もしかして、」
母親「何?」
遜「悪いのは、」
母親「そんなこと言わないの。あんたのせいなんて誰も言ってないでしょ。あんたは、学校を出たら、少し休みを取って、また何かやりたいことがあれば、見つければいいの。」
遜「でも、それじゃあいけないんでしょう?学校に行かないと、やっぱり、身分の低い人に見られるんでしょう?」
母親「確かに、高校は行ったほうがいいなとは思ったから、それは受験しろとは言ったけどね、あんたが、あまりにも一年二年で苦しそうだったから、無理して次の学校に行かなくてもいいやって、お父さんと話して、確信したのよ。それより、お母さんは、あんたが高校で始めてくれた、紅型の道に行ってくれたほうがいいと思うな。」
遜「今日学校で、先生が、それに進んだら、ろくなものにはならないから、大学へ行けと言ってた。」
母親「そう?でも、近所のおばさんの話ではね、あのおばさんの娘さんも、やっぱり学校に行くのが難しかったらしいんだけど、ある日偶然、自転車屋さんに買い物に行かせたら、自転車屋の店長と仲良くなってしまって、それが縁で自転車屋の後継者になったそうよ。だから、学校へ行って、勉強するなんて、あんまり頼りにしないほうがいいわ。それよりも、あんたみたいな人は、何か特異なものを見つけて、それに向かって行くというスタイルをとったほうが、自分自身が楽よ。」
遜「そうだけど、お母さんに苦労はさせたくないから、、、。」
母親「馬鹿ね。親に苦労をかけさせない子どもなんかいないわよ。それは、先生が変なことを言っただけ。」
遜「でも、普通の人よりも、お母さんが苦労するほど嫌なことはないって先生が。」
母親「まあ、落ち着きなさい。あんたは、人がいう事をそのまま信じてしまう癖があるけど、そんなことで嫌がっていたら、あんたをここまで育てては来ないわ。学校の先生がいったことなんて、きにするもんじゃありません。」
遜「でも、お母さんが今日、調子が悪くなって帰ってきたのは、僕みたいな子供がいて、職場で浮いているからじゃないの?」
母親「そんなこと、考えるもんじゃないわよ。そういう事ばっかり押し付けるから学校は困ったものだわ。どっかにいいところがないかなって考えていたけど、全日制の高校はやっぱり難しかったかしらね。そういう、馬鹿な教師が、いっぱいいるようなところでは、成長どころかかえって悪くしてしまう。わかった、そんなことを言われていたら、あんたが傷ついたままになるから、またどっかいいところを探そうか。」
遜「お母さん、僕は大学行くよ。」
母親「ああ、よしなさいよ。結論から言ってしまえば、あんたには大学なんて無理よ。すでに、高校で、そんなことを言われてこうしておかしくなっているんだから。それよりも、やりたいことをなんでもやってみるほうが大事なの。それを忘れないで、一日平穏に生きていけばそれでいいの。」
遜「でも、明日までに志望大学決めないと、、、。」
母親「全く、馬鹿教師にもほどがある!あたしたちは、校長先生が、ああいう課外授業を充実させてくれると言ってくれたから、あそこを受験させたんだけどなあ。いいところだと思ってたけど、やっぱりデマだったのね!本当に校長先生にもあきれるわ。やっぱり、全日制の公立高校というのは、たいした教育もさせてくれないわね。」
遜「でも、僕も、普通のひとになりたい気持ちがないわけじゃないんだよ。」
母親「無理なこと言うもんじゃないわよ。あんたには、はじめっからそういうものはできやしないわよ。いい、あんたもね、自分の事をしっかり考えなさいよ。確かに、ほかの子と同じことをしたいと思う気持ちがわいてくるのは、仕方ないかもしれないけど、そこはしっかり線引きをして、自分がほかの人とは違うんだって認めなさい。そして、そんな子たちとしっかりおさらばをして、自分が本当に本領発揮できる世界を目指しなさい!考えてごらんなさいよ、勉強をして、周りの子と比べっこさせられて、自分がどんなにみじめで情けない人間なのかを思い知らされるだけの人生と、自分の好きなもので、相手にも好意をもってもらって、相手から大いに信頼してもらえる人生と、どっちが得をするのか!」
遜「僕も、そう思ってたよ。でも、そういう人生をしていると思われていた南荘先生が、安物のインチキ商売としか取引されてないって、学校の先生から聞いた。だから、自分の本領発揮なんかしても、何にも意味がないってわかったんだ!」
母親「だから?」
遜「だから、普通の人と同じように生きるほうが、はるかに幸せになれるんだ!」
母親「全く。ここまで固まるとは思わなかった。あたし、何をしてきたんだろ。あんたが正常にはならないって、お医者さんに宣告されてから、あんたが幸せになれるようにって、暗中模索してきたつもりなのに、その答えがこれとはね!もう、かってにしなさい!ああ、あたしはやっぱり、母親として、うまくいかなかったのかな。」
遜「わかったよ!もっと勉強して、お母さんのことを楽にしてあげるって、約束するから!」
母親「だったらね、あんたが、一生懸命学んできた、紅型を完成させて、きっちりとけじめをつけてから、普通の生き方をしなさい。中途半端で辞めちゃうのは、あんたにも、南荘先生にも、申し訳ないわよ。あんなに、先生から熱心に指導を受けて!それをもういらないからといって、ほっぽりだしてしまうは酷すぎる!」
遜「わかったよ。どっちもしっかりやるよ。必ずどちらも成功させてみせるよ!」
母親「あーあ、今時の学校って、こんなに悪いところになっていたのねえ。」
遜は、カバンをもって、自室に足を引きずっていく。
教室。
生徒A「見ろよ。野村が勉強しているぞ。何かあったのかな。」
生徒B「さあねえ。昨日、白鳥先生にひどく叱られたみたいだからねえ。」
生徒C「やっぱり、全員大学受験をしないと、この学校はもう持たないんじゃないのか?」
生徒B「そうねえ。校長先生が、いくら授業が役に立たないと言っても、他の先生は戸惑うわよ。」
生徒A「あの校長も、そういえば変わっているよな。」
生徒C「確かに。まあ、三年くらいで異動になるんだから、もとに戻すのは容易だぜ。そうすれば荒れた高校に戻る。」
生徒A「そうなれば、俺たちも、不良生か。」
生徒B「まあ、あたしたちは、もともと中学時代に劣等生と言われてここに来ているんだから、これからも一生劣等生のままでいるしかないでしょうよ。いくら、先生方が一生懸命評判を上げようとしているけどさ、」
生徒A「うん、偏差値は嘘をつかないからね。」
生徒C「お前、いいこと言う。数字は、それ以上評価を上げるものでもないし、下げるものでもない。」
生徒A「結局、俺たちのようなものは、学校でだめになれば、ごみみたいに捨てられるのが落ちさ。将来引き取り手は、福祉とか、介護とかそういうがらくた屋!」
生徒B「私たちも、何かあればいいのにねえ。何もないわよね。」
生徒C「そうそう。それを救ってくれたのはスマホだけ!あとは、テレビゲームかなあ。女は、まだ子供を作れるが、男は何もないからねえ。」
生徒B「まあ、私の気持ちを考えてよ。女だって、子供を産む機械と誰かが言っていたけれど、それくらいにしかならないわよ!それに、子供を作っても、年寄りに取られちゃうのは目に見えてる!」
生徒A「結局のところ、俺たちは、ただ、親が勝手に作って、勝手に喜んでいるだけの存在にすぎない。時折、集団自殺だって、間違っていないと思うことがある。」
生徒C「そうだよなあ。先生方だって、自殺を肯定しているようなものじゃないのか。」
生徒B「ま、何にしろ、あたしたちは、ただの飾り物ね!学校の!」
授業が終わると、遜は被服室に直行した。渋紙を彫刻刀で彫って、龍村柄の図面を作り、袋帯にするための布を用意して、渋紙と布を使って糊を塗る、いわゆる「糊置き」を行った。
糊は確かに臭いが、それは気にならなかった。
一般的に、袋帯は、部分的に柄を入れた、「六通」が多いが、あえてすべての部分に柄を入れた、「全通」に染めてしまうことにした。そのほうが、より達成感がある。
いつも、完全下校時刻を告げる放送が流れるまで被服室にいたから、彼が、家に帰るときは、外は真っ暗だった。もう、まだ明るいといえる季節はとっくに終わってしまっていた。
家に帰れば、すぐに机に向かって、参考書とノートを開いて勉強した。とにかく受験までもう日がなかった。白鳥が、就職に一番役に立つ学部は、医療とか介護とか福祉しかない、特にお前のような能力のないものを就職させてくれるような企業は、人手不足に悩んでいる介護しかない、そして、そのためには称号をとらないと、いけないとうるさく言ったため、介護福祉士の資格を取ることにした。さらに、そうなるためには、国公立大学でなければ絶対にだめとも言われた。しかし、近隣の国公立大学には、その称号を取るための学部は用意されていなかったので、仕方なく、隣県である山梨県内の公立大学を受験することになった。
これでやっと、国公立大学を全員が受験すると、白鳥は馬鹿喜びしていた。
その大学は、センター試験も必須科目は英語と国語だけで、他は、地歴、公民、数学、理科からどれか一つを選択すればよかったのだが、白鳥は、すべての科目を受験しろと怒鳴りつけた。遜の家族は、一つ受けるだけで精いっぱいだと反論したが、白鳥は子供を甘やかすと、将来親の安心した生活も消滅するといって脅かしたので、もはや誰も反論することはなかった。
学校では、袋帯の染色、家に帰れば勉強で、とても食事などとる気になれなかった。特にダイエットをしているというわけではないが、食事をしようという気にならない。と、いうより、なれないと言ったほうがはやいかもしれない。それよりも、受験をなんとかするほうがさきである。だから、ご飯なんて、、、。いつの間にかそのような「方程式」が出来上がっていた。予備校にも行きたかったが、そのような費用は払えないとはっきりと母親に言われてしまったので、自身で参考書をかって勉強するほかなかった。
数週間、数か月たって、いよいよ、センター試験を受ける日がやってきた。本命である山梨県の公立大学は、センター試験と、面接試験だけ受ければよかった。それが終わったら、袋帯を完成させるつもりでいた。もう、これで最後なんだ、と考えると、遜は心が軽くなった。
受験会場に行くため、遜は富士駅に向かった。しかし、家族も近所の人たちも「何か変」なふうに自分を見ているような気がした。
電車を待っているときも、センター試験の日であるから、他校の制服を着た高校生たちがいっぱいいた。彼らは、遜の顔や手を見ると、
高校生「あれれ、なんだあいつ。あんなにやせて、なんだか気持ち悪いな。」
高校生「あれで大学受験などできるもんだろうか。」
高校生「どっかでぶっ倒れても困るだけだ。俺たちも大事な日なんだし、逃げようぜ。」
とか言いながら、パッと散ってしまうのである。
高校生以外にも、乗客はたくさんいる時間帯であったが、その姿を見ると、顔を背けたり、わざと顔を見ないようにしたり、中には気持ち悪いと言って、どこかほかの席に移ってしまう客もいる。
遜は、そのようなことは気にならなかった。しかし、なぜか頭がぼんやりして、最終確認のために持ってきた教科書も、頭にはいらなかった。おかしいなと思って、一生懸命自分の中で赤いシートを使って暗記した部分を確認しようとしても、思い出すことができない。さらに焦って赤いシートを取り除き、小さな声で教科書を一生懸命読んでみたりしたが、それでも、頭に入らない。困った困ったと考えていると、車内アナウンスが流れ、静岡駅に到着したと伝えたため、大急ぎで電車を降りた。
と、
その時。
頭が割れるように痛み出して、遜はわからなくなった。
声「いったいどういう事だろうね。静岡駅でぶっ倒れるなんて、何をしに行ったんだろうね。」
声「そうだねえ、センター試験で緊張しすぎたんじゃないのか?」
そうだ、センター試験だ、早く行かないと、試験に間に合わなくなるじゃないか、と口に出そうとすると体に何かがくっけられていることに気が付いた。
声「あ、気が付いたかな。院長に伝えてきてよ、蘭。僕はここで待ってるよ。さもないとチューブを引き抜くかもしれないでしょ?」
チューブを引き抜く?あれ、自分はどこにいるんだ、センター試験の会場にいるんじゃないのか、と思って周りを見渡してみると、そこは試験会場とはまるで違う。病院の中であり、自分の体には、注射の親分のような、点滴が刺されていた。
声「ああよかった、やっと気が付いたか。全く、静岡駅の駅員さんもびっくりするほど、がりがりだったよ。」
隣を見ると、受験生ではなく、杉三がいた。
遜「あ、あ、あ、あの、センター試験の、会場はどこに、早く行かないと、遅刻して、、、。」
杉三「とっくに終わっているよ。センター試験なんか。それよりも、その体で、よく静岡駅まであるいて行けたなと、院長が言ってた!」
周りを見渡すと、すでに空は夕焼け空である。
遜「こ、こんなことしている暇はないですよ!早く試験会場に戻らなきゃ、、、。」
杉三「馬鹿なこと言うんじゃないの。そんなで、センター試験なんて受けられるもんだと思うなよ!」
遜「受けられないんですか。」
杉三「当り前だい。それで、受けさせてくれといっても、絶対無理だと馬鹿でもわかる。」
遜「じゃあ、どうしたらいいんですか!センター試験を逃したら、大学には通らないって、誰でも知っているでしょうに。」
杉三「知らないよ、そんなこと。それを言うなら、まずご飯をたくさん食べて、体を治す事が先決なんじゃないの。」
遜「だって、これを逃したら、人生ダメになっちゃうんですよ!」
杉三「あーあ、これじゃあ、洗脳もいいとこだ。やっぱり、学校ってのは、百害あって一利なしなんだねえ。」
遜「単に当たり前の!」
杉三「それだったら、ご飯を食べるほうが当たり前だと思うけど!」
遜「ご飯なんて、そんなもの必要ないですよ!」
杉三「だったら、なんでそのチューブがあるのかを考えてみろ!」
ドアが開いて、院長と、蘭が入ってくる。
院長「杉ちゃん、あんまりでかい声で怒鳴らなくてもいいからね。きっとそのうち、彼も、なぜ自分がここにいるのかわかってくると思うから。」
杉三「でも、チューブを抜いちゃったらおしまいでしょ。」
院長「まあねえ、、、。確かに、一番困るのは、また体重が増えると勘違いすることだけどねえ。誰か、同級生にでも、いじめられたのかい?太っているからとか。」
遜「え、、、?」
院長「それも思い出せないの?」
杉三「君みたいにね、あまりにもがりがりな人は、こういう風に病気として扱われちゃうんだよね。そういうのをなんていうんだっけ。あ、思い出した。いわゆる拒食症だよね。青柳教授の痩せ方ともまた違うよねえ。」
院長「原因が思い出せないということは、かなりの重度ということになるな。」
杉三「ほら、今の言葉聞いただろ、そんなわけで、センター試験を受けるどころじゃないんだよ!どういう原因で痩せようと思ったのかは知らないが、僕らがあの時あったときは、別に肥満体という感じではなかったんだけどね。」
遜「痩せるとか考えたことはありません!ただ、大学受験のことで、ご飯を食べる気にならなかっただけです!少し良くなれば食べれます。」
杉三「そうかな?」
院長「いや、そうじゃないだろうね。痩せようと思いすぎたのか、食べ物を吐き出す癖がしっかりとついているよ。」
杉三「手のひらを見てみろよ。証拠はしっかりある。」
遜「これは、家族が、食べろ食べろと言って、むりやり出してくるので、あとでそれを始末しました。」
杉三「変な言い訳しても利かないよ!立派な吐きだこでしょうが!」
遜「だ、だってこうしないと、学校で先生が、、、。」
杉三「へえ、何があったんだ?」
遜「だって、それを言ったら、、、。」
杉三「それを言ったらどうなるって?」
遜「一生がみんなダメになるからって、、、。」
杉三「馬鹿だよなあ。そんなダメな教師の発言、受け入れちゃうのも馬鹿だな。」
蘭「杉ちゃん、あんまりいいすぎるなよ、かわいそうだよ。」
院長「とりあえず、君がなんでものを食べなくなったのか、それをはっきりさせたいんだけどね。必ず、何かきっかけがあるはずだからね。」
杉三「この際だから言っちゃいな!古いものを出さなければ、新しいものは入らないと誰かが言っていた。」
遜「はい、先生が、い、い、いつまでも親のすねをかじって食べていると、ろくな人間にならないと言ったからです!」
杉三「それだけじゃないよね?」
院長「食べることに、罪悪感をもって、食べ物を受付なくなったのかな。」
遜「先生にそういわれてから、食べるのがものすごく罪深く感じて。」
杉三「そういうことか!これからはそんな物どこかへやってしまえ!とりあえず、チューブはひきぬくなよ?栄養を取らなくちゃねえ。」
蘭「本当は、学校も変わったほうがよかったかもしれないよね。」
杉三「ほんとだ、ほんどだ。こんだけ被害者が続出して、意味のないことばかり押し付けて、しかも無責任な場所の象徴のような、百害あって一利なしの学校って、なんでみんな終わりにしようとはしないのか、僕は不思議で仕方ないな!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます