主従の夜【加筆修正版】

土御門 響

二人の夜

 ジークは今日で十歳になった。

 国王と王妃の間に生まれた唯一の御子。それがジークである。

 ジークの父である王は、母たる王妃のみを愛する愛妻家で、側室を一切付けなかった。そのため、ジークが誕生したとき王国は喜びで湧き上がったという。ついに、国の未来を担う王子が誕生された、と。

 しかし、次期国王という重責は幼いジークを押し潰した。

 王子として甘やかされることはなく、国の跡取りとしての自覚と王に必要な様々な教養を、物心つく前から徹底的に叩き込まれた。

 幸いなことに、ジークは勉学も武芸も嫌いではなかった。

 けれど、皆の期待に応えねばならないという使命感が、ジークの心に暗い影を落としていたのだった。


「ジーク様」

「サラ……」


 ジークが唯一、子供らしく甘えられた乳母のサラも、今日で只の召使いの一人となる。十歳となった王族は乳母の手から離れ、代わりに専属の護衛士と共に過ごしていくのだ。

 サラは扉のそばから動かず、そっと頭を下げた。


「乳母としての最後の役目。……貴方様の護衛士を、連れて参りましたよ」

「……通せ」


 一瞬の沈黙に込められた様々な感情を、サラはきちんと感じ取った。しかし、甘やかすことは許されない。

 別れの寂しさを懸命に我慢しているジークに優しく微笑みかけてから、サラは退室した。

 サラと入れ替わりで入ってきた自身の護衛士を目にして、ジークは目を丸くした。

 嘘だ。ありえない。

 そんな本音が思わず口から零れそうだった。


「お初にお目にかかります。殿下」


 だって、ジークの護衛士は。


「本日付けで殿下の専属護衛士に着任致しました」


 自分と、あまり歳が変わらなそうな。


「シルクと申します」


 女の子だったのだ。


 ***


 王族護衛士とは、学問、武術、魔導に優れた者が、五年の月日をかけて専門の訓練することによって、なることが許される職業だ。

 その身分は兵士や将校よりも高く、上級の貴族と同等の立場と権限が与えられる。

 若くても二十歳を過ぎなければ、護衛士の訓練課程には耐えられないと噂されていて、女の護衛士など以ての外だ。

 だが、目の前にいるジークの護衛士は、幼い女の子だった。

 シルクと名乗った護衛士の少女は、ジークの前で跪き、忠誠を誓う。


「常に貴方様の側につき、常に御身をお護り申し上げます」


 窓から差し込む月の光に照らされた髪は、ハッとするほど白い。真っ白だ。

 魔力の強い者は、髪の一部が白くなるのだと、家庭教師の講義で聞いたことがある。

 それは揺らぐことのない事実で、母の護衛士は右の横髪が、ひと房だけ白いし、父の護衛士は白髪と地毛の茶髪が入り交じって、斑模様のような髪色をしている。

 だが、髪の全てが白い者は初めて見る。

 それほどに、この者は魔力が強いということだろう。

 この年齢で護衛士になったということは、おそらく生まれてすぐに才能を見出され、親から離れて訓練をしてきたということだ。そうでもなければ、こんな年齢で護衛士にはなれない。

 ジークは何と声をかけたらいいか分からず、とりあえず顔を上げるように言った。

 シルクが顔を上げると、ようやく彼女の目を見ることができた。

 シルクの瞳は、鮮やかな金色だった。


「……こんなにも歳の近い護衛士が付くとは、思っていなかった」

「私は幼くして親の元を離れ、幼年兵士の養成課程、将校課程を卒業、先日まで王族護衛士の訓練課程を行って参りました。私はこのような見目ですが、れっきとした王族護衛士であります。ご安心なさいませ」

「其方の実力を疑っているわけではない。少し驚いただけだ。気に障ったなら謝罪する」

「いえ。私のような一介の護衛に謝罪など不要です、殿下」


 感情の見えない口調だ。

 淡々と、必要最低限のことを述べる。

 幼少から徹底した訓練を受けてきたのだから、このような人格になるのも道理かもしれない。


「そうか……もう、夜も遅い。自室に戻って休め」

「はい」


 シルクが出て行くと、どっと疲れが押し寄せてきた。

 護衛を付けるなら歳が近い方がすぐ打ち解けられるだろうという、両親の配慮だったのだろうが、年上の護衛士よりも気を使いそうな予感を、ジークはヒシヒシと感じていた。


 ***


 第一印象通り、シルクは寡黙な少女だった。

 初対面の翌日から、日中ずっと側に控えているのだが、ジークが声を掛けない限り、シルクが自分から口を開くことはなかった。

 ジークから声を掛けたとしても、会話になることはあまりなかった。


「シルク」

「はい」

「この問題、どう思う?」


 家庭教師から出された課題に少し苦戦し、シルクの意見を尋ねてみたのだが、呆気なくこう返された。


「任務の管轄を超えます」

「護衛士が学問にも優れているのは、こういう事態にも対応することを想定していると思うのだが?」

「では恐れながら」


 返ってきた答えは更にひどかった。


「この課題は殿下のご意見を論述するものであり、私の意見を取り入れた時点で課題の意味を失います」

「……分かった。下がっていてくれ」

「はい」


 そんなやり取りを一日続け、ジークはうんざりしていった。

 護衛士といえど、ここまで可愛げのない奴がいるか?

 ジークは他の護衛士に相談してみようと、父の元を訪ねた。


「どうした。お前が来るなど珍しい」

「ナーガに話があるのです」

「ほう?」


 父の側に控えていたナーガが瞬き、父は面白いと言いたげに目を細めた。


「……いいだろう。ナーガ、行ってやれ」

「陛下」


 物言いたげなナーガに目を向けることなく、父はこちらの側に控えているシルクに声をかけた。


「代わりに、シルクよ」

「はい、陛下」

「其方が私の護衛にあたれ。二人の話が終わるまでの間だ」

「陛下の仰せのままに」


 ナーガはシルクの実力をよく知っているのだろう。

 父の決定に異議を唱えるどころか、納得した様子で父に一礼する。


「では、陛下」

「ああ。そこの応接室を使え」


 ナーガと二人で応接室に入ると、侍女が茶を持ってきた。

 侍女はナーガの前にも茶を置こうとしたが、ナーガは微笑んで止めた。


「私は任務中の身。遠慮しよう」


 侍女が下がってから、ナーガがこちらに向き直る。


「殿下。私にお話とは何でしょうか」

「シルクのことだ」

「シルク、ですか」


 予想外だったらしく、ジークの返答を聞いてナーガは意外そうに瞬きした。


「シルクについて聞きたいんだ」

「と、申しますと?」

「あの年齢で王族護衛士になるのは異例だ。どういう経歴の持ち主なのか知りたくて……」

「本人が説明したはずでは?」

「いや、そうじゃない。親元から幼くして離されたとか、そういうことじゃないんだ……何というか、人柄というか……」


 言葉に詰まるジークだったが、ナーガはきちんと言いたいことを察してくれたらしい。ひとつ頷いて、確認してくる。


「……シルク個人の性状について、お知りになりたいと」

「ああ。彼女と話していても、どこか無感情というか、素っ気ないんだ。同い年とは思えないくらい大人びているように感じる」

「同い年の子より大人びているという点については、殿下も変わりませんよ」


 クスリと笑いながらナーガに揚げ足を取られて、ジークは少しムッとした。


「それは今関係ないだろう」

「申し訳ありません。……シルクは、親元を離れてからずっと教育を施されてきています。民とも殿下とも異なる、戦士としての教育を受けてきました。厳しい訓練の中、豊かな人格を築くというのは難しいこと。シルクは自分が本来どのように振る舞うべき年齢の子であるかということを自覚もしていません」

「……そうか」


 王族の盾として生きるための教育を物心付いた頃からずっと受けてきた。本人の人格が育たないのも道理だろう。

 彼女は兵士であり、将校であり、護衛士であり、戦士。シルクという名は彼女にとって、自分と他人を区別する識別番号に過ぎない。

 彼女はシルクという女の子ではないのだ。

 ジークは侍女の淹れた茶を一口含んだ。

 彼女とどう接していけばいいのかが分からない。

 シルクは護衛士で、それ以上でも以下でもない。けれど、護衛士とその主は一生を共にする。

 目の前にいるナーガだって、父との絆は特別なものと感じているだろう。父もナーガのことを、母や自分とはまた別の意味で大切に思っている。

 そんな関係性を築くことができるとは思えないのだ。


「殿下」


 不安そうなジークを見て、ナーガがフッと微笑んだ。

 身分はジークより下でも、ナーガはジークの兄のような存在だ。こういうとき、的確な助言を与えてくれる。


「貴方様がシルクに心を教えて差し上げるのです」

「え?」

「殿下がシルクと仲良くなろうとなされば、きっとシルクも心を持つでしょう。殿下に応えて下さるはずです」

「そういう、ものなのか……?」

「はい。殿下にしか成しえないことですよ。……彼女の主たる、殿下にしか」

「……分かった。努力してみよう」


 そう言うと、ジークは応接室を後にした。


 ***


 その晩、ジークはシルクと向き合った。

 シルクは聖なる泉の水面のような静かな目をジークに向けている。


「どうなさいましたか、殿下」

「……シルク」

「はい」


 ジークは腹にぐっと力を入れて宣言した。


「俺は其方と仲良しになる」

「……仲良し、ですか」

「そうだ。仲良しだ」

「……申し訳ありません。想像ができません」

「それは仕方ないことだ。だが案ずる必要はない。全て、俺が教える」

「殿下が……?」


 シルクは目を丸くして少し首を傾けた。

 そんな仕草は、なんとなく同い年の女の子のように感じられる。


「俺は仲良くなりたいんだ。其方と」

「……」


 シルクはじっとジークを見つめていたが、不意にその場で跪いた。

 そして、いつも通りの淡々とした口調で言った。


「畏まりました。私も殿下と仲良しになれるよう、精進致します」


 そんなシルクを見下ろしていたジークは、苦笑を堪えられなかった。


「……先は長そうだな」


 ***


 その後、ジークは必死にシルクと仲良くなる方法を模索した。ジーク自身も王になるための教育ばかりで、まともに遊んだことがなかったため、どうすれば相手と仲良くなれるのか正直よくわからなかった。

 人を懐柔させる為の心理学は学んでいたが、同年代の子と距離を詰める方法はさっぱりだった。

 だから、ジークは視察と称して街に下り、城下町に住む子供らの暮らしを観察した。時折、自身も路地で遊んでいる子供らに声を掛けた。


「最近、何か流行っている遊びはないのか。遊びというものが、どういうものなのか知るのも、王家の務めだ。教えて欲しい」

「え……王子様って、遊んだことないの? そうだなぁ……今は夏だから河原や泉で水遊びすると気持ちいいよ!」

「水遊び」

「そう。子供だけだと危ないからダメって言われるけど、パパやママも一緒に皆で街の外に遊びに行くんだ」

「ほう……」


 城の中で上手く遊べないなら、外に出るという発想は良いかもしれない。


「参考になった。礼を言う」


 後日、ジークは早速城の近くの森の中にある泉へ避暑に向かった。シルクと数人の護衛、そしてジークに仕えて長い侍女と侍従を付けている。

 泉に人気はなく、周囲の森から小動物が動く気配だけが感じられる。


「良いところじゃないか」

「殿下の御身は私がお守り致します。安心して、避暑をお楽しみ下さいませ」

「いや、待て」

「?」


 シルクは白髪をさらりと揺らしながら首を傾けた。


「何か特別な務めがあるのでしょうか」

「そうだ」

「何でしょう」

「俺の水遊びに付き合ってくれ」

「水遊びに、ですか」

「そうだ。民が言うには、独りで遊ぶよりも多くの者と遊んだ方が、ずっと楽しいと聞く。父上や母上も呼べたら良かったのだが、政務でお忙しいようだったからな。だから、一先ず今日はシルクが付き合ってくれ」

「しかし、それでは殿下の護衛が」

「だから、騎士団を連れて来たのだ。彼らはお前が羽を伸ばすことに、何の異も唱えなかったぞ」


 騎士団の中でもシルクは有名だった。しかも、シルクと同期で学んだ者までいて、幼いのに鬼気迫った様子で学ぶ姿があまりに痛々しい印象を持ったから、是非労ってあげて欲しいとジークに頼み込む者すらいた。

 そんなことをシルクに聞かせれば、シルクは不服そうな顔をしながらも、武装を解き始めた。


「そこまで仰るのでしたら、お付き合いさせて頂きます」


 初めてシルクが折れた瞬間だった。

 ジークは内心でガッツポーズをしながら、長靴を脱ぎ捨ててザブザブと音を立てながら泉に入っていく。冷たい水がとても心地良かった。


「ほら、こうやって水を掛け合うのだ。濡れても着替えはあるし、侍女も連れて来ている。何の問題もないぞ」

「……」


 ジークを真似て履物まで脱いだシルクは恐る恐る泉の中に入った。


「寒くはないか」

「はい。寒中遠泳訓練と比較すれば、心地良さすら感じられます。これは避暑に相応しい行為と認識します」

「寒中遠泳訓練……何だか聞いただけで恐ろしい訓練だな、それは」

「護衛士訓練課程における最終訓練で課されるものです。数人は命を落としたと記憶しております」


 ふと、ジークは気付く。今、初めてシルクと雑談が出来たのではなかろうか。

 ジークは大きな達成感を感じて思わず笑みを零す。そんなジークに気付いていないのか、シルクは物珍しそうに水に手を付けている。シルクもシルクで初めての遊びに好奇心が刺激されているようだった。


「……そりゃ!」

「!」


 ジークが突然シルクに水を掛けてみると、シルクは咄嗟に躱して反射的に倍の水を返す。


「うわっ」

「! も、申し訳ございません! つい……」

「いや、これでいい。これが水遊びというものだ。さぁ、勝負だ、シルク!」

「……はい」


 シルクがちゃんと楽しめているのか。ジークにはいまいち判断できなかったが、それでも護衛を任せていた騎士達は二人とも年相応に楽しんでいたと評してくれた。

 その後、ジークとシルクは少しずつ距離を縮め、仲良くなっていった。


 ***


 長いと思われた先も、あっという間にやって来るものだ。

 二人の出会いから早くも十年が経つ。

 ジークとシルクは城の中で互いの考えを察し合うほどの主従であると評判になっていた。

 そして、二十歳となった二人には転機が訪れていた。

 ジークが隣国の姫と婚約を交わしたのである。


 婚約の儀を終え、疲れ切ったジークは自室の寝台に寝転がっている。


「疲れた……」

「ジーク様。せめてお召し換えをされるまで我慢を……」

「いいだろう、このくらい」

「私はジーク様に甘くするつもりはございません」


 容赦なく腕を掴んで起こそうとするあたり、無礼の域に突入している気がするものの、ジークはそれを咎めるつもりはない。むしろ、掴まれた腕を引いてシルクも寝台に引き摺り込む。


「ジーク様!」

「いいじゃないか。お前も疲れただろうしな。共に休もう」

「なりません!」


 いつもなら仕方ないかな、と少し妥協するシルクが、今日は眦を吊り上げて拒絶した。

 シルクはジークの腕を振り払って立ち上がり、寝台の前に跪いた。


「ジーク様、自覚なさってください。貴方様は近い将来、妻を娶られるのです。たとえ気の知れた護衛士であろうと、妻以外の女性と戯れてはなりません」


 ジークがピクリと反応した。

 そして、むくりと起き上がる。

 目の前には跪いて、真剣な目を向けた自身の護衛士。

 だが、ジークの目には別のものに映っている。

 十年の時を共に生きてきた幼馴染みの少女だ。

 シルクは変わった。

 ジークと遊んだり、話したりしていく中で、シルクはシルクという少女に変わっていった。王族に仕える優秀な戦士ではなく、シルクという一人の女の子に目覚めていったのだ。

 シルクの様々な表情を間近で見てきたジークは、ある頃から密かに、シルクを妻にできないものかと考えるようになっていた。

 誰よりもジークのことを知り、理解している少女。そんな彼女を娶ることができたなら、どれだけ幸せか。

 彼女と死ぬまで笑い合い、時には泣き、時には喧嘩をしながら生きることができたなら。

 無論、妻にせずとも死ぬまで一緒にいることに変わりはない。シルクはジークの護衛士だから。

 しかし、シルク以外の女を娶る気にはなれなかった。だから、二十歳の成人を迎える今日まで誰とも婚約をしてこなかった。

 本当なら、とうの昔に妻を娶って跡継ぎがいるべき年齢に差し掛かっている。それでもジークは頑なだった。母に泣きつかれ、父に命じられる今日まで、ジークはシルクを本気で想ってきたのだ。

 ジークの視線に熱いものを感じたシルクはそっと瞳を伏せ、頭を垂れた。

 ジークのこんな表情を見てはならない。

 見て見ぬ振りをしなければならない。

 シルクは無言でジークの視線に耐えた。


「……シルク」

「はい」

「お前に、言いたいことがある」

「……今でなくては、なりませんか」

「ああ。今言わねば、一生言えなくなる」


 シルクはそっと息を吐いた。

 止めなければならない自分の身分が、一瞬だけ嫌になった。しかし、それは無駄というもの。

 ジークが口を開く前に、シルクが言葉を発した。


「ジーク様、恐れながら」

「……どうした」

「私はジーク様と十年もの時を共に過ごしながら、今の今まで隠し続けていることがあるのです」

「なに?」


 シルクは立ち上がった。

 白い髪が月明かりに照らされて輝き、金の瞳が鈍く光る。

 身構えるジークに、シルクは問い掛けた。


「……ジーク様。私の瞳は何色ですか」

「は?」

「私の瞳の色です」


 ジークはシルクの意図が読めなかったが、ここは素直に答えておく。


「金だ」

「ジーク様の瞳も金色です」

「そうだな。……シルク、何が言いたい」


 ここまで言って察してくれないのか。

 だが、それも仕方ない。彼は何も知らないのだから。

 シルクは自分と同じ色の瞳を見据えて、はっきりと告げた。


「私は貴方様の妹です」

「……シルク。冗談はよせ。面白くも何ともない」


 そう言うジークは半分呆れたような顔をしていたが、それでも何か響いたらしく、視線が泳いでいた。


「冗談ではありません。私は貴方様と時を同じくして生まれた双子の妹です」

「……証明できるのか?」

「はい」


 ジークは信じたくないがゆえに証拠を求めたが、それはシルクの想定内だった。

 ジークの瞳が大きく揺れている。

 主に、幼馴染みに、兄に、こんな顔をさせたくはなかった。

 でも、致し方ないことだ。いずれは伝えられるはずだったこと。それの時期が少し早まっただけ。

 シルクは胸元のボタンを外し、鎖骨をジークに見せた。


「……嘘、だろう?」

「これが幻と仰るのなら、私そのものの存在を否定することになります」


 王族の肉体には王家の紋章が痣のような形で現れる。その場所は決まっていないが、ジークは右の二の腕に紋章の痣がある。シルクの紋章は、鎖骨と鎖骨の間にあった。


「私は生まれたばかりの時点で既に有する魔力量が凄まじく、将来王女として他国に嫁ぐことは認められませんでした。ゆえに父上と母上は、私を王族護衛士にすることとしたのです。血族である王族の側で一生を送ることができ、天から与えられた魔力を活かして生きることのできる立場に私を置いたのです」

「……シルク」

「貴方様をこう呼ぶことは禁じられていますが、婚約の祝いを申し上げるくらいは陛下も目を瞑って下さるはず」


 ジークの顔から感情が消えていることを敢えて無視し、シルクは慈しみに満ちた微笑みを浮かべて述べた。


「ご婚約、心からお祝い申し上げます。兄上」


 お願いだから、道を踏み外さないで。

 私に心を与えてくれて、私を心から愛して下さった……ジーク兄上。

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