第3話 傍迷惑な反抗期

 まぁま、などと言っていた可愛いあの子。今はもういない。


「うっせぇな、クソ婆ぁぁぁ!」

 昼夜問わず響く罵声。可愛いあの子は、グレた。しかしこれが人間だったなら、どれだけよかったことか……と、仕事の資料を読みながら思う。ガアガアと魔族語で世の中を罵りながら破壊衝動に身を任せて衝撃波を放つ。魔法の耳栓とあたしご自慢の防御シールドがなければ大惨事、それをも突き破るあの子の声と魔力は、はっきり言って迷惑でしかない。

「あの子の親はきっと、エリート魔族だろうね……」

顔が当代魔王に瓜二つだが、本人は、似ても似つかないと全力で否定する。いや、そういうお年頃だろうけども。

(魔王の子か、少なくとも魔王の血縁だろうねぇ……)

桁外れの魔力も頷けるってもんだ。


それはさておき。罵詈雑言を聞いてああ可愛い、巨岩を砕いたり小山に座ったりする姿を見て大きくなって……などと思うのはママであるあたしだけだろう。結局、彼の反抗期のせいで、バカンスのために購入したこの別荘とプライベートビーチが居住地になってしまった。ほかの住処は全部、あの子が破壊してしまってね……。

「そのうち……魔力制御の方法を覚えさせないとねぇ……」

桁外れの魔力を持つため、本人の想定外のことが起こる。

「う、わぁ、ママ、たすけて!」

「どうしたんだい?」

「くっ……左の掌が疼く」

はて?

「何かっ……覚醒しそうだっ!」

……人界で言うところの、厨二病かい?

近代魔導の書を開いてみたが、その病を治す薬はないと言う。

「病であり、病ではない…ふむ?」

「ああ、ママ……僕の左手が覚醒するぞ、ぐはぁっ!」

「へ!? あわ、なんてこった!」

息子の左掌には、本当に邪眼と思しき第三の目が発現し、肘までびっしりと黒いテラテラ光る立派な装甲がなされている。しゅうしゅうと湯気が立ち上るなか、邪眼がぎょろりと動いた。

「ぎゃあ、ママ、とってー!」

邪眼をとるなど考えたこともなかったあたしは、可愛い我が子のためにそれらしい魔導書や論文を片っ端から読み漁った。が、どこにもそんなやり方は載っていない。

「ぎゃああ、目がしゃべったぁ!」

半狂乱になったうちの子は、泣き喚きながら邪眼をあちこちに向けたからたまらない。強力な魔光線がビュンビュン発射され、不幸にも魔界と人界に到達してしまった。魔法事故発生である。

たちまちあちこちから事故報告が届き、出動要請が届く。

「こらあ、バカ息子! 所構わず魔力を開放するな!」

「うっせーよ、ババア。コントロール出来るもんなら、とっくにやってるっつーの!」

それよりはやく邪眼を取り除く方法を教えろと喚く。

「どうやらそれは取れないみたいだね。悪魔族は、邪眼を喜ぶはずだよ。上位の高等悪魔族にしか現れない特殊なモノだからね」

「マジかよ……」

あたしの六倍はデカい図体をした息子が半べそかいてビーチに蹲る。どうやら胸元から魔剣が生まれ、世界征服を嗾す声が聞こえたとか。あまりの出来事に動顚し、ママ、ママ助けて、と、すすり泣く。

グレてみせても、まだ幼体なのだ。

「ほら、人間になれるかい? 一緒に人界で魔法事故処理をしよう」

せめてもの償いに、と、息子はついてきた。このあたり、魔族というより人間にちかい近い。

(まさか……人間と魔族のハーフ?)

人界で、彼はよく働いてくれた。壊してしまったピラミッドの上に仁王立ちになり、人々の注目を集めた。そのおかげで、ピラミッドの修復費用はすぐに集まった。

さらに、悪魔の姿で、悪徳商人に人身売買されそうな子供達をさらってきた。あたしが魔法で自宅へ転送すれば、親は泣いて喜んだ。

「よかったなぁ…」

あたしより遥かにデカい息子。反抗期真っ盛りの息子が。キレイな涙を流していた。


 それからしばらく後。

邪眼と魔剣が発現し、あらたな能力を手に入れたあの子は、唐突に「オトナは汚ねぇ」と訳のわからないことをわめきながら、不良への道を歩みだした。派手な格好でバイクを乗りまわす暴走族というものを人界で学習してしまい、バイクのかわりに野良ドラゴンを乗りまわした。己の背には立派な黒い六枚羽があるというのに、それは使おうとしない。いくらなんでも勿体無いだろうと指摘したら、『暴・銅鑼権・族』と、目にするだにこっぱずかしい文字を、そこに書きつけた。

 そしてその恥ずかしい姿であちこちを荒らしまわっている。

「よりによって銅鑼ときた。せめて怒羅とか、なんか――もう少しいい当て字はなかったものかねぇ……」

 あたしは、古代中国から伝わる東洋系の魔導書を片っ端からめくりながらソレっぽい字を提案してやったのだが――。

「おいこら、クソ婆! こんな難しい字が、書けるか! 却下だ、却下! 一筆書きで書ける字しか書けねぇんだ、おれは!」

 可愛いあの子は、あまりお勉強が得意ではないらしい。嘆かわしい。

「あんた、来年から学校行こうね」

「嫌だ!」

「このままだと、人間にもなれない、魔法使いにもなれない、魔界の貴族にもなれない。どうするんだい?」

 魔界ならば定まった職のない雑魚モンスター、雑兵として生きる道もあるが、これだけ魔力の強い雑魚は迷惑だろう。

「しっ、知るかよっ! 俺は俺の力で、この世を征服して王になるからいーんだよ、うっせえ婆……」

簡単に王になれるはずないのだが。

 本人が、カッカと沸騰すれば、口から火炎放射器の如く炎を吐く。それが、あたし自慢の髪をチロチロッと焦がした。それを見た瞬間、あたしの脳みそが沸騰した。

「許さん、このバカ息子!」

「ぎゃ、檻!?」

「魔族の餓鬼如きの魔力で破壊できるものではない。しばらくそこで、頭冷やしなさい!」

彼は知らない。ちょっとした魔女であるあたしを怒らせたらどうなるか。


――こうしてあたしは、息子の激しく傍迷惑な反抗期をなんとか凌いでいる。

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魔女の相棒 鋼雅 暁 @a_kouga

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