第2話 悪魔族の成長

「ままぁ……おつむ、いちゃいの……」

「おや、怪我でもしたのかい?」

「ううん、わかんない……でも……」

「でも?」

「おつむが……」

 出会ってからおよそ半年後の真夜中、あたしは彼が悪魔族であることを思い知らされた。


 その日あたしは、単なる嫌がらせのためだけに人界に長々と居座る悪徳ドラゴン一家との「交渉」をしていた。気紛れに災厄を撒き散らして人々を恐怖のどん底に突き落とし、右往左往して泣き叫ぶ人間を見て楽しむ、かなり悪趣味な一家であるため、早急に人界から排除する必要があるのだが……天使や神の説得も失敗に終わり、悪魔族からの脅迫も退けた彼らは、一向に動く気配がない。

 そこで、ドラゴンを使役する術を持っているあたしが、人界に派遣された。なぜあたしがすぐに派遣されなかったかと言うと、そこは複雑怪奇なオトナの事情ってやつだ。

 とにかく彼らは、箒にまたがって滑空するあたしの姿を見るなり慌てた。使い魔として調伏されると思ったのだろう。実際あたしは数百年ほど前にドラゴンを使役していたこともあるから、まぁ、慌てっぷりも不思議はない。

 ドラゴンにとって、使い魔にされることは不名誉でもある。だから、家族総出で敵意を剥き出しにしてきた。尻尾を振り羽をばたつかせる。これだけで、地震が起こる。人間たちが慌てふためいている。

「警告だよ、ただちに迷惑行為をやめなさい」

 がああ、と、雪の塊が吹き付けられた。あたしはそれらを、片手で全て掴んで気化される。再び、ドラゴンたちが吹雪を叩きつけてくる。無駄だよ、と、微笑んですべて消し去る。

「しかし……生意気だねぇ……」

 ぐおぉ、と、家長らしきドラゴンが雄たけび。このせいで、爆弾低気圧が発生してしまった。許しがたい。

「はぁん? このあたしがアンタたちを使い魔として採用すると思ってるのかい?  厚かましいね。使役する価値もない。失せな!」


 やれやれ。これにて一件落着。奴らとは二度と会わなくて済む、はず。


 杖を振ってドラゴンたちが撒き散らした災厄の後始末をしながら帰宅したあたしは、ビーチで泣きべそをかいている息子を見つけた。

 箒から降りたあたしを見つけて、トコトコと駆けてくる。が、すぐにうずくまってしまった。

「坊、どうしたんだい?」

「おつむが……割れ……ぐあぁ!」

「ああっ、なんてこと!」

 あたしは咄嗟に、息子とあたしを包む防御魔法を展開した。月明かりのビーチ、目の前で息子は頭を抑えて転がり周る。華奢な背中にビキビキとヒビが入る不気味な音が響き、ヒビ割れた箇所から魔力が溢れる。やはり強い。あたしは、ここがプライベートビーチでよかったと思いながら、防御魔法を強めた。これから、それなりの衝撃波が放たれるはずだから。


 あたしはそれを見ながら、脳内に蓄えた悪魔族に関する知識を総動員して目の前の事態を理解した。おそらく彼の場合、はじめての脱皮だろう。そして彼は、自分が脱皮する生き物だと知らされていないのだろう。

「ままぁ、こあい……」

 あたしは、震える息子の背中を優しく撫でた。

「がんばれ、脱皮して、角と翼が生えるんだよ!」

「……う?」

「安心しな、成長するんだよ。かっこ良くなるんだよ、大丈夫」

  そう、悪魔族は、成長の節目節目で脱皮を繰り返す。ただし、脱皮が終わって体が馴染むまでのその数日間は無防備であるため、仲間や親が、巣や集落の奥深くで守る。

「あたしが、守るからね。安心しな」

「いちゃいの、ままぁ……」

 小さな手が、あたしの腕をぎゅっと握ってきた。可愛い、男の子の手だった。


 三日三晩、彼は苦しんだ。

 まさかの、脱皮の途中で寝るという、どの魔導書にも書かれていない状況を披露してくれたのには驚いたが、無事に、黒くて小さな角と小さな翼を手に入れた。

 体も、三回りほど大きくなった。

「くあぁぁぁ!」

「うーん、雄たけびもソレっぽいが……なんか違うぞ?」

 ビーチを、どたどたと走って飛ぶ練習をする坊やが、立派な悪魔になるにはもう少しかかりそうだ。

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