諦めるの?
その後、晴人との関係は持ち直すことができず、連休中に地元へ帰って来た彼に別れを告げた。向こうは納得いかないような様子をみせながらも、最後は「わかった」と言ってくれた。
何とも呆気ないものだった。一緒にいた時間の長さや、深い部分での繋がりは、数分の別れ話で溶けて無くなってしまったように思えた。
その1週間後、いつものように目的もなくただSNSを眺めるだけの時間に、ひとつの投稿が目をひいた。
直接の知り合いではなく、友達の友達で、何となくフォローし合っているような繋がりだった。本人と思われるプロフィールの 画像は羨ましいくらいに美人である。
その投稿は、彼氏とペアルックでテーマパークへ出かけたというような内容で、マスコットキャラクターを真ん中にして撮った写真が添えられていた。
左に彼女、真ん中にはうさぎの着ぐるみ、右にいたのは紛れもなく、晴人だった。上手とは言い難い、歯を見せた笑顔でピースをしている。
恋愛の切り替えのスピードは、人それぞれだ。長く付き合ったからと言って、思い入れもそれに比例するように深くなるとは限らない。結局は現在進行形の心の動きが、当人の行動力に繋がっていくのである。
写真の中でぎこちなく笑う彼に、ざまあみろと嘲笑した。
別れを切り出したのは私の方なのに、私と別れて可哀想だな、と同情している自分に追いつけなかった。私はまだ青くさいな、と思った。
私は滅多に笑わない彼が好きだった。いつも無表情で、どこか遠くを見ていて、手を離してしまうと消えていってしまいそうな、そんな儚さがある人だった。
そんな彼が1番笑ったのは、私が看護学校に合格したと報告した時だ。
まるで自分のことのように喜んで、私の両手を強く握りながら、おめでとう、おめでとう、と何度も言った。
気味が悪いくらいに笑っている晴人には、いつものような儚さはなかった。
「何かあった?元気がないね」
車椅子に座る山下さんが心配そうに顔を覗き込んでいた。
実習中にも関わらず、上の空だったようだ。
「すいません。何でもないですよ」
日に日に病状が回復している山下さんは、明日の午前10時にリハビリ病院への転院が決まった。
あの日、私が山下さんとの散歩を諦めようとした日、西館さんが車椅子に座るよう促したあの時から、明日の転院までのレールが敷かれていたのだと思う。
「まあねえ、若いうちは悩んで悩んで悩んでなんぼよ。たくさん遊んで、たくさん恋しなさいね」
うふふ、と上品に笑う山下さんは人生の大先輩であるが、正直、遊ぶ時間も恋する相手も、ましてや誰かに好きになってもらう準備もなかった。
看護師への道が開かれた時、晴人は私を目一杯の笑顔で祝福してくれた。
だけど、その道を辿っていくと、彼はその祝福を後悔するかのように、時々電話で悲しそうに話していたのだ。
「優輝が、看護学生じゃなかったらな」
私にとって、看護師という未来は、全てが輝いた予想図ではなかった。
諦めずに課題や実習を頑張ることはできていたのに、それと相対するように、自分を満たすものを諦めて、また、人には諦めさせていた。
晴人は、自分の欲求を満たしてくれるのなら、誰でもよかったのではないか。そう思うと、不思議と心は軽くなった。自分にしか果たせない役割ではなかったんだと思えたからだ。
私は誰かにとっての唯一無二の存在になることを恐れていた。
バイタルサイン 不知央人 @justicia1001
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