第2話 解答編

Q「ねえ、午後時間空いてる?」


 うわー出た。自分の用件を言わず、まず相手の予定から聞く「空いてる?」作戦。

 こいつ、ロクでもない話を持ち込もうとする時はいっつもこうなんだよなー。魂胆バレバレなんだよ。やだよ、そんな質問絶対答えないよ。

  ↓

A「どんな話?」



Q「いや、大した話じゃないよ。時間ちょっとでいいからさ」


 「大した話じゃない」ねぇ……

 もう、用件をそんなに露骨に隠してる時点でもう、怪しさ全開じゃねえかよ。アレだよねお前、ここで話をしちゃうと、左斜め前の席に僕の課長が座ってて話が全部課長に丸聞こえだから、それでここから連れ出して、誰もいない個室で二人だけで話をしたいんだよね。

 ハイハイもう厄介な話で確定だねこれは。僕もう絶対この席を立たないから。

  ↓

A「ちょっとでいいなら、ゴメンここで打ち合わせお願いできない?」



Q「え?午後空いてないの?」


 はい、こっちの提案ガン無視してもう一度聞き直してきた。すげえ力技つかうなぁコイツ。ダメだよその手には乗らないよ。

 お前っていつもそうだけど、どうせ社内サーバーで共有してる僕の予定表を事前に確認して、僕が午後に予定が空いてるの確認した上でここに来てんだよね。それで僕が「空いてない」と答えたら、しれっと「でも予定表は空いてたのさっき見たぜ」とか言い出して、僕が嘘ついたみたいな空気醸し出すんだよどうせコイツはよ。

 そうはさせないぜこの野郎。

  ↓

A「予定表は空欄にしてるけど、ちょっと急用入るかもしれないからわざと空けてたんだ」



Q「いや実はね、いま俺の方で立ち上げてる『DFプロジェクト』についてどう思うか、関係者から意見や要望を募ってんのよ。それでお前の意見も聞かせてほしいんだ」


 出た。

 今ので全部わかったコイツの魂胆。

 DFプロジェクトね。あーハイハイ全部わかった。DFプロジェクトなんて、みんなが裏で「泥船」って呼んでる、もうどうにも救いようのない失敗プロジェクトだぜ。

 実質、ほぼこいつが一人でプロジェクト全体をめちゃくちゃに壊したやつだ。


 で、「意見聞かせてくれ」という態を装った、いつもの罠だ。

 あーハイハイ。絶対に逃げ場のない鉄壁の包囲網ねコレ。バレバレだね。


 ここは注意しどころだぞ自分。この質問には絶対に答えちゃいけない。一言も意見を発しちゃいけないんだ。少しでも意見を発した瞬間に、その言葉じりをつかまえて引き込まれるぞ。気を付けろ自分。

 とりあえず、まずはこの質問をジャブで放ってこいつの化けの皮を剥いでいこう。

  ↓

A「それ全員に聞いて回ってるの?」



Q「いや、DFプロジェクトに少し関わりがあって、いいアドバイスをくれそうな人を何人か選んで回ってる」


 あーやっぱりね。

 管理職も担当も含めて、たくさんの人に幅広く声を掛けてるって自分から言うなら、本当にアドバイス求めてるのかなぁと思わなくもないけど、「何人か」ってことはその可能性は無いな。なーにが「選んで回ってる」だよ。これどうせ僕以外の人には誰も声かけてねえだろ絶対。


 お前の魂胆は完全に読めている。

 お前は僕をお人好しのカモだと見くびって、DFプロジェクトの失敗の尻拭いなのか火消しなのかお手伝い要員なのかスケープゴートなのか、とにかく損な役目を僕に押し付けようとしてるんだ。


 今の質問で自分の推測が正しかったってことがほぼ分かったけど、確実にするためにもう一つ、これを聞いてみよう。この質問にコイツが「そうだね」と答えなかったら、僕に損な役目を押し付けに来ているということで確定で間違いないだろう。

  ↓

A「それなら僕なんかみたいな下っ端じゃなくてさ、販売2部長とか、企画部長とか、全体を見てる上の立場の人に聞いた方がよくない?」



Q「いや、できるだけ現場の担当者の生の意見を聞きたいんだ」


 キター!!

 ハイ、ろくでもない話確定。上の立場の人を出したがらない、それイコール後ろ暗い所があるってことだ。

 さて、ろくでもない話だってことが確実になったところで、それじゃどう返すかな、コイツの答えに。


 おそらくコイツのことだ。僕が「DFプロジェクトはこうするべきだ」なんて言った日には「そんな意見があるなら一緒に手伝ってくれよ」とか言い出すはずだ。で、僕が嫌だと言ったら「口だけ出してきて手伝おうとしない無責任な奴だ」って方向に持って行って、自分は被害者ですみたいな顔をするんだ。


 じゃぁ僕が「DFプロジェクトはもう失敗だからやめよう」と言ったら、今度は「あいつがDFプロジェクトをやめろと言ってました」とか言って、プロジェクトを中止する決断の責任を全部僕におっかぶせてくるんだろう。


 そして「DFプロジェクトは自分の担当じゃないから何も意見は無い」とか突き放したら「同じ社内なのに、こんなにも他人のプロジェクトに関心が薄いのです」などと言って、失敗の原因は社内のチームワークの悪さにある、みたいな方向に誘導してくつもりなんだろうな、きっと。


 だいたいさぁ「大変なのでDFプロジェクトを手伝ってください」って最初からストレートに頭を下げに来ないところが腹立つんだよコイツ。「DFプロジェクトについてどう思いますか?」って意見を聞くふりをして近づいて、その答えを糸口に罠にはめてくる手口が汚い。で、いつも自分は被害者です、みたいな顔して平然としている。もうだまされないよ。


 よーしここは、「意見を言うことが逆にお前のためにならない」というストーリーで行こう。これなら奴の言いがかりの芽を全部潰すことができるはずだ。あと、「お前が担当者だぞ」っていう点も強調しとかなきゃな。

  ↓

A「うーん。でも、DFプロジェクトは担当外で正直よく知らないわ。よく知りもしない僕がそんな無責任に意見を言ったら逆に、担当者のお前に失礼だよ」



Q「そんなこと無いって。じゃぁ、DFプロジェクトを今すぐ進めるべきか、しばらく様子見するべきかだけでも意見くれない?

DFプロジェクトはお前だって完全に無関係ってわけじゃないんだからさ、そんな『俺知らねえ』みたいな無責任な態度はやめてほしいな」


 お。僕の読みは図星だったみたいだな。困ってる困ってる。

 で、進めるべきか、様子を見るかだけでも意見を出せと。

 単純な二択にすれば答えやすいだろうって?


 答えないよ。どうせ一緒でしょ?

「進めるべきだ」って言ったら次に来るのは「一緒に手伝え」だし。

「様子を見るべきだ」って言ったら次は「彼が様子を見ろと言ってました」って周囲に言いふらしまくるんだろうし。


 それに、なーにが「『俺知らねえ』みたいな無責任な態度はやめろ」だ馬鹿。担当じゃないんだから知らないの当たり前じゃないか。

 だいたいお前、「完全に無関係じゃない」とかアホなこと言ってるけど、客観的に見て完全に無関係だからね僕。僕これっぽっちもタッチしてないからねDFプロジェクト。


 お前はすぐそうやって話を盛るんだ。そして相手を悪者に仕立て上げる。それで相手の怒りとか焦りとかを誘い出そうという作戦なんだろう。お前の中で僕は悪者でいいよ。お前は被害者だ。それでいい。それでもぜんっぜん、僕は気にならない。


 僕は、ここは断固として答えない手でいく。質問を質問で返す作戦だ。しかも上司を巻き込んで、さらにコイツの嫌がる方向に話を持って行ってやれ。

  ↓

A「いや、よく知りもしない部外者が横から口出す方が無責任だよ。だいたい、お前んとこのトップの山本部門長はどう思ってんのよ?」



Q「DFプロジェクトもさ、色々大変なんだよ。みんなからアドバイスを頂いて少しでもよい方向に持っていけたらなぁと」


 お?なんだ?いい方法が見つからなくなってついに泣き落としか?


 大変なんだよ…と愚痴をこぼせば、可哀想に思って同情してくれるとでも思ったか?昔その手に引っ掛かって、お前がしくじった仕事の後始末、僕は全部押し付けられたよな。それで平気な顔して逃げたよなお前。加害者のお前はスッパリ忘れたかもしれないけど、被害者の僕はよーく覚えてるよ。

 同じ手が通用するとでも思ってるのかお前は。馬鹿か。


 それにお前は僕の質問に答えていない。

 僕の質問にちゃんと答えなさい。

  ↓

A「部門長に方針、確認してないの?」



Q「いや、だからさ、みんなからアドバイスをもらって……」


 質問に答えろッ!!

 くどい!!


 ……あーもう、課長が横で笑いこらえてるじゃん。

 課長、どうです僕、成長したでしょう?以前はコイツにしてやられて、その節は課長にも大変ご迷惑をお掛けしましたけど、今回は完全に封じ込めてやりましたよ。


 もー。それじゃ最後、課長締めて下さいよ。「じゃぁ君の上司と私で相談してみようか」とでも言って、テキトーにあしらってやって下さいよ。どうせコイツ、自分の上司には何も言わずにここに来てるはずだから、きっと真っ青になりますよ。

 それじゃ僕からパス送りますから、フィニッシュ頼みますよ課長。

  ↓

A「部門長の方針が分からないのに、部外者の僕が意見出すのは……それはさすがに……、ねえ、課長どうしたらいいですかね私これ?」


(課長、肩を震わせながら必死で笑いをこらえている)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心理戦 白蔵 盈太(Nirone) @Via_Nirone7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ