火山島より:3
「まず、この島はリゾート・タウンと、火山、そしてジャングルの三つで成り立ってる」
リクは雑に書かれた地図を手にして説明していた。
「で、このジャングルっていうのがくせ者でな。これもまたでっかいダンジョンなんだが……」
地図の横に、ぐるっと一つの丸を描く。
そこにジャングルと但し書きを書いた。その隅に小さな丸をいくつか書くと、矢印のようなものもいくつか書いていった。
「こいつは、ひとつのダンジョンっていうより別のダンジョンに行くための通り道でもある。いくつか明確に存在している『道』がある。ほとんど木々ばかりだからこいつを制圧すると楽なんだが……どうも本物のジャングルと仕様が異なってるみたいでな。ダンジョンなんだから当たり前だが、切り拓いたところからしばらくすると再生しちまう」
ダンジョンや迷宮の壁に穴を開けても、しばらくすると塞がってしまうのと同じような構造なのだろう。
「その代わり、制圧したダンジョンがあると、別の所に再びダンジョンが産まれる。いまのところは魔力のせいでそうなってるのか、ここの性質なのかはわからない……というところまで突き詰められたんだが……」
リクは視線を向けた。
真面目な顔で聞いているカインやアンジェリカはまだいい。
隣で目を輝かせて聞いている瑠璃もまあ、問題はない。
問題はその更に横だ。
「はい」
そのうちの一人が手を挙げた。
「……どうぞ、アズラーン様」
リクは渋々それに応えた。
「砂漠は無いのかい。草原とかもあると嬉しいのだけど」
「無いです」
リクは即座に答えた。
どういう質問なんだと思ったが、考えたくなかった。
「火山自体が土なんで、それでどうにか」
「うーん。やっぱりそこが落とし所かなあ……」
「あと砂浜があるんでそれでどうにか」
「砂浜かあー」
それでいいんだろうかと少し思ったが、考えているようなのでそれで良いということにした。そうしてもらわないと正直困る。
その横で、挙手をする手があった。
「ところでここ、もうちょっと海の領域があっても良いと思うのだけど」
「海に囲まれてるのに!?」
チェルシィリアに思わずツッコミを入れてしまう。
「例えが悪かったわ。泉とか川とか滝とかもっといっぱいあっても良いと思うの」
「それは発見されるまで待ってください。というかいまの時点でも普通にあるんですけど!」
泉とか川とか滝は既に存在が確認されている。滝はともかく、泉くらいならダンジョンとしてではなく、ジャングル内に確認されているだけでも結構ある。これ以上発見されたらそれは何かあったとしか思えない。
――隙あらば自分の領地を増やそうとしてくるな、この人たち……。
完全に自分達のモノではない場所になってしまったから、興味もあるんだろう。そしてその中に自分の領域があると嬉しい、というものなのかもしれない。
「明るい空の領域はもっと必要じゃないです?」
「これ以上どうすんだよ」
リクは真面目な顔をするセラフには真顔で答えた。
だが、この三人はまあ「居るだけ」なのでどうでもいい。口は出してくるが、特にどうということもない。問題はその次だ。
もはや睨むようにというか、この世のすべてを恨むようなというか、ここから世界ごと黒い染みに落としてしまいそうなというか、とにかくこれ以上なく不機嫌なのを隠しもせず、ブラッドガルドは足を組んでそこにいた。その手には菓子の入った籠を抱え込んでいて、ひたすらに中身を口に入れていた。籠には最初、現代日本で作られた菓子がこれでもかと入っていたが、こっちで作られたものになった途端にその機嫌は若干悪くなった。若干程度なのでよくわからないが。
正確に言うと、あまりにも不機嫌なのを菓子でおさえられていた。それでも抑えきれない分は、他の三人の存在によって相殺されている。
そのブラッドガルドは、心底苛ついているような、地獄から響いてきそうな声で言った。
「貴様の説明はまどろっこしい……」
「じゃあ黙って聞いててもらえるか!?」
「でも確かにブラッド君、さっきからめっちゃ面倒臭そうな顔してるよね」
瑠璃がやや引いたように言う。
――この態度が面倒臭そうに見えるお前はマジでなんなんだよ……。
自分の幼馴染みのメンタルがたまにわからない。
いや、勇者になる前はある程度感覚でわかっていた気がするが、勇者になってからわからなくなった。たぶん本質が見えていなかったとはこういう事なんだろうな、とリクは少しばかり現実逃避をする。
「そうだ、その通りだ」
――ホントにそれ面倒臭いのかよ絶対嘘だろ。
ブラッドガルドは横にいる三柱を示す。
「まず、誰がこいつらを呼べと言った」
「お前が来てるから来てるんだよ」
リクは真顔でツッコミを入れてしまう。
「そうだよ。そりゃブラッドガルドが来てるなんて聞いたら来るだろ。ところで僕の友達も一人来てるらしいから、後で紹介していいかな?」
「還れ。いますぐ還れ。五回ぐらい死ね」
ブラッドガルドのイントネーションは『帰れ』ではなく、完全に『土に還れ』の方のイントネーションだった。相手は神だからそのイントネーションで合っている。
「そうね。何をしでかすかわからないし」
「貴様も還ってついでに死ね」
これ、どっちが嫌い度が高いんだろうな、とリクは考える。
「こう言ってますけど、お二人とも貴方が心配なんですよ」
「貴様はいますぐに殺してやる」
セラフに対してだけ一気に臨戦態勢に入ったブラッドガルドに、周囲が緊張に包まれた。正直、勘弁してほしかった。
「も~、やめなよ、みんなブラッド君の友達でしょ」
「貴様が一番先に死にたいようだな……?」
殺気がすべて瑠璃に注がれたが、瑠璃は焦ることなく手元にあったお菓子の袋を開いた。カスタードケーキだった。迷うことなくブラッドガルドの口の中に入れた。カスタードケーキを咀嚼するために、ブラッドガルドは黙った。
アンジェリカもカインも、瑠璃にほとんど任せっきりになっていた。だいたい瑠璃がいればなんとかなると思っていた。事実そうだ。
いささかマイナスに振り切れて突破しかけていた機嫌は、ほんの僅かだが戻ったらしい。睨むようにリクの描いた地図を見る。
「だいたいこんなものまどろっこしいにもほどがある。我が力ですべて掌握してくれよう……!」
「やめろ、お前が出てったらこれまでの地図も無駄になるだろうが」
ダンジョンが片っ端から制圧されて、新たなダンジョンが産まれまくるのは目に見えている。
そうなればいままで集めた情報も半分くらいが駄目になる。
「あとついでにどさくさに紛れて島を掌握しようとするな」
「……」
ブラッドガルドは舌打ちをした。
そりゃわかるだろうよ、とリクは無言のまま思った。
「ふん。だが、この島程度、我が力を持ってすれば掌握も容易い。そこのバカ共は暢気に構えているようだが――」
「ブラッド君。ゲームって、制限があってこそだと思わない?」
「あ?」
突然話を邪魔されたブラッドガルドが、再び瑠璃を睨み付けた。
「ほら、自分が使うブキとか装備とか職業とか、制限がある同士で戦うから面白いっていうか」
「……」
ブラッドガルドはしばらく瑠璃を見下ろしたあと、今度は視線を外しながら、何か考えているようだった。
「……、一理……ある……?」
「でしょー!?」
――それで納得するのかよ……。
「ところで、このお菓子は気になりますね。この包装にあるのは名前ですかね」
「向こうの言葉でしょうね。中身は小さいパウンドケーキに似ているようだけど」
アンジェリカとカインも完全に無視していたので、リクはもはやどこから何を言っていいのかわからなくなっていた。
*
「……まったく、いちいち面倒臭い奴らだ」
ブラッドガルドはぶつくさと言いながらソファにどっかりと腰掛け、足を大きく組んだ。
リクとアンジェリカは、セラフを伴って冒険者たちへの報告に向かってしまった。
アズラーンはここに来ているという冒険者の友人を探しに行って、チェルシィリアは海賊たちが来ているというので海の方まで行くらしい。
部屋に取り残されたのはブラッドガルドと瑠璃だけだった。
「そう言うなよー。友達でしょ?」
「何度も言うが、あれはトモダチではない」
「またそういうこと言う~~」
友達じゃなかったら来ないでしょ、と瑠璃は主張したが、ブラッドガルドには理解不能だった。この不愉快な話が延々と続くのであれば、いっそ瑠璃を殺しても構わないとさえ思った。
だが、瑠璃はそんなことはどうでもよかった。
「それよりブラッド君さあ。せっかく来たんだから、一緒にここのお菓子食べようよ」
「……あ?」
急に話が変わったことに、ブラッドガルドの方が一瞬反応が遅れた。
明確に「何を言っているんだお前は」と言いたげな顔をする。
「ほら、ジューススタンドみたいなのもあるって聞いたし」
「貴様、もう行ってきたのではなかったのか……」
「そうだけどそうじゃなくて、私はブラッド君と一緒に行きたいんだよ」
「は?」
「よく言うじゃん。『そこに付加価値がある……!』」
「なんの話だ。もっともらしいことを言うな」
なんだ付加価値って、というツッコミは面倒なのでしないでおいた。
「いいじゃん。ほら行こうよ」
だが瑠璃にはまったく通じなかった。
瑠璃はブラッドガルドの手をとって、ぐいぐいと引っ張る。瑠璃の力ではどう足掻いてもブラッドガルドを引っ張るなど無理難題だったが、やがてブラッドガルドの方が根負けした。渋々と立ち上がり、その手が引っ張る方へと緩慢に歩く。
「……、人間態にはならんからな」
「えー? いいよ別に。人間態より普段のブラッド君の方がいいから」
どれだけ外見が気取ったイケメンになろうと、中身を知っているのでキャアキャア言う気になれない。それに、なんだかよそよそしく感じてしまうので、見知った顔の方が良かった。
瑠璃は笑いながら、ブラッドガルドの腕をひっ捕まえて隣を歩いた。上機嫌の瑠璃と、不機嫌の極みのようなブラッドガルドが並んで歩くと、異様な雰囲気がますます際だった。
「それより何食べる!? なんかいろいろあったよ!!」
「うるさい。近くで喚くな」
言い合いながら、管理人室を出る。
太陽の光から覆い隠すように、瑠璃の上で影蛇たちが傘を作った。
迷宮主さん、おやつ食べましょう!(仮)【完結】 冬野ゆな @unknown_winter
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