火山島より:2
火山島。
そこに現れたダンジョンはいまだに未開拓のものも多い。
かつての勇者が管理人についているとはいえ、未調査地域が大半を占めるこの島は。いまだ謎に包まれた大陸だった。国をあげた調査隊が時折やってくる中、冒険者たちはそんなものを待っていなかった。真っ先に定期連絡船を作り上げた海賊国家に赴き、その日も定期連絡船に乗って何人もの冒険者が新天地へと足を踏み入れた。
船酔いと海の呪いに気をつけながら、ルディは他の冒険者たちと一緒に上陸を果たした。
「うわ……、凄い」
聞いていたとおりだった。
勇者の話によると、宵闇の魔女があの泥を、神々の療養所とすることを提案したのだという。だがブラッドガルドがそれを許さなかったため、二人の中のイメージが混ざり合ってしまったのだという。どこまで本当なのだろう、とルディは思った。
とはいえこの光景を見ると、実際にそうなのだろうと思った。
青い海はどこまでも広がっているようで、向こうでは空と繋がっている。まるで別の世界に来たような感覚に陥った。国が違うとそんな風に思うものだが、ここは別格だ。ルディは他の冒険者達と一緒に、「リゾート・タウン」と呼ばれる小さな集落の方へと歩いた。
歩いている途中にも、椰子の木をあちこちに見かけた。リゾートとはどういう意味なのだろうと考えるが、答えは出なかった。宵闇の迷宮でも、似たように意味のわからない言葉が当てはめられていたことがある。だからここもそうなってしまったのだろう。
そこは、ほとんど茅葺き屋根の建物が多かったが、ほとんどの施設が揃っていた。品揃えのほうは、さすがにバッセンブルグやなんかと比べると見劣りする。
「あっちの店は?」
「魔物の素材をとってくれば武器を作ってくれるんだと」
「へえー。やっぱりどことなく、宵闇迷宮っぽいよな」
「そうだなあ」
ルディは二人組の冒険者が歩きながら話しているのを見送る。
やっぱりみんなそう思っているらしい。
「あっちでジュースも飲めるってよ」
「なんのジュースだ?」
「果実だって。魔法生物がやってるらしい」
そして相変わらず、中立的な魔法生物も存在しているようだ。魔法生物が提供するものなんて、普通の迷宮なら恐ろしくてしょうがない。ギルドに大丈夫だと認定されたものでなければこんなに簡単に手を出すことなんてないだろう。
「なあ、ここ魔女の迷宮でもあるんだろ。チョコレートとかっていうのは存在してるのか?」
「それより、前みたいに砂糖のゴーレムとかいねぇかなあ」
まったくもって不可解にも冒険者に甘い部分があるのは、宵闇迷宮を彷彿とさせた。ルディは自分の腹に思わず手を当てた。熱いものを感じる。宵闇迷宮は無くなり、一度はブラッドガルドさえも消滅したというのに、ここにある魔道具は、いまだにルディの力になってくれていた。きっと自分は幸運なのだろうと思った。
「あっ……と、しまった」
他の冒険者達の会話に気を取られ、どこへ行ったらいいかわからなくなってしまったのだ。ルディは首筋を掻きながら、近くを通りすがった魔法生物へと声をかけた。
「あ、あの、宿屋はどっちへ行けば……?」
「あっちだよ。そこをまっすぐ行けば、宿の絵が見えてくるはずさ」
黒い狐面をかぶった魔法生物は建物の一つを指さした。
「ありがとう」
やっぱりその姿は意味がわからなかったが、魔女のイメージを組み込まれた魔法生物はやはり信頼に足ると思ってしまった。
宿屋も街中にあるものとはずいぶん違う。ここは驚かされることばかりだ。宿もコテージと呼ばれる茅葺き屋根の建物が一つ一つ作られていて、部屋どころか建物が分かれている。中には、十人用のコテージを複数パーティで借りているところもあるらしい。ルディは一人用の小さなコテージを借りた。
「……はあ」
コテージの中も静かで、波の音がゆっくりと聞こえてくる。その向こう側で、誰か波打ち際で遊んでいるらしく、女性たちの小さな笑い声が響いていた。いままで感じたことのないような脱力感に襲われた。冒険に出かけようと思ったのに、すっかり寛いでしまっている。
――だ、だめだ、これじゃあ。療養に来たんじゃないんだぞ!
ルディは完全に落ち着きつつあった。
首を振り、自分を奮い立たせる。そもそもここにやってきたのは、冒険のためだ。療養のためじゃない。
ルディは気を取り直して、立ち上がった。準備を進めてコテージを出ると、ギルドの出張所に向かっていった。いま貼り付けられている依頼や情報を確認したあと、ルディはこっそりとダンジョンのひとつに向かって暗いジャングルの中を進む事にした。
本来は何人かのパーティを組むのが普通だが、ルディは最近はもっぱら一人で活動していた。その方が都合がいいからだ。自分の力を隠し通せる。ルディは誰もいないのを確認して、息を整えた。
「……変身ッ!」
ルディの声にベルト型の魔道具が反応した。魔石の力が体中を駆け巡ると、ルディの体を鎧が覆っていく。頭まで覆い隠す仮面のような兜が出現すると、最後に背中にバサリとマントが流れる。ルディはいつの間にか仮面の騎士へと変貌していた。
「相変わらず発想がよくわからない魔道具だよなあ、これ……」
仮面騎士ナイト。この姿でいるときのルディの名前だった。
宵闇迷宮で発見された魔道具によって変身した、ルディの姿だ。
しかしこの魔道具のおかげで、精霊の一柱であるアズラーンともいまだに交流があるのだから侮れない。この鎧はルディの力を増強させてくれる。顔も隠してくれるから都合がいい。この火山島は危険ばかりが取り沙汰されているから、少しでも自分の力は強めておきたかったのだ。
療養のための温泉施設もあるとはいえ、基本的には一般人にとってはほとんど危険地帯だ。貴族たちも温泉施設とやらに来たがったが、正直、どれほど護衛がいても、ある程度自分を守れる実力が無いと無理な場所だ。そういう意味では、市井の民も貴族もほとんど同じレベルだといえる。
そう。一般人は無理なのだ。
*
ちなみにその頃、超一般人である瑠璃は普通に道に迷っていた。
「うおおおー! 迷ったァァーー!」
半分ブチ切れながら、瑠璃は頭を抱えていた。
「リクー! アンジェリカー! どこーー!!?」
どうしてこうなったのかは明白である。
瑠璃はリクとアンジェリカに護衛されながら移動していたはずだった。しかし横から急に出てきた魔物と戦闘になったため瑠璃は身を隠した。……隠したはずが、そのまま地面を滑り落ちて滑落。急いで二人のもとに戻ろうとしたが、上がれそうな場所が見つからず、上がれそうな場所を探している最中にいつの間にか普通に迷ったのである。
そして肝心のヨナルは、ものすごく申し訳なさそうな顔を――いつもの無表情だったが、そういう空気を出しながら――瑠璃の首元に巻き付いていた。
「あー……、これはあれだな? さてはブラッド君に何か言われたな?」
たぶんこれは、小娘が迷ったりしたらそのままにしろ、とかいわれていたタイプだ。
瑠璃はヨナルを掴んでがくがくと揺さぶった。その通りだったので、ヨナルは揺さぶられるままになっていた。にょろん、と瑠璃と目線を合わせようとせずに後ろに体を伸ばした。
「あのやろ~。帰ったらどうしてくれよう……」
もうこれ何回目なんだよ、と瑠璃は思った。
「とにかく上に戻んないと」
瑠璃の首元に巻き付いたヨナルは蛇のくせに首を竦めていたが、瑠璃は気にせずヨナルの頭を指先で撫でた。もはやそういうものなのだと理解していた。
「いや、上に戻る途中で戻ったんだから、ここに居た方がいいのでは……」
瑠璃は迷子の時の鉄則を思い出そうとしていた。確かその場でじっとしていた方がいいとか聞く。リクとアンジェリカも瑠璃を探しているだろうし、下手に動き回るべきではなかったと少し思い直した。そういうわけで、瑠璃がこの場から動かないことを決めた瞬間だった。
なんだか後ろからガサガサと音がするな、とは思っていた。
ぐいぐいとヨナルが動き、瑠璃の髪の毛が引っ張られた。
「え、なに……、おあーーー!?」
瑠璃が振り返った先に、三メートルはありそうな巨大なゴリラが立っていた。瑠璃のびっくりした声に、咆哮をあげる。
ヨナルがシャアッと顎を開く。
瑠璃がいまにもたたき付けられそうなゴリラの拳から、逃げようとした瞬間だった。突然の浮遊感に襲われ、瑠璃の視界がぐるっと回った。
「おうわ!?」
誰かに抱えられているのだと気付いた。
鎧のような堅い感触だ。赤い色が走る黒い剣が、ゴリラにたたき付けられた。鎧の人物は瑠璃を抱えながら、もう片方の手で剣を自在に操っているようだった。
「お、おお。かーっこいい!」
瑠璃は目の前で繰り広げられた戦闘に思わず言った。そうして、ゴリラが悲鳴のような声をあげながら、ずしずしとジャングルの向こうへと行ってしまうと、やがて瑠璃とヨナルはぐったりと力が抜けた。瑠璃はその場に降ろされると、目の前の騎士を見上げた。
騎士は、ナイトに変身していたルディだった。
「えー……」
なんだかどこかで見た鎧だ、と思った。
その通りである。なにしろ宵闇迷宮のイメージはすべて瑠璃の中から出てきたものなのだ。その中には特撮もあるし、ヒーロー映画もある。瑠璃は、迷ってたら急にどっかで見たような仮面の騎士が現れた人の顔をした。だが暢気にも、こっちの世界にもこういう鎧ってあるんだ……という事しか思っていなかった。
「大丈夫か」
「う、うん。大丈夫。ありがとう。ええと、お兄さん?」
「きみは……」
ルディは逆に、目の前の瑠璃をどこかで見た事があるような気がした。
だが完全に初対面だ。向こうも自分の仮面に驚いたような顔を見せている。どう見てもお互いに初対面だ。
――……だけど、どこかで……?
気のせいだろうか、と考える。
なんだかよく知っている気もする。
「……と、とにかくここは危ない。こんなところで一人でどうしたんだ」
「それはお兄さんにも言いたいところだけど……。ええと、私は迷っちゃって。迷ったっていうか、落ちたっていうか、落ちて戻ろうとしたら迷ったっていうか……」
瑠璃の説明は要領を得ていなかったが、ルディはだいたい理解した。
「……とにかく、仲間はいるんだな?」
「うん。上で探してるかもしれない」
「そうか。なら、そこまで送り届けよう」
ルディはどこかで魔物の咆哮を聞きながら、急いだ方がいいと思った。
いまの戦闘で魔物たちが活気づいてしまったらしい。
「でも、ここで待ってた方が……」
「今ので魔物たちが活気づいている。少し離れた方がいい」
「えっ」
「魔物が集まってきているんだ。きみ、戦える手段は?」
「私、戦う手段とか無いんだよ!」
「えっ」
今度はルディが言う番だった。
なんでこんなところに一般人が入り込んでいるのか謎すぎた。それは瑠璃が一番謎だったのだが、仕方が無い。そのくせ瑠璃の首元にいる黒蛇は、何か自分に近い魔力を持っている気さえする。いったいなんだっていうんだ、と思った。
ジャングルの中は、巨大なゴリラが咆哮をあげていた。更にその反対側からは、それに触発された巨大なトカゲのようなものが顎を開く。
さすがに二匹を相手にするのはルディも分が悪い。特に護衛対象がいるのならば、なおさらだった。マントで瑠璃をかばいながら後ろへと下がり、距離をとっていく。
「怪獣大戦争じゃん……」
――……。かいじゅうだいせんそう?
昔、誰かが同じことを言った気がする。
ルディは記憶を必死にたどった。
どこかでそんな言葉を聞いた気がする。
――『うわっ、怪獣大戦争』
確かに『彼女』はそう言ったのだ。意味はわからなかったが、アズと、満月のごとく巨大な『新月の怪物馬』が戦う時に、そう言った。ほとんどと言っていいくらい、同じトーンだった。
「……は?」
ルディの頭の中ですべてが繋がった。
瑠璃と一緒に咆哮と顎から逃れながら、隣でスッ転びそうになっている瑠璃を見る。
――え、ちょっと待ってくれ。まさか……?
「えっ……、まさかキミ」
言いかけたところで、向こうから声が聞こえた。
「ルリ! ルリいる!?」
焦ったような少女の声だった。
ルディは視線を向ける。声に反応したのは瑠璃の方が早かった。
「うわー!! アンジェリカー!! こっちこっち!!」
「大丈夫、ルリ!?」
茂みから出てきたのは、アンジェリカだった。どうやら瑠璃を探し回っていたらしく、焦ったようにやってきた。
「っていうかブラッドガ……、アイツは相変わらずなんで来ないのよ!!」
「ブラッド君は多分、私が迷ってるの見てめちゃくちゃに楽しんでると思う」
「なるほどね。はっ倒すわ」
まったく迷いが無い様子に、ルディも思わず冷や汗をかいた。
瑠璃の友達とやらはいったいどうなっているのだ。呆然と見つめている間に、瑠璃はルディの事を説明したようだった。ちらりとアンジェリカの視線がルディに向けられた。
アンジェリカはルディに近寄ってきて、見上げた。
「どうやら私の友達がお世話になったようね。私からもお礼を言うわ。助けてくれてありがとう」
「あ、ああ。仲間に会えて良かったな」
「そうね。……」
アンジェリカは何かを言いかけたが、その前に別の方向から声が聞こえてきた。
「おーい! リカー! 見つかったか!?」
「ええ、ここにいたわ!」
アンジェリカはその声に応えた。
――マジか。
向こう側に見えていたのはリクだった。紛れもなく勇者リクだ。
ということはこのアンジェリカという娘は、リクとともに戦った魔術師にして姫君のアンジェリカだとすぐに理解した。
「それじゃあ、私たちはもう行くわ。あなたも、気をつけて」
「ありがとう、ナイト君!」
手を振る瑠璃に、ルディは手を振り返した。
もはや疑いようもなかった。
彼女こそが魔女だったのだと、確信した。
「……マジかあ……」
ルディは呆気にとられたように呟いた。
もはや探索など身に入らず、帰ったら管理人室に寄るべきか、しばらく迷った。
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