番外編2

火山島より・1

 火山島――それはこの世界に新たに誕生した地形であり、ダンジョンである。

 細かく言うと、複数のダンジョンや危険地帯の存在する新大陸である。発見ではなく誕生であるのは、いろいろあって世界が平面から球体になり、新たに出来た海のところに火山島ができたからだ。

 何を言っているのかわからないと思うが、だいたいその通りなので誰も反論できない。四柱が原初の女神と激突し、世界ごと無に還りかけた事件は記憶に新しい。それに比べれば、世界が球体になって火山島が出来たことくらい大したことではない。

 なにより、冒険者たちはその新たな大地を探索する興奮で沸いていた。

 船乗りの利で真っ先に新天地に向かった海賊達に負けるなとばかりに、続々と火山島を目指した。


 そして現在――。


「おい……」


 地獄の底から響くような声には、怒りと苛立ちが詰まっていた。

 足元から立ち上る闇は炎のように揺らめき、威圧感が周辺一帯ごと押し潰しそうなほどだ。


「何故貴様がここにいる……」

「居るに決まってんだろ。俺、ここの管理人だぞ?」


 リクはその怒りを受け流しながら答えた。

 リクとブラッドガルドの間には一触即発の空気が流れていた――もとい。ほぼブラッドガルドだけに一触即発の空気が流れていた。


「あと、瘴気をまき散らすのをやめろ! 大変な事になってんじゃねぇか!」

「あ?」


 実際、大変な事になっていた。

 ブラッドガルドのまき散らした闇の気が、管理人の館を通り越して既に外にまで立ちこめ、通りすがった冒険者たちが身を竦めていた。いったい何が起きているのかと、じりじりと後退しながらも剣や杖に手をかけている者もいる。

 あまりの緊張感に、ダンジョンでもないのに冒険者たちの間に警戒が溢れる。

 無事なのは一部の空間だけだ。


「わ~! アンジェリカ、久しぶり~!」


 瑠璃とアンジェリカは両手を恋人繋ぎにして、にこやかにはしゃいでいた。


「本当に久しぶりね。元気だった、ルリ」

「元気だったよ~!」


 キャッキャとはしゃぐ二人の周囲だけ、平和だった。


「後でみんなも来るはずよ。明日になればカイン様達も来る予定になってるわ」

「えっ、えっ、本当!? わー! ユカタもっと持ってこればよかった!」

「ユカタって?」

「温泉とかで着るやつ! アンジェリカに似合うかと思って。安物だけど!」

「へえー。ルリのところの服なの?」


 平和な空間だけが、飛び散った闇の気を飛ばしていた。

 その大本では、ブラッドガルドがもう一度同じことを聞いていた。


「大体、何故貴様がここにいる……」

「管理人だからだよさっき言ったろ!」


 冒険者達による簡単な調査が終わった後、この島の管轄がいったい誰の者になるのか、それとなく国王たちは互いを牽制しあった。

 それは神々も同じだった。

 大地はアズラーンが。海はチェルシィリアが。空はセラフが。そして大地の下の燃えさかる空間はブラッドガルドが。最初はそうあった。

 しかしこの火山の大陸は、簡単に言えば、四柱すべての力をたたき付けられた原初の泥が、瑠璃の想像力に反応して作り替えられたものなのだ。

 要は、まったく新たな方法で作り上げられたものであり、誰のものなのか判然としなかったのだ。


 それで結局、リクがこの島の管理につくことになった。異論は無かった。

 リクの力はセラフから勇者として与えられたものだが、リクは冒険者になることを選んでいた。教会と国。どちらに与する事もリクは辞めて、島の管理人という位置についた。管理人というと大げさだとリクは思ったが、実際に大層なものだった。火山島はいまだに未開拓の場所も多かったし、勇者が常駐しているというだけで安心感もあった。それに、各国が勇者をとりあう必要も無くなった。


 だが、それに納得していない奴が世界に唯一人いた。

 当然というかなんというか、ブラッドガルドである。


「というか前にそうやって決まっただろうが! お前も聞いてただろ?」

「聞いてはいたが、我が許すとでも思っているのか勇者」

「お前ぜんぜん変わってねぇな……」


 せめてもうちょっと、物わかりが良くなっていてほしかった。

 問答無用で襲いかかってこないだけマシだが、頭痛の種なのは変わっていなかった。


「だいたい、ここは下僕の想像力に感応してこうなったのだぞ。つまり、下僕のものだ。そして下僕のものは我のものだ」

「その結論を導き出したいためだけに言ってるだろ」

「それ以外に『下僕のもの』を一度経由する理由などあるか?」

「だろうな……」


 わかりきっていた返答だった。


「というかまず瘴気を振りまくのをやめろ! 無尽蔵に出てきてんだよ!」

「黙れ貴様など引きこもってニートでもしていろ殺すぞ」

「ニートじゃな……いやどこで何覚えてんだ!?」


 相変わらず現代日本で何を覚えているのかわからない。

 そのうちネットミームとかで罵倒しはじめるんじゃないだろうなコイツ、という目をした。


「ブラッド君ー! リクー! 私アンジェリカと温泉入ってくる~」


 そして暢気に空気をぶち壊す瑠璃は、リクとブラッドガルドをさらっと放置し、さっさと温泉に向かっていった。


「嘘だろ放置かよ」


 リクは思わず声に出ていた。

 ブラッドガルド以上に、瑠璃が自由すぎた。







「は~~」


 温泉の中に浸かり、瑠璃は声をあげた。

 湯気が立つ温泉の中には、花が浮かべられていた。日本とはまた違う風景だ。だが確かに温泉である。


「ほんとに温泉だ~~」


 火山島として顕現したこの島には、温泉もあった。

 というより、瑠璃が温泉を願ってしまったのでこうなったわけだが。


 身体が温まり、気持ち良かった。体の芯まで温かくなっていくような気がした。日常のストレスからも、勉強疲れからも、ゆっくりと解放されていくようだった。

 瑠璃とアンジェリカは、しばらくぼんやりと温泉に浸かっていた。ゆっくりとした時間が流れる。先におもむろに話し出したのは、アンジェリカの方だった。


「ねえ。火山って瑠璃の世界にはあったものなんでしょ。こういう温泉はたくさんあるの?」

「結構あるよ。日本は火山大国だし。旅行にも最適だよ~」

「ふーん。良さそうなところはある?」

「あるよ。今度見とくねえ」


 たぶんアンジェリカはリクと行きたいんだろうなあと思っていた。


「それにしても、アンジェリカがえーっと、なんだっけ? 継承権の放棄だかしたんだっけ。ちょっとびっくりだよ」

「そう? だって、リクがここに住むんだから私が来るのは当然でしょう?」

「おおう……」


 更なるのろけ話を聞かされているような気分になる。


「国なら、私じゃなくても大丈夫よ。それに、私がここにいることで繋がりができるし」

「あ~。そういうのもあるんだ一応」

「そうね。ここはまだ未開拓の地域も多いし、研究しがいもあるから」

「ふうん?」


 瑠璃には、ここを作ったという自覚も認識もなかった。

 だから何があるのかわからない。想像している途中、ブラッドガルドがいわゆる死にゲーを浮かばせようとしてきたせいで、難易度も跳ね上がっているかもしれない。

 かつての宵闇迷宮のような期待をしている者も少なくない。

 それにきっと、何があるのかわからない方が燃えるのだろう。


 ――ここから先は、きっと新しいものが始まっていく。


 アンジェリカは少しだけ目を閉じた。

 リクは勇者という立場から降りて管理人になり、ブラッドガルドは問答無用で戦ってこなかった。それでいいじゃないかという気がしていた。きっとそれでいいのだ、とアンジェリカは思った。

 二人は温泉からあがると、瑠璃の持ってきた浴衣を着付けてもらった。この日のために瑠璃は着付けをわざわざ覚えてきたらしい。髪の毛にも花飾りをつけて、二人は管理人の館まで戻った。

 リクとブラッドガルドは相変わらずそこに居て、無言でにらみ合っていた。


「まだやってたんだ、二人とも」

「飽きないわね」


 闇の瘴気を軽くあしらいながら、二人は笑った。

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