最終話

 黒い画面が突然明るくなると、画面にはテーブルだけが映し出された。


『……見えてる? 見えてるかな?』


 生放送の動画内で明るい少女の声がすると、画面の横にあるコメント欄が動いた。


>>見えてるよ~

>>見えてる!

>>小娘ちゃんきた

>>小娘ちゃんお菓子はどうした!?

>>みんな供物を用意せよ!


 コメント欄は途中で止まりながらも流れはじめた。そこそこの人間が生放送を見ているらしい。


『やー、みんなこんにちは~! Ruriだよ~。……ほんとに見えてるよね?』


 カメラは手持ちでやっているのか、時々ぶれることがあった。

 Ruriらしき手が、横からぬっと出てきた。カメラとテーブルの間で軽く振られる。余計にカメラが小さく震えた。


『ええっとね。今日はちょっと見てもらいたいものがあって! ゲームやる前に、見せようと思ったんだ』


 Ruriの声は興奮気味だった。挨拶もそこそこに、高揚しているのが画面越しに伝わってくる。


>>お?

>>おお

>>これはもしや


『えっと、ちょっと待ってね』


 部屋の中を極力映さないようにしているのだろう。一度スマホのカメラ部分を手で隠すと、ガタガタと少しだけ何かを動かす音がしてから、手を離した。


『じゃ~ん。見えるー!? とうとう買ったよソファ~~!』』


 画面には、アイボリーのローソファが映り込んだ。布張りになっていて、横に広い三人掛けになっていた。肘掛けの部分はクッションになっていて、外側に向けられている。左右には同じ色のクッションが二つ、どちらも同じように少し斜めにして置かれていた。


>>おー!

>>おお

>>ついに

>>玉座!

>>玉座だーー!

>>おめでとう~!!

>>おめでとう!


『わあ~! みなさんありがと~! 一人ずつお返事できなくてごめんねぇ! もっとじっくり見ていいからね!』


>>どこのやつ?

>>おいくら万円?


 流れていくコメントの中からいくつか拾い上げて、Ruriは答えていく。


『えっとね、本当はもっと高い奴って言われたけど、部屋に合うのがこれだったんだよ。でも、えーっとねえ。二十万……くらいかな。カーペットとかも買ったし。めちゃくちゃ奮発したよ!!』


>>うおおおお!!

>>小娘ちゃんがんばった!

>>おめでとう~!!


『ありがと~! ほらもっと見て! めちゃめちゃ良くない!?』


 Ruriはスマホを動かして、ソファに近寄ったり、撮れる範囲で遠ざかったりしながらソファを映していった。興奮していたせいか、横からぬっと現れた影に気がつかなかった。

 画面の端に、突如として黒い布が映り込んだ。


『ワァーーー!!』


 ホラー実況でもないのに、Ruriの絶叫が響いた。カメラの映像が乱れに乱れて、ソファらしきものとそれに座る何かがぶれぶれの状態で天井らしきところが一瞬映った後に、カチャンという音とともに真っ暗になった。


『ちょっと急に画面に映り込んでこないで!』

『……あ?』


 最高に不機嫌な声がした。


>>ブラッドくん様きたぁー!

>>ブラッド君!

>>もしかしていまのブラッドくんちゃん様?


 コメントが流れていくが、それどころではない。


『これは我の玉座だ。どうしようが我の自由だろうが』

『私のソファなんだけど!?』


>>ブラッド普通に映ってきたぞwww

>>なんだ今の服?

>>放送事故期待


『今ソファ映してる最中なんだから、どいてよ! っていうか、スマホどこ?』

『貴様はいったいなにをやっているんだ。好きに映せばいいだろう』

『あ』


 拾い上げられたスマホを、誰かが覗き込んだ。茶色い髪の男が、拾い上げたスマホを見下ろしているのが配信画面の端に映った。


『ヴァーーー!!!?!?』


>>イケメンだーーー!?

>>放送事故だー!!

>>予想外にイケメンだった

>>イケメンじゃねーか!!

>>これであんな死ぬほど低い声出せるんか

>>普通に良い顔

>>放送事故きたーーー!!

>>人間態きたーー!!


 ものすごい勢いでコメントが流れていった。反対に、配信画面ではぶれた映像や指先が映り込み、阿鼻叫喚の様相を呈していた。


『わー! わー!!?』


 声だけで、しばらく目を回したRuriの悲鳴が響いていたが、突然静かになった。

 コメントの流れは落ち着かなかったが、やや落ち着いたRuriの声がした。


『あー……。人間態なら……。……別にいいかあ』


>>いいのかよ

>>駄目だろ

>>ブラッドくん様は異世界の魔王だから……設定に忠実だから……

>>これが現代で擬態してる魔王のお姿


 コメントは突っ込みであふれかえっていた。







 配信を終えたRuri――もとい瑠璃は、ヘッドセットを降ろしてテーブルに置いた。

 ぐっと伸びをする。


「あー、疲れた……」


 なんだか普段より疲れた気がした。

 だがせっかく買ったソファを見せびらかすことができてご満悦だった。満足感に浸りながら、口元がにやけそうになるのが停まらない。


「ねー、ブラッド君。買って良かったよね?」


 後ろが妙に静かだ。


「ブラッド君?」


 ブラッドガルドが返事をしないのなんていつもの事だ。だがいまはなんとなく空気が違った。

 影蛇たちも影の中に戻って、部屋の中も静かだ。後ろを振り向くと、ブラッドガルドはソファに陣取って寝そべっていた。いくらソファでもその長身をまかないきれず、ブラッドガルドは膝を曲げて大きく組んでいた。買ったばかりだというのに、肘当てのところを足で圧迫している。瑠璃は顔を覗き込んだ。相変わらず質の悪い髪の毛をそっと指で持ち上げると、目が閉じていた。髪の毛をそっと横に流して、眠っているのがよく見えるようにした。

 それから後ろにそうっと手を伸ばし、テーブルにあった自分のスマホを探し当てて手にとった。

 手帳型のケースを開いて、カメラ機能を起動させる。

 カシャッと小さな音がしたが、ブラッドガルドの反応は無かった。完全に眠っていた。長い間、眠ることを拒否し続けていたブラッドガルドの寝顔に、瑠璃はにんまりと悪戯っぽく笑った。


「待ち受けにしよ」


 設定で画面を変えると、ようやくスマホを置いた。自分もソファに突っ伏して目を閉じた。

 室内は静まりかえり、時折、外から車の音が小さく聞こえてくるだけになった。

 そよそよと、カーテンが僅かに揺れた。


 しばらくすると、スマホが再び鳴りだして震えた。ぐっすりとまだ眠る二人の後ろのテーブルで、表示された画面には「西崎」と書かれていた。

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