ライトノベルと1人の男

囲会多マッキー

第1話

私がライトノベルを読み始めた理由は友達にライトノベルという存在を聞いたからである。私は元々アニメが好きであった。しかし私はDVDを買うことが出来ず、テレビでしか見ることが出来なかった。私はそのアニメとの違いを見てみたいと思い読み始めた。

初めは「このシリーズだけ。」と思い読み始めたライトノベルだが、読み進めていくうちに「この作者の別の作品も読んでみよう。」となり、以前テレビでなんとなく見た別のシリーズ、更には作者も違うライトノベルまで読み進めている。これはなかなかの中毒性があることを初めて知った。

私は元々500ページを超える文学作品を読んでいた。それが本であると思っていたからだ。しかし、友達という1人の男から進められたライトノベルを読んだ時は楽しくてしょうがなかった。以来、様々な(ライトノベルから文学作品まで)小説を読んでいる。

しかし、ライトノベルというのは上手いもので続くなどで次巻の売上まで考えているのである。文学作品では続くは絶対にない。必ず一巻で終わる。確かに下巻などはあるが、そのような作品は少ない。つまりライトノベル作家がネットでずっと活躍できると言われる理由の1つは続くなどで次巻も買わせるという高等テクニックを使っているからではないか。少なくとも一巻でさえ中々の収入になるのが倍になるのだから文庫としては儲かるだろう。

しかし、面白い作品を作らなければ売れるわけがない。そんなことは誰でもわかっているだろう。それは文庫(出版社)も会社である。儲けなければ社員(編集者などなど)は生きることが出来なくなる。私は1人の読者として言わせてもらうが、批判されている作品は山ほどある。それは当たり前である。人によって考え方は違うし、人によって作る作品も違う。文庫によっても作風や文章の組み立て方も異なる。それでこそ面白い作品がどんどん出ていくことに繋がるのではないか。たくさんの種類があればあるほど考え方は多種多様になっていく。ひとつの選択肢だけではつまらない。だからこそ、ライトノベルも様々な書き方があり、1ページあたりの字数がそれぞれ異なるのではないだろうか。

最後に私は1つのことをしていても楽しいであろうかと問う。ひとつのことだけをしていて何が楽しい。いくら好きなことであっても飽きてしまうだろう。人生は一回だけである。何があろうが一度しか無い人生を楽しんで生きてほしいと願う。

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ライトノベルと1人の男 囲会多マッキー @makky20030217

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