深夜の推理
葉巻はゆっくりと灰になる、二センチほど灰が伸びたところで耕助は灰を落とす。
耕助は王都でやりのこしたことが無いか、思索する。王都にはめったに来れるものではない、アノン家からは距離がある。
(そうだ、秘書、政務官が付くって話があったな)
「そういえば私に政務官つけるって話、どうなったのかな。ヴェルディさん、何か聞いてない?」
「人選がなかなか難しく、あと数日はかかると魔導文が来ておりました」
「ふむ。最悪、ジャガイモ見学会に間に合えばいいか」
「官僚から引き抜くにしても、今取り掛かってる仕事もある。使える人間ってのは忙しいものだ、ぱっと決まるよりも安心できる」
「倉田さんが言うとなんか説得力がありますね」
「なに、ただの公僕ですよ」
倉田は肩をすくめる。
耕助は明日から始まる長距離の移動に思いをはせる。
「明日からの道中、また賊に襲われなければいいんですけど。心配だなぁ」
「それは心配ないと聞いている。あの一件で領主が探索を行ったが賊の痕跡はなかったそうだ」
倉田が酒をなめる。
「それに同じ賊なら銃の威力を知っている、もう手を出してこないだろう。それにユミナも同行する、そうなればシルタ家の護衛もつく。一大キャラバンだ、賊もそうそう手を出せない筈。お代わりを」
倉田は空のゴブレットを差し出す、ヴェルディは蒸留酒を注ぐ。
「ジャガイモの見学会に先立って、賊のねぐらになりそうな場所は捜索を行っていると聞き及んでおります。道中の危険は薄いかと」
ジュセリが進言する。
「それにこの世界は饑饉、盗賊は確実に食える生業ではない。それに転送魔導がある、瞬時にモノが行き交う世界だ。わざわざ都市を行き来する商人はいない、したがって物流網を襲うことはできない。我々の世界よりも盗賊で生計を立てるのは難しいだろう。前回がイレギュラーだった筈だと私は考える」
倉田が分析を述べる。
「確かに。そう考えると前回の襲撃はたまたまだったと」
「私はそう考えている。まぁ、VIPの暗殺、略取。これはヘルサ、それに鈴石『閣下』がターゲットの可能性もある。裏で貴族が糸を引いているという構図だ。その線も無きしもだが――」
閣下という言葉にやや抑揚をつけた倉田は酒を嘗める。
「アノン家は特段暗殺に警戒している訳でもなさそうだ、その線が濃いのであればもっと護衛がいても良いはず。従ってアノン家は常に狙われの身ということではないのだろうと推察できる。テロ、謀略の可能性は薄い」
「アルド様は国王陛下の情報源として貴族の情報を集めていらっしゃる。だが、特段情報は回ってこない。何かしらの企みであれば事前に察知できた筈。それにヘルサ様を暗殺した所で得をする人間も浮かばない。参謀本部がジャガイモの掌握を目的に鈴石殿を狙う筋書きもあるが、それも事前に察知できる。参謀本部、前線は人があふれている、情報の秘匿は難しい」
ジュセリも倉田の分析に肯定的である。
倉田の分析は的確である、転移魔導で物流網を築くコの世界で賊という職業はあまりにも不確定な要素が多い。大規模な謀略であれば情報も漏れるだろう。
だが耕助暗殺を目論んだ黒の手はそのような分析に至るよう、周到に計画していた。
武器、防具は誰でも手に入る金素材、魔導を使わず雑兵に見せかけた。工作者はシルタ家の騎士団に所属せず、普段は人里離れた山に潜んでいる。食事や必要物資はシルタ家の暗部を知るクリムらから直接転送される。情報漏洩はありえない。
さらし首になったところで死体からシルタ家へ繋がる情報は得ることは出来ない。その上襲撃はシルタ家領外で実行された、ますますシルタ家へ繋がる線は細くなる。
「さて、葉巻も吸い終わる。そろそろ寝るか」
倉田は灰皿に葉巻を乗せる。
「鈴石さん、葉巻はもみ消すものではない。自然に火が消えるのを待つんだ」
最後に一吸いした耕助は倉田の言葉に従い、葉巻を灰皿に乗せる。
「今日はなかなか良い経験でした、料理、酒に葉巻。この世界の贅沢の仕方を知れたし」
「その通り、飢餓の世とあって、贅沢を楽しむ機会はなかなか無い。貴重な体験だった」
倉田は満足げに微笑む。
「ところで鈴石さん、そのチョッキ、肩こりに効果のある魔導陣が刺繍されていると聞くが効果は?」
倉田が尋ねる。夕食の前にメンディ服飾店という店で買ったくすんだオレンジのチョッキ、魔導陣が肩こりに効果があると店主は言っていた。
「うーん、じんわりと効いている感じですね。着た直後は確かに肩が軽くなったけど、直ぐに効くわけじゃなさそうだ。でもエレキバンよりは楽になりますよ」
耕助は席を立ち、出口へと歩む。ヴェルディが恭しく扉を開ける。ジュセリ、倉田も耕助に続く。
「ふむ、そんなものか。劇的に効果があるのであれば私も同じ魔導陣を縫って貰おうかと思ったが」
「魔導陣による継続的魔導の使用が出来る人間は少ない、そもそも手に入らないでしょう。肩が凝るならメイドに揉ませれば宜しい」
「そうか、手に入らないのか。ふむ」
一行は階段にさしかかる。
「私の寝室は一階、ここで」
「私も一階だ。では失礼する。おやすみなさい」
倉田とジュセリに耕助は手をあげ、答える。耕助は二人を見送った後、ゆっくりと階段を上る。
※これにて農協異世界へ行くを打ち切りとさせていただきます。詳しくは近況ノートをご覧ください。
ジャガイモサーガ 亀吉くん @Kamekichi1187
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