葉巻の嗜み
葉巻はまだまだ残っている、耕助と倉田は食堂で葉巻を吸うことにした。ヘルサは寝室へ運ばれ、ジュセリ、耕太は早めに寝るという。
明るいシャンデリアに照らされ、耕助と倉田は葉巻を吸う。別邸で待機していたヴェルディが耕助と倉田に給仕する。
「ヴェルディさん、スミナの蒸溜酒、少しもらおう。あとは茶を、目がさえないハーブティーがいい、味の主張の少ないものを」
「畏まりました」
ヴェルディは一礼し、食堂を去る。
(ヘルゴラントには飲酒運転をとりしまる法律はないし、倉田はザルだし体力が桁違い。明日から運転するといっても問題は無いだろう。お茶はチェイサー替わりだろうか)
耕助はそう踏んだ。
耕助は葉巻をふかす。日本で葉巻を吸ったことの無い耕助は日本で手に入る葉巻と異世界の葉巻を比較することはできない。だが倉田によればこの葉巻はかなり上質のものらしい。
(確かに旨いことは否定できない、葉巻はもっといがらいものだと思っていた。だがこれはマイルドだし、バニラのような香りが芳醇。少しだけシナモンのような香りがするのもなかなかイケる)
耕助は改めて葉巻を眺める。映画なんかで見るものより小ぶり、シルタ家のレストランで火をつけた葉巻は半分ほどが灰になった。ややバニラ風の香りがマイルドに、しかし一層風味豊かになる。
「結構味が変わるものですね、吸い始めと比べると匂いが優しくなった」
「葉巻は吸い始め、中間、最後で味が変わる。これはなかなかの逸品、風味が豊かだ。こんな葉巻は私も吸ったことがない。いい経験になる」
倉田はゆっくりと煙を吐き出す。
「このレベルの葉巻となると日本でも数千円はくだらないだろう、もしかしたらそれ以上かもしれないが。恐らく元々この葉巻はこちらの世界の高級品、その上冷害を受けた後じゃ値段はつり上がる」
ヴェルディがカートを押して入室。
「私に酒を、鈴石さんにはお茶を」
倉田がオーダーする。
「畏まりました。ヘミナとコムのブレンドティーでございます」
ヴェルディは先に耕助の茶を注ぐ、リンゴとカモミールのような甘く優しい香りがふんわりと漂う。
「鈴石さん、茶を飲むといい。葉巻は飲み物と一緒にたしなむものだ」
「そうとは聞いてます、シガーバーなんて店もありますしね」
耕助は茶を一口。葉巻の香りは流れることはない。より一層マイルドになる一方で骨子ともいうべき香りが引き立てられる。わずかに混じっていたシナモン風の香りが際立つ。
倉田は煙を吐き出すと蒸留酒をなめる。
「ふむ、夕食の酒の旨さを再確認できるな。この酒は酒精こそ強いが風味が弱い」
「あれは五十年ものに相当するって言ってましたし、比較するのは酷ですよ」
「そうはいっても比べてしまうものだ、まぁ蜂蜜酒よりはいい。どっちにしても酔えないのには変わりないがな」
倉田は自虐的な笑みを浮かべる。
「私なんか弱いから羨ましい、飲みにケーションが年取るごとに辛くなって。ちょっと飲みすぎるとすぐに二日酔いになってしまう。今日のナム酒は弱かったからよかったけど」
「強すぎるとそれはそれで寂しいものですよ、酒の楽しみというものが半分なくなるようなものです」
「そういうものですか」
耕助の問いに倉田は首肯を返す。
ジュセリが部屋に入る。
「あれ、寝たんじゃないの」
「ヘルサ様が寝室で少々暴れまして。全く、酒癖の悪い主人に仕えると苦労します」
ジュセリはげんなりとした顔を浮かべ、壁に控える。
「僕らは気にせず、座って休みな」
「ありがたい、助かります」
ジュセリは一礼し、席につく。
「この香りはヘミナの茶か、一杯もらおう。もともとそのつもりで食堂に寄ったのです」
ヴェルディは頷き、茶を注いでジュセリに差し出す。
「ヘミナはリラックス効果があるんだけっけ、寝付きの一杯?」
「左様です。明日から旅が始まる、しっかり休まねばならないので」
ジュセリは茶をすする。
「そういえば晩ご飯、どんなものを食べたの」
耕助はジュセリに尋ねる。フェリアとジュセリは控えの間で待機していた。本来なら騎士である倉田も使用人の食事なのだが、異世界人はアノン家の客人であり、耕助と共に豪勢な食事となった。
「流石シルタ家といったものです、使用人の食事だと言うのに量もあり、味も中々。スミナの麵料理、それに蜂蜜酒がつきました」
「お酒もつくんだ。使用人はもっと貧乏くさい食事かと思ったんだけど、シルタ家は徹底してるね」
「農にたずさる者の沽券というやつでしょう。流石としかいいようがありません」
ジュセリは茶をすする。
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