暗闇夜話

蟹カノン

◆暗闇夜話◆

 幽霊の 正体見たり 枯れ尾花




 ずいぶん昔のことです。

 私は学生時代に多磨霊園たまれいえん近くのアパートに住んでいました。


 この霊園ですが、ほぼ四角形の地形をイメージしていただければと思います。

 そしてとても広いんです。──とても。


 四角形の右上のかどがアパートの側だとします。そしてバイト先が左下のかど

 対角上に位置する。アパートとバイト先とはそんな立地でした。


 広大な霊園の周りの道を正直にぐるりと半周すると、自転車で二十分ほどもかかったかと記憶しています。


 早くアパートに帰りたい一心の私はぐるりとまわり道するのを避け、一番の近道──霊園の中に通る道を正門から武蔵小金井方面に斜めに抜ける──をして帰宅するというのが常でした。


 当時の夜の霊園は街灯もまばらで道は仄暗ほのぐらく、もちろん人気ひとけもありません。


 バイト終わりは九時くらいでしたから世界はすっかり夜の中です。

 そんな夜の霊園を自転車で斜めに走り抜け帰宅する──

 普段は決して出さないスピードで。


 街灯の灯は道を照らしますが、同時にあちこちの植え込みの茂みに黒い影を作ります。

 街灯の灯の届かない道からはずれた場所は。

 深く朦朧もうろうとした幽暗ゆうあんの世界。


 闇夜と、そして霊園という場所も手伝っていやでも想像力が刺激されます。


 けれども時間短縮の魅力には勝てず。

 その日も私は自転車で夜の霊園を走り抜けていたのでした。



 霊園の中ほどにさしかかると。


 ?


 道の先に黒い物体ものが。

 ポツン、と。


 近づいてみると、バイク用の黒いフルフェイスのヘルメット『だけ』が。

 向こう側を向いて、広い道の真ん中に置かれていました。


 近くには転倒したバイク、倒れている人、転がったヘルメット。


 思わずそんな場面を想像しましたが、そんな光景はなく。


 道の真ん中に、こちらに後頭部側を向けてフルフェイスのヘルメットがただ『ある』のでした。




 話は変わりますが。


 それより数ヶ月前。例のごとく自転車で霊園を疾走中のこと。


 脇道のお墓の間から、いきなり学ランを来た、凄く体格のいいお兄さんが飛び出して来た事がありました。


「わあっ!」

 間一髪でお兄さんをかわして

「危ないよう」

 振り向きざまにそう言いたくなる衝動をグッと堪えて、私は振り向かずにそのまま更にスピードを上げました。


 一瞬視界に入ったそのお兄さんの顔が血まみれで、季節は真夏だったからです。


 真夏に長袖の学ランで

 夜の墓地で

 血まみれで

 


 振り向いて確認しなかったのを幸いに私はそれを。


 夜中の墓地で喧嘩して、自身もボロボロになりながらもきっと十人くらいを拳で倒し、さて、家に帰って飯でも食べよう。拳で語り合ったら腹が減った。早く帰ろう早く。

 そういった経緯で急いで道に出て来た、異常に寒がりのお兄さんだった──という事にして片付けました。


 


 そして話は戻ってフルフェイスです。


 フルフェイスを避けて通り過ぎた後、私は振り返りたくて振り返りたくて振り返りたくて。


 あのフルフェイス中には何があったのでしょうか。


 勿論あれはただのフルフェイス。

 何もなくポッカリとただ穴を開けているだけの──それが唯一の正解なのでしょうけれど。

 理性ではそう思ったのですが。


 でも、どうしてもどうしても振り返ることができませんでした。


 

 もしも。

 もしも。

 もしも万が一にもあの中に『何か』があってしまったら……

 もしも不気味に光る二つの目がこちらを見ていたとしたら……


 チラリとそう想像しただけで、私にはどうしても振り返る勇気が出せませんでした。



 もしもあの時きちんと確認していたら。

 きっと本当にあれはただのフルフェイスのヘルメットで、私はすぐに忘れてしまったと思います。

 ただの普通のその程度の出来事だったはずでした。



 けれどあの時その正体をきちんと解き明かせなかったことで。


 今もこうして時折思い出してはゾクリと妄想する。


 そんな不気味な記憶の一つとなったまま、永遠に解き明かすことのできない謎として私の中にくすぶり続けているのです。




 ──おしまい──

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