黒星は、鈍く輝く。

 彼女は私を見つめたまま、後ろに進んだ。裸足で歩かせたくなかったけれども、靴は一足のみ。私の履いている靴をあげたいけど、今はムカつくこいつらを、どうにかしないといけない。

「——」

 今できる限りの微笑みを見せ、安心させる。よろける彼女まで、あと数歩。そういえば、銃、取られなかったな。黒星ヘイシンは、まだ腰元に鈍く、輝いている。

 目の前の薄紅色の唇が、揺れた。

别杀了bié shāle! 彼、お客様!」

 先と同じような、声の発し方。殺しちゃ駄目って言われても、知らないわ。これは私のエゴイズム。自己満足に似た、何か。

「大丈夫。殺さない」

 また、今度は殺気を薄めながら、口角をあげる。いや、浸透させながら。広まることで、薄まる。けれども消えることはない、この感情。

「——」

 また、雑音。そして、彼女が怯えた。つまり、相手が何か行動に出たということ。ムカつくの顔を拝みに行こう。

 ダッフルのボタンを外し、両手で抱え込む。あと一歩で、扉に到着する。

「何もしないで、ただ見てて」


「——」


 また、雑音が混ざったところで、彼女に横に移動するよう、仕草を見せる。破片が擦れ、黒い幕が彼女へ投げられた。瞬間に、銃声。意識が現実へ、戻される。音が、——自分の体を包んでくれていたダッフルコートが——、無残に地面へ舞い落ちた。思っていたよりも、多い銃声。弾丸の数が薄れていくにもかかわらず、乾いた音が幻聴として耳にこべり付いている。うるさいな。

 コートの亡骸まで近づき、部屋の中へ入り込む。真っ青な顔をした彼女に、手を振りながら、あたかも散歩に出かけるように、颯爽と。深海まで届く、光を中央に陣取ったベッドが、目立つ部屋。は、その左前方のベルベット生地のソファーに寄りかかり、ゆっくりと瞬きをした。ぱちり。瞬間に、マガジンを取り開ける音。

 そして、風。

 重い足で、腫れた鯉の顔をしたそいつに、飛びかかる。回し蹴り目が回る。体全体を捻らせ、衝撃。足の甲、骨の髄まで、心臓を鳴らす。

 彼女の悲鳴が聞こえ、振り返ると、よろめき。痛い。視線を下へ。足元から、紅色が漏れていた。破片。それかのが当たったかな。聴覚、死にかけ。きも。上半身をねじらせ、反対向きに。舞い踊る目が回る——。

 ——スローモーションに、映像が、思考が、血液が巡った。つまらない映像がゆっくりと移動するような、憂鬱な戦争映画。どこの部分かわからない、遺体が転がり、誰かが泣いている。

 ——衝撃。


「——っ」

「——!」

「——」

 ——

 —。

 歯の奥に、ミントの香りがかすかに、残ってる気がした。けど、ただの勘違いで、代わりに血の香りで、目が覚めた。唸る黒星が、鯉似のそいつに向けられていて、ハゲかかっている頭皮が白い照明で、輝いていた。聴覚が休憩をやめて、徐々に、聞きたくない声を聞かせた。

「殺さないでくれ、誰かわからないが、金はやる」

「お金なんて、いらないわ」

「じゃあなんだ?」

「……自分で、考えて」

 お金なんていらないわ。偉そうに彼女を傷つけたくせに、自分が傷つくのを嫌がって、醜い武器だけに頼って、お金しか……持っていないのよ、きっと。死んでしまえばいい、そんな人は、みんな。(足音、足音、どこかで誰かが震える音)私はただ、自分の体力と弾を残したいだけ。辞めてほしい。(涙、涙、どこかの誰かが救いを求める声)辞めてほしい……。すぐに目をそらし、彼女を向く。困惑。葛藤。恐怖。救い——。

「出口は、どこ……?」

 頭痛は何処かへ消え去っていた。腰元黒星に触れて、私のコートで体を隠す女神に、聞く。できているのかわからない笑みを見せて、ひざまずく。穴と埃ばかり。腰が抜けたのか、磁器の破片に体を預けていた。青花……不謹慎ながら、彼女に似合っている。切なげに点滅するまばたきシルクの青。

「大丈夫?」

 かすかな頷き。桜の花びらが震え「duì」鈴の音で——はい——返事をした。

「立てる?」

 今度は横に首を揺らした。柔らかな、知らない花の香り。手を貸し、傷付いた素肌に触れる。滑らかで、人間らしい熱。

「あなた、誰?」

 不思議そうな表情。

「じゃあ名前は?」

「……鈴麗リンリー

 ——お母さんと、同じ名前。

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紫煙のうなり 紅蛇 @sleep_kurenaii

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