サンダーボルトを駆け上がれ
四葉くらめ
サンダーボルトを駆け上がれ
お題:サンダーボルト、エッフェル塔、ポリゴン
「えーっと……こう、でいいの、かな?」
私は作ったマグカップのモデルを一通りぐるりと見て、そうつぶやいた。
パリの郊外に構えるお屋敷の屋根裏部屋。そこには夜という時間も合わさって、私の声と隣に座る少女の息づかいしか聞こえなかった。
「ダメですわ。ほら、ここに隙間が空いていましてよ?」
マグカップを一瞥して少女がすぐにダメ出しをする。
その声はこの狭くて暗い屋根裏部屋には不釣り合いなほどに澄んでいて、口調に関して言えば更にこの部屋と合っていない。
彼女が指摘した箇所を見てみると確かに隙間が空いていた。
隙間と言ってもほんの数ミリ四方の隙間けど、これじゃあ紅茶が流れ出て行ってしまう。
えーっと、小さいパーツは……これで、いいかな。
作業台の上に散乱した多数の三角形や四角形の中から、ちょうど隙間を埋めるのに良さそうなパーツを選ぶ。小指の先程度の大きさの四角形のパーツだ。
触ってみると紙のように薄いのにたわむことは無い。透明なプラ板をイメージすると分かりやすいかもしれない。
「
隙間にパーツを当て、そう言葉を紡ぐ。するとパーツは一瞬光ってからそこに固定された。
マグカップは大小様々なパーツが組み合わさってできていた。パーツはそれぞれ縁が黒くなっているから、三角形や四角形のタイルが敷き詰められているように見える。
「これでいいよね?」
私は再度、隣に座る彼女に確認を取る。今度は彼女も微笑んで頷いた。
「じゃあ、いくね……。
そう唱えると今度はマグカップのモデル全体がゆっくりと淡い光を放ち、一つの物体として完成する。
光が収まった後には三角形や四角形の模様は消え去り、普通のマグカップと違いはなくなる。
「かなり不格好ですけれどね」
「それ言うの酷い……」
確かに普通のマグカップに比べたら、なんというか、ゴツゴツしている。取っ手のところもきれいに空いていなくて持ちにくそうだ。
「まだ数回しかやっていないのですから仕方ありませんわ。まあ? わたくしは始めての時でも完璧なマグカップを作れましたけどね? おーほっほ!」
「なんてゆーか、シャルは高笑いが似合うよね……」
「ふふ、褒められても何も出ませんわよ?」
褒めてねーよ。
この子はお嬢様育ちのせいか、あまり皮肉が通じない。まあ、根が正直ということなのだろう。
「さ、もう夜も遅いですし、そろそろ寝ましょう、ポーラ。寝不足はお肌の大敵ですから」
ポリゴニック――という言葉を聞いたことがある人は少ないだろう。ポリゴニックは魔法の一形態で、特殊なパーツ――〝ポリゴン〟を多数組み合わせ、物体を生成する魔法のことを言う。
物体の生成は大きく三ステップに分かれていて、一つ目はモデリングという作業だ。これはポリゴンを
さっき私が作ったマグカップはレンダリング処理をしていないため、真っ白なままだ。私はまだポリゴニックを勉強して間もないため、モデリングしかできないのである。
近年では、テレビゲームの中とかでもポリゴンを使ってCGを表現することが多いが、これはポリゴニックの技術を流用した形になっているらしい。この間シャルロットが高笑いしながら言っていた。
ちなみに、お館さまには内緒だが、最近シャルロットはFPSの銃ゲーにハマっていて、「おーほっほ! ポリゴンのことを知り尽くしているわたくしに勝てると思いまして?」とか言いながら敵を撃っていた。ポリゴン関係ねーよ。
シャルロットはお館さまの娘で、代々ポリゴニックを伝承してきた由緒ある家の子だ。それに対して自分は捨て子であり、この家ではメイドとして働かせてもらっていた。
といっても、この家にはもちろんプロのメイドさんもいて、それほどやることは多くない。小さな頃はシャルロットと遊ぶ時間がほとんどだったし。
最近では、シャルロットに薦められて(というか半強制的に)ポリゴニックの修練を始めたりもしている。
何故、お館さまは自分なんかをお拾いになったのだろうと不思議に思うことはあるが、訊ねても答えてくれないのはもう知っていた。正確には、答えてくれたけど意味が分からなかった。
『それは君がうちにいるべき子だからだよ』
とかなんとか。それ以外は何も話してくれず、次第にクスクスと笑い始めてしまうからきっとお館さまは大して考えずに答えているのだと思う。よく冗談とかをなさるお方だから。
とにかくそういう訳で、私――ポーラはこの家でメイドをしたり、シャルロットの銃ゲーに付き合ったりしながら、ポリゴニックの勉強をしていたのだった。
◇◆◇◆◇◆
「今日辺り、また来そうですわね」
「行く?」
「もちろんですわ」
外では雨が降っていて、たまに灰色の雲の中が黄色く光る。
私たちはレインコート代わりの魔法のローブをまとって、エッフェル塔に向かった。
この魔法のローブとやらを着るとモデリングやファイナライズをする際に必要となる魔力が少なくなるらしい。
エッフェル塔では警備のお兄さんが入り口に立って、一般人が入らないように封鎖をしていた。
「こんにちは、アベル」
「おお、シャルロット嬢にポーラ嬢。今日も挑戦するのかい?」
「言うまでも無いわ。というわけで通してもらっていいかしら?」
警備のお兄さん――アベルさんは軽く肩をすくめてから私たちを通してくれる。
「いつもすみません」
「ううん。全然かまわないよ。ポーラ嬢のためならね」
「おーほっほ! わたくしにはそういうことを一言も寄越さないだなんて、フランス人としてどうなのかしら?」
「その高笑いが無けりゃシャルロット嬢ももう少し可愛く見えるんだがなぁ」
確かに。言っちゃあなんだが、シャルロットのそれはまんまジャパンのアニメに出てくるような高飛車お嬢様そのままなのである。まあそれはそれで好きな人もいるんだろうけど。
髪型? もちろん金髪縦ロールである。
「高笑いは貴族の嗜みでしてよ!」
「さー、シャル早く行こっかー」
「ちょっ、ポーラ、押さないでくださいまし!」
もうこれ以上わーわー喚かれるとこっちが恥ずかしいので、とっとと人のいないエッフェル塔の中に連れて行った。
「にしても、今回は何か対策してるの?」
「いいえ! 前回同様、足場を作って上るだけですわ!」
「アホかな!?」
「なんですって!?」
エッフェル塔の階段を上りながら必死に頂上を目指す。正直結構きつい。こんなところ足で上るもんじゃない。
普段であればエレベーターを使って上ればいいのだが、エレベーターに乗ってる途中にアレが来てしまったらその時点で今回のチャレンジは失敗になってしまう。
なんせアレが来たらエレベーターは止まってしまうから。
「だって前回できなかったんだから同じ方法でできるわけないじゃん!」
「もしかしたら奇跡的に体力が向上しているかもしれないでしょう!?」
「ゲーマーが何言ってんだか! この間お館さまに『最近シャルはよく部屋に籠っているようだが、何をしているのかな?』って聞かれたとき誤魔化すの大変だったんだから!」
ドゴォン!
私たちの言い合いを遮るようにけたたましい音がパリ中に響き渡る。それは雷の音と酷似していたが、普通の雷のものではない。
聞いた者の心を強制的に竦み上がらせるような圧のある音だ。それはまるで神がこの地上に向けて放った落雷のようで――
「来ましたわー♡♡♡」
エッフェル塔の頂上に躍り出る。
「
それはエッフェル塔と雲の先を結んだ光の柱のようだった。
しかしそれがただの光では無いことは、柱から時折漏れ出る放電から分かる。これは雷が固定された柱なのである。
この現象はサンダーボルトと呼ばれており、世界各地の電波塔で目撃されている。この周りでは電気系統はまったく役に立たず、飛行機なども近づくことはできないらしい。
この柱を上ることができるのは――
「階段の形状を展開!
シャルロットが鞄から大量のポリゴンを出し唱える。するとサンダーボルトの周りを囲むように螺旋階段状にポリゴンが固定される。
「スリーカウントでいきますわよ!
「「
私とシャルロットの声が重なり、階段のモデルが実際の階段に変換される。
「さぁ駆け上がりますわよー! おーほっほ!」
「だーかーらー! そんな風に高笑いするの絶対おかしいってばぁ!」
そう言いながら私たちは上る。上る。
きっと今日もサンダーボルトが消え去るまでにその先を見ることはできないだろう。
でも私たちがその先を望んでいる限り、やることは変わらない。
駆けて、駆けて、駆け上がる。
〈了〉
サンダーボルトを駆け上がれ 四葉くらめ @kurame_yotsuba
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