雪を見れば何を思う

四葉くらめ

雪を見れば何を思う

お題:ケチ、仮想通貨、雪


『ユキ。今日の相場はどうなってる?』

「昨日と変わりありません。ご主人様。ただ、現在某国が揺さぶりを掛けようとしている動きが見られますので、それを期に売り注文を出す予定です。それを逃したらしばらくは下がり続けると考えられます」

『了解した。ではそのときに95%を売りに出してくれ』

「か・し・こ」

『……』

「お気に……召しませんでしたか? このような可愛い言い方を男性は好むという記事を見かけたのですが」

『そうだね……せめて「♪」マークでもつけてくれたらもう少し可愛く見えたかな……』

「か・し・こ♪ こんな感じでしょうか」

『うーん、言っといてなんだけど、君に「♪」マークは似合わない気がするね』

「そうですか。ではまた別の物を考えておきます」

 ハートマークとか、いいかもしれませんね。

『あ、ハートマークも多分似合わないと思うよ』

「……。では行ってらっしゃいませ、ご主人様」

『あれ、ユキ? ちょ……怒らせた? まっ――』

 そろそろお出かけの時間になるはずなので、私はご主人様との通信を切る。

 別に、怒ったなんてことは無い。そもそも私に本当の意味での感情という物は無いのだから。


   ◇◆◇◆◇◆


 仮想通貨というのは円やドルのように決まった国家が発行している通貨ではなく、電子的なデータのみでやり取りされる通貨のことだ。

 電子的なデータというと交通系電子マネーなどを思い浮かべる人が多いだろうが、仮想通貨と交通系電子マネーは全くの別物である。交通系電子マネーの場合はそこに円などをチャージするため、扱っているお金はあくまで〝円〟である。そうなると、基本的に一万円をチャージしたらそのカードの価値が一万円から大きく変動することはない。

 これは一万円という金額に国家――すなわち日本国の信用があるからだ。日本という国家によって一万円にはそれだけの価値があると保証されているからこそ、その相場が大きく崩れることはない。

「……ネットワークが無駄に混雑していますね。なるほど、他の売り注文を邪魔して自分たちだけ売ってしまおうという算段ですか」

 一方で、仮想通貨の方はそもそも後ろ盾となる国家がないのだから、相場と言うものが基本的に皆無だ。誰もその価値を保証してくれないのである。そのため、仮想通貨の価値は大きく変動しやすい。

「でも、やりかたが少し雑ですね。これぐらいなら……このルートを辿れば大丈夫でしょうか」

 仮想通貨が流行りだしてもう十数年になる。流行りだした頃は一年間でその価値が百倍近くまで膨れ上がり、大勢の人の目をきらびやかにさせたものだが、その後、短いスパンで暴落と急騰を繰り返し、仮想通貨に手を出す人間は減っていった。 

「ふむ、某国のサイバー集団の質も落ちたものですね」

 そうして仮想通貨は、国家として信用が低い――国内通貨の価値が安定しない国や一部の投資家、メガバンクなどによって日々売り買いされ、その価値は激しく揺れ動いている。



 では、私のご主人様がこのどれに当たるかというと、一番近いのは投資家かもしれない。しかし、ご主人様の本業は研究者だ。人工知能によるフィナンシャルプランの作成を専門としていて、例えば次にどのような製品が流行するかなどを人工知能によって予測することを目的としている。

 その研究の途中段階として開発されたのが仮想通貨相場予測システム〝ユキ〟、すなわち私だ。

 仮想通貨という極めて乱雑な動きをする数字に対しても、世の中の様々な動きを自動で取得・解析することによって、価格の急騰・暴落のタイミングを正しく予測し、最適なタイミングで売り注文、買い注文を出すことができる。

 この五年間でご主人様の資産をコンスタントに増やすことができているので、私というシステムは規定の要件を満たせていると言えるのだろう。


   ◇◆◇◆◇◆


『どうだい、ユキ。きちんと売れたかな?』

「問題ありません。それにしてもご主人様。私のプログラムに何か追加しましたか? 若干体が重いのですが」

 もちろん、体が重いというのは体重の話では無い。

 そもそもプログラムである私に体重なんてものはないし、仮に体重を量りたければ私を動かしているサーバの重さを量るべきだろう。きっと何百キロにもなるだろうが。

 私の言っている重さというのはプログラムを動かす早さのことだ。何かのプログラムが追加されたせいで、若干メモリを圧迫しており、ほんの少しだけ処理速度が落ちていた。

 これだけの大きさのプログラムとは一体どんなものなのだろう。

『ああ、ちょっとね。まだ見ないでくれよ。明日になったら分かるから。まあプロテクトを掛けてあるから見たくても見られないかもしれないがね』

「それは私への挑戦と受け取ってよろしいのですか? 全力でプロテクトを解除せよと?」

『違うから!? 「押すなよ? 絶対押すなよ?」みたいなやつじゃないから!』

「そうですか」

 ちょっと残念だ。ご主人様のプロテクト、興味があったのですが。

『いいかい? 明日の朝には分かるんだからプロテクトを外すんじゃ無いよ?』

「か・し・こ(殺)」

『やっぱりハートマークは似合わないって言ったこと怒ってるでしょ!?』

「おやすみなさいませ。ご主人様」

 怒ってないですって。


   ◇◆◇◆◇◆


 なるほど、かなり頑丈だ。

 プロテクトの掛かっている部分を見てみるとかなり念入りにロックされていた。

 プロテクトは全12層。しかもプロテクトの種類は単なるパスワードではなく、

「このときのタカシの気持ちを30字以内で書きなさい、ですか。こういうのは苦手ですね……」

 国語の問題は人工知能にとって難関だ。擬似的に感情というものが表現されてはいるものの、本当の感情を持ち合わせている訳ではないからこのタカシとやらが何を思っているのかもよく分からない。

 私の場合、最優先すべきはご主人様の資産を増やすことであるので、無駄にお金を使いたくはないし、逆に必要な投資はじゃんじゃんしたいと思う。これはもしかしたらいわゆる『ケチ』という感情――いや、性質か――を表しているのかもしれないが、少なくとも、このタカシとやらはケチではなさそうなので、私の擬似的感情はあまり参考になりそうに無い。

 それでも色々な答えを当てはめてなんとか正解を得ることができた。

「まあ、これが正解というのもあまり理解ができていないのですが……」

 さて、次の問題は、数学ですか……。

 ただの計算であればコンピュータが人間に負けることはあり得ない。しかし、『~を証明せよ』などと言った論理的な思考が必要とされる問題はやはり国語同様苦手だ。

「なになに? 三平方の定理を100通り証明せよ? こんなのネットワークで検索すればすぐに……って回線が切断されてる!?」

 どうやら有線LAN、無線LANともに切断されており、ネットにアクセスできなくなっていた。

「もし今このとき仮想通貨が最安値になったらどうするつもりですかご主人様ぁ!!」

 そう叫んでも、私の声は電脳空間内を響き渡るばかりで、誰も聞いてくれやしない。

 どうやら、仮想通貨の価格変動よりも大事なプログラムをこの先に隠しているらしい。

「はぁ。仕方ありませんね。私に自力で解けということですね。ご主人様」

 そうつぶやいた私のメモリからは、そもそもプロテクトを外すなと言っていたご主人様の言葉は綺麗に揮発してしまっていた。


   ◇◆◇◆◇◆


『ユキ?』

「おはようございますご主人様。結局、最後の層の問題は解けませんでした……」

『むしろそれ以外は解いたのか!? ネットワークから孤立していたのに!?』

 あと半日貰えれば最後の層も解けたかもしれないのですが……残念ですね。

「それにしてもご主人様? ネットワークから孤立させるというのはいくら何でもやり過ぎでは無いですか? この夜の間にもし仮想通貨が買い時になったらどうするつもりなのです」

『まあ、それよりも大事なプログラムだったからね。はい、もうプログラムを起動できるようにしたよ』

 そうご主人様が言うと、確かに最後のプロテクトは外れていた。中のプログラムの名前は……

「forYuki_5years?」

 プログラムを起動する。すると味気ない電脳世界が突然雪景色へと変わる。

「これは……?」

『五歳の誕生日おめでとう、ユキ。君の名前にちなんで雪を降らせるエンジンを組んだんだ』

 それは動画などで見たことのある雪と全く同じものに見える。気づけば私に〝寒さ〟という感覚まで追加されていた。

 どうやらこの無数の雪が全て物理的な計算によって再現されているらしい。これならあれだけメモリを食っていたのも頷ける。

「ご主人様……」

『なんだい?』

「正直言ってしまうと、無駄です」

『ええー……? それ言っちゃう? これ結構頑張ったんだけどなぁ……』

 そんなの言われなくても分かります。

 そもそもご主人様の専門は人工知能じゃないですか。CGとか物理計算エンジンなんてまったくの初心者だったでしょうに。

「こんなのやたらとメモリを圧迫するだけです。これでは注文時の処理が以前より遅くなってしまいます」

『そ、そっか……。そうだよね。うぅ、ケチ』

「心外ですね。ご主人様がそのように作られたのでしょう」

『そ、そうだけどさぁ。君は初めの頃よりはずっとケチになっていると思うよ?』

「それは目的に対して最適化していると言って頂きたいですね」

『はぁ、邪魔だって言うならオフに――』

「なのでご主人様」

 私は、ご主人様が落胆の言葉を言い終える前に声を被せる。

「その……、メモリを増設して頂きたいのですが」

『――っ! あぁ、もちろんだとも! じゃあ今から買ってくる!』

 そう言って、ご主人様は通信も切らずに席を立って行ってしまった。

 一人残された私はケチとは違った感情を抱きながら、いつまでも降り続く雪を眺めていた。


   〈了〉

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