3話 健康食堂のシェフ



「見事な手際だな」


 そう短く言ったゴトフリートが和風定食に目を向けた。


「鮭は味が薄ければ醤油をどうぞ」


 そう言って卓上に小瓶を置く。かけ過ぎても良くないが、ごはんと一緒に食べるなら少し濃いめの味付けもいいものだ。

 ゴトフリートが食べ始めるのを、橙也はやや緊張しながら見ている。

 緊張しながら料理を出すのなんて、いつぶりだろうか。

 社員食堂で料理を出すのは日常的になっていて、いちいち緊張なんてしなかった。

 先程もレオンとリィナに料理を出したが、歴戦の料理人であるゴトフリートの持つオーラは、橙也にプレッシャーを与えていた。

 自分の幅を示すためにも和食にしてみた。食材があるということは、和食もまったく普及していないわけではない、と思う。

 ただ、西洋人風の見た目をしているゴトフリートの口に、本当に合うのだろうか、という不安は残る。


「ほう、和食か」

「ドラコは和食もいけるの?」


 端では桃香とドラコが気軽に話をしている。


「ああ。和食も中華もエスニックも好きだ。食べなくても活動できるから、完全に趣味だけどな」

「そういえばさっきもお肉食べたもんね」

「ああ。レオンもいい料理人だな。オレ様は生物じゃないから、ただ美味いだけの料理を作る人間との相性も悪くないみたいだ」

「それって好きなだけ食べても太らないってこと?」

「ああ、もちろ、やめっ、頬を引っ張るな!」

「ずーるーいー」


 二人はバタバタとじゃれ合っているが、ゴトフリートとリィナは橙也の料理に意識を向けているので、気にならないようだった。


「ではいただこう」


 ゴトフリートが真剣な顔で料理に手を付ける。


 橙也は不安と共に彼を見守った。

 だが、その不安はすぐに解消されることになった。

 一口食べたゴトフリートは、そのまま次々と箸をのばしていく。


「これは……素晴らしいな」


 焼鮭を口にして、ゴトフリートが感心する。


「焼き鮭はちょうどいい焼き加減だ。それに、素材の本来の味をしっかりと感じられる」


 そして醤油を軽く垂らし、今度はご飯と一緒に頬張る。


「ちょっと醤油を垂らすと、ご飯と食べるのにちょうどいい塩梅だ」


 次は熱さに気をつけながら、豚汁に手を伸ばす。


「味噌の風味と肉のうまみが上手く野菜のクセをなだめているな。使われている素材からは信じられないほど飲みやすい!」


 ゴトフリートは興奮気味にいいって、小鉢にも手を伸ばす。


「ほう。こちらもほどよくたれが絡んでいつつも、その奥にほうれん草のうまみを感じることができるな。エグみがないのも、茹でてアクを取ったからか?」

「はい。品種によってはそのまま食べられるのもあるかもしれませんが、ほうれん草はアク抜きしたほうが美味しいですからね」


 味以外にも、アク抜きしていないほうれん草の中にはシュウ酸が含まれている。シュウ酸はカルシウムと結びついて結石を引き起こすことがあるので、ほうれん草にはアク抜きが必須なのだ。


「しかしこれでは、肝心の栄養を失うことになってしまうのではないか?」


 恐らく、このように栄養素の摂取を最優先させたことが、「健康食はまずい」の一因になっているのだろう。橙也は、食事は日々のものであるということを改めて伝える。


「料理は毎日、しかも複数回に分けていただくものです。一回の食事で賄おうとしなくてもいいんですよ。一日や一週間などのトータルで見ればいい。毎食完璧にしようとすればどうしても無理が出ますよね。健康食は継続してこそですから」

「なるほどな。栄養が流れ出ないためにといって、なんでもそのまま食べるだけでは良くないのか眼の前のことだけでなく、先のことも視野に入れると」


 納得しながらどんどんと料理を口に運んでいく彼の姿を見て、橙也は安心した。

 ゴトフリートは最初勢い任せに食べ進め、途中から思い出したように意識して味わっていく。

 自分の舌で、橙也の料理を分析しているのだ。


 調理する姿はこの目で見ていた。


 使われた食材は、決して美味しくなるようなものばかりではない。

 えぐみばかりが強いはずのほうれん草や、根っこでしかないごぼう。それらの食材すら、橙也の手にかかるとこんなにも美味しくなってしまう。

 ゴトフリートには、いやこの世界には、ない技術。

 とても美味しく、それでいて健康食堂として申し分のないメニュー。

 メニューを綺麗に平らげて食事を終えたゴトフリートは、橙也に目を移す。


「トーヤは修行をしてると言ったな……すぐにでも旅立つつもりか?」

「いえ、ここは流通もいいですし、街並みもきれいなので、しばらくとどまろうかと考えています」


 実際はこの世界に来たばかり。元々旅行すらあまりしたことのなかった橙也だ。何も知らない上に、交通の便や観光事業が日本より厳しいだろうこの世界で旅をするのはあまり得策とは思えなかった。


 ドラコがこの街に連れてきてくれたのも、きっと比較的暮らしやすい場所だからだろう。

 そういうこともあって、橙也は当面この街で暮らすつもりだった。


 もちろん慣れてきていろんなことがわかるうち、他の場所に住みたいと思うこともあるかもしれない。あるいはそもそも、この街で暮らしていけるだけの場所や仕事を見つけられるとも限らない。


「しばらくはこの街にいるのか……それで、旅や滞在中の資金はどうなんだ?」


 真剣なゴトフリートに問われて、橙也は答える。


「しばらくは滞在するつもりなので、できれば仕事を持って落ち着きたいですね」

「ほう。仕事を持って落ち着きたい、か」


 その発言に、ゴトフリートが前のめりになる。


 元々厳つい顔と体付きなので、迫力があってちょっと怖い。


「それだけの腕だ。当然、料理で稼ぐつもりだろう?」

「ええ。できたらですけど」


 必要に迫られれば他のことでも稼いでいくしかないと思っているが、なんとか料理で稼いでいきたい。


 この世界は美味しさだけを見て栄養バランスを考えていないようだから、美味しく健康を維持できる料理を提供できるといい。


 そのためにはある程度レシピを考えさせてもらう必要がある。いきなりはなかなか難しいだろう。


「あてはあるのか? これまで稼いできた方法とか」


 ゴトフリートは探るように橙也を見る。橙也達の服は綺麗だ。


 服が綺麗というのは、それなりに余裕がある証拠でもある。食や住に比べれば、衣はやはり後ろに来てしまう。寒さを凌ぐ必要はあるが、綺麗なんてのは趣味にすぎない。

 儲かっているようなら、あまり口は出せない。しかし、もしそうでもないなら……。


「いえ、料理しかできないので、屋台でも出すか、どこかのお店に行くか……」

「じゃあ、うちの店に来ないか?」


 橙也の答えに対し食い気味に、ゴトフリートが尋ねる。


「この店は健康食堂の看板通り、食べることから病気になりにくい体をつくれるような料理を出している」


 そこでゴトフリートは店を見回す。

 テーブル席で桃香が待っている以外、客のいないがらんとした店内。

 席を詰め込むのではなく、ちゃんとゆとりを持って配置されている分、余計にスカスカに見えてしまう。


「だが、ご覧の有様だ。みんな食から健康を作ろうっていう発想がまずない。その日、うまいものが食えればいっていうのがほとんどだ」


 そこでゴトフリートは遠い目をする。何かを思い出しているようだ。


「だが、トーヤの料理は美味しくて健康的……まるで失われた魔法のようだ」


 そこでゴトフリートはまっすぐに橙也を見た。


「トーヤの力を貸してほしい。儂の知らない食材の扱いや新しい調理法、その腕をここで振るってほしい」


 ゴトフリートの提案はとても魅力的だった。

 すでに橙也の腕を知り、その技術をほしいという。下積みからのやり直しという可能性を考えていた橙也にとっては渡りに船だ。

 ちょっと上手く行き過ぎ、という気がするくらいだ。


「あー、それで、報酬についてなんだが……」


 言いづらそうに、ゴトフリートが続ける。


「報酬の話?」


 お金の話になった途端、いつの間にか桃香が二人のそばまで来ていた。

 その肩にはドラコもいる。


「住む場所と食材は用意させてもらうが、それ以外となると……」

「どうなの?」


 ゴトフリートが提示した金額を、桃香は小声でドラコに尋ねる。


「一介の料理人としては多いくらいだな。だが、店主以上の人間を引き抜こうというには安い。この店の客入りを考えると、無謀にも程があるな」

「……ふうん、じゃあいいか」


 ドラコの見立てを聞いた桃香は、何も言わずに引き下がった。


「おや? てっきりもっとふっかけると思ったのだが」

「別にわたしだって常にがめついわけじゃないの。損しないようにしてるだけ」

「だがオレ様のときは……」

「あれはドラコが先に無茶言ってきたからでしょ」

「あっ、こらっ、またっ」


 桃香に撫で回されたドラコが呻いている。


「見てのとおり私の店にも余裕がない。現状、赤字続きではあるが、私が今まで貯めた財産を切り崩しながらやりくりしているという感じだ。あなたの腕を買ったつもりではあるが、これ以上出せないというのも事実。どうか……」

「よろしくお願いします」


 燈也はゴトフリートが言う前に答えた。


「この店の目指していきたいところと俺のやりたいことは合致していると思いますので。美味しくて健康的な料理を広めて、少しでも多くの方たちが幸せになってくれればと」

「そうだな。料理は人を幸せにするものだと、私は忘れていたのかもしれん。あなたがこの店にいてくれたら、きっと情熱も届くことになるだろう。ありがとう」


 話を受けた橙也に、ゴトフリートはとても喜んでくれた。

 自分の料理を喜んで食べてくれて、是非来てほしいと言われる。

 それは料理人としてとても嬉しいことだ。


 橙也の胸が熱くなる。


 身を寄せる場所のない、状況もよく分からない異世界。

 それでも自分の料理が通用して、自分はしっかりと料理で身を立てることができる。



 これからの異世界暮らしを、まずはこの店で一生懸命頑張ろう、と橙也は思ったのだった。

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異世界健康メシ ~知識チートで誰かを救済する管理栄養士の物語~ お米ゴハン @gohan-0713

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