第9話 呪の代価は


 気が付くと真黒は民宿へとタクシーを走らせていた。しきりに後ろを確認するも、車はついて来ない。大丈夫だ。

 目的地に着くと、やはり気配を探りつつも警戒する。ビビっている訳では無いが、どうも見られている気がしてならないのだ。


(これ以上邪魔されて堪るかっ)


 吊り橋に辿り着くと、警察の捜査跡は嘘のように消えていた。以前と同様、何事も無かったかのように川が流れているだけだ。もしや警察は捜査を打ち切るほどの証拠を手に入れたのだろうか? そうなると川原の占いが一足遅かったことになる……。

 ……だが、まぁ所詮は占いだ。はなからさほど当てにしてはいない。

 が、折角来たのだし何事も無いというのも詰まらないが。


 そう考えながら吊り橋を渡っていると、突然真黒を腹痛が襲った!


(ぐお! な、なんだこれは!? 猛烈に痛いぞ!? おのれガッデムの呪いか!?)


 ヨタヨタと吊り橋を渡り終え前屈みとなる。民宿まで我慢できない程ではないが、アポ無しで突然訪れ「トイレ貸してください」と言うのも気が引ける。

 辺りを見回し、真黒は茂みへと入った。


「止むを得ん!」


ガサガサ……


 即効でズボンを下ろし、身を屈めたその瞬間であった。


「キャァァァァァァァ────ッ!!!」



「……もう、トイレくらい貸しますからっ」

「す、済まんかった……」


 みかに民宿まで連れて来られ、結局真黒はトイレで用を足すこととなった。


(はぁ……)


 しかし最悪の状況を、よりによってみかに見られてしまった。トイレから出た後は素直に頭を下げようか、ギャグで乗り切ろうか、真黒は真剣に考えた。


(ふぅ……助かったぜ。あれ、そういえば……)


 隣の個室に張られた「使用禁止」の張り紙を見て違和感を覚えた。


「助かったよ、みかちゃん。ところでトイレの張り紙……」

(しーっ! こっちへ!)


 何やら部屋へと連れ込まれ、扉を閉められてしまった。


「何かあったのか?」

「実は朝、旦那さんと奥様が大喧嘩してしまって……今凄く機嫌悪いんですよ」

「原因は?」

「……さっきのトイレです」


 民宿には自宅用と客用のトイレ(こちらは男女別)があるらしい。普段は自宅用を使っていたが、今朝は若女将が入っていたので亭主が止む無く客用を使ったらしい。すると一発で故障してしまったのだとか。

 恐る恐る戸を開けて覗くと、亭主と若女将がすれ違い様「フンッ!」とそっぽを向いているのが見えた。


「さっきまで酷かったんですよ。『あんたの使い方が荒い!』って。おかげで私も朝から居心地が悪くて……」

「成程な……。ん? 待てよ? 客用のトイレは本当に誰も使わないのか?」

「あくまでお客様用トイレですから。それに民宿の男性は旦那さんしか居ませんし」 

(宿の客は毎日絶えなかった筈……事件の日は普通に使えてた……まさかっ!?)


「真黒さん!?」


 真黒は急に部屋を飛び出す!


「旦那! 電話を貸してくれ!! 大至急だ!!!」




 夕暮れ時、真黒は隣町の海の見える場所に居た。夏の蒸し暑さは潮風に流されて、りょう哀愁あいしゅうを運んでくる。

 やがて夕焼けに照らされた中から真黒を見つけ、一人の学生が近づいてきた。


「よぅ」


 真黒が手を上げて呼んだその人物は


 間々田だった。


「こんなところまでどうしたんですか? 夜にでも電話をくれれば……」

「迷惑になるだろうと思ってね」

「いえそんな、僕なら大丈夫ですよ」

「だが家族や近所が迷惑だろ? 夜にパトカーを呼ばれたらな」

「……はい?」


 怪訝けげんそうに間々田は、目の前の男を見た。


「例の事件、引き起こした犯人は君だな?」

「っ!! 僕にそんな言い掛かりを付けるため態々わざわざここまで来たんですか!?」

「俺はマジで言ってるんだ」

「何を根拠にそんな……!」

「根拠が欲しいのか?」


 詰め寄る真黒に対し、一歩身を引く間々田。

 目の前の男を睨み、掛けていた眼鏡の位置を直した。


「納得できねぇって顔だな、だったら教えてやろう。まず現場にあった凶器、あれはお前が部室から持ち出したもんだ。刃はホームセンターかどこかで買った砥石といしでつけたのか? 写真を見たが一発で判ったぜ、こいつはド素人の仕事だってな」

「……」

「もう一つ、沢で発見されたスマホ。伊集院から抜き取り捨てたのもお前だろ」

「馬鹿馬鹿しい……どうして僕がそんなことを!」

「単純な事だ。合宿以前から連絡を取り合っていたのが知られないようにだ。お前は自分の携帯の通話履歴を消していた。伊集院との痕跡を完全に削除するためにな」

「出まかせを! 彼女とはもう暫く連絡をとっていない!」

「それが逆に不自然だっつってんだよ。すっぱり別れずグダグダだったんだろ?」

「ぐ……」


 ジリジリと追い詰められ、間々田は歯を食い縛る。しかし何かを思いつき、笑みを浮かべると落ち着きを取り戻した。


「……まぁまぁ筋は通っているが、僕の仕業だという証拠はあるんですか? 指紋が付着していたというなら認めますよ。だがそもそも僕は犯人じゃない。こんなことを言いたくはないが、伊集院と先生を刺したのは柿崎だ」

「証拠品はどちらも指紋判定は不可能だった。川の中にあったからな。二人を刺したのも柿崎だろう。だがそうさせたのはお前。俺がその証拠を見つけた」

「……嘘だ!」


 真黒は葉巻を取り出すと、火を付けて煙を吐いた。


「……民宿のトイレから、『柿崎の使っていた吸入器と同じ物』が出て来た。業者の人が怒ってたぜ、『こんな大きな物流さないで下さい』ってな」

「!?」

「糞まみれだったが中身はそっくり入っていた。恐らくは成分の殆どがアルコール、そして微量の強力な幻覚剤だ。少量なら使用後に薬物反応が出ないタイプ……俺も存在は知っていたが、まさか高校生が入手できる時代になっていたとはな」

「……」

「お前は柿崎が部屋に居る時、こっそりとすり替えて使わせた。そして酩酊めいていとなった柿崎に耳元へささやき、暗示をかけたんだ。『伊集院を殺せ』とな。TVのボリュームを上げて隣に聞かれないよう、たっぷり30分以上も伊集院の悪行を言い合った後だ。効果は絶大だったという訳だな」

「……」

「缶ビールを持ち込んだのはアルコールを誤魔化すためか? 残念だったな、佐山は酒なんか飲まないんだよ。事前によく調べておくんだったな」


「……ふ……ふふふ……」


 間々田は急に、不吉な笑いを浮かべた。そして笑いは次第に大きくなる。

 可笑しくて堪らない、まるで真黒を嘲笑あざわらうかのように笑い続けた。


「さっきからあんたの言ってる事は推測に過ぎない。僕が柿崎の吸入器をすり替えたと言ったが、柿崎の吸入器から僕の指紋でも出たっていうのか?」

「一つだけお前を褒めてやりたい事がある、それは用心深さだ。常に小さめのタオルを持ち、触れた物から指紋を拭きとっていた。タオルは昨日、警察が沢で発見した。微量だが佐山の血の付いたおまけ付きでな」

「そのタオルに僕の名前でも書いてあったのか!? 僕は沢なんか行ってない!」

「やれやれ……全部説明してやらないと納得できないか?」


 頭をかき、靴の裏で葉巻の火を消すとケースに仕舞った。


「あの日、お前は事前に電話で伊集院と待ち合わせの約束していた。しかし、実際は行かずに暗示をかけた柿崎を寄越す。ところがイレギュラーが起きて、叫びを聞いた佐山が飛び出してしまった。慌てて後を追うと柿崎に刺された伊集院と佐山が居た」

「……」

「素早く伊集院からスマホを抜き取り、我に返った柿崎を連れて吊り橋へと向かう。そこで証拠隠滅を図った……後は言わなくてもわかるな?」

「……」

「お前の家は旅行好きらしいな。以前にもあの宿に来た事があったんじゃないか? 計画は立てやすかったかもしれんが、実際にはそう上手くいかなかったろ?」

「……」

「足の靭帯じんたいを切ったと言っていたがどのくらい切ったんだ? 女の子を支えて歩けるくらいだ、大したことなかったんだろ? あの子『梶浦かなえ』ちゃんだったっけ? 『お兄ちゃん』から血の匂いがしたら、そりゃあ気分も悪くなるだろうよ」

「…………」


 拳を握り、手を震わせていた間々田だったが、ポケットから携帯電話を取り出してかけ始めた。


「決定的な証拠の無い推測ばかりだ……お話にならない。警察を呼ばせて貰います」

「安心しろよ。俺が呼んだから時期に来る」

「……な」

「自首しろ間々田、犯した罪を償え」

「……いい加減にしろよ? 次に僕を呼び出したら連絡するよう言われていたんだ。あんたはこれで終わりだ!」


「いい加減にするのはてめぇだクソ餓鬼がぁ!!!」


 強風のような一喝! その威圧に押され、間々田は更に一歩引いた。

 ここでサイレンを響かせ2台のパトカーが到着する。


「どんなに妄想を吐いても怒鳴っても、警察は決定的な証拠がないと動かない! どっちが正しいか教えてやる!」

「事件は証拠が全てじゃない。これからそれを知るのは、お前だ」


 パトカーから出てくる警官らとともに、草間刑事も姿を見せる。二人を囲むようにして立つと、静かに強い口調でこう言い放った。


間々田ままだあつし君、例の事件について大事な話がある。我々と署まで来て貰おうか」

「!? な、なんで僕なんだ!? 刑事さん、この人の言っていることは何一つ証拠の無いデタラメだ! それを、なんで!!」


 するともう1台のパトカーから今度は影山刑事が現れる!


「ならばお見せしましょう。決定的な『証人』をね」

 

 後部座席から現れたのは──川原だった。


「……な」

「……………間々田君……」


 いつもと変わらぬ表情の無い川原の目、深い悲しみに満ちていた。一方の間々田の顔は見る見るうちに青ざめていく。


「……川原……のか……? ……僕を…裏切ったのか……?」

「…………ごめんなさい」

「事件のことを彼女が全て話してくれた。さ、一緒に来て貰えるね?」


 草間刑事たちが間々田へ近づこうとした、その時だった。


「来るなぁぁぁ!!!」


 ポケットからバタフライ・ナイフを取り出し、振り回し始めたのだ!


「誰も近づくなぁぁ──!!!」


 尚も取り押さえようとする警官らを前に、今度はナイフを自分の首へとあてがう。真黒はゆっくりと警官らを制止させ、動きを止めた双方の間に割り込んだ。


「真黒!? 何する気だっ!」

「……やってみろよ、誰も止めねぇから。イキがってねぇでさっさとやれよ」

「……ぐっ!?」


ドサッ!!


 間一髪! 堤防の裏に隠れていたひろしが間々田を取り押さえた。それを見た警官はナイフを取り上げ、2人がかりで抑え込もうとする。


「大人しくしやがれ!」

「放せっ!! 人を殺したんだ!! 3人もっ!!」

「だから何だ! 逃げんのか! 男ならどん底に落ちても諦めんなよ! バスケやってたならお前にだってそれがわかるだろ!!」


 ひろしの言葉に、間々田は大人しくなった。それを見て警官らはパトカーへと連れ込む。途中で川原の前を横切るが、互いに顔を合わせることはなかった。力無くその場でへたり込む川原も、婦人警官に寄り添われるようにしてもう1台のパトカーへと乗り込む。右頬に涙が伝っているのが見えた。


「……終わったんすね、これで」

「あぁ、よく取り押さえてくれた」

「……いえ」


 どこか表情の浮かない二人へ、草間刑事と影山刑事が近づいてくる。


「お手柄だったな、真黒」

「どうだい、おやっさん。これで俺を一人前の探偵と認めるか?」


 得意げにそう言う真黒に、刑事たちは顔を見合わせ笑い出した。


「まーだそんなこと言ってやがんのか、おめぇはよぉ?」

「な、何が可笑しい!?」

「……あのな、探偵やるにはまず俺たち警察……正確には地方公安委員会、それと役所へ届けすんのが常識なんだよ。そうすりゃ警察も協力すんのによ、それをお前ときたら……クックックッ!」


 言われて真黒は「え? そうなの?」と思ったが、イラッとしながら食い下がる。


「だ、だが俺の手柄くらいは素直に認めろ! 情報から推理して俺は……」

「だからまだわかんねぇのか? 始めから俺に泳がされてたんだよ、おめぇはよ」

「なっ……なん……だと……!?」


 再び腹を抱え笑う草間刑事に、隣にいた影山刑事は苦笑しながらお手上げをする。


「始めから全て草間刑事の演技だったんですよ。おかげでこちらも途中まですっかり騙されていました。……草間さん、全くあなたもお人が悪い」

「だってそっちの方が面白れぇじゃねぇか。クックックッ」


 警察署に呼び出された辺りから、真黒は草間刑事に「事件の情報」という餌を与えられ泳がされていたのである。ある意味とんでもない賭けであったが、その点真黒はうまいこと食いつき、勢いよく泳いでいった。更にそこへと食いついた影山は、よい鈴となってくれた、という訳だ。

 顔を真っ赤にして怒りたかった真黒。しかし溜息をつくと頭をかきむしり、呆れとも諦めともつかぬ面持ちとなる。流石はベテラン……年季の違いを見せつけられた、そう思ったのだろう。


「……だがおめぇはよくやったよ。お手柄だ。やっこさんらが中々尻尾を出さないで、手を焼いていたのは事実だからな」

「……ふん。最後の証拠を見つけたのも俺だという事を忘れるなよ」

「で、どうだ? 本気で探偵やるってんなら知り合いを紹介してやるぜ?」

「無用だ。俺は俺の道を行く」

「ほーん……ところでよ……」


 草間刑事は真黒に近づき、本人にだけ聞こえる声で耳打ちし出した。


(……暴力団関東系グループ、その一角の早川一家。先代組長が死んでから跡継ぎが決まらねぇでも存続してるみてぇだが、どうやら長男が行方不明らしいな?)

「……何の話だ」

(奴ら待ってるんじゃねぇかってな。納まるべき器が帰ってくるのをよ。……警察の俺が言うのも何だが、どこぞの誰かは探偵ごっこしてる場合でいいのかって話だ)

「興味のない話だ。俺は俺の道を行く、それだけだ」

「そうかい……じゃあな」


 真黒の胸に軽くげんこつをくれると、草間は去って行った。

 残された影山刑事は右手を差し出す。


「ともあれ真黒克己、私は認めなければならない様です。あなたの勝ちです」

「俺は勝負などしているつもりはなかったがな」


 少しはにかんで握手を交わす二人。その脳内にはブルームレンジャー第36話の『怪人クルーリ』最後の台詞、「次生まれる時はお前たちと友達になりたいニャ…」が再生されていたのは言うまでもない。そして影山は別れを告げ、高笑いと共に去って行った。


 宵闇へと沈みゆく町は、赤い回転灯によって眩く照らされる。真黒とひろしは暫くそれを見送っていたが、やがてパトカーとは反対の方向へと歩いて行くのだった。

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