第10話 ─黒ノ自由人─


 どこまでも続く海浜公園の道を、真黒とひろしは並んで歩いていた。


「真黒先生。俺、今回の事件でどうしてもわかんないことあって……」

「ん?」

「結局は間々田が真犯人で、川原はその共犯者だったってことっすか?」

「まぁ、そういうことになるだろうな」

「何故川原は裏切ったんでしょう?」

「裏切った、というよりは間々田に人としてまっとうな道を歩んで貰いたかったんじゃないかな。自分の想い人なら尚更……川原と間々田はかれ合っていたんだ」


 またかよ。爆発しろ、とひろしは思った。


「1年生の頃から川原は、間々田をずっと見ていたんだ。しかし彼の回りにはいつも女の子が居て、何よりマネージャーの伊集院と付き合っていた。自分なんて全く縁のない世界の話、そう思っていたところ間々田がバスケを辞め、機会は訪れた」

「間々田をオカルト部に誘ったのは、柿崎じゃなかったんですか?」

「それは間々田が川原とのラインを消すために言った嘘なんだろう。結果は逆効果だったがね。……ともあれ勇気を出して誘ってみたところ、見事にこうそうした」

「どうしてオカルト部へ入る気になったんですかね?」

「間々田は周りから妬まれずっと孤独だった。いつも女の子に声を掛けては寂しさを紛らわしていたんだ。怪我をして完全に居場所を失ってしまった自分に声を掛けてくれた川原は、救世主そのものだった。二人が想い合う仲になるのは必然だったのさ」

「でもそれを伊集院は良く思わなかった……」

「そうだ。伊集院にとって川原は泥棒猫以外の何者でもない。陰湿ないじめの矛先は川原へと向かい、間々田から別れ話を持ち掛けられても断固として取り合わなかった。それどころかオカルト部にまで乗り込んで二人の仲を裂こうとしたんだ」

「女の子の嫉妬って、怖いっすね……」

「……原因は男である間々田にあったわけだがね」


 自販機で買ったコーヒーを飲みながら、二人はベンチへ腰掛ける。


「間々田は自分の恩人、想い人でもある川原が伊集院からいじめを受け、怪我まで負っていたことを知り殺意を抱き始める。部員の親睦しんぼくを深めるためと称し合宿を計画する裏で、伊集院殺害の計画を練っていた」

「そう言えば事件の日、間々田はよく伊集院を外へ呼び出せましたね」

「訳ないさ。大方『川原とはすっぱり付き合いを絶つ。もう一度やり直そう』とでも言って、夜のデートに誘ったんだろう。伊集院も上機嫌でこれに応じ、柿崎と休戦を締結してしまう程だった、という訳さ。だが外へ呼び出すには問題もあった」

「そこで川原にも協力して貰った、と?」

「始めは『少し脅かすだけだから』と言われ、川原は納得したらしい。彼女は1年生たちや佐山を引き留めておく役を引き受けたんだ。刃を付けたナイフの存在や柿崎を洗脳させ利用することなどは知らずにね」

「だから伊集院と柿崎が部屋に戻らなくても中々気が付けなかったんですね」


 真黒が話した事は全て、川原自身が教えてくれたことだ。川原は良心が痛む中、ずっと心が揺れ動いていた。真黒の言葉に目が覚め、真っ向から勝負を挑んだ結果、最後の証拠が発見され自首する決断をしたのだ。

「本当は黙っているのが怖かった…」

 電話越しから聞こえたか細い声は、今でも真黒の耳に残っている。


 事件に至るまでの経緯、そして間々田と川原の関係は納得できた。

 しかしひろしにはもう一つ、納得できないことが残っていた。


「先生、間々田の叫んでた『3人も殺した』って、どういう意味でしょう?」

「言葉通りさ。伊集院、佐山、柿崎の3人は、間々田が殺したんだ。今から俺のする話は誰から聞いたわけでもない。あくまで俺の推測の域を越えないんだがね……」


…………


「ま、間々田君……お……俺がやっちまったのかこれ……」

「ぐ……ぁ……か…き…ざき……」


 走ってきた間々田の目の前に映ったのは、血にまみれて死んでいる伊集院。そしてナイフを握った柿崎と、刺されて這いつくばっている佐山の姿だった。

 予想以上の光景に間々田は言葉を失う。まさか佐山まで巻き込んでしまうとは…。すぐ柿崎からナイフを取り上げると佐山の口を塞がせ、その背中へと振り下ろした。


「……っ!! ………」


「ま、間々田君……」

「柿崎、よく聞け。これで僕たちは共犯だ」

「ど、どうするの?」

「証拠品を川に捨てる。水に濡れると指紋が検出されないと聞いた事がある」

「わ、わかった!」


 伊集院を見ると傍にスマホが落ちていた。これも処分しておいた方がいいだろう。

 その時、民宿の方から声が聞こえる。


『伊集院さーん! 柿崎くーん!』


「ま、まずいよ」

「吊り橋まで行くぞ。走れるか?」


 足元のおぼつかない柿崎を支え、できるだけ身を屈め吊り橋まで急ぐ。誰も居ないことを確認すると、二人は吊り橋の中央で足を止めた。間々田は持っていた伊集院のスマホを投げ捨て、同様に柿崎にもナイフを捨てさせた。


「これで証拠になるような物は全部だよね?」

「……いや、もう一つある」

「え? それは何?」


 次の瞬間死角からの衝撃が柿崎を襲い、その身は真っ逆さまに転落したのだ。

 断末魔は柿崎の名を呼ぶ声によってかき消された。


(それはお前だよ、柿崎)


 手についていた佐山の血を、タオルで拭い沢へと投げ込む。

 そして再びあたかも3人を探している素振りをしながら戻って行ったのだ。


…………


「……なんすかそれ……。間々田と柿崎は仲良かったんでしょう!?」


 信じられないという思いで声を荒上げるひろし。真黒は煙をくゆらせながら、夜の海へと視線を投げかけていた。


「なぁひろし君。話が合っただけで人は本当に友達になれると思うか?」

「そりゃあ当然思いますよ!」

「そうだな。だがね、人間の本心はそう単純じゃないんだよ」

「……」

「間々田はクラスでトップの成績、学年でも上位だろう。一方の柿崎はやっと高校へ入れた程度の落ちこぼれ。間々田はどこかで柿崎を見下していて、柿崎の方は自分に構ってくれる間々田に心酔していた。所謂いわゆるひずみってやつだ」

「……胸糞悪い話っすね」

「間々田にとって、伊集院と仲の悪い柿崎はいい手駒だった。普段はわずらわしくも付き合っていたが、利用するなら今だと考えたんだろうね。これは他人事でなくて、付き合う人間はよく考えた方がいいぞ」


 そう言って立ち上り、ちらりとひろしを見る。


「お、俺は先生を信じて付いて行ってるんですからね!」

「わかってるよ」


 二人は街中へと再び歩き始めた。


「最後に一つだけ。佐山の覚醒剤って事件と無関係だったんですか?」

「全くの無関係、というわけでもないらしい」

「と、言うと?」

「実は以前、川原は間々田にだけこっそり佐山の秘密を漏らしていたらしい。それを聞いた間々田が幻覚剤の使用を思いついたんだ。インターネットで調べ上げ、海外のサイトから通信販売で購入したんじゃないかな」

「そんなことできるんすか!? でも警察に見つかったら……」

「無論逮捕さ。でも優等生の彼の事だ。特定されにくいよう色々なサーバーを経由して自宅以外の場所から受け取ったんだと思う。それこそ柿崎とかな」

「な、成程……」

「あくまでこれは推測だ。実際はもっと複雑な手順を踏んだんだと思うよ」


 淡々と自分の推理を話す真黒に、唯々ただただひろしは驚くばかりだ。どうしてそんなに人の心理や行動がわかるのかと聞くと「人の顔色ばかり見て育ったせいかもな」という冗談交じりの答えが返って来た。


「これから間々田と川原はどうなるんでしょうね」

「間々田の方は少年院送りを免れんだろうな。今後どうなるかは彼ら自身と、それを取り巻く人間たちの問題だ」


 暗く小高い場所から町を見ると、そこは光の洪水で溢れている。


「先生、結局俺たちって……俺たちは正しい事をしたんですよね?」

「正しいか間違っているか、誰が泣いて笑ったかなんてことは大して重要じゃない。俺たちはただ、ほんの少し世の中をまともな方向へと直したんだ」

「……」

「ま、小難しい話はこれで終わり。2、3日後にはこの町をって、本格的に探偵をやろう。新たな俺たちの門出だ」

「その前に祝杯をあげに行きましょう! 昨日良さ気な店を見つけたんすよ!」

「流石、抜け目がないな」


 二つの影が町の雑踏へと飲まれていく。彼らの物語は、まだ始まったばかりだ。


─呪に秘められた想い─ 完

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クロノジユウビト ─呪に秘められた想い─ 木林藤二 @karyou

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