第3話 老兵と狼
数日後、真黒はアパートの自室で
「おはようございます、早いっすね」
「見たまえひろし君、例の事件のことで新聞は持ち切りだ。近所の話では、今夜辺り死んだ学生の通夜となるらしい」
「随分と遅いんですね」
「事件だし色々あるんだろ、司法解剖とか」
手渡された新聞に目を通すと、一面にデカデカと事件の事が書かれている。
──夏休みの合宿で殺人か!? 被害者は高校生2名と教師!!──
「警察はまだ事件の詳しい内容を公開して無いんですか?」
「遺族を配慮しての事だろうね、せめて葬式が終わるまではと。地元メディアだからある程度融通が効くけど、他所のマスコミ相手ではこうもいかないだろうな」
鼻の利く週刊誌などは、既に詳細を嗅ぎ付けてネタにしていることだろう。事件が事件なだけに、配慮するよう根回しをしてもどこまでそれが持つか……。
「という訳で、今晩は君に学生の通夜へ行って貰いたいんだ。理由はわかるね?」
「死んだ学生の情報を集めるためっすね。でも男子学生と女子学生、両方俺が行くんですか?」
「男子学生、柿崎の家だけでいい、今晩行われるのもそこだ。女子学生の方は
「あの殺された子、財閥の娘だったのか……。わかりました」
引き出しの金庫(昨日買ったのだろう)から数万円を取り出しひろしに渡す。これでスーツとはいわないが、もう少しチャラくない服を買って来るよう言い、領収書を切って貰うことまで念を押した。雰囲気だけは本格的だ。
プルルルル……
ここで電話が鳴る。朝早くから、しかもこんなところへ一体誰だ?
「……私だ」
──何が『私だ』だ! 人の携帯に何度もワン切りしやがってこの野郎!
真黒が電話に出ると、聞き覚えのある罵声が飛ぶ。
電話の主は沢で会ったベテラン刑事 、草間であった。
──今日の午前10時だ。30分程なら付き合ってやる。
「ん、わかった。時間通り向かおう、協力に感謝する」
──こっちは忙しい身なんだからな。それと妙な真似はするんじゃないぞ。
「その件は大丈夫だ。10時だな、切るぞ」
ガチャン
「聞いての通り、ようやくお目通り叶うってわけだ」
「今の電話、もしかしてこの前の刑事さんっすか?」
実はここ数日間、真黒は草間から貰った名刺の電話番号へかけまくっていた。勿論納得がいく事件の真相を聞くためにである。だが忙しいという理由で何度も断られ、最後には電話に出なくなっていたのを真黒が頭にきて、アパートの電話からワン切りしまくったのだった。ワン切りする方もする方だが、それを着信拒否にしなかった方も流石といえる。
「ここを出る時は鍵を忘れないようにな」
「もう出かけるんですか? 10時までかなり時間ありますけど」
「何事もゆとりのある行動が大切だよ」
まだ7時にもなっていないというのに真黒は出掛けて行った。
「ふん、いかにも田舎の警察署といったところだな」
10時5分前きっかり、真黒は約束通り警察署に現れた。手には大きな袋をぶら下げている、中身は商店街で買ったリンゴだ。受付の女性に渡そうとするも困惑され、拘置されている人間では無く警察への差し入れだと説明し、笑われた。
「相変わらず
草間刑事が外から現れた。真黒は面食らうも「外回りなのだから当然か」と納得し、そのまま奥へと案内される。運転免許の更新に訪れた人間を横目に、2人は一番奥の部屋へと入って行った。
「よく俺のような一般人に話す気になってくれたな」
「これ以上何かされたら堪ったもんじゃないからな。何度も念を押すが、納得したらすぐ帰ってくれ。こっちは一秒でも惜しいんだ」
「わかっている、こっちも手短に頼みたい」
「さてどこから、と言いたいが、始めから簡潔に全部説明してやろう。お前もそれがいいだろう?」
「あぁ、頼む」
部屋に婦人警官が入って来た。自販機で買ったお茶と資料がディスクへと置かれる。喉の乾いていた2人は一気にお茶を飲み干した。
「まずは事件当事者の確認からだ」
第二高等学校 2年A組
腹部、胸部を複数個所刺され死亡 顔に切り傷あり
第二高等学校 化学教師
胸部を刺された後、背中を刺され死亡
備考:アルコール反応、薬物反応共にあり
第二高等学校 2年C組
転落死による全身打撲、骨折あり
凶器による刺し傷無し
備考:アルコール反応あり
「以上が殺された3名。以下は一緒に居た学生だ」
第二高等学校 2年B組
備考:オカルト部 部長
第二高等学校 2年C組
備考:オカルト部 副部長
第二高等学校 1年C組
備考:オカルト部 部員 一時体調不良
第二高等学校 1年C組 竹本まどか
備考:オカルト部 部員 第一発見者
「合宿に参加したメンバーはこれで全員だ。オカルト部の部員は他にも居るが、普段は幽霊部員で部活にも参加していないらしい」
「ん? これはどういうことだ?」
おもむろに当事者リストへ反応を示す真黒。
「薬物反応の出た教師の事だろ? これから順に説明してやる」
「あ、ああ。そうだ、頼む」
本当は殺された学生の名前に突っ込みたかったが、敢えて黙っていた。
そして、草間刑事の事件概要説明が始まったのだ。
「事件まず、第一被害者である『伊集院ひかる』が午後7時前、部屋から消えたことから始まる」
「それまでは各自、部屋に居たんだな?」
「女子学生4人の部屋、男子学生の2人の部屋、教師の部屋と3部屋あった。そして30分前、つまり午後6時30分にはどの部屋にも全員いたことが確認されている」
「なぜそう言える?」
「各部屋に夕食の運ばれた時刻だったからだ」
「待て、俺の部屋に運ばれて来たのは7時を大分過ぎてだぞ?」
「さては後回しにされたな? まぁ小さな民宿だ、勘弁してやれ。くっくっく」
にやけながらそう
被害者である伊集院は夕食を食べ終え、少し出かけると言い残し部屋を出た。他の女子学生らは気も留めず、もう一度浴場へ行こうという話になった。しかし、部長の川原だけは教師である佐山の部屋を訪れたらしい。
「夜行うレクリエーションのことについて、打ち合わせに行ったそうだ」
「オカルト部らしく、肝試しでも考えていたってのか?」
「まぁそんなところだな」
しかし男子学生の部屋の前を通った時、佐山の声が聞こえてノックをした。川原がドアを開けると、そこでは男子と佐山がビールを飲んでいたではないか。
「未成年が教師同伴で飲酒!? おい警察! 一体この町はどうなっているんだ!」
「何でも警察にあたるんじゃねぇよ! ただ唯一残ったこの間々田って奴は飲んでなかったらしい。たが証拠を
「自分は飲んでなくても見つかるとまずいと思ったんだな。で、それから?」
「佐山は川原に呼ばれ、自分の部屋へ一緒に戻った。そこで川原は異臭に気が付き、部屋の窓を開けたそうだ。それが……」
「薬物の匂いだろう。教師の佐山は薬物をやっていた、そうだな?」
真黒の言葉に、草間刑事はギラリと目を光らせ頷いた。
「佐山の部屋を捜索したところ、
それから少しの間、川原は佐山が男子学生と飲酒していたことや、部屋の異臭にも特に問い詰めずに話をしていた。ところが窓の外から女の悲鳴が聞こえ、2人に
「待ってくれ、それは何時頃だ?」
「正確にはわからんが……7時から7時30分の間だろう。何か思い当たるのか?」
(俺があの時聞いた悲鳴なのか…? だが何か違和感がある気もするが……)
「とにかくだ。佐山が確認のため男子部屋まで覗いたが、柿崎も居なくなっていた。間々田が言うには少し前、柿崎は気分が悪いと部屋を出て行ったそうだ」
「となると、柿崎が消えたのは7時から7時30分となるな」
「佐山は学生たちに部屋に残れと言い残し、外へ1人で探しに行った」
その後少しして、男子学生の間々田が外へ佐山を探しに行った。心配になった女子生徒たちが右往左往していたところ、民宿の亭主に呼び止められて事態が発覚する。亭主は1人で探すつもりだったが、学生らも後からついて来てしまったらしい。
亭主と女子学生3人はなるべく離れないように4人を探した。間々田とはすぐ合流できたが、伊集院ら3人が見つからない。山林を5人で捜索しているうち、1年生の竹本が佐山の死体を発見し、悲鳴を上げる。
「……以上が事件の流れ。後はお前も知っている通りだ」
「成程、俺の聞いた悲鳴は殺された被害者ではなく、発見者の悲鳴だったのか」
違和感の謎は解けた。と、ここで草間刑事は他の書類を取り出し見せる。
書類はコピーされた写真のようで、一目で犯行に使われた凶器とわかった。
「吊り橋のすぐ下で発見された。こいつを見つけるのに警察官一人が怪我をしたぞ。案外、呪いのアイテムだったりしてな」
「驚いたな刑事さん、あんたでも冗談を言うんだな」
咳払いする草間を尻目に、真黒は写真を詳しく見た。凶器は一見おもちゃのような見た目、例えるなら海賊ゲームで
「部長の川原が言うには、これは部室にあった備品で数か月前からなくなっていたとの事だ。無くなる前もナイフに刃は付けられていなかった。犯人はこのナイフを前もって入手し、後から刃を付けた……つまり、だ」
「今回の事件、突発ではなく計画的犯行の可能性が高い」
「ほう、冴えてるじゃないか」
「からかうな、その程度素人でもわかる」
次に草間刑事はもう1枚の写真を見せる。
「同じく現場、川底に沈んでいたスマートフォンだ。殺された伊集院の物である事が遺族との確認で分かった」
「待て。なんで山林で殺された伊集院のスマホが川底から出てくる?」
草間刑事は腕を組む。一瞬の困った表情を真黒は見逃さなかった。
「データの吸い上げはできなかったが、何か犯人にとって不都合があったんだろう」
「だから殺した後で犯人はスマホを抜き取り、沢に投げ捨てた?」
「恐らくはな。部屋に残された柿崎の携帯を調べたが、伊集院と通話した履歴は発見されなかった。そもそも、伊集院の電話番号が登録されていなかったんだ」
「他の学生の携帯は?」
「勿論調べた、教師も含めてだ。しかし伊集院との通話履歴が唯一見つかったのは、部長の川原のスマホからだけ。それも1週間前で、通話内容は合宿の日程確認とのことだ」
(ぐむむ……)
真黒は草間と同様に腕を組む。ここに来て疑問が生じた。刺した犯人が柿崎だとして、何故柿崎は伊集院のスマホを沢へと捨てた? 何故自分の携帯は部屋に置いた? そもそも伊集院のスマホを捨てたのは本当に柿崎なのか?
(ここだ……ここが重要な気がする。動機……そうだ、犯行の動機だ!)
「刑事さん、やはり警察は柿崎を犯人として見ているのか? だとすれば動機は?」
「これ以上は駄目だ。警察の見解や動向をほいそれとは教えられん」
「草間刑事、あんたもこの事件には違和感を感じている筈だ! 頼む!」
「駄目なものは駄目だ! 説明はもう十分だろう! 出て行ってくれ!」
ディスクへ頭を下げる真黒に対し、草間がドアに手を掛けようとした、その時だ!
「いいのかい、5年前の火災事件の繰り返しになっても?」
「……なんだと?」
驚いて草間は真黒の方を見る。目はギラリとし、今にも襲い掛かってこんばかりの獣の目をしていた。まるでこちらの心を射貫かんばかりの目。内心度肝を抜かされたが、草間も負けじと睨み返す。
「この町の過去に起こった事件、図書館で調べさせて貰ったよ。駅前のビルで起きた大火災、警察の捜査がずさんで世間からかなりの批判を浴びたな」
「それが今どう関係あるっ!?」
「その事件をあんたが担当していたかどうかは知らない。だが刑事さん、あんたならこう思った筈だ。もっとマシに捜査できたんじゃないのか……もしくは俺が担当していればもっとうまくやれた、とね」
気づけば草間は、真黒の目の前に居た。
「警察を舐めるなよ真黒克己……貴様本当に只の一般人か?」
「ミスターブラックだ。先日探偵を始めた」
「クソッタレがっ!!」
ドンッ!
憤りをディスクへとぶつけ、後ろを向くと静かに話し始める。
「……今から俺の話すことは警察の捜査とは関係ない。個人的な見解で独り言だ」
「……(こくっ)」
「初めに会った時お前が話した通り、俺も動機は
「……」
「柿崎は体が弱い方ではなかったが、その頃から慣れない高校生活も相まって
「その吸入器は?」
「部屋で発見された。調べたが柿崎以外の指紋は出ず、中身も通常の薬だった」
「ふむ……」
ここで再び草間はこちらを向くと、ディスクに置いてある当事者名簿を指す。
「1年生からの証言だが、こっそり伊集院と柿崎が話をしているのを耳にしていた。『合宿中、普段の
「だったら何故事件は起こったんだ?」
草間は大きく息を吐き、目を閉じた。
「……柿崎は伊集院殺害を計画していたが、ここで迷いが生じた。計画を実行すべきか中止すべきか、葛藤に苦しんだだろう。親しかった間々田と伊集院のことについて話していたところ、佐山がビールを持ち込んで全てが終わった。慣れないアルコールで気分が高揚し、何らかの方法で事前に呼び出した伊集院を刺した」
「その現場を見た教師も刺し、我に返って橋から投身した……そう言いたいのか?」
「……そうだ」
「ビールのアルコールと怨恨だけで、本当に柿崎が刺したと思うか? 覚醒剤は?」
「覚醒剤がビールの缶に付着し、それを摂取した可能性も考えた。だが缶からも柿崎の体からも、薬物の反応は出なかった」
「だからと言って、ビール一杯程度で人間が殺人鬼に
「……」
とても警察とは思えぬ苦しい見解に、真黒は片端から疑問をぶつけ突っ込んだ。
しかし、草間刑事は黙って頭を抱えてしまった。
「……限界だ」
「……何?」
「ここで限界なんだよ、俺たちの捜査のな……」
(捜査の限界……?)
『限界』長年勤め上げてきた、
「……被害者の伊集院ひかるは伊集院財閥の愛娘、通話履歴が残せる会員登録をしていた筈だ。遺族へ遺留品の確認に行った時、電話会社への問い合わせ依頼を願い出たが断られた。もうこれ以上娘に関わらないでくれ、と半分脅し態度でな……」
その後で、警察の上層から草間へ命令が下る。伊集院財閥への接触は抜きで捜査を進めろ、と。上層の命令は絶対。逆らえば様々な
「……笑いたければ笑え。所詮、警察も権力には逆らえんのだ」
「…………」
ドンドンドン
『草間さーん、そろそろ行きますよー!』
外から若い警官の声に、草間刑事は腕時計を確認する。
「おっと、時間が過ぎちまったか」
「ここまでか……。だが礼を言おう草間刑事、今日のことは胸に閉まっておく」
2人は立ち上がり、部屋を後にした。
「一つだけ教えてくれ。何故俺なんかにそこまで話す気になってくれた?」
「さてな、これ以上は何も話さんぞ。うっかり5年前の事まで話しちまいそうだ」
先程まで互いに腹の中を探り合い、今でも信用し合う仲になったわけではない。
だが草間の表情はどこか晴れやかで、真黒の顔は少し和らいでいる。
『話にならんっ!! 上の奴を出せ!! うちに来た刑事はどこにいる!!!』
2人の奇妙な友情ムードは、突如受付の方からの怒鳴り声にかき消された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます