第7話 ロンリー・ウルフ


 タクシーを呼ぼうとした真黒は、みかの車で送って貰うこととなった。


 付き合い短い人の車に乗せて貰うのは、いつも何とも言えぬ不思議な感覚にとらわれる。しかしそれも車が動き出せば数分で慣れ、2人きりの車内でどんな会話をするべきか模索もさくするのであった。


「……真黒さんは、探偵する以前は何かお仕事をされてたんですか?」


 無職にそれを聞くか。

 クーラーが効いてきたので窓を閉め、軽く息を吐いた。


「定職に就いたことはない。コンビニのバイトもやったことはあるが、3日でクビになった。人がレジ打ってんのにカウンターに腰掛けてきた馬鹿がいて、ぶん殴ってやったのさ」

(うわぁ……しかも酷い理由……)

「使われるのが嫌いなんだ……認めたくはないが血筋ってやつかな。親父も兄弟も、家族はみんなそんな感じだった」

「ご兄弟がいるんですか?」

「下に2人……いや、3人か。考えの共通してる部分は親父と家が嫌いなことだけ。そんなことだから親父とお袋が飛行機事故で死んでから、兄弟は皆バラバラになっちまったのさ」

「……」


 みかは聞いたことを少し後悔した。他愛のない会話をするつもりが、そうはならなかった。うまくは言えないが、それがとても悔しく感じた。


「気にしなくていい。俺は世間話すらまともにできない不器用な男だ」

「……寂しいとか、そんな風に考えたことはないんですか?」

「それは……」


 ない、と言いかけ真黒は閉口する。一人の寂しさなど、慣れてしまえばどうということはない。始めはそう思っていた自分だったが、結局は人との繋がりに飢えていたのである。そうでなければひろしと出会うことは無かった……。

 会話の無いまま車は山を下り、町へと入る。真黒は適当な場所で「ここでいい」と告げた。


「真黒さん、民宿が再開できるかはわかりませんが、また遊びに来てくださいね」

「……そうだな。今日はありがとう、お疲れさん」


 車が見えなくなるまで見送ろうとしたが、不意に携帯が鳴った。


──もしもし、先生どこにいるんすか? ずっとかけてたのに全然でないし!


 ひろしだった。


「済まん、ずっと圏外の場所に居た。今どこにいる?」

──駅の傍の……です……重要な情報が……すぐ帰りますから!

「よく聞こえんがすぐ帰るんだな? わかった」


 電話先はかなりうるさい場所のようだ。

 とりあえず真黒は一足先にアパートへと向かうのだった。



ガチャ


「ただいまっす~」


 真黒が一人で待っていると、ひろしが帰って来た。


「こら! 高校生をパチンコ屋に連れて行くとはどういうことだ!?」

「は、はい!? 何言ってんすか先生!? そんなことして無いっスよ!」


 帰ってくるなり訳のわからないことで怒られ、ひろしは面食らう。


「嘘を付けっ! 電話先がジャンジャンバリバリうるさかったぞ! 俺の洞察力と推理を舐めるなよ!?」

「ちょっ! 違いますって! ゲーセンっすよ、ゲーセン! 俺がいつも遊んでるアプリあるでしょ!? あれがアーケード版になったんで一緒に遊んでたんスよ!」


 これが証拠だ、と言わんばかりにテーブルへ数枚のカードを叩きつける。カードは何やら重そうな武器を背負った女の子の絵が描いてあった。


「そらみろ、やっぱりパチンコのキャラクターじゃないか。見たことあるぞ」


 この言葉に、ひろしは盛大にズッコケてみせた。


「あ、あのねぇ……先生の言ってるそれ、パチンコの『CRガチ萌え💛ラヴ大戦略』でしょ! これは『鋼鉄乙女コレクション』! 全くの別物っ!」


「……違いがわからん」

「はぁ…」


 これだからおっさんは、と力無くソファーへ腰かけるひろし。

 真黒は何だか傷ついた。


「ところで電話、聞き取れなかったが重要な情報がどうとか…」

「あ、それ! 忘れるとこだった! 凄い情報掴んだんですよ!」


 急に神妙な顔つきになると、ひろしは話し出した。

 今日駅前のゲームセンターに来たのは、前日柿崎の通夜に訪れた学生とその友人だった。何でも連れて来た友人は第二高校の生徒で、その上オカルト部に所属していたという。一時期までは柿崎は学校でも親しかったのだとか。


「その友人が言うに、間々田は一部からかなり評判が悪かったらしいです。柿崎にも『間々田と付き合うのはやめろ』と生前忠告したことがあったらしいっす」

「その評判とはバスケ部内の話だけじゃなかったのか?」

「バスケとは無関係に、学校で女の子とイチャつきまくってたらしいっす……」

「あ、あの一見真面目な優等生の間々田がか!?」


 想像も付かない。

 人は見掛けにらないと言うが、まさかここまでとは……。


「じゃ、じゃあなんだ? ねたうらみってのは……それか……?」

「多分……。しかもオカルト部内の1年生に、部室で自分のこと『お兄ちゃん』って呼ばせてたみたいっス……」

「……マジか……」

「……マジっす……」


 結局そのオカルト部の友人は、間々田の振る舞いに嫌気が差し、部室に顔を出さなくなったそうだ。柿崎にも行かないよう勧めたが、その後も間々田と付き合い続けたので疎遠になってしまったという。


「それと、伊集院に関しても聞いてきました。彼女が男女問わずに人気があったのは本当です。いつも複数の女子が一緒に居て、グループをつくってたみたいですね」

所謂いわゆるかこい』ってやつか。『そーよ! そーよ!』的な」

「ええ、まぁ……。で、ここからが重要なんですがね……」


「その伊集院たちのグループに、部長の川原はを受けていたらしいんです」



 その晩、真黒はベッドの上で寝付けずにいた。今日は色々な事があった。間々田に会い人間関係については聞けたが、事件当日の行動については何も聞けなかった。

 午後は民宿を再び訪れたが、結局目新しいことは何も掴めなかった。事件当時の間々田の行動がかなり怪しいことと、川原の証言に矛盾があるのはわかった。しかしこの事は警察も把握済である可能性が高いようだ。

 警察と言えば自分がずっと監視されていた上に、事件に首を突っ込むなと脅されたことも忘れられない。ガッデム刑事(本名を忘れている)の顔が夢に出てこないかが心配だ。


──寂しいとか、感じたことはないんですか?


(……)


 みかの言葉が耳に残り、再び繰り返された。


(…正直、今日は心が折られかけた……。だが俺はここで立ち止まる訳にはいかん。職に就いていないからこそ、一度決めたからには本気だ……!)


 寝転がりながら暗い天井に手を伸ばす。


(掴むんだ……この手で……。最後まで……必ず事件の真相を……!)

 

 そのまま伸ばした手を握りしめた。



 次の日の朝、真黒は第二高校の前にあるコンビニに居た。ひたすら張り込んで出て来た学生を捉まえ、オカルト部員の自宅を聞こうというのである。牡丹餅ぼたもちが棚の上にあるのかどうかもわからないまま落ちてくるのをひたすら待つに等しい行為。しかも今は学校に学生の少ない夏休み、非効率にも程がある。

 だが真黒は他に方法が思いつかなかった。下手に動けば警察に通報される、そうなっては一巻の終わりだ。だから捉まえるのはあくまで学生、身内だと言えばおかしく思われない。渋られたら男の子なら「好きなゲームを買ってやる」、女の子なら「スイーツを御馳走しよう」で何とかなるだろう。この時の真黒はオカルト部員との接触を控える、という間々田との約束などすっかり忘れていた。


(俺はこの張り込みに、探偵生命の全てを賭ける……!)


 たった一週間程度の探偵生命にどれほどの価値があるのかはわからないが、本人はとにかく真剣である。今や調査は振出しに戻ったに等しい。しかも警察にマークされているというかせまで付いている、形振なりふりなど構ってはいられない。

 雑誌を立ち読みしながらしきりに外を見る。店員の機嫌を損ねないように、たまに缶コーヒーを買っては外に出て煙草を吸う。成人雑誌コーナーを横目で見ながら、「これ買ってる奴を見たことがないんだけど」と思いつつも小一時間が経過する。


 ついに校舎の入り口で人影を見つけた。


(来たか! 2人……1人は教師か? まぁいい、別れたところを狙おうか)


 コンビニを出て猛然とダッシュする一匹の獣。

 しかし、獣は死角からの思わぬ襲撃を受けてしまった。

   

「どこへ行こうというのかね? ブラァァック!」

「ガ、ガッデム!」


 振り向き、同時に「極めてまずい!」と思った。何とかこの場を切り抜けねば!


「ここは高校ですよ? 部外者の貴方に何の用事が? ふっふっふ……」

「勘違いするな! 俺はコンビニに寄って家に帰る途中だ!」

「見苦しい言い訳はおよしなさい。続きは署で聞きましょうか?」

「この先の△△ハイツが俺の家だ! 疑うなら100兆円賭けろ!!」

「小学生かお前は!?」


 いい歳をした大人が学校の前で言い争いをしていると、不意に声。

 2人は反射的に近くにあった電柱の影へと身を寄せた。


『……ありがとうございました先生』

『いいってことよ、あたしも暇してたしさ。でも川原、お前あんまり外をうろつくんじゃないよ。妙な奴らに掴まったら面倒だからね』


(川原だと!?)


 ひょいと首を出すとそこにいたのはオカルト部部長、川原! 白衣を着た女教師と話をしているようだが一体何という事だ! 話を聞きたかった大本命ではないか!


「本当は車で送ってってやりたいけどさ、あたしもこっから離れらんないんだよ」

「大丈夫です。先生さよなら」

「ん。兄貴によろしく~」


 教師が川原と別れ、校門へと入っていく。これはチャンスです!


「待ちなさい。彼女に近づけば私の警告を無視したと判断しますよ?」

「しつこいぞ! 俺は家に帰るだけだと言っている!」

「御冗談を……。彼女が事件当事者の『川原七瀬』であることは知っている筈! 我々の公務を妨害した罪で現行犯逮捕、及び草間刑事にも連絡をさせて頂きます。 ……さぞかし草間さんはがっかりするでしょうね……クックックックッ……」


 そう言いつつ、ガッデムこと影山は携帯電話をチラつかせる。


「き、汚いぞ! じゃあどうやって家に帰れと言うのだ?!」


『イーグル・スコープ!』


 そう叫び、影山はとりだした奇妙な眼鏡をかける。


「このスコープはあらゆる物同士の距離を測ることが出来る! しかも動いている物全ての速度まで正確に把握することが可能なのだ!」

「嘘を付け!」

「さあ真黒克己、どうぞ家に帰りなさい。但し彼女から半径20m以上離れて歩き、尚且なおかつ時速4km以内で歩きなさい。それを破れば……後はわかりますね?」

「ぐ……き、貴様……!」

「さあどうぞ、お帰りなさい。ゆっくりと確実に、さあ!」


 掴み掛りたい衝動にかられるが、影山は携帯をチラつさせては脅してくる。しかたなく真黒は家に向かい…正確には川原を追いかけ歩き始めた。時速4kmというのは真黒にとってかなり遅い。意識していなくてはすぐ5km以上出てしまう。


「ん~? 今のは危なかったぞぉ~。もっとゆっくり歩きなさーい」

(くそぉっ! くそぉっ!!)


 影山は真黒の後をついて来る、本当にしつこい奴だ。

 まさかこいつは暇なのか? 刑事の筈なのに!?


 そうこうしているうちに、川原との距離はどんどん離れていく。今は前に見えているからまだいいが、角を曲がられては見失ってしまうだろう。焦りがつのり、必然的に真黒の歩き方はパントマイムをしているような、実に奇妙な動きとなっている。

 周囲を行きかう人の冷ややかな視線が、真黒に向けて容赦ようしゃなく注がれた。


「七瀬ちゃーん! 待ってくれー!」

「こらぁ! 無職の中年が女子高生に何の用があるというのかね? 彼女とは無関係の筈だぞー? ……もしや援交か? 援交の容疑で捕まりたいのかぁ!?」


 この騒ぎに気付き、前を歩いていた川原が立ち止まり、振り返った。


(あ、や、やった! 気付いたぞ!)


 しかし川原はこちらを見るなり走り出し、角を曲がって見えなくなってしまった。奇妙な動作をしつつ、騒ぎながら歩いてくる中年男。更にはその後ろについてくる、不気味な眼鏡をかけた奇怪な男。はっきり言って、逃げるなというのが無理である。


「あぁ!! ま、待ってくれー! 俺だー!!」

「そぉら止まれ! 赤信号だぁ! 道交法違反をしたいのかね!?」


 そして2分後、ようやく川原が消えた角に着いたが、路地には誰も居なかった。 もう少しだったのに……。完全に見失ってしまい、真黒は茫然ぼうぜんと立ち尽くす。


「それでは、お気を付けてお帰り下さい……フハハハハハッ!!!」


 影山は高笑いを響かせ、真黒を残し元来た道を歩いて行ってしまった。

  

「ちくしょぉぉぉぉぉ────っ!!!!!」


 前屈まえかがみとなり真黒は雄叫びを上げた。ブルームレンジャー第42話で、ガッデムの策略によって仲間である流星イエローを失った流星レッドのように、腹の底から沸き上がる怒りと悲しみの咆哮ほうこうを上げたのだ。


(…………)


 やがて、気が静まると真黒は歩き出した。今後も調査しようとすれば、恐らく奴が邪魔しに来るに違いない。もしかすると本当に逮捕されてしまうかもしれない。

 頭の中でぐるぐると思惑が巡る。今日の自分の行動は正しかったのか? 格好を付けて暇など出さず、ひろしに任せればよかったのか? こんなことで事件の真相に辿たどり着けるのか? 探偵など自分には無理だったのではないか……?


(俺は……)


 汗ばんだシャツに日差しが照り付け、朦朧もうろうと歩く中で聞こえた。

 夢か幻か、それは路地の物陰から聞こえたのだ。


「私に何か御用だった? 探偵さん」 

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