第6話 魔将ガッデム


 民宿へと着いた真黒は、玄関から事件のあった現場まで歩いてみた。実際に歩いてどれくらい時間が掛かるか確かめたかったのだ。

 現場には警察のロープが張られ、近づくことは出来なかったが、大体100m弱という事がわかる。辺りに木が生え視界が悪く、事件当時は夜だったことを考えても、1分程度しか掛からない距離だとわかった。


(そしてここから吊り橋だが……そうだな、今なら走れば往復で2分掛からないか。大分足場も悪いから夜だともう少し掛かるかも知れんな)


「何かわかりましたか?」


 一緒にくっついてきたみかを見て、真黒は何か閃いた。


「そうだ、みかちゃんも協力してくれないか? 調べたいことがあるんだ」

「喜んで! 丁度ひましてたんです!」

「俺は宿の二階へ行くから、合図したらここから叫んで欲しいんだ」

「キャー、とか、助けてー、とかがいいですか?」

「うーん、それが望ましいが警察の連中を呼んでしまうな……。だからこうしよう、助けを呼ぶくらいの大声で俺の名を呼んでくれ。呼んだら10秒後、また同じ位置で叫んでくれないか?」

「わかりました!」


 みかを残し、真黒は民宿2階、佐山が居た部屋に入った。警察署で聞いた「佐山と川原が伊集院の叫び声を聞いた」という証言を再現しようというのである。

 窓を開けると真黒は大声で叫ぶ。


「みかちゃんいいぞー!!」


 叫ぶと部屋の中央に座り、みかの声を待った。


『真黒さーん!』


 聞こえた、それもかなりはっきり! 急いで窓を閉め部屋を出ると、今度は自分の宿泊していた部屋へと入った。ここではどうだ……?


──真黒さーん!


(小さいがはっきり聞こえたぞ!)


 当時の状況と照らし合わせる。真黒は、聴力はかなり良い方だ。起きていたならば特に意識しなくとも聞き逃さなかった筈である。


(伊集院が殺されたのは7時から7時30分の間。丁度女将とみかちゃんが夕餉ゆうげを運んできた時間……だが何故俺は叫び声を聞き逃したんだ?)


 何気なくふすまを開けると、正面が男子学生の部屋だった。


(そうか! あの時TVの音が大きくて、かき消されていたんだ!)


 だが真黒が聞き逃していても、他の場所で叫びを聞いた者がいておかしくはない。民宿に居た人間のアリバイを整理していると、外からみかが帰って来た。


「あっ、真黒さん。どうでした?」

「ん。あぁ、おかえり。ところでみかちゃん、俺たちが夕食を食べている間、旦那と若女将はどこで何をしていたか、憶えてるかい?」

「んー……台所で食器を洗っていたんじゃないでしょうか? 学生さんたちの」


 台所と浴場は玄関から見て1階の奥にある。亭主と若女将、1年生の2人は叫び声が聞こえなかったとしてもおかしくはない。この部屋に居た、真黒、ひろし、みか、女将の4人は叫びを聞いておらず、佐山と川原だけは聞いた…。


(間々田はどうだ? 随分大音量でTVをつけていたが、もしかしたら聞いていたんじゃないか? そもそも何故あんなにTVのボリュームを上げていた?)


 まさか伊集院の叫び声を少しでも消すために……!?

 怪しい! ここに来て一気に間々田が怪しくなってきた!


(そう、だから間々田は事件当時……あ、あれ? )


 真黒はここで今更、重要な事に気付いた。

 事件当時の様子を間々田本人から何も聞いていなかったのである!


「ぐあぁぁ! み、ミスったぁ!!」

「ま、真黒さん!?」


 頭を抱え、もだえ転がり、やがて静かになるとグデーっとなった。


 ……ミーンミンミンミンミー


 外からむなしく聞こえるせみの声。部屋の中の暑さも相まり、真黒の頭の中が真っ白となっていく。一体自分はここへ何しに来たのだろうと……。


「……駄目だ……暑い……」

「え?」

「ビール一本くれ……」

「え、いいですけどまだ昼間ですよ?」


 了解を得ると、ほふく前進で冷蔵庫へと向かう。


ガチャ


「えーと……あれ、瓶ビールしかないの? 缶は?」

「うちは瓶ビールしか置いてませんよ?」

「嘘だぁ。だって佐山の部屋には……」

「この宿はどの部屋にも瓶ビールしか置いてないです。あ、学生さんの部屋には置きませんでしたよ。だって未成年ですから」

「……なんだと?」


 突然部屋を飛び出し、真黒は佐山の部屋に入った。置かれていた冷蔵庫を開けると、確かに瓶ビールが3本だけ入っていたのだ。


「あの日、佐山はビールを何本飲んだか憶えてるか?」

「いいえ全然。あの先生、お酒飲まない人だったんですよ。始めは飲まれると思って夕食に日本酒を付けたんですけど、一口しか飲まなかったみたいで」

「ひ、一口!?」

「ええ。おぜんを下げに行った時『僕は普段お酒飲まないんだ、事前に言っておくべきだったね。悪いと思ったから一口だけ飲んだよ』っておっしゃられました」

「……」


 考え込むと部屋の中央にどっかりと腰を下ろす。

 真っ白になりかけていた頭が再び動き出した。


(缶ビールは民宿には置いていなかった、そして佐山は酒を飲まない。では缶ビールを持ち込んだのは? 佐山でないとすれば、部屋に居た間々田か柿崎となるが……。いや、そうなると川原も怪しいぞ! 警察への証言が矛盾してるじゃないか!!)


 これは急展開だ! もしかしたら自分は警察すら掴めていない情報を手に入れたのではなかろうか? 思わずニヤリとする真黒に、みかは……。


「もしかして事件の真相、わかったんですか!?」

「あぁ、俺に不可能は無い」

「すっごーい! 流石です! 先程からこの前の警察の人と同じこと聞いてますし!」

「……」


ドタッ


「ま、真黒さん!?」

 

 今度こそ、真黒は力尽きた。

 ……本当に自分は何しに来たのか?

 もう全部警察に任せればいいんじゃないかな、そんな考えすらよぎった。


「……俺もう、駄目かも知んない」

「真黒さん……」


 遠くから大型機械の音が響き、ガンガンやかましく感じられる。もしかすると警察の捜査は真黒が想像も付かない先まで進み、最終段階に入っているのではなかろうか。草間刑事のくれた情報は古く、真黒に教えても問題ないレベルの内容だったのではないだろうか。そもそも教えてくれた情報は正しいものだったのか?


「……」

「……あの…」

「……」

「気晴らしに山道でも一緒に歩きませんか?」


 目を開けると、そこに覗き込むみかの顔があった。



ガラン ガラン


 民宿の裏出にある、山奥へと続く細い道。強い日差しをさえぎる高い木々に囲まれた山林は、まさに大自然のクーラーそのものだった。遠くから聞こえる蝉の声が一層の静けさを引き立て、わずかに冷やされた風が頬を撫でていく。世界には自分たち2人しか残っていないのではないだろうかと、そんな気持ちにさせられるようだった。


ガラン ガラン


(……この音さえ無ければな)


 みかの腰から下げられている熊除け鈴である。色々と台無しだ。


「こういう場所も悪くない」

「よかった。前にも言いましたけど、私のお気に入りの場所なんです」

「ほう」

「私の仕事、接客業じゃないですか。中にはあんまりなお客さんも居て、気が滅入っちゃう時もあるんですよ。ここに来るとまたやるぞって気になれるんです」

「成程な。接客業か……俺には到底無理な仕事だ」


 そう言って、真黒は苦笑した。

 

「真黒さんは、以前どんな場所に住んでたんですか?」

「田舎の地方都会だ。何も無い、しけた場所さ」


 いかにも「退屈な場所だ」と言わんばかりに背伸びする。


「何も無いって、ここより?」

「そうだな。見上げる程のビルはまばらにあるが、どこもかしこも立ち入り禁止さ。何も無いのと一緒だ。むしろ邪魔で、消えちまった方がずっといい」

「うーん、お店とか沢山あって便利そうだけどなぁ……。最近この町も郊外の方まで開拓が進んできてるんです。私もそんな風に思う日が来るんでしょうか」

「かもな。世の中どんどん便利な方向へと進んでいく。しかし誰かが便利になると、誰かが不便になっちまうものなのさ。俺は大衆の波に流されるつもりは無いが、一部のように逆らうつもりも無い。自分の行きたい場所へ行くだけだ」


 そう言って自分も一本の木になったかのように天を仰ぎ見る。

 僅かな木の間から空が見えた。


「……なんかそういうの、かっこいいですよね」

「恰好良くなどないだろ。いつの時代の誰から見ても、ただの厄介者だ」

「……そんなことないですよ……かっこいい……」


 いつの間にか前に居たみかが横を歩いていて、ぶつかりそうなほどに近づいていることに気付く。真黒は思わず胸の高まりを感じていた。


(い、いかん! ラブラブムードになってしまった!)


 表情はクールを保っているが、内心バクバクの鼓動を聞かれはしないかとヒヤヒヤしている。そして、咄嗟とっさに腕を掴まれた……。


「ぬほっ!?」

「……真黒さん、あれ……!」

「ぬっ!」


 正面から男がこちらに歩いてくる。男は長身の真黒よりも更に大きく、グラサンにスーツ姿。まるで映画に出てきたターミネーターを連想させる姿だ。

 迂闊うかつだった、悶々もんもんとしていて全く気付けなかった。男の狙いはわからないが、まず嫌な予感しかしない。


「……下がっているんだ。俺が出方を見る」

「………っ! ま、真黒さん……」

「……なっ!」


 みかにつられ、振り返るとそこにも歩いてくるグラサンのスーツ姿! 女性のようだがそのしなやかに伸びた長身が、明らかに只者では無い事を感じさせていた。

 細い山道で、2人は行く手も逃げ道もはばまれてしまったのだ!


(ど、どうしよう……)

(俺から離れるな)


 真黒は今までに幾多の修羅場をくぐってきたので腕に自信はある。2人くらいなら相手にできるが、今目の前にいるのは間違い無く玄人プロだ。それに今はみかがいる!


──ハーッハッハッハッハッハッハッ……


 ここで山林に響き渡る笑い声!


『ご安心ください。我々の用事はその男だけですから』


 声のした方向を見上げると、斜面の木の影からスーツ姿の男が!

 見るなり真黒は思わず声を張り上げた!


「魔将ガッデム!!」


(……え? 誰?)


 『魔将ガッデム』真黒が子供の頃大好きだった『流星戦士ブルームレンジャー』の悪役である。目口が三日月形で出来た仮面に瓜二つの顔、癖のある高笑いが余りにもよく似ており、つい叫んでしまったのだ。

 男は素早く斜面を駆け下りてくると、にやけた顔のまま話し掛けてきた。


「おぉ……貴方もブルームレンジャーを御存じでしたか! あれは特撮の中でも特に素晴らしい作品……。嬉しいですよ、真黒克己……いや、ミスターブラック!」

「あぁ、その通りだ ……じゃなくて、誰だ! 何故俺の名を知っている!? 」


「申し遅れました、私の名は影山かげやまあきら。そして我々はこういう者です」


 ガッデムこと影山を始め、グラサンの2人も一斉に黒い手帳を見せたのだ。


「け、警察の人……なの!?」

「草間刑事の手先か!? 今まで俺を監視していたのはお前らだな!」


 これに影山は指を立て、左右に振る。


「クックックック……確かに監視していたのは我々ですが、あくまで独断ですよ」

「どうして俺に付きまとう!?」


 真黒のこの問いに対し、影山は急に無表情となり、辺りをゆっくり歩きだした。


「……草間刑事は我々刑事にとって、模範であり誇りだった。行動は冷静かつ大胆、現場に出れば優れた洞察力が全てを見通し、それでいて皆への気配りを欠かさない。課の同僚には親しみを込め『おやっさん』と呼んでいる者までいる……」

 

 そして急に立ち止まると、豹変ひょうへんさせた顔で真黒をにらんだのだ!


「だからわからない! 何故あの草間刑事が、どうして馬の骨ともつかぬお前などに警察機密である情報をベラベラと喋ったのか! 草間さんをおかしくさせたお前を、我々は決して許しはしない……!」


(こいつまさか盗聴器をあの部屋に……!? 全て聞いていたというのか!)


 影山に呼応するかのように、グラサンたちは身構え、指を鳴らした。

 しかし真黒は動じない。むしろ冷たく見下すように影山を見た。


「……馬鹿馬鹿しい、逆恨みも程々にしろ。大体俺にどうしろというのだ?」

「クックックック……知れたこと……。この事件から身を引けと言っているのです。事件は我々警察が解決します、貴方のような無職の素人が出る幕は無いのですよ! 第一、貴方は証拠の一つでも見つけることができたのですか?」

「ぐ……ふ、ふん! それはお前ら警察も同じだろうが! 」


「クックックッ……ハッハッハッハ──ッ!!」


 可笑しくて堪らない、そんな様子で笑い声を上げる。

 見ればグラサン2人も口元に笑みを作っていた。


「何が可笑しい!」

「証拠なら見つけましたよ、関連性の高い証拠が。つい先程、沢の下流の方でね」

「なんだと!? それは一体何だ!?」

「それを知る権利は貴方にありませんよ。もうお分かりでしょう? 自分がどれだけ無力な存在なのかを。我々の邪魔をせず、大人しく故郷くにに帰りなさい」


「……いやだ、と言ったら?」


『ダーク・フラーッシュ!!!』


「ぐおっ!?」

「……はい?」


 突然影山は両手を上げ、叫んだ。真黒は自分に向かって黒い光が襲い掛かって来たかのように見えた。(あくまで『そう見えた』だけである)

 みかは状況がわからず唖然あぜんとしている。グラサン2人は思わず顔を背け、吹き出したいのをき込んでごまかした。


「我々警察の邪魔をするならば、貴方などいくらでも理由を付けて逮捕できる。今後事件から身を引くというのなら、今までしたことに目をつぶって差し上げましょう」

「……」

「警告はしましたよ? ではごきげんよう、ミスターブラック……」


 再び笑みを作るとグラサンたちを引き連れ、影山は去って行った。

 ……厄介な事になった。理由はどうあれ、完全に警察を敵に回してしまった様だ。しかし真黒は我に返ると、茫然ぼうぜんとしているみかに声を掛ける。


「大丈夫だったかい?」

「……色々駄目かなって思っちゃいました……この町の行く末とか……」


 ……何も返す言葉が無かった。

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