第2話 迷探偵、爆誕


「ひでぇな、まるでミンチだ」


 死体を確認した初老の男はつぶやくと、シートを被せて運ばせた。囲まれるようにしてかがんでいたこの男「草間くさま大輔だいすけ」は叩き上げの刑事デカだ。この道35年の大ベテランで、他の課からの信頼も厚い。


「こっちも検視に早くまわしとけ、ボヤボヤしてると腐っちまうからな」


 ネクタイを緩めシャツのボタンを外す。現在午前7時、さほど暑くは無いが、強い日差しが無意識とそうさせる。少しでもと冷を求めて視線を移した先、水が岩に打ち付けられしぶき上げていた。


「凶器以外は発見できたか?」

「ピンク色のスマートフォンですね。川底で沈んでました」

「妙だな……」


 運ばれていく死体を見ながら、草間は眉間のしわを寄せた。沢で発見されたのは男子学生だ。しかもこの学生の物と思わしき携帯電話は部屋に置いてあったのである。

 となると、発見されたピンクのスマホは殺された女子生徒のものか……?


「損傷が激しく、水没してたのでデータのサルベージは難しいでしょう」

「だな。まぁこの辺りは電波が届かんから、調べる意味は薄いのかも知れんが」


 そう言い残し、事情聴取されている学生たちへ歩み寄る。彼らには死体の身元確認をして貰うべく、ここへと呼び出していたのだ。


「あー、失礼。君らは第二高校の学生さんで……どっちが部長さんだったかな」

「私です。オカルト研究部部長、川原かわはら七瀬ななせです」

「副部長の間々田ままだあつしです」


 2人からしっかりした口調で自己紹介をされ、草間はポリポリと頭をかく。


「あぁそうだったね。すまないね二人とも、朝早くからこんなことさせて。本来なら責任者の大人にさせるべきなんだが……。こちらとしても、今すぐ先生をあの世から呼び戻してやりたいくらいだよ」


 責任者──死んだオカルト研究部顧問にして、理系教師の「佐山さやま健蔵たけぞう」のことだ。草間刑事はリラックスさせるつもりでこんな冗談を言ったのかもしれないが、それが2人の不謹慎感をあおり、ムッとさせる結果となった。


「…それで、刑事さん。柿崎も誰かに殺されたのでしょうか?」

「ん? んんー……」


 間々田の質問に草間刑事は答えていいものかどうか迷う。見つかった遺体は損傷が酷く、2人には柿崎の顔しか見せていない。


「詳しい検視と司法解剖の結果を待たないと何ともな……。残念だが俺が見た感じ、彼が誰かに刺された形跡は見当たらなかった。今は詳しく話せんし断定もできんが、そういう可能性もあるとだけは言っておこう」

「それってつまり……」

「そんな! じゃあ柿崎君は……!」


 言葉を濁したつもりだったが、学生たちが察するには十分であった。

 つまり死体で発見された柿崎が、教師と女子生徒を殺害した可能性が高いと……。


『お取込み中失礼します。草間さん、この方を御存じでしょうか?』


 突然制服を着た男が割り込み、草間に名刺を手渡す。


「真黒克己……『ミスターブラック』だと? ……知らんな」

「この男から『俺は刑事の知り合いだから現場に入れろ』と言われまして」

「それは君の後ろにいる男か?」

「え? あっ! お前らっ! 勝手に入るなと言っただろう!」


 見ると張られたテープを越え、一見だらしなそうな男が欠伸しながら歩いて来る。その後ろから帽子を逆にかぶった青年がついて来るのだった。


「あの人、昨日の……」


 昨晩は親切にして貰った人だ。しかし何しにここへ来たのだろう?


「あれが例の男か?」

「はい、間違いありません」

「成程な、様子を見よう」


 草間は真黒らを取り押さえようとする捜査官らを制止し、自ら出向いた。


「どういうつもりか知らんが、俺は君など知らん。捜査の邪魔だから部外者は出て行って貰おう」

「あんたがこの事件担当の刑事さんか? 悪いがこうでもしないと入れてくれそうになかったんでね。それに俺は部外者じゃない、れっきとした当事者だ。二、三聞きたいことがあるから答えてくれ」


 勝手に現場に入り、不躾ぶしつけなことをのたまってくる真黒。流石のベテランもこれにはいきどおりを感じたが学生の手前、あくまで冷静さを装う。


「……答えられる範囲でならいいだろう。だが気が済んだら出て行ってくれ」

「まず第一に、なぜ昨晩宿の人間に薬物検査などさせた?」

「捜査に必要だからだ。それ以上は答えられん」

「第二に、なぜ俺にだけ尿検査をさせた?」

「お前だけ薬物検査を拒否したからだ」

「こっちには拒否権がある、当然だ」

「その権利の行使はこちらの信用を損ねると憶えておくんだな」

「なんだとこの野郎……」


 草間を睨みつけ一歩前に出る真黒。

 一触即発の事態、横で冷や冷やしていたひろしが遂に割って入った。


「刑事さんすいません! この人寝起き悪くて……先生、警察に喧嘩売ってどうするんすか! ここは抑えて下さいよ、ね? ね?」

「……確かにな。俺たちの敵は警察じゃない」


 言われて大人しく引き下がる様に、草間は思わずニヤリとする。


「さて質問は済んだか? 答えてやったんだ、ついでだから君らも俺の職質を受けて貰おうか……君、名前と年齢と職業は?」

「え? 俺っすか? 瀬戸内ひろし、26歳! 前はフリーターでしたがニートです!」

「馬鹿タレ! フリーターもニートも職業じゃないぞ! で、そっちの真黒さんは?」

「……38歳。探偵だ」

「なんだと? 探偵歴は?」

「昨日決めた」

「ふざけるなっ! 以前は何をしていた!?」

「無職だどっ!」


(……『だど』って……何?)


 横でやり取りを見ていた川原は口元を抑え、明らかに笑いを堪えている。間々田はポカンとし、開いた口が塞がらない。


「お前らはなぁ……前途ある若者の前で、情けないとは思わんのか……。まぁいい、名刺をくれたのだからこちらも返さねばな。後で何か思い出したことがあったら連絡するように」


 ため息をつくと手帳を仕舞い、自分の名刺を取り出した。受け取ろうと真黒が手を伸ばしたところで一旦引っ込める。


「一つだけ釘を刺しておく。お前が昨晩、仏さんの回りを歩き回ってくれたおかげで現場は滅茶滅茶だ。これ以上捜査の邪魔をすれば只じゃ済まさんからな?」


 真黒は草間の目を見つつ、軽くうなずくと名刺を受け取った。

 ──と、ここでとんでもないことを言い始める!


「それは悪かった。が、足跡なんか調べるまでもないだろ。この事件、2人を刺したのは柿崎、事を済ませた後吊り橋から身を投げたんだ。動機は怨恨えんこんかそれとも……」

「身内の前だぞ! 素人がベラベラと勝手にっ!」


 一同驚くが、真黒は更に続ける。


「素人でもわかるさ。つうかあんたら警察もその方向で動くんだろう? 違うか?」

「貴様……おい! こいつらを摘まみ出せ!」


 騒ぎを聞きつけ、周囲の捜査官が一斉に真黒とひろしを取り押さえた。


「いででで! ちょっと! 俺は何もしてないっすよ!」

「いいか刑事さん! 俺は御都合主義の警察とは違う! 事件に謎がある限り最後まで真相を突き止めてやるからな! 憶えてお…」


 取り押さえられながら真黒は盛大にズッコケた。締まりない上に河原での出来事、かなり痛そうである。


「全くなんなんだあいつ……あぁ君たちはもう帰っていいからね。今の男の言う事は一切気にしないでくれよ、あんな大人になっちゃ駄目だぞ」

「あ、はい」


 捜査官らに連れられて、川原と間々田は宿へと戻って行った。一人残された草間は煙草に火を付け、天を仰ぐ。


(御都合主義……皮肉のつもりか? 言わんとすることはわからんでもない……だが気になるな。あの目、只の無職の目じゃない。俺の刑事の勘がそう言っている)


 

 昼になり、残された学生ら4人は警察によって送られた。具合の悪かった女子生徒「梶浦かじうらかなえ」もなんとか歩けるまでには回復したようだ。事件の進展具合よっては今後も警察に事情を聞かれることとなるだろう。いや、それ以上に今回の事件が学校生活へどう影響及ぼしてくるか、それが一番の心配である。


「くっそ、そこら中警察が張り込んでて邪魔だ。調査できん」

「どっちかといえば邪魔してるのは先生なんですが……」


 部屋や宿の回りを調べるどころか、学生たちから話を聞くことすらできなかった。もうここに留まっていても仕方ないと、2人は宿を離れることにする。見送りに宿の女将たちや、みかが玄関まで出迎えた。


「遠くからお越しいただいたのに……こんなことになって大変申し訳ありません」

「この宿が悪いんじゃない、どちらかといえば被害者さ」

「そうっすよ! それにむしろ……じゃなくてとにかく元気出してください!」


 むしろはくが付いた、と言いかけひろしは慌てて口をつむぐ。何かあれば連絡しろ、と二つ名入りの名刺を手渡し、みかが吹き出しそうになったのが唯一の救いか。

 バスの停留所までの道程、あの吊り橋を渡らねばならない。気を付けて静かに渡るように、と警官に声を掛けられる。2人は来た時とは違う、辺りの物々しい雰囲気に身がしまる思いがした。橋の中央で真黒は足を止めて下を覗く。柿崎は一体何を思い同級生と教師を刺した後、この沢へと身を投げたのだろうか?


(そんなことは本人にしかわからない。今後どんな証拠が見つかろうが、誰がどんな証言を吐こうが、それは第三者の憶測にしかならないんだ)


「先生?」

「……あぁ、行こう」


 吊り橋を渡り切り、山道を歩くこと暫く、停留所まで着いた。停留所には既にバスが来ており2人を待っているかのようだった。もしかしたら宿の女将が気を利かせてバス会社に連絡していたのかもしれない。

 乗り込むと真黒とひろしの他には誰も客がいない、まぁ当然なのだが。


「えらいことに巻き込まれましたね。先生、これからどこへ向かうんですか?」


 一番後ろの席を選び、腰掛けて一息ついたひろしから切り出す。


「……俺は、暫くこの町に留まろうかと思う」

「それってまさか、本当にこの事件を? 探偵になるんですか?」

「そうだ。客から依頼があった訳じゃないが、俺個人としてこの事件を調べ、真相を解明したいんだ。いわば探偵になるための入門捜査ってところか」


 淡々と言い放つ真黒にひろしは呆気にとられる。この人は本当に何を考えているのだろう。しかも入門捜査が殺人事件とか正気か……?


「そこでだ、ひろし君。一度君に確認しておきたいんだ。俺は残って探偵するが君はどうする? 探偵業は安定しないどころか身の危険すらある職種だぞ。このまま俺と探偵やって野垂のたれ死ぬか、国に帰ってプータローに戻るか今決めてくれ」


 他に言い方はないのかよ。


「や、やりますよ! 俺は先生の助手ってことでいいんですね!?」

「そう言ってくれると思ったよ。俺も一人じゃ楽しくないからな、はっはっは!」


 さも嬉しそうに大声で笑いだすと、今度は荷物をあさり出した。


「よし! なら早速だが、町についたら今晩の宿を探しつつ、不動産屋でアパートを探して貰いたい。なるべく第二高校から近い方がいいな。いいかい、第二高校だよ? 快適で一番いいのを頼む、予算は問わんから」

「それはいいですけど、先生はその間どうするんですか?」

「俺は図書館へ行って調べものだ、探偵物でよくあるだろ。何かあったら俺の携帯に連絡してくれよ」


 はっきり言って、宿では事件の手掛かりは何も掴めなかった。図書館で調べると言っても一体何を調べるというのだろうか? 過去にあの宿で起きた事件を見つけ、類似性を照らし合わせるとか? まてまて、宿へ泊まる前に調べたが、事件が起きたという情報は無かった筈だ。


「先生……?」


 訪ねようと横を向くと、既に真黒は寝息を立てていた。本当にこの人は謎である。ついでに言えば毎度思うことだが、真黒の金の出所も気になる。無職な筈の真黒だが金だけにはいつも糸目を付けないのだ。どこから持ってきたのかと尋ねると、いつも

「俺のポケットマネーからだ」としか言ってこない。


(宝くじで一儲けしたとか……本当はどこかの御曹司おんぞうしとか……まさかね)


 だらしなく小汚い風貌ふうぼうからはそんな雰囲気がしてこない。やがてひろしは考えるのを止め、同じように目をつぶっていた。

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