第19話 先代と今代

 「ご無沙汰しております、長。この度はこちらの者がご迷惑をおかけしました」

 「あ、ああ。『葉月』のことは気にせんでよい」

 彼は私の言葉に一礼した。

 「お心遣い感謝いたします」

 二人の間にしばらくの沈黙が続いた。そのような中で初めに口を切ったのは彼だった。

 「長。長からご覧になって『葉月』はいかかでしょうか?」

 師匠である彼は弟子のことが心配らしい。周りから恐れられる『葉月』に対して、元『葉月』も親のように心をかけているようだ。

 「『葉月』か…、そうだな…将来がとても楽しみだ」

 そう。良い意味でも悪い意味でも。あの子の将来像が予測しづらいからこそ、どうなるか分からないこそ、その成長を見届けたいという気持ちにさせられるのだ。

 「ただ…」

 「ただ…? 如何されましたか、長?」

 今回の任務を果たす前に、朱雀隼人の過去についての情報をあの子に教えたときの表情が脳裏に残っている。こちらが後退ってしまうほどの怖ろしさの感情が彼女の身体から溢れ出ていた。

 「『葉月』は己の感情をコントロールするのが苦手みたいだな」

 「……はい、存じております。あの子は感情を上手く扱えない」

 彼は私から目をそらし、苦い顔をする。

 そうだ。私はお前のその悔しい顔を見ると、自分の誇りに気づくことができる。忍の世界から去ってから、彼の顔を長い間見ていなかったから忘れかけていたが、今、彼に対するその優越感が思い出された。私はこの感情でここまで上がってこれたのだ。私はさらに彼に追い打ちをかけた。

 「知っていて矯正していないとは。それでもお前は師匠か」

 「……申し訳ございません」

 私に対して彼は両膝をついて頭を深く下げる。

 かつての次期長候補として名があげられた二人が、今は主従関係となっている。

 とても愉快だ。

 誰からも恐れられ、何かを恐ることを全く知らない『葉月』が、私を恐れているのだから。

 「下がれ、お前の顔を見て気分が悪くなった。もう私の前に顔を見せるな」

 「…はっ」

 元『葉月』は私の元から離れようとしたが、一旦、私は止めた。

 「待て…、たまには顔を見せろ、いいな?」

 この優越感を忘れた頃にまたお前によって感じたいからな。



 凶忍は任務後の休養期間が吉忍よりも長い。任務の程度によってその期間の長さは異なるが、今回の任務により私に与えられた休養期間は三日間だった。

 この期間のうちは全く仕事が来ないのだ。そう、暇なのだ。身体を動かしていないと落ち着かない。だから、怪我の入院から復帰した翌日、つまり休養二日目から、私は如月の仕事場でお手伝いをすることにした。

 しかし、その仕事の合間にリハビリに取り組んでいる隼人の様子を見に医療棟へ足を運んだ。隼人は見ている私の存在に気づくことはなかったが、私の心は一生懸命励んでいる彼の姿を見るたび元気づけられていった。

 「あいつの様子どうだった?」

 如月班の様々な資料を片づけている私に如月は尋ねた。

 「え? 何で知ってるの?」

 「そりゃお前、何回もここからいなくなれば、お前がどこに行ってるとか分かるっての」

 そんなに何回も私が隼人の様子を見に行っていたのかと今になって自覚する。

 「リハビリ頑張ってた。きっと…たくましい身体になる」

 「そうか…って、え!?」

 まさか葉月から外見に関する言葉が出るとは思いもよらなかった如月は混乱する。

 「お、俺だって、毎日筋トレしてるし、腹筋とか背筋を鍛えている最中で…」

 ほら見ろ、と葉月に綺麗についた腹筋を披露する。

 「ほう…お前も頑張っているんだな」

 「そうだぜ…それだけ!?」

 「え?」

 何でもないです、と葉月の自分に対する興味の無さに如月は呆れて落ち込む。

 葉月は黙々と資料を整頓し続ける。その姿を俺は見つめた。自分よりも小さい身体。自分よりも背が低くて、筋力も自分よりない。なぜ、このような女の子が恐れられる存在の『葉月』なのか。実力の「強さ」で恐れられているわけではない。なぜなら、長からも認められる最強の忍とは、吉忍の『霜月』と凶忍の『師走』であるからだ。身体的にも頭脳的にも素晴らしい才能を持って生まれ、育ってきた忍のみに与えられる称号だ。『如月』である自分は彼らに比べると実力は、もっての他なのかもしれないが、元『如月』である師匠が授けてくれたこの称号に相応しい忍になると誓った。

 「如月…?…大丈夫か?」

 「えっ…?あ、ああ、大丈夫。大丈夫」

 葉月に突然声をかけられ、はっとする。考え込んでいた顔をしていたことに気づく。少しの間、茫然としていた自分を葉月は心配そうに顔を窺っている。本当に大丈夫であることを信じてもらうために元気であるアピールをした。

 「あ!もう昼じゃんかよ!葉月、昼飯を食べに行こうぜ!」

 「あ、ああ。もうそんな時間か。食堂に行こうか、如月」

 突然の昼食の誘いに葉月は驚かされたような顔をしていたが、作業を一時中断し、俺たちは食堂へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新米忍者は大変なんです…!! 半蔀ゆら @hazhi_tomi_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ