はしがき

 この事件は、一六年前、愛媛県松山市黒鷺村、という地で実際に起きた事件である。

 当時、新聞記事では『奇妙な生首事件』『犯人未だ行方不明』などと騒ぎ立てられたが、事件に関する資料が全く見つからない、ということや、犯人である平平一平、が一向に発見されない、ということから、事件は一気に風化し、今だ何処のメディアでも捕らえられなくなった、もう昔の事件だ。

 

 この事件に関する描写が、なぜこんなにも鮮明なのか、私は読者の皆様に弁明しなければならないだろう。

 私は当時、その村に住んでいた者で、その時、ずっと押し入れに籠っていたから助かった、唯一の生き残りなのである。


 だから私は、一平、という青年を知っている。私よりもずっとずっと可愛らしい女の子ですら嫉妬した、あの美青年を知っている。少し頭が悪くて、家族と動物を大事にしてた、あの青年を知っている。

 一部のメディアでは、醜い青年だと報じられていたが、それは間違いだ。


 私は、押し入れに籠り、兄・森崎陽が殺される様子を目撃していた。

 母が、トンカチで頭を勝ち割られるザマを見ていた。しかしそれでも、私は一平を恨んではいない。

 確かに兄、陽は、最低の人間だったのだ。小説の中では、一平を家に置く、という程度にしているが、実際の陽は、家に匿ってやることを条件に、一平に性的暴力を行っていた。か弱く、愛らしい彼は、女に飢えていた兄にとって、格好の餌食だったのだろう。

 事件から一六年、という月日が経ち、事件の記憶が薄れて来た今。私は、一平への贖罪しょくざいのため、この小説を書いた。もしかしたら、一平くんがこの小説を読んで、連絡をくれるのではないか、と考えた末の行動だ。

 一平くん、お願いします。どうかこの本を読んでいるのなら、電話でも手紙でも、どんなものでもいいので、連絡をください。どうぞ、どうぞお願いします。


 最後に、お断りをさせていただく。この事件の現場となった地、黒鷺村は、二〇〇二年、過疎化が進み、今ではもうダムの底だ。行っても其処にもう村はない。


                             森崎天(もりざき そら)

   


 編集から:作者、森崎さんが、先月(二〇〇十七年十二月)に、殺人事件に巻き込まれてお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りいたします。また、編集部では。森崎さんの首を持ち去った犯人を捜しています。心当たりのある人は、以下までご連絡ください。

 

 

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松山狸首落とし事件 KisaragiHaduki @Kisaragi__Haduki

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