第5話 金田一盗作の新冒険
吉井川の上流、津山三十人殺しで有名な津山市は、岡山県の東北部に位置する。昭和十三年五月二十一日未明、鳥取県との境付近の集落で一人の青年が猟銃、斧、日本刀を使い、住民三十名をわずかな時間で殺害するという、未曾有の惨劇が起こった。
加害者は、事前に送電線と電話線を切断し外部との連絡を絶った。世が更けた頃、祖母の首を切り落とし、頭に二本の懐中電灯を括り付けたハチマキを巻き村へと繰り出し、犯行終了後、夜明けの高台で猟銃自殺をした。
この事件は、横溝正史の長編小説「八つ墓村」のモデルとなったことでも知られ、津山市観光振興課は地域興しの起爆剤として期待をかけ、毎年事件の起きた五月二十一日には、盛大なイベントを催している。
その津山市のおよそ五十キロ南に四つ門島という島がある。高い山などはないのに、土地が痩せていて耕地は少なく、主に漁業で経済が成り立っている。この島は行政上は四つ墓村である。戦前はその名前だったとか、地元ではそのように呼ばれているとかいうのではなく、れっきとした正式名だ。金田一盗作は今その四つ墓村にいた。
三人称で始めてすいません。僕、金田一盗作です。岡山県と香川県の境、小豆島から連絡船で行くこと二十分余り。四つ門島という小さな島があります。島の名は四つ門島ですけど、村の名は四つ墓村です。
僕はそのほぼ中央にある、四つ首塔に向かっています。観光に行くわけではありません。何者かに呼び出されたのです。
つい先日、郵便受けに一通の封筒が入れられていました。消印も差出人の名前もありません。中には一枚の安っぽい便せん用紙が入っています。そこにはこう記されていました。
四つ墓村へ来てはならぬ。おまえが来ると大変なことになる。
おまえが来なくても大変なことになるので、○月○日○時○分△秒に四つ首塔の裏に来ること。
怪人二十面相(明智小五郎)より
○のところは具体的な数字が書いてあるのですが、△は本当に△です。それに、来てはならないと言っておきながら、来るように要求しているのは、どういう意味でしょうか。これを書いた人物は相当頭がおかしいはずです。
相手にするのはやめよう。そう思っていましたが、どうしても気になります。
そこでよれよれの羽織袴とつぶれたパナマ帽で変装して、塔に向かっているのです。
塔に向かう途中、右側に細い脇道があり、その先にアカマツの林に囲まれるように四つの墓が建っています。この村の名前の由来となった四人の落人の墓です。
約束の時刻まで間があるので、そちらに曲がってみます。
するとすぐに向かい側から、腰の曲がった老婆がやってきます。背中の風呂敷包みがこちらから見えるほど、深く頭を垂れているので、顔は見えません。
先には落人の墓しかありません。わざわざ墓参りに来たのでしょうか。僕は不気味なものを感じました。
道は、二人並んで歩くのがやっとの幅です。
すれ違うとき、
「おらんでございやす。和尚さんのところに帰って参りやした」
という声が聞こえました。
僕は立ち止まり、振り返りました。後ろ姿を見て、随分大柄な老婆だと気づきました。
仮にまっすぐ立ったなら、五尺八寸はありそうです。
本当に老婆なのでしょうか。
六尺二寸も背丈がある名探偵シャーロック・ホームズが、老婆に変装したように、何者かが変装したということも考えられます。
でも、そんなことをする意味がありません。僕は気にするのをやめて墓の前に行きました。
村名の由来になってはいますが、墓石はどれも小さく、道ばたの地蔵が四体並んでいるようです。かなり昔のものなので、石の表面が削れ、文字も読みにくいです。
周囲はあまり手入れされていないようで雑草が目立ちますが、墓の前にはそれぞれ花が置かれています。さきほどの老婆が手向けたものでしょう。花はどれも色が異なります。四つ首塔の四人のお姫様の衣装と同じ色のような気がしました。
老婆のこともあり、そこにいるのが怖くて、すぐに墓の前を去りました。
太い道に出ても、老婆の姿はありません。それで少し安心しました。
そこから十分ほど歩けば、塔のある空き寺に着きます。
門などの仕切りはなく、どこからがお寺の土地なのかわかりません。
利用価値の無くなった本堂は荒れ果てていますが、行事に使う塔の周りは綺麗に掃除してあります。
人の姿は見えませんが、僕を呼びつけた本人が近くにいるのでしょうか。
それともただのいたずらでしょうか。
僕は、用心しながら塔の裏側に向かいました。
やはり誰もいません。
腕時計で時間を確認すると、まだ約束の時間より十分以上早いので、待つことにしました。
冬の風に吹きさらされ、同じ場所で突っ立ったったままだと寒いので、その辺りをぶらぶら歩き回っていると、
突然、左足が地面の中に落ちて行きました。
足だけでなく体全体が地中に飲み込まれていくようです。
気がつくと、地面の穴の中から上を見上げています。
大地震で地割れでも起きたのかと思いましたが、すぐに落とし穴だとわかりました。
誰かがここに穴を掘って、僕を罠にはめたのです。
さすがの僕も頭に来て、
「誰だ! こんなところに穴を掘った奴は」
と、思わず声を荒げてしまいました。
穴はそれほど深いものではなく、這い出そうと思えば簡単です。でも、自分の力を使うのではなく、穴を掘った奴に引き上げてもらわなければ納得いきません。
それでしばらくそのままの状態でいると、どこからか
「祟りじゃ、四つ墓の祟りじゃ」
という声が聞こえてきました。
正直かなり怖かったですが、僕は勇気を出して、
「いたずらはやめろ」と怒鳴りました。
「祟りじゃ。四つ墓大明神はお怒りじゃ。もうすぐ祟りが起こるぞ」
声の主が近づいて来るのがわかりました。
そして声の主は穴のそばに立ち、僕を見下ろしてこう言いました。
「帰れ、金田一。おまえが来ると村は血で穢れる。四つ墓明神は四人の生け贄を求めておられる」
先ほどすれ違った老婆です。思った通りの高身長です。
「どうしてここに呼んだ?」と僕は尋ねました。
「おまえが来ないと大変なことになるからじゃ」
「それなのに来るなとは矛盾しているじゃないか」
「馬鹿め。来いと言われて、来るなと言われたなら、正解はひとつ。どちらでもないじゃ」
言っていることが支離滅裂。完全に気が触れています。
そのとき、さきほど会ったときは腰がくの字に曲がっていた老婆が、背を伸ばして立っていることに気付きました。
「その白髪頭、カツラだろう? 本当は若いんだな。一体、おまえは誰だ?」
「まだわからんか」
「もしや、四つ神美砂」
僕は思わずそう言ってしまいましたが、そんなはずはありません。犯行がばれた四つ神美砂は毒を飲んで自殺したはずです。しかし、偽老婆は、
「惜しい。当たらずといえども遠からずといったところかな。ははは」
といって、笑いました。
「美砂じゃないとすると、紅茶の尼か?」
紅茶の尼ならこのくらいのことはやりかねません。
「正解」
「なんだ、紅茶の尼か。つまんない結末だな」
僕は、相手が紅茶の尼だとしってがっかりしました。当たり前すぎて何の意外性もないからです。
「と言いたいところだが違う」
「では誰なんだ?」
老婆は僕の質問に答える代わりに、右手で左耳の下辺りをつかんで、顔の皮膚をはがそうとします。
「怪人二十面相(明智小五郎)というのは本当だったんだな」
「ふははは。よく私の正体を見抜いたな。明智君」
老婆は偽の皮膚を剥がしませんでした。正確には剥がせなかったというべきでしょう。なぜならそれは本物の皮膚だったからです。そいつはカツラをかぶっただけで、最初から自分の顔をさらけだしていたのです。
それでも僕は、そいつが誰だかわかりません。
なぜなら初めて見る顔だったからです。
「で、誰なんだ? 君は」
僕はそいつに尋ねました。
そいつは、いい加減この辺りで正体をばらすはずです。なぜなら僕は自分の思ったことを独り言で話しているので、そいつはもうこれ以上尺を伸ばすのは、NGだとわかっているはずだからです。
「そんなに私の正体が知りたいか」
「くどい、しつこい、早く言え」
本人は盛り上げるつもりだろうけど、
「ならば本当のことを言おう」
ここまでじらされると却って白けます。
「余計なことは言うな」
これでは、せっかく面白くなってきたTV番組で、続きはCMの後と言われるのと同じです。
「わかったよ。そこまで言うなら、正直に言うよ」
僕の言葉に傷ついたそいつは、少し涙ぐんでいます。
「能書きはいいから早く言え」
そしてついに謎の怪人物は正体を明かすのです。まだ明かしてないけど、この流れだとたぶん明かします。明かしてくれないなら、穴から出て全速力でこの場から逃げ去るだけです。
「俺は私立探偵比由らあちゃ。本名比由らあちゃ。人呼んで比由らあちゃ。またあるときは比由らあちゃ。してその正体は比由らあちゃ」
「だから早く言えって。え、もしかして今のが正体? で、誰?」
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