第五話 女子高生から見た異世界騎士の人々

 私の名前は鈴原香織、16歳。出張で忙しい父親と必ず彼について行く母親の影響により、一年のほとんどを父方の実家である山中の一軒家に一人暮らしをしている、という点を除けばどこにでもいるごく普通の高校生である。


 多くはないがそれなりの友人はいるし、成績はいつも平々凡々ではあるが赤点を取ったことはない。家が遠いので友人を自宅へ招くことは稀であるが、遠出は苦ではないので友人の家へはよく遊びに行くし、土日は県外に出て流行りの店でショッピングだってする。

 確かに表情が顔になかなか出ない分誤解される時はあるが、友人らは皆それを承知の上で付き合ってくれているし、そんな私の特徴を「冷静さ」と表し利点と呼ぶ。

 生憎と彼氏はいないが毎日が充実した、ありふれた女子高生と言えた。

 否、正確にいうならば、一ヶ月前まではそうだった、だろうか。



 転機は一ヶ月ほど前、おかしな男たちを拾ったことからだ。通学路から少し外れた路地裏に倒れていた彼らは人気こそ少ない場所ではあったが格好の注目の的であり、しかし異様な格好から倒れているにも関わらず声をかける者は誰一人いなかった。

 それぞれよく見れば多少の違いはあるものの鎖帷子の上に、所々金属を用いつつほぼ布を使用している鎧。一人に至ってはフルフェイスの兜をつけて素顔不詳。さらに、皆が共通してマントに入れた刺繍は細やかなものは違うが似たような形をしており、どこか同じ場所に所属しているということは見て取れる。

 ただ、生憎と歴史や服飾に詳しくない私はこの服装が厳密にどのようなものなのか、までは判断できなかった。ただ一言言えたのは、どう控えめに表現しても不審者であったことだ。

 冷静に考えれば、何故ああも見るからに怪しい男たちを家へ連れて行こうとしたのか。それには未だに明確な解答を持てずにいる。強いていうならば、父の口癖である「困っている人がいたら、どんな人でも助けなさい」という言葉が身に染み付いていたからだろうか。


 兎も角私は不審者どもを連れ帰り事情を聞き、異世界の修道騎士なるものであることを知った。子供の頃にはそれなりにファンタジー小説は読んでいた上に大雑把な私はまあ、あんなものだろう、とざっくりと納得し、そのまま彼らの滞在を許可することにした。後から調べて知ることになるが、彼らは十字軍時代のヨーロッパの同名の存在に酷似しており、ウツツヘイムやらはあちらの言葉で聞こえたにも関わらず優秀な謎の翻訳機能が『修道騎士』と日本語で伝えてくれたのは、似たような概念の存在に落とし込んで説明したのだろう。とは、エリアス談である。あいにくと私は歴史に疎いので、調べたのもエリアスだ。自動翻訳が働いているとは言え図書館へ通いつめたのだから実に真面目で勤勉な人だと思う。


 そんなことで家に居座ることとなる彼らの滞在許可を下したのは哀れみや同情からではないし、私は身元不明の者を呑気に置かせておくほど寛大でもない。ただ、なんとなく。この人たちが居たら賑やかになるだろうと思っただけだった。

 誰もいない家が寂しかった、なんて誰にも言えないこぼれ話だ。


 ちなみに。迷ったが隠せるものではなく、無一文の彼らの生活費の為にも数日後には父親へ連絡は入れた。驚いたのはその時の父親の反応だ。怒るでもなく、呆れるでもなく、ましてや冗談と受け流すわけでもなく。父はただ笑って「人助けなら仕方ない」と仕送りの額を増やしてくれた。こうして不審者三人は、我が家の居候となったのだ。


 それから一ヶ月。

 自称異世界から来たという男たちは存外にもあっさりと現代日本に落ち着いている。

 近所の人たちとの交流も盛んで、お寺の住職さんに美味しい茶の淹れ方を教わったとエリアスが淹れてくれた緑茶は同じ茶葉なのかと疑うほど美味しかったし、エリアスは手に入る食材であちらの料理を再現するだけでなく日本料理も覚えつつある。立派な家政夫だ、と褒めたら曖昧な笑みを返されたが。

 ちなみにラウルはお隣の斎藤さんの奥さんとやたらと意気投合し、何を血迷ったかロリータ雑誌を持ち帰り私にも着ろと言ってきたときは流石に殴りかけた。曰く「この世界の服装は頓珍漢なものばかりだが、多少装飾過多だがろりぃたなるものは我らウツツヘイムの貴族の娘が着ても問題のない服である」だとかなんだとか。このままそっちの方向へ進むと面倒臭いので一般的なファッション雑誌を与えておいたらイケメン外国人モデルの如く着こなしたのでそれはそれで腹が立った。

 アルプレヒトは近所づきあいは必要最低限だが、パソコンの使い方を覚えてからはインターネットを介しての交流に夢中で、つい先日も唐突に「同志とおふかいをしてくる」とモデルガン片手に出かけていった。彼の言う同志がなんなのか凡そ想像のついた己に嫌気がさす。新たな趣味を見つけて遊び呆けているならいっそ警備員のバイトでもしろと言いたいほどだが、生憎と国籍もなにもないのでこればかりは今後の問題だ。




 ああ、今日も我が家は平和です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

修道騎士様は現代日本がお好き 有川彰 @arikawa_akira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る