第四話 異世界騎士は現代日本に溶け込みます。

「へえ、ここが香織の住む家?不思議な作りだが随分と良い土地だ」

「ここ一帯に生える筒のような木は初めて見ました。こちらの世界独特のものなのか、もしかするとウツツヘイムでも地域によってはあるのかもしれませんね」

「ふぅん?それなりに歩かされたがその分の釣りが出るな。独特な家と周りの木々がいい具合に芸術になってるじゃねえか」


 人間とは不思議なもので、興味のそそられるものが目の前に広がっていれば思考はすぐそちらへ向いてしまうようだ。

 先程まで落ち込んだ様子だったラウルも、未だ混乱を隠せないアルプレヒトもエリアスも、ちょっとした丘の上にある自然に囲まれた純日本家屋を見れば楽しそうに目を輝かせた。アルプレヒトがふと呟いた、これで熊なり猪なりが居りゃごちそうも食える自供自足生活の完成だな、という不穏な言葉を鈴原はあえて聞かなかったことにした。

 なんだかんだ言って共に歩き様々な話を聞いていたことで親しみを持ち始めていた鈴原は、皆が楽しげに笑う様子に安堵の息を吐く。


「ほら、皆さんの姿は目立ちます。早く入ってください。父の服がいくつかあるので着られそうなら着替えてもらいますからね」


 鈴原はやれ紙だ、木だ、草だとはしゃぎながら引き戸がわからず入れずにいる三人を大人しくさせようとマントを引っ張りつつ前に出て、土足厳禁であることや、障子は紙だから穴をあけないように、など凡そ基本的な注意をいくつか言ってから玄関のドアを開けた。

 中に入るとますます楽しげに駆け回る男三人にため息をつきながらも、まあ、最初に言ったものは守ってくれているから悪い者ではないのだろう、と半ば諦めたように自分に言い聞かせて、父の私服から無難な安物をいくつか見繕い三人に着せようとした。


 もっとも、完全に武闘派で筋肉質なアルプレヒトと、かなり高身長のエリアスはサイズが全く合わず、唯一なんとか着られた騎士にしては比較的細身のラウルは、後日鈴原と共に三人分の男性服を一通り買って来る羽目になったのである。


 話は変わるが、鈴原の家は出会った地からはかなり遠い。その為、来るまでの間に多くの話を聞いたのだが、それはあまりにも現実離れをしており下手をすれば気狂いのそれと言われかねない発言である。だが、彼らはあまりにも真っ直ぐで、だからこそ信じられた。信じてしまった。彼らは、本当に異世界から迷い込んでしまったのだと。

 そのことを実感してしまい、互いに名を名乗り事情を聞いていれば、お節介焼きの鈴原が今更追い返すことなど出来なかったのだ。それこそ家へ招き、滞在を許し、当面の服を買う手助けをしてしまうほどには。


「まあ、お父さんとお母さんには後で報告しなきゃだけど」


 幸いにして両親の海外出張は長期のもので、早くても2年は帰れないだろう、ということだ。それでも黙っておくわけにはいかない。状況が落ち着き次第手紙で出来る限り詳細に、そして悪戯と思われないように細心の注意を払って報告をしておかなければならないのだ。それを考えると気が重くなるが、今のところは惨たらしい目に遭ったのだろう皆が楽しげに笑いあえるこの時間を、もう少し与えてやりたいと思えたのだ。

 安寧の地にはなり得ないだろう。彼らの世界は魔法で発展して、鈴原の世界は科学で発展した。成り立ちから違う世界では、結局彼らは馴染めることはないだろう。それが、鈴原には悲しかった。




* * * *



 そう、そのはずだったのだ。


 彼らが来てから一ヶ月が経とうとしている。意外にも彼らは溶け込むのが早く、魔法を使わない世界であるにも関わらず機械の仕組みを粗方把握すると、次はそれをいかに効率的に使うかに夢中になった。


 香辛料がいくつも瓶で並んでいた光景に震えていた皆が懐かしい。今では鈴原が不在の間は主にエリアスが料理担当となっており、ウツツヘイムの料理をどうアレンジすればいいのか、そのままの再現は可能か、といった研究に熱心に取り組んでいる。この三人の中では一番協力的で、鈴原に気を使って料理を始めたのだろう、とは薄々感づいているが彼女は口にしなかった。

 ラウルは意外にも掃除洗濯といったものが得意だったらしく、洗濯機やその他の機械、薬品をいち早く覚えてからは家事手伝いを時折してくれている。注意したことは繰り返さないので今では鈴原よりも上手に干せるし、畳み方も完璧だ。何よりスマートフォンに興味を持ち、どうしてもと請われ昔使っていた型落ちのスマートフォンを与えたところ、あっという間に機能を把握し室内ではWi-Fiを使って色々と調べ物をしているところをよく見かけるようになった。

 そしてアルプレヒトは、ラウルに対抗してパソコンの把握を真っ先に行った。それと同時に現代武器についても興味を抱き、必要経費だとせがまれ渡した金銭がサバゲー道具一式となったのには流石に怒りかけた。ただ、本人は気にすることなくインターネットのSNSを駆使して最近はサバゲーについて教授してくれた「インターネットの友人」とやらと遊ぶ約束を取り付けたらしい。


 前言撤回しよう。彼らは物の見事にこの世界に溶け込んだ。今では外国人であることを抜けば街並みにも馴染み、近所づきあいもしっかりできていると言うから恐ろしい。

 楽しげに日々を謳歌し、趣味もある。時折出かけてはその日の出来事を話すのもまるで吟遊詩人が語るようで楽しい。ただ、と鈴原はため息をつく。





「いや、その前に家賃払ってくださいよ」

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