第三話 しかし、果たして偶発的転移などあり得るのか?
「――で、アンタはなんでそんなに時代遅れな武装なんだ?」
違和感を覚えたのは、アルプレヒトの小さな問いかけだった。
それはどうにか三人を鈴原が説得し――無理やり引っ張っていったとも言う――彼女の家の近く、ようやく人目のない場所を歩いていた頃。やたらと他の同行者三人の服装やらを眺めていたアルプレヒトが、ついに耐え切れない、といった様子で問いかけたのだ。
実のところ、一体なんの話だ、と首を傾げたのは鈴原だけである。アルプレヒトだけではない。ラウルもエリアスも「ああ、ようやくその話が出来るか」という顔をしていたのだ。無理もない。鈴原は一般的な女子高生であり、例え彼ら修道騎士らが同じ世界の中世からタイムスリップしたのだとしても、甲冑や鎖帷子の形状から時代を推測することは不可能なのが当然なのだ。下手をすると時代による流行り廃りや技術の変化があるのもすぐに思いつかないかもしれない。
しかし、鈴原はともかく他の三人はとっくに各々の武装が全く異なる時代、技術のものであると気づいていた。だからアルプレヒトは問うたのだ、「何故」と。それは、たまたま他の二人が個人の趣向で時代遅れなものを身に纏っていたり、はたまた己が未熟さ故に見たこともない技術の武装であると信じたいという、見知らぬ土地へ来た不安を少しでも拭いたい心から来ていたかもしれない。
結論から言えば、世界はそんな都合良くはない。
それは、ラウルの「これは一般的な武装であり決して時代遅れなものではない」という否定によって証明される。
「やはり、そういうことなのでしょう」
エリアスはやんわりと表現したが、それが何を意味するかはもう誰もわかっていた。先程からの非現実的な光景に麻痺してきた鈴原の「つまり皆さん違う時代から来たんですね」という一言に、彼らは誰一人否定しなかった。
「正直に話せば、ウツツヘイムの話をしていた際に悪魔の侵攻が百年前と言われた時点で気づいてはいました。僕の時代では、もう四百年は昔と伝えられていましたから」
冷静なエリアスの言葉には、流石の鈴原も息を飲んだ。つまりラウルとエリアスの間には、三百年もの隔たりが存在するのだ。
ならアルプレヒトはと彼女が視線を寄越せは、アルプレヒトは腰に手を当てどこか開き直ったように笑った。
「オレはエリアスに近いな。と言っても、おそらく百年近くは違うぜ。アンタらが悪魔の侵攻を基準とするなら、オレが居た時代はあれから三百年とちょっと、ってあたりさね」
つまりラウル、アンタが一番爺だぞと要らない挑発を加えるのは忘れずに、それでも彼は至極真面目に話をまとめる。
「ラウルとオレの間には二百年の時が、オレとエリアスの間には百年。一番長くてラウルとエリアスで三百年、オレたちは時を隔てている。突然異世界に転移したのはてっきりどこぞの大魔導士の笑えない冗談かとも思ったが――それにしてはこの時間は長すぎる。いくら魔法に長けた使い手でもそんな長生きは聞いたことがねえ」
つまり、とアルプレヒトは肩を竦めて言葉を紡ぎ続けた。曰く、これはひとによる作為的なものではなく、おそらくは単なる偶発的な災厄なのだろう、と。
「だってそうだろう。騎士修道会まるごとを異世界へと転移させるならまだ分かるが、ただの三人、三人だぞ?仮に戦力を減らそうとする悪魔の仕業だとしても、」
「あまりに非効率的すぎる、ですね」
そういうこと。あっさりと受け入れたらしいアルプレヒトが軽く頷けば、冷静に状況を把握していたエリアスもそれに倣う。だが、そう簡単に納得できない者もいる――本来ならばそれこそ正常なのだろう――ラウルだ。
「……あり得ない」
ラウルの声は震えていた。そこでようやく鈴原は気づいたが、彼がやたらとアルプレヒトに突っかかっていたのは、恐ろしかったからなのだ。ただでさえ突然の異世界転移。魔法の存在する世界でさえ大魔法と呼ばれ理論はあるが成功例の未だない技術に襲われて、お前は何百年も過去の男なのだと。とっくに同胞や知人は居なくなり、子孫が語り継いでいるかもわからぬ時代の者たちが平然と目の前にいるのだと。
それは、ラウルにとって途方も無い恐怖であった。最も古い時代から飛ばされたからなのか、それとも世界帝国貴族としての誇りがそうさせていたのか。生憎と鈴原にも他の修道騎士らにも推測することしかできないが、彼が軽い恐慌状態じみたものに陥っているだろうことは見て取れていた。
「信じるものか。これは夢だろう、そうだ、死の間際の私が見ている幻影だ!否、ドムスの殺戮すら夢なのかもしれん。早く目を覚まさなければ、」
「……、ラウルさん」
声をかけたものの、生憎と鈴原には何もできることなどなかった。彼は死の間際に転移したと言った。そして、先ほどの言動からするに相当の地獄であったはずだ。
今までは混乱して辛うじて保たれていた糸が、ついに切れたのだろう。ちがう、ゆめだ、うそだ、とうわ言のように呟きついに蹲ったラウルの前に立ったのは、アルプレヒトだった。
「――アンタ、神聖歴547年にあったドムスの殺戮から来たのか」
「……ああ」
アルプレヒトのそれは単調な、感情のない声だった。相手を気遣い、そして僅かに憐れみを持ち、しかしそれを決して表に出すことはなく彼は現実を突きつけることを決意していた。
「あの時アンタのいた騎士修道会は一人残らず殺戮された。ドムスの高い天井まで鮮血で染まり、床には血の池ができるほどの容赦のないものであったと伝え聞いている」
「――うそだ」
「ここで嘘をついてどうする?なんならアンタが知り得るだろうこと、知り得ないだろうことも含めて後の世に語られている全貌を説明するが」
その言葉には意外にも、あっさりとラウルは首を横に振った。なにかを諦め、そして置いていくように大きく息を吐くと立ち上がり真っ直ぐにアルプレヒトを見る。
「それで、何故このタイミングで言ったのか聞かせてもらおう。私が狼狽える姿を見たかったか?」
「向き合えと言ったのだ」
アルプレヒトは、なおも感情を見せない声だ。しかしだからこそ、その言葉はラウルの心に真っ直ぐに届いた。届いてしまった。
「同胞は皆死んだ。生き残ったのは逃げ遅れ祭壇に隠れていた民間人の子ひとりだが、殺戮の全貌を話した後に狂死した。??あの騎士修道会の同胞を知る者はもうアンタしかいねぇんだよ」
「……語り継げと、言うのか」
「違う。“覚えていろ”。ひとは記憶の中で生き続ける。一人でも覚えている者が残っているならば、まだアンタの仲間は死んじゃいねえ」
息を飲んだのは誰だったか。そこでようやく落ち着いたラウルは他の者へと存外素直に謝罪を行い、時間を取らせてすまなかった、早く目的の屋敷へ向かおう、と自ら進み出し、慌てて鈴原が道案内を再開したところでこの話題は終わった。
「……それでも私は、何のために一人生き残ったのだろうな」
ぽつりと呟いた言葉は、誰の耳にも届くことはなかったが。
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