第二話 それは異なる世界の話

 話は変わるが、現代日本へと飛ばされた彼らの住む世界は「ウツツヘイム」と言う。彼ら騎士らと遭遇した少女、鈴原香織から言わせれば「ラノベなんかでよくある魔法と剣の世界」であるし、「詳しくはないが、中世ヨーロッパのような世界」と例えただろう。そしてラウルらは付け足すのだ、「天の父が手を差し伸べるべきひとが生きる地である」と。


 彼らが来た世界の考えで語るならば、ウツツヘイムとは神でありその名の通り世界の国父である「父」が愛した者らの居る地のみを指し、常にひとを害し討伐対象であり絶対的悪である悪魔どもの住む、父に愛されなかった哀れな土地をヨモツヘイムと呼ぶ。

 そして、鈴原は中世ヨーロッパと例えたがそれは全体的に言うならば大抵は当たっているが、錬金術や科学といったものが一切生まれずに魔法という方法で発展した、という点において、また、空想や御伽噺の世界に登場する魔の生き物が当然のように存在するという点においては全く違う世界であった。

 また、彼らは宗教区分で言えば完全なる単一民族で、故に信仰するものに対して区別名を持たない。国父は天地創造の神と言えたが、彼らはただ父と呼ぶ。ついでに言えば教えを説いた聖なる言葉は口伝で継承される為、聖書や聖典、経典といった書物は一切存在しない。



 比べていけば相違点が多く見つかるのは違う世界だから当然だ。しかしラウルら騎士を語るにおいて必要な事柄のみに着目するならば、ウツツヘイムはなるほど中世ヨーロッパに酷似した発想と行動力を持ち合わせていた。すなわち、彼ら騎士修道士という存在である。

 天におわす父の言葉を伝える彼らは、教えに倣い他のウツツヘイムの者らと比べてより仕えし者、父に愛されし者としての側面が強い。そして、本来ならば「ドムス」と呼ばれる施設で質素に生活し人々へ教えを説く、その名の通りこちらの世界における修道士である。

 だが、彼らは騎士、即ち剣を持ち武装した存在という矛盾した側面も持つ。父は「子ら」の争いを禁じているため、本来ならば批判されるべき行動である。では、何故許容され、彼らは自ら進んで武装したのか?


 簡単な話である。それは、ヨモツヘイムから侵略する悪魔どもから大切な子らを守る為だ。


 古くから、ヨモツヘイムに住む悪魔、異形の生き物はひとに近しい知性を持ち合わせながらも「父」に愛されることはなく、また愛することがなかった。故にひとは彼らを忌み嫌い、悪魔も歩み寄ることはなく時折ウツツヘイムへと侵略を繰り返して来た。

 それでも頻度の少なかったかつては人々は嘆き悲しみながらも必死に土地を守り、大切な者らを守り抜いてきた。悪魔からの侵略はそう多くなく、各々が僅かばかりの軍隊と一時的に雇う傭兵らを用いることで十分守り抜けたのだ。


 その均等が崩壊したのが、ラウルに言わせれば凡そ百年前の事だったという。

 曰く、今まで単体か、多くて十数体で襲ってきた悪魔どもが突然統率のとれた行動をし始めたという。ひとよりも何倍もの魔力や攻撃力を持つ悪魔の軍隊の出来上がりだ。忠誠心のない傭兵らが中心の人々が太刀打ちできるはずもなかった。

 結果、ヨモツヘイムと近い土地にあった多くの小国は数年から十数年で滅ぼされ、なおも侵略の止まらない悪魔から人々を守るために修道士らが武器を取ったのだ。


 そこから百年。最初こそはじめて武装する修道士は多くの犠牲を出したが、幼い頃から武術を学ぶ貴族らが修道騎士となるにつれて人々も力をつけていく。高価な馬や高価な甲冑を身に纏った彼らは戦場を駆け、多くの悪魔を撃退し、いくつかの国を取り戻した。

 そういう存在こそが、ラウルら修道騎士である。




 そして、その世界から現代日本へと突然飛ばされたのは、全員で3人の修道騎士であった。


 ラウル。世界帝国フルツヘルの貴族出身であるという修道騎士としては元からかなりの高位な地位を持ち誇りも高く、悪魔の襲撃の最中「ドムス」へ追いやられ同胞らが殺戮される最中、生きたいと願い気づけば飛ばされていたという青年だ。次期騎士修道会総長とまで噂されていただけあり、騎士・修道士どちらをとっても自他共に認める完璧さを持ち合わせている、というのは本人の談ではある。


 アルプレヒト。辺境アートッシュの準貴族――平民らと共に畑を耕すことすら珍しくない名ばかりの貴族で、農民貴族と言われることもある――出身であり、共通語であるフルツヘル語や「父」の言葉を伝える聖語ライグレーツ語も不自由なアートッシュ人の為にと作られた、アートラッシュ人のみで形成された騎士修道会――それはあらゆる民で形成される本来のものからは明らかに逸脱していた――に属する。彼に言わせればラウルは時代錯誤な古い武装であり初対面から嗤っていた。


 そして、エリアス。歴史あるグレイラーツ王国の貴族の長男でありながらも修道騎士へと下った変り者だ。本来は継承権のない貴族らの受け皿であるはずの存在へと何故彼が至ったのかは現状では本人が笑っているだけで分からないままではあるが、「何であれ相当の理由があるのは確かだろう」とはアルプレヒトの談だ。鈴原からすれば一番落ちついており、一番穏やかに見える存在で、彼女が彼らの世界について聞き出せたのも最初から喧嘩ばかりしているラウルとアルプレヒトではなく――弁解するならば、最初こそ二人も協力的であったし、ラウルも多くを話してくれてはいたのだが――エリアスのおかげであった。




「うーん……」


 さて、話は長くなったが。

 状況をどうにかまとめ、鈴原は小さく溜息をついた。


 ただでさえ中世から飛び出してきた甲冑とマント姿の男三人は目立つ。田舎の人気のない路地裏で見つけたとはいえ、既に通りかかった者らからは嫌な目で見られているのだ。

 加えて、鈴原はひどくお人よしだった。幸いにも家は一軒家であり、隣家とも離れた辺鄙な土地にある。さらに都合のいいことに、彼女の両親は長期出張中であった。


「――とりあえず、こちらの世界の話もするので家に来てください」


 今だ喧嘩を続けるラウルとアルプレヒトのマントを勢い良く引っ張ると、鈴原は自宅の方面を指差した。

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