修道騎士様は現代日本がお好き

有川彰

第一話 死にたくないと、そう願った。

 こんなはずじゃなかった。

 ごうごうと燃え続ける炎の嫌な臭い。――ひとの、やけるにおい。

 呻き声がそこらじゅうから聞こえる。同胞たちの声だ、まだ息がある。


 こんなはずじゃなかったんだ。

 父へ祈りをと右手を動かそうとして気づく。とうに骨がやられている。これでは天から手を差し伸べてくれるはずの父も気づいてはくれまい。

 一人でも多く敵を屠ろうと立ち上がりかけて気づく。左足は先ほど潰されていた。これでは同胞を血祭りにあげた悪魔たちを倒すことが出来ない。


「わたし、は、」


 世界を守るために魔界から人々を守る騎士団に入ってから、枯れて久しい涙が流れる。目の前に広がるのは同胞たちの死体だ。皆、……皆、殺された。

 何がいけなかったのだろう。父の僕である聖職者の我々が武装したことが間違いだったのか?けれど、そうしなければ生き残れなかった。信仰深き無垢なるひとたちを悪魔から守れなかった。

 それでは、どこで私たちは間違えたのだろうか。全て正しいことだと信じていた。ならば、目の前に広がるこの光景は、一体。


 夢があるのだとエリックははにかんでいた。それならば今夜語り明かそうと笑いあったのは今朝の出来事だ。

 ようやく見つけた居場所だとフェルナンは胸を張っていた。彼は貴族の末子で、幼い頃から長い訓練を積み重ねてきたのだと言っていた。

 あいつらはいまどこにいるのだろう。きっともう、生きてはいまい。


「わたしは、」


 僅かに動いた左手を天に掲げる。醜くも生きたいと思ってしまった。いつ死んでも構わないと剣を取ったはずなのに、私が今思うことはただ「死にたくない」それだけだ。


 生存者がいることに気づいた男が駆け寄ってくる。だが彼は味方でなければ天の御使いでもない。私を死へ誘う死神だ。



「      、」




 最期に呟いた言葉はなんだったのか。

 かろうじて景色を映していた瞳も、いつしか機能を失った。





******





「あのー…」


 少女の声が聞こえる。まどろんでいた私の意識はそこで覚醒した。――少女?逃げ遅れた民だろうか。此処に居ては危ない。

 やけに光が眩しくてろくに働かない目をこらすが、相手の輪郭がわかった程度だ。


「お嬢さん、早く逃げるんだ!」

「……はい?」


 慌てて叫ぶが影が動く気配は無い。ええい、危機感を抱いてくれ!ここは武器を持った悪魔どもで溢れかえっているんだぞ。

 ごしごしと目を擦るとようやく目の前の光景が見えてきた。灰色の低い壁に囲まれた小さな道――石畳と言うには凹凸が少なく石と石の境目もないことに違和感を覚えた――の真ん中で、見たことも無い服を着た、見たことも無い異民族の少女が困ったように笑っていた。


「えっと、……みなさん映画の撮影です?」

「………はい?」


 話している言葉は通じるが、意味が理解できない。先ほどの少女と同じ言葉を返しながら、私はただ呆然としていた。

 



*****




 状況を整理しよう。悪魔どもとの戦いに――誠に遺憾ながらも敗北を喫した我々は壊滅し、同胞の死を目の当たりにしながら私も殺された――はずだった。

 目が覚めると私は見知らぬ土地に居て、目の前に居るのは母国では見たことの無い異民族の少女。そして私の他に二人、修道騎士と見受けられる男が居た。

 千切れたはずの足も、折れたはずの腕も無事。しかも血まみれだった修道服も無事と来ればここはすわ天の国かとも思ったが、それにしては異常すぎた。何より少女が真っ先に否定したのだが。


「えっと、つまりラウルさんは修道士?で、戦いに敗れて死んだと思ったらここに居た、という事です?」

「ああ。ところでお嬢さん、ここが天国ではないのならばどこなんだ?」

「え、…日本ですけど」

「日本?」


 聞いたこともない名前にはて、と首をかしげる。これでも地名を覚えるのは得意なほうだが、音の響きでどのあたりか推測すら出来ないのは初めてだ。

 そんな私をよそに少女は話を進める。なかなか勇気のあるお嬢さんだ。


「映画の撮影じゃないとすると教会のお祭りかなにかなのかなぁ…でもこの辺お寺しかないし…えっと、そこのおじさんは何か分かります?」


 話しかけたのは隣で無言を貫いていた男だ。辛うじて修道服と判断できるものを着ているが見たことのない紋章に、同じく見たことの無い型の修道服だ。


「さて、俺も死の間際に見た夢か何かかと思っているが。…それと、おじさんではない。俺の名はアルプレヒトだ。」


 不思議なことに我々は母語で話しているつもりで聞いたことも無い言語を放つようで、少女もこの男も何を言っているのかは分かる。先ほどの少女とのやり取りから、私が偉大なりし聖なるライグレーツ語で話しているものは少女には「ニホン語」に聞こえるらしいことは確認済みだった。

 話が逸れたが、私が言いたいことはそこではない。つまり私が今出身地を判断する材料は、本人確認か、名前の響きだけということなのだ。

 そしてこの男が名乗った名は間違いなく、


「……おい、お前アートッシュ人だろう。ライグレーツ語も話せない田舎者は引っ込んでいろ」


 私の嫌う田舎者によくある名前だということだ。

 あいつらは聖語ライグレーツ語も世界共通語フルツヘル語も話せないくせに堂々と紛れ込もうとし、挙句の果てにはとうとうアートッシュ人だけで騎士修道会を立ち上げて民は平等であるべきなのにも関わらずアートッシュの民を守るんだなどと抜かしていた。

 眠たそうに話していたアルプレヒトとやらは私の言葉で一気に覚醒したのか、ぎろりとにらみつけてくる。


「そういうあんたは気取った貴族さんか?どこのどいつだか知らねえがそんな時代錯誤も甚だしい服を着ていて恥ずかしくないのかい?」

「は?これは最先端の技術を用いて揃えた服だ、田舎者には理解できないのか?」

「えっと、……?」


 少女が目の端でおろおろとしていて少し申し訳なさを感じるが、正直引っ込みがつかない。


「お前らはいつもそうだ、アートッシュ語を話すとすぐに田舎者田舎者!そんなに自国が好きなら一生引きこもってろよ」

「そんな事を言うならお前らこそ、恥ずかしくないように聖語くらい話せるようになってから家を出ないか?全く、これだから田舎者は」

「あのー、」


 ああ、どうしようか。冷静な頭でそんな事を考えつつも声を荒らげていると、ふと知らぬ声が響いた。


「えっと、此処はどこです?」


 ようやく今まで寝ていた最後の男が起き上がったのだ。だが第一声からして役に立たないことは分かりきり、私もアートッシュ人も、少女も溜息をついた。


 ああ、ここは一体どこなのだろうか。

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