引きこもり賢者は働きたくありません

葉劉ジン

プロローグ

ここは、ソルディア大陸では、魔力で扱う魔法が主流である。

魔法によって、魔物などの敵と戦ったり、己の身を守ったり、より良い作物を育てたり、傷や病などを癒したりなどの事が出来る。

そして、この大陸には、一人だけ全ての魔法を極めた男がいる。

人々は、彼のことを賢者と呼んだ。

彼は、何百年という時を生き、天井知らずの量と見とれるほど綺麗な純度の魔力を持つ。

これは、その賢者と弟子の少女の物語。



***


物が乱雑に散らかった部屋に、扉を叩く音が響く。


「………」

………うるせぇ。

俺は、眠いんだ。寝かせてくれ、後五十年くらい。


また、扉を叩く音が響く。今度は、少女の声がその後に続く。


「リオさん、起きてください!」

「………」

だから、うるせぇよ。

今日は、ずっと寝てたい気分なの。だから、ほっといてく……

「早く起きないと、リオさんの恥ずかしい詩集を朗読しますよ!」

何だと!?それは止めてくれ!

てか、どこでそれを見つけた!?


焦った部屋の主、リオこと俺は、乱雑に置かれた本や物を蹴飛ばしながら扉を開ける。


「お、おはよう、サラ」

「おはようございます。リオさん」

うん。今日もサラは可愛い。

じゃなくて、例のぶつはどこに!?

「なぁ、サラ。それで詩集は?」

「ここにありますよ」


人形のような美しい容姿の白髪赤目の少女サラが、何処からか一冊の黒い表紙の本を取り出した。うん、見覚えあるわ。


「フ、さらば我が恥じよ!『火よ灯れファイヤ』!!」

「キャ!」


俺は物に火を点けるためだけの魔法を唱える。その瞬間、真っ黒の本黒歴史に火がつき、サラは慌てて手を離す。

そして、数秒程で火は本を包み込んだ。


「あぁ、まだ読んでなかったのに………」

サラさん、そんな悲しそうにしないで。

ちょ、罪悪感が凄いんですけど。

「サラ、何かごめん」


子供みたいに頬を膨らませて、サラはそっぽを向いている。


怒ってる顔も可愛いなぁ。

「な、なに、言ってるんですか!?」

おや、口に出てたらしい。

顔を真っ赤にして怒ってるつもりかも知れないけど、可愛いだけですよ。お顔、嬉しくてにやけてますよ。

「にやけてません!」

「あ、また口に出てたか」


湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして、サラが俺をポカポカと叩いてくる。


ハハ、そんな攻撃聞きませ………

「グフゥ!?」

ちょ、ちょっと待って、五回に一回良い感じのみぞうちに入ってますよ!?

絶妙な身長差を利用したパンチ、入ってますよ!

「ス、ストッ、ゴフッ!?」


思った以上にダメージが来て、膝をつく俺。

サラが俺を心配して側に寄ってきた。


「だ、大丈夫ですか!?」

「だ、ダイジョブ」

ちょっと良いやつが決まっただけだから。

「本当ですか?」

「ホント、ホント。だから、朝飯の用意してきてくれる?」

「はい、分かりました!」


サラは、パタパタと早足で台所に向かっていった。

居なくなったのを確認して、俺は痛みを和らげるために初級回復魔法を唱える。


「ヒ、『癒しの光ヒール』」

ふぅ、身体の芯にくる良いパンチだった。

これは世界狙えるよ、絶対。

「と下らないこと考えてないで、飯食いに行くか」


俺は、よっこらせと爺くさい掛け声と共に立ち上がって、居間へと向かった。

居間の食卓には、すでに食事が並べられていた。


「おぉ。今日も、豪勢だねぇ」

「はい。今日は、暴食豚プギボアのベーコンを黄金麦で作ったパンに挟んだサンドイッチと卵のスープです」

わぁ、A級の魔物と金貨一〇〇枚相当の高級食材が食卓に並んでるな。何か安そうなのも混ざってるけど。

ん?

「ちょい待て。これ、どこで手にいれた?」

「この前、暴食豚は外に一杯いたので捕まえて調理しました。」

マジかぁー。A級って一匹で村一つ滅ぼせるヤバいのだぞ。それが外に一杯居たのか。

………後で、消し炭にして来よう。

「黄金麦も、外に雑草と一緒に沢山生えてました」

えぇ………。高級食材、雑草と同じところに生えてのかよ。

いつの間に俺んちの周り、そんなことになってんだよ。

「は!まさか、この卵のスープも!?」

「それは普通のです」

そこは手抜きかい!ここまでやったら、A級魔物の卵とか高級食材を使いましょうよ!

「どうかしました?」

「あ、いや、何でもない。ささ早く、朝飯食べようか」


俺は、不思議そうに見てくるサラの背中を押して座らせて、自分もその前に座る。そして、俺は手を合わせて言う。


「いたたぎます」

サンドイッチうま!さすが、A級魔物と高級食材だわー。

「…?いただきます」


サラも、納得してない表情をしつつ手を合わせ食べ始めた。

俺達はしばらく会話もなく黙々と食事をしていると、サラが唐突に言った。


「リオさん。そろそろ働いてください」

「断る。働きたくない」

汗水垂らして働くとか、無理です。てか、何回目だ、これ?すでに一〇〇回ぐらいいってる気がするわ。

「どや顔で言わないで下さい」

「はい」

あ、やべ。これマジで怒ってるわ。

冗談とか、言えないやつだわ、これ。


サラが姿勢を正すと、真っ直ぐに俺を見つめる。


「リオさんはこの山に引き込もって何年ですか?」

引き込もったとか言うな。世俗を離れたと言いなさい。

「えっと、五十年くらいかな」

「五十年も何をしてましたか?」

「ほとんど寝てた」

だって、俺多すぎる魔力のせいでもう年取らねぇし。別に食べなくても生きてけるし。

「正直に言います。リオさんは、ダメ人間です」

「正直に言いすぎだね」

さすがに、傷つくよ。泣いちゃうよ?

「本当の事ですから」

「ひでぇ」

わぁ、良い笑顔。可愛いから許す。

でも、面倒なので働きませんよ。

「それで、私は思いました。このままでは、いけないと」

俺は、別にそれで良いんだけどなー。

それじゃ、ダメ人間?ダメで良いです。

ダメ人間最高!ヒャホウ!

「身体を動かし、汗を流す。きっと気持ちいい筈です」

ベッドの上で惰眠を貪る方がいいね。

人間は、睡眠欲に勝てないのだよ。最近なんて、良く眠るためだけに新しい魔法作ったしね。

「それに、共に働いた仲間とのお酒や食事は、いつもより美味しく感じると思います」

あ、それはないな。

サラが作ったご飯に勝るものとか、この世にあるわけないから。

「んん!口に出てますよ」

「え、マジか。でも、ホントの事だから」

「あ、ありがとうございます」

顔真っ赤だよ。照れちゃって、愛い奴め。

あ、もしかして、このまま行けば働く話も無しに………

「それとこれとは別ですからね」

また、口に出てましたか。

ヒェー、超冷たい目で見られてるよ。いつもの優しいサラさんに戻って。

「ゴホン。それに、稼いだお金でもっと美味しいものも買えます」

自分で捕りに行った方が速いよ。あと、金がかからない。

「どうですか?働きたくなったでしょう」

「いや、全然」

だって、メリット無いもの。

「働きたくなりましたよね?」

「はい!働きたくなりました!」

こわ!何で、笑顔でそんなドスのきいた声が出せるの!?怖すぎるよ!

そして、俺の意思が弱すぎる。

「それじゃあ、とりあえずこれをしましょう」


そう言ってサラは一枚の紙を取り出し、俺に渡す。


「えっと、なになに…」


『一週間限定勤務!!

我が高貴なるヴェルサナス家の護衛求む。

腕に自信ある者、先着一名のみ。』


へぇー、護衛任務ね。

「って、これってギルドで受けられる依頼じゃん!どうやって受けてきた!?」

ギルドの以来って、確か登録した冒険者しか受けられないやつだよ!?

「密かに私とリオさんを登録しときました」

「マジか。準備が良すぎるだろ………」


俺は、ショックで項垂れる。


「安心してください。私も一緒です」

「これ、一人のみって書いてるが」

「一番下を良く見てください」

良く見ろって何も書いてないと思うんだが。

って、あれ?

「『サポートを一名つけてもよい』と書いてありますな。もしかしてこれ?」

「はい。それのお陰でついていけます」


花が咲いたように笑うサラ。


可愛い………。

「わかった。この依頼でいいよ」

「では、着替えてきてください」

ん?何故に?

何かするの?

「もう!依頼を達成しに行くんでしょう!」

「あ、そっか。引きこもり生活長すぎて忘れてたわ」

うっかり、うっかり。まさか、こんな所で引きこもりの弊害が出てくるとわ。

この先、不安になるわー。

「ほら、早くしてください!」

「ハイハイ、わかったって」


サラに急かされ、俺は数十年ぶりに着替えるために自分の部屋に戻っていく。


数分後、灰色のロングコートを羽織った俺と灰色のハイネックチュニックに黒のニーソのサラが、俺達が暮らすログハウスから出てきた。

ちなみに、この家がある場所は大陸で最も危険と呼ばれる四つの山、通称〈四死山〉の一つで一度入れば出られないと言われる〈樹海の山〉に住んでいる。


「似合ってるよ。サラ」

もう、サラの可愛さを引き出すだけでなくちょっとした色気もあって良いよ!最高だぜ。

あと、ニーソ良いよね。

「ありがとうございます♪リオさんも似合ってますよ」

「お、おう」

ほ、褒めるな!慣れてないから、照れるわ!

顔あっつ、超暑いんですけどー。


照れて赤くなった顔を俺は、手で扇ぐ。


「フフ、では行きましょうか」

「そ、そうだな」

ふ、覚えておけ。このお返しは、ちゃんとやるからな!

顔を真っ赤にして悶えてしまえ。

いや、普通に可愛いわ、それ。

「どうしました?」

「何でもね。てか、歩いていく意味ある?」

瞬間移動テレポート』の魔法あるけど。

「楽しいじゃないですか」

「そうだな」

あーもう、可愛いなぁ。笑顔でそんな事言ったら文句言えないじゃないか!


俺達は、依頼主の元に行くため危険な森の奥へと入っていった。

まぁ、俺からしたらそこまで危険じゃないけどね。

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