暁の密偵
@stdnt
第1話
(この作品に出てくる時刻表は、平成29年1月現在に実在するものです。)
プロローグ
アメカリ空軍の新型輸送機、モスプレイは、テイルトローターという特殊な機構で飛行する航空機である。通常の航空機と違い、ローター(プロペラ)の角度が可変(テイルトできる)のが特徴で、離発着時にはそのプロペラをヘリコプターのように真上に向けることで、垂直の上昇、下降が可能となる。したがって、長大な滑走路を必要としない。さらに、巡航時にはプロペラの向きは通常の航空機と同じ前方になるため、ヘリコプターよりも高速な移動が可能であるという利点をもつ。
アメカリ軍はこの新型輸送機を、戦略上最も重要な機体として、旧型機との世代交代を進めてきた。世界各地の基地に配備し、軍事費の大きな部分をこの輸送機にかけているのである。特にアジア防衛圏の要となる日本、縄沖には、沢山の機体を常駐させてきた。
一方で、この新型輸送機には、「未亡人製造機」という不名誉な別名がついており、事故事例が多く報告されていることは周知の事実である。プロペラ角度が可変になるという、通常の航空機とは違う操縦のむずかしさがあり、また、近年では、空中給油におけるプロペラ接触事故が大きなニュースとなった。しかし、いずれの事例も、操縦における人的ミス、強風等の環境的要因として報告がなされており、機体の構造上の問題はないというものであった。
夜明け
その情報が公安当局に入ったのは、平成は29年の1月、年も明けたばかりの早朝のことであった。アメカリ空軍の新型輸送機、モスプレイの機体の構造上の欠陥、その重大情報をもって、男は基地を脱出していた。男は射殺されたが、その情報は船にのり、九州に上陸していた。
午前
第二報は午前11時、福岡空港からであった。公安が「泳がして」いたロシラのスパイがその情報を持つに十分な証拠を有し、監視カメラに写りこんだのだった。録画時刻は10時30分。射殺された男の判断はこうだ。「日本政府に連絡しても意味がない。こいつを持ってロシラに届けてくれ。」かくしてロシラのスパイ、河本亮平は札幌を目指す。札幌には同志の本部がある。本部に届けられれば、後は千島列島に潜むロシラ原潜が情報を本土へ届けてくれることだろう。
幕開け
河本亮平の足取りは予想されていた。札幌本部のことは公安内部では周知の秘密である。福岡空港監視カメラの情報からわずか30分、新千歳空港国内線ゲートには、緊急配備がなされた。さらに念のため陸路、海路全ての搭乗口に私服捜査員が配置されることになった。河本が本部にたどり着く前に拘束、所持しているはずの重大情報を奪還することが任務である。本部近辺にての拘束は危険であり、避けなければなかった。
午後
河本が福岡で確認されてから5時間、捜査員たちは首をかしげていた。河本が網にかからないのである。空路ならもう札幌についているはずである。別の密偵に情報を託したのか。陸路や海路の在来線ですこしづつ北上しているのか。新幹線であれば20時間はかかる道のりである。
夕闇
結局、何の手がかりもつかめなかった一日の終わり、まったく予想しなかった場所から情報が舞い込んできた。何と河本、新千歳空港の表玄関監視カメラに捉えられていたのだ。しかも、福岡での発覚より4時間と30分後の録画データであった。公安は完全に煙に巻かれ、出し抜かれたことになる。情報はすで河本によって札幌本部に届いてしまっていたのだった。一大失態となった。実は捜査員たちが完全に見失っていたルートがひとつだけあったのだが・・・結局このルートに気が付いたのも、後になってからであった。
午前その時
話を最初に戻すことにする。河本は、小さくなっていく福岡空港の滑走路を窓から見下ろしていた。時刻は10時30分を回ったところだ。ここはジェット機の中である。もちろん、自家用や民間の小型のものではない。ちゃんとした定期空路だ。ジェット機はみるみる高度を上げて雲間に吸い込まれていった。
正午
離陸より1時間30分、ジェット機は滑走路に滑り込んだ。福岡よりも空気が冷たいのが、整備員のはく息の白さでわかる。しかし、長居は無用である。空港ターミナルに入ると、すぐに搭乗口を変え、新千歳行へ乗り換えた。その間10分であった。
午後その時
新千歳の滑走路が見えてきた。時刻は午後3時少し前。ZE9621便は定刻どおり、そのフライトを終えつつあった。仁川空港より3時間の飛行であった。河本は座席のベルトをゆるめ、気は引きしめる。国際線ゲートに捜査員が配置されていないことを祈った。札幌まではあと1時間もかからないだろう。
エピローグ1
アメカリ空軍は、新しい年度になり、新型輸送機、モスプレイの改良タイプを開発したとの声明を発表した。改良タイプ開発の理由は運用上の目的拡大と最大積載容量の変更であった。初期型のモスプレイは順次この改良タイプと世代交代を行っていく予定である。平成29年現在、初期型モスプレイの事故報告は依然続いている。改良タイプ型についてはまだ報告は上がっていない。
エピローグ2
ロシラ空軍は、新しく攻撃的輸送機を開発、量産体勢に入った旨を全世界に発表した。名前はミグル37。テイルトロータータイプである。ロシラ空軍によると、アメカリ空軍の輸送機、モスプレイに対抗するための開発を長い間続けていた成果だそうである。一方で、技術関係者筋によると、モスプレイと機構が酷似している部分が多数見受けられるとのことである。
暁の密偵 @stdnt
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