世界結末と結局少女

 結論から言って、世界は別に――消滅なんかしなかった。


 詳しい要因とか具体的な因果とかは世界の果てにさて置いて。

 幸か不幸か、隕石や超巨大小惑星が降るわけでは無かったし、太陽系の外側から暴力的な知的生命体が襲来することも無かった。


 それはもしかして全部『彼女』のおかげなのかも知れないが、政府からはそういった発表は無かったし、人知れず暗躍した可能性の消えない寺山さんとの連絡もあれっきり取れないので真相は闇の中だ。なんとも無力な話だが、突くべき藪が影も形も無ければ、そもそも追究すべき闇の霞すら存在しえない。


 世界はあの非常事態宣言が響き渡る前と同じ姿で存在している。

 目に見える僅かな差は暴徒に破壊された町並みとその収監くらいで――勿論当事者としては堪ったものではないだろうが――部外者たる僕には些事みたく思えたからだ。


 地球は滅亡しなかったとは言え、流石に即時回復――社会生活がまるっと元通りという訳にも行かず、僕が学校に復帰したのはXデーから三ヶ月が経った頃だ。


 それでも、間に空いた数ヶ月のブランクなどお構いなしに、僕達はかつてと同じ様に進級した。


 けれど、彼女は未だ帰って来ない。


 以前よりも灰色に濁って見える世界で僕は、僕だけの当たり前を取り戻したくて。

 流れ作業の様に昇降口でクラス割を確認して、新しい教室に向かう。


 この季節独特の浮ついた雰囲気の喧騒がやけに煩わしい。苛立つ程に耳障りで何よりも精神ココロに障る。

 防衛策として何の音も無いイヤホンを耳に押し込んで一人で歩く。


 黒板に貼り付けられた席表に従って座り、目を閉じて。チープな机に伏せてやり過ごす。


 君のいない新学期を。君のいない学校生活を。


 君の帰らぬ人生を。


「おはよう、また…同じクラスだね……」


 なんてことのない挨拶だが、初めはそれが自分に向けられたものだとは思わなかった。耳栓イヤホンのおかげで遠く曖昧にボヤケて聞こえたからかも知れない。


「ちょっと〜、なかなか久しぶりだって言うのにムシですかあ~? 感じ悪いなあ、もう!」


 何やら騒ぎ立てる様な気配を感じて渋々ながらも顔を上げる。

 僕のいぶかしみの視線の先にいたのは予想外の人物で、それは勿論―――


「ただいま! 飯島くん…」

「て、寺山…さん……?」

「不肖・寺山テラヤマ サチ、恥ずかしながら帰って参りましたって感じかな?」


 失敗して切り過ぎたみたいに短い前髪の前で敬礼の様な仕草。少しバツの悪そうな顔で笑う彼女。


「良かった…本当にっ!」


 慌てて立ち上がり、僕よりも小柄な体躯をぎゅっと、力の限り抱きしめる。強く強く。生命の温もりを噛み締める。


 教室内の音が消える感触。彼女も僕の背中に手を回した。


「うん…良かったよね。世界が崩壊しなくて」

「違う。そんなの、些細なことだ」


 頓珍漢な解釈を零した寺山さんの言葉を即座に否定し、真意をつまびらかにする。


無事で良かった」


 女々しい心情を涙声で明かす。君があっての世界だと僕は続けて、言葉が詰まる。

 僕に呼応するように、僕の感情が伝染した様に君は顔を歪めて笑った。


「そうだね…そう言って貰えて、うれしい」


 泣き笑いの君の目元で輝く泪を指で拭う。同時に周りの人々の喝采が戻ってくる。

 やいのやいのの大騒ぎ。女子の黄色い声と男子のはやし立てる声。ここで悟る。


 どちらからともなく、手を放し身体を離す。

 それから羞恥のあまり片手で顔を隠しながらチラリと君を一瞥する。


 あの勧告の日と同じ様に俯き、顔を真赤に染めた少女。

 瞬間、瞳があって気持ちが通じ合う。なにこれ照れる。


 穴があったら入りたい気持ちと級友達の冷やかしの言葉に打ち震えながら時が過ぎるのをじっと待つ。静かに耐える。


 そして放課後に僕達は――――








 × × × × ×








 こうして史上最大・前代未聞の世界全てを巻き込んだ騒動は――ともすれば拍子抜けとしか言えない様な形で消化不良気味に呆気なく、その幕を下ろした。


 僕の今までの日常セカイが終わり、新しい生活セカイが始まる。

 それは消滅し損ねた世界で最終兵器になり損ねた恋人かのじょと歩む新世界だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界消滅と消滅少女 本陣忠人 @honjin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ