桜の下で約束を(短編)

沙羅夏津

大好きな君へ

お話したいことがあります。丘の上の桜の木の下で待ってます。


高校生活2年目の夏、人生初のラブレターをもらった。


僕は生まれつき体が弱く、しょっちゅう体を壊して入退院を繰り返していたので、あまり学校に行けていなかった。だから仲のいい人もいなかったし、学校ではいつも1人だった。


だから驚いた。下駄箱にラブレターが入っていたから。見つけた時は変な声が出ちゃったし...誰も見てなかったけど。





「ここ...だよな。久々に来たな...よくあいつと一緒に来たっけ。危ないから母さんは行くなってよく怒られたけど。」


もう久しく会っていない幼馴染みの顔を思い浮かべる。あいつはどうしてるだろうか。


桜の木は丘の上の崖の先に一本だけ生えており、町全体をそこから見渡すことが出来る。

なぜかここの桜だけ花を散らすことなく年中桜が咲いている。


「あ、あの子かな...?ごめん、待たせちゃったかな...」


「全然大丈夫ですよ!!来てくれてよかった...」


「あっ...。雪姫(ゆき)。」


「久しぶりだね。たかくん。」


「ラブレターの相手ってもしかして...雪姫?」


「そうだよ、小さい頃はよく遊んだけど、だんだん遊べなくなって心配してたんだ...。高校にはいったらもう離れ離れになっちゃうんだろうなーって思った。でも、昨日校内でたかくんを見つけたの!!私すっごい嬉しくて。


たかくん、私ね...たかくんのことが...!」



















「...ごめん、言おうとしてることはなんとなくわかるよ。だけど、ごめん。」


目の前で彼女が泣き始めてつい目を逸らしてしまう。


でも、これでいいんだ...これで...


「ねえ、理由を...教えてもらえるかな...?

そうしたら私諦めるし!!そうだよね、私なんかじゃ...だめだよね。たかくんってかっこいいし、好きな人や付き合ってる人くらいいるよね...。」


「聞いてくれ、雪姫。僕はもう長くないらしいんだ。」


「え...?」


「生まれつき体が弱くて入退院を繰り返してたんだ。だっておかしいだろ?高校2年にもなって昨日のたった1回しか合わなかったんだぞ?学年も同じ、学校も地元の学校だ。マンモス校ってわけでもないから合わないなんてことないだろ?」


「そんな...だって...たかくんあの頃はあんなに元気で...」


「まぁ...そういうことだから、今回の事はなかったことにしてよ。俺のことなんか忘れてさ。雪姫だって可愛いんだから彼氏くらいいくらでもできるよ!だからさ...そんな顔しないで?ね?」


それじゃあ。と短く答えて雪姫の背に歩き出した。


僕の人生初の告白と人生最後の告白は終わったんだ。


「待って!!」


左腕をぎゅっと後ろから掴まれる。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら彼女は


「行かないで!!いいっ!!それでもいい!私はたかくんのことが好き!!ずっとずっと好きだった!ずっとずっと会いたかった!昨日思ったのこのチャンスを逃したらもう会えない気がしたから!私じゃだめですか?あなたの最後の時まで私が一緒じゃだめですか!?」


「僕だって!!雪姫が好きだよ...同じ高校に通ってた事も知ってた。たまらなく嬉しかったさ!小さい頃から好きだった女の子がまた近くにいるんだよ!?でも、僕は君を不幸にする...それでもいいの?」


「私は大丈夫だよ!!だから、私と付き合ってください!!」


頭を下げ右手を突き出す雪姫。ポリポリと頬をかきながらハンカチを渡し手を握った。


「ほ、ほら。可愛い顔が台無しだぞ?帰ろ?ね?」


「うんっえへへっ」


制服の袖で目元をゴシゴシと拭きながら笑顔で答えた。夕陽に照らされた彼女は今までにないくらい可愛く見えた。


それから連絡先を交換し、昔の話をしながら帰った。


「そうだ!明日休みだよね?あの...もし良かったらだけど...」


「...デート行くか。」


「うんっえへへ〜」


満面の笑みを浮かべ、腕に抱きついてきた。

ぽよぽよと豊満なソレが当たり、自分のナニをコントロールするのに苦労をしたのはまた別の話。





「いってきまーす」


親の反対を押し切り初デート当日。

体がこんなんなのでいつも外出には親がついていた。なんとか親を説得し集合場所の駅へ向かう。



「集合時間は...10時で...駅も合ってるし服も...うん。」


変なところはないはずだ。楽しみすぎて30分前についてしまった。


数十分くらいたった時、向こうから片手をぶんぶんと振り走ってくる雪姫が見えた。


なにかにバランスを崩し、つまずきそうになっているところに急いでかけより抱きとめる。


「ったく、危なっかしいのは昔と同じなのな...」


「たはは...失敗失敗。おはよったかくん!」


「あぁ、おはよ」



「おい、みろよあの胸。でっけー」


「うっわwまじじゃん揉みしだきてえ...」


「んだあの陰キャ殺すぞ」


そこらじゅうからヒソヒソと聞こえてくる嫉妬の声や妬みの声を聞きながら再度確認する


雪姫が可愛い。キャミソールが最高に似合ってるが、胸が強調されすぎててやばい。


「さ、行こ行こ!!プランとかは特に決まってないけど!!」


右手を握り、走り出す。子供の頃に戻ったような感じがして嬉し懐かしかった。


「クレープ屋さんがあるよ!たかくん!」


んーっと前かがみになってメニューを見る雪姫。それを背伸びして見ようとする店員。


こいつ殺してやろうか...


「おい、雪姫。見えちゃうだろ。」


「ほぇ?なにが?あ...もー、たかくんのえっちー」


いや僕見てないし...見たかったけどさ!!


「何がいい?」


「んー、この苺のやつがいいなあ。」


「すみません、これとこれお願いします。」


2人分の金を渡し、クレープを受け取り雪姫に渡す。


雪姫頼んだのはストロベリーレアチーズケーキで僕は王道のチョコバナナを頼んだ。


「んーっ美味しいー!はい、たかくんもあーん」


ズイっと激甘そうなクレープ突き出して隙をついて僕のクレープにかぶりついた。


「あっちょい!僕だって...あむっ...あっま...

ほら、口元にクリームついてるよ。」


ティッシュを使って口元を拭ってあげた。


「ありがとう〜おかえしっ」


ぺろっと頬を舐められた


「んっ...!ちゅっふふ...甘いねっ」


かぁっと顔が熱くなったのを感じた。ほっぺだけど、雪姫にキスされた...


なんか、カップルって感じがしていいな...。


「ほ、ほら!さっさと食って次行こうぜ次!!」


「う、うん!待ってよー」


照れ隠しでベンチから立ち上がり雪姫を置いて歩き出す。


向かった先は商店街。チラッと横を見れば隣にいる雪姫と目が合う。そして笑い合う。


そんなことがものすご幸せでこんな時間がずっと続けばいいと思ってた。


でも、神様は僕を待ってはくれなかった。


突然襲われる寒気と頭痛。


うるさい。うるさい。誰だ...僕を呼ぶのは誰だ...うるさい...うるさい!!


声が耳に届く度に針で頭を突き刺したような痛みが走る。そのまま僕はこの世界との接点を経った。




目を開けた時、真っ先に見えたのは見慣れた白い天井。白い空間だった。


また戻ってきてしまった。親にあんなに言ったのにやってしまった。初デートに浮かれて今朝薬を飲み忘れたせいだろうか。


そして1番気になるのが廊下から聞こえる大声。個室内にいてもその声ははっきりと聞こえた。


ドア付近にやっとの思いでたどり着き、少しドアを開けて外の様子を伺う。


言い争っているのは、母さんと雪姫だった。


「ごめんなさい!!ごめんなさい!!私が...私が...!」


「ごめんじゃ済まないって言ってんでしょうが!!あんたのせいで!またあの子に不幸を!!

あの時だってそうだった!あんたと遊んでいる時に清隆は...!清隆は...!」


「私がはしゃいでデートなんかに誘ったせいでたかくんは...!たかくんは...!」


我慢の限界だった。ドアを思いっきり開け、母さんと雪姫の間にたった。


「清隆...」


「たかくん...」


「もういい加減にしてくれよ!!雪姫は悪くない!!僕が誘ったんだ!デートに浮かれて薬を飲み忘れたのも僕のせいだ!!これ以上雪姫を責めないでくれ!!」


「あなたが母さんに反抗したのは初めてね...。そんなにあの子が大切なのね。そう...。わかったわ。ごめんなさい、雪姫さん。それと清隆も。」


「い、いえ!私も本当にごめんなさい...」


「あ、そうだ清隆。先生が呼んでたわよ。

母さんは1回家に帰って荷物とってくるわね。もしかしたら今回も長くなるかも...高校は申し訳ないけど普通に通うのは無理そうね。どうする?退学の件。」


「そうだね...1年で本来留年だったのに進級させてくれた先生にも悪いけど、退学...かなあ...。」


「わかったわ、手続きしておくわね。それじゃあまた後で。」


私も1回帰ってからまたくると、母さんに雪姫もついていった。1人で廊下で立っていても仕方ないので先生のところに向かうことにした。






「失礼します」


「あぁ、清隆くん。こんにちは。また倒れちゃったか...。今度は何をやらかしたのかな?」


老眼鏡をかけ、白髪と白い髭がよく目立つ優しそうな先生、五十嵐先生だ。


ここの病院に来てからずっとお世話になっている付き合いの長い先生でもある。


「ちょっと初デートでして薬を飲み忘れちゃって...」


「んー、青春を楽しむことはいいことだけど、薬くらいちゃんとしてね?自分の命なんだから。」


「それで先生、まだ僕の病気はやっぱり...?」


「そうだね、すまない。今の医学力ではわからない今までに例のない病気だ。ただ前々から言ってきたことだけど、君はそんなに長く生きられないということだ。倒れる時、だんだんと頭の痛みとかひどくなって言っているんじゃないの?」


「っ...!」


図星だった。薄々気がついていた。長年この病気と付き合っているからこそわかるほど少しずつだが痛みも症状も重くなってきている。前までは気を失うほどではなかった。また高校に通いだしたのがよっぽど体に負荷がかかったんだろうか。


「しばらくは病院で安静にしているように。この病院は薬のおかげでなんとかなっているみたいだけど、一方通行の病気だ。残念だけど、治ることはないと思っていた方がいい。」


「わかりました。ありがとうございました。」


お礼をいい診察室を後にした。そろそろ母さんが戻ってくるだろうか?診察を受けて先生と話していたら針が1時間も進んでいた。


自分の個室を開けてそこにいたのは雪姫だった。


「あれ、母さんは?」


「あ、たかくんおかえりなさい。お母さんはあなたがいった方が清隆的には嬉しいでしょ?って言われたので私が来ちゃいましたっ

あ、これ着替えと暇を潰せるもの入ってますよ。」


大きな紙袋には漫画やノートpcや教材やらなんやら入っていた。この重いものをここまで持ってくるなんて大変だったろうに...


「ありがとうね?重かったでしょ。なにか飲む?」


「じゃあココアで!!」


備え付けの冷蔵庫からパックのココアを取り出し雪姫に手渡す。


「で、たかくん。お医者さんなんだって?」


「安静にしていろってさ。前にも言ったけど、僕は長くないんだ。この病気も今の医学じゃ解明できないし、薬で進行は遅くなっているかもしれないけど確かにこの病気は進んでる。学校ももう行けないかなあ...。

先生には申し訳ないけど...。」


「そっか...」


気まずい雰囲気が流れる。雪姫も申し訳なく思っているんだろう。僕的にはむしろこっちの方が申し訳ないんだけどさ...。


「っと、時間も時間だしそろそろ帰った方がいいよ?夜道は危ないんだからさ。」


「もうちょっと居たいけど...そうだね、今日は帰ることにするよ。明日また学校終わったら寄るね?」


ばいばいと手を振り部屋を出ていった。

無事に家につけばいいんだけど。


「僕も早いとこ寝ちゃおう。今日は疲れたし。」


電気を消して目を閉じる。睡魔はすぐやってきた。
















次の日もその次の日も毎日雪姫がお見舞いに来てくれた。しかし日に日に暗い顔はひどくなっていった。


入院してから一月たったある日、先生に呼ばれた。


「先生、どうしたんですか?急に。」


「...わかっているだろう?」


「...はい。」


「清隆くん、君の余命は後1ヶ月くらいだろう。」


なんとなくそんな気がしていた。この世界から弾き出されるような異様な疎外感と孤独感。


最近では食事も喉も通らず、点滴で栄養を補っていたため、入院前よりやつれ、体重もスタミナもかな落ちてしまった。


「1ヶ月...ですか。早いもんですね。僕の人生ももう終わりか...。早かったなあ。もっと学校に行きたかったし、友達も作りたかったし、勉強だって部活だって...それに雪姫とだって...」


雪姫のことを考えたら涙が溢れてきた。

先生の前で声を出し泣いてしまった。


「泣きなさい。好きなだけ泣きなさい。

そしてごめんなさい。医者なのに君を救うことが出来なかった...本当に...本当に申し訳ない...」


その会話を廊下で盗み聞きしていた者がいた。口を抑え必死に声を抑えようとしたが、嗚咽を抑えることはできなかった。


その者は病院を飛び出して言ってしまった。






「ねえ、何を読んでいるの?」


「ん?これはね、桜の木が願いを叶えてくれる話だよ。島の桜の木に願えばなんでも願いを叶えてくれるんだ!!」


年中散ることない桜を島中に咲かせた島を舞台にした物語だった。


そして思ったのだ。ここにも同じような桜の木があると。そしてあわよくば願いを...




彼女は丘の上の桜の木の下で膝を抱えて泣いていた。


今度は声を殺すことなく声を上げ泣いていた。


「どうして...どうして...!わかっていたのに...わかってたのに!!涙が止まらないよ...ねえ、あなたは私のお願いを聞いてくれるかな...かな!?」


顔をくしゃくしゃにして丘の上の枯れない桜の木に手をついて必死に願った。


「お願いしますお願いしますお願いします!!たかくんを...清隆くんを...陣之内清隆くんの病気を治してください!!私になら何したっていい!私に出来ることはなんだってするから!!だから...だから...!お願いします...たかくんを...」


しかしその願い虚しく、桜の木は風に揺られざぁざぁと枝を揺らすだけだった。





そして、余命宣告以降僕のお見舞いに雪姫が来ることは無かった。


「これはまずいね...。かなり早いスピードで病気が進行している。あともって1週間ってとこだろう...なにかあったのかい?清隆くん。」


「...雪姫が来なくなったんです。連絡を入れても返事がなくて。何かあったんじゃないかって...もしかしたらあの時...」


余命宣告を受けた日、個室に帰った時に看護師さんに言われた。「雪姫ちゃんが来ていたよ」と。


「聞かれていたんじゃないでしょうか。

...はあ。僕も弱いですね。人1人来ないだけでこんなにもダメになるものとは。母さんはそれでも毎日来てくれるから...いいのかな。」


「あはは...病人ジョークは私の傷をえぐるからやめてくれよ...でも、最後まで私達は全力を尽くす。君も諦めないでくれ。」


もう、無理だよ。頑張れない。雪姫、もう1度君の笑顔を見たかったな...。


個室に戻った時に思わず寒気を感じた。

窓が少し開いている。季節は秋になり気温も下がってきているため少しの風でも寒く感じてしまう。


シンと静まり返る部屋で僕はまた泣いた。

抗うことの出来ない運命に。そしてもう会えない彼女のことを思って。


その時、ピロンと携帯の着信が鳴った。


着信相手は雪姫だった。そこには一言、「丘の上の桜の木のまで来てください」


すぐ母さんに電話し、迎えに来てもらい近くまで送ってもらう。


「気をつけてね?無理...しないでよ?」


「...うん。」




「ごめんね、おまたせ。それで話って?」


彼女は桜の木に寄りかかり座っていた。

僕もその隣に腰を下ろした。

いつも笑顔だった彼女の姿はそこにはなく、やつれ、涙を流したからか目が腫れ上がっている。彼女はこちらを見ることなくぽつりぽつりと話し始めた


「お見舞い...ごめんね。行けなくて。忙しくなっちゃってさ。連絡も...ごめん。


あはは...頑張ったのにな...私。なんにもできないや...。」


「いや、いいよ。決まってたことだもん。仕方ないよ。」


「あのね、たかくん。私...












好きな人ができたんだ。」










「そっか。...うん、よかったじゃん。いい人が見つかって。僕じゃ...君を幸せにすることもできないし、君も幸せになれないし。


僕の分まで生きて、幸せになってくれたら...嬉しいな...」


うまく笑えているだろうか?うまく言えているだろうか。これが最初で最後のお願い。


「うん、約束...」


「...それじゃ、僕はいくよ。さようなら。結橋さん」


結橋さん


その他人行儀な呼び方は僕と彼女の関係をなかったことに、そして終わりを意味していた。


その日、病院に帰り容態が急変した。呼吸困難に陥り、割れんばかりの頭痛と吐き気、孤独感。すぐに先生はかけつけたが、その時にはもう息を引き取っていた。













「...雪姫さん。」


「あ、陣之内くんのお母さん。」



再び会うのはいつ以来だろうか。私はたかくんの葬式に来ていた。


「これ。清隆があなたにあてた手紙。

それともう帰りなさい。そして2度と家に関わらないでちょうだい」


雪姫に当たるのはお門違いのことはわかっていた。遅かれ早かれ清隆は亡くなっていた。


しかし、当たらずにはいられなかったのだろう。余命宣告後1回も見舞いにもいかず、挙句の果てに彼女から告白してきたのに別れを持ち出すなど。一月の間抜け殻のような清隆を見てきた母さんだ。


怒りをあらわにして人を恨んだのは人生で一度あるかどうか...


「...はい、すみませんでした」











ここも...あの日以来...かな


家に帰る気にもならず、ぶらぶらと歩いていたら気がついたら丘の上の桜の木があるところまで来てしまっていた。


またここに来るなんて...ないと思ってた。


桜の木に寄りかかりお母さんからもらった手紙を読み始めた。



雪姫へ


まず一つ。ごめんね。辛い思いをさせて。

告白の時、やっぱり僕は断っておけばよかったと後悔した。付き合っていなければ、出会っていなければこんなに辛いことを見なくて済んだのに。それと感謝もした。僕も小さい頃から一人の女性として雪姫を意識していたから初恋の人とこんな関係になれるとは思っても見なかった。病気のせでろくに学校も行けずにろくな人生を歩んできた僕だけど、この数ヶ月は本当に楽しかった。あぁ、生まれてきてよかったなって思えた。だから、ありがとう。

この手紙を雪姫が読んでいる時はもう僕は生きていないんじゃないかな?最後にこんなことしか言えないけど...


幸せになってね


陣之内清隆




ぽつりぽつりと手紙に涙の粒がこぼれ落ちていく。


「ごめんなさい...ごめんなさい...好きな人なんて嘘だったの...嘘なの!!どんどんやせ細っていって今にも死んじゃうんじゃないかって思ってそんな姿を見るのが辛かったの!!だから私はたかくんから逃げ出した!!逃げちゃったんだ!!


ごめんね...ごめんね...たかくん...たかくん...!

私、たかくんがいなきゃ幸せになんかなれないよ...なれっこないよ...!」


立ち上がり、崖の淵へ立つ。


たかくんがいない人生なんて...考えられない。だったらいっそ...


目を閉じそのまま前に倒れる。それだけでこの命は終わる。


あぁ、なんて儚い命なんだろう。こんなにも簡単に人の命って消えるもんなんだなって。


浮遊感に襲われた瞬間、強風が吹き荒れた。

強風のおかげでバランスを崩し、地面に倒れてしまう。


ざあざあと桜の木が揺れた


ひらり、はらりと桜の花びらが舞い散る。


「桜の木が...泣いている...」


今まで花を散らしているところを見たことがなかった。こんなにもいっぺんに。


これは涙。桜の涙。


「う...うぅ...ごめん...ごめんねたかくん...約束...したのにね。私...。ごめんね...」


彼女はまた泣き出した。桜の木に向かってずっとずっと...


ざぁっざぁっとそれに応えるように風が吹く。


「泣かないで、雪姫。笑顔が一番似合うんだから。笑って?」


聞こえた。


たしかに聞こえた。たかくんの声。泣かないで、笑ってって。


乱暴に涙を拭き立ち上がった。


「うん、そうだよね。私生きなきゃ...たかくんの分まで。そして幸せにならなきゃ...たかくんの分まで...!


私、もう泣かないよ。たかくん。だから...さ、たかくんも安心してね」


前を向き、歩き出す。生きる。生きるんだ。

あの人の分まで。精一杯生きるんだ。


立ち上がり、振り返り彼女は言った。


「でも、私が泣き出しそうになったり辛いことがあったらまた慰めてくれるかな...?」


ざぁざぁと桜の木を揺らした風はまるで彼が返事をしたようだった。

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桜の下で約束を(短編) 沙羅夏津 @miruhimoe0428

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