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よく食べる涼太のことを思い、たんまりと買い込んだお肉たち。それと、健康面も考えた野菜に大量のお酒。目の前ではホットプレートが、お肉はまだかと体を熱くして待ち構えている。そんなホットプレート君とお腹を空かせた弟のために、あとはお肉を投入するだけ! なのだけれど……。
私には今、どうしても問いたいことがあった。
「ねぇ。なんで?」
私はトングを持つ手に力を入れ、最近色気づいてレイヤーミディアムヘアにした我が弟へと真顔で問いかける。
「何で、って何?」
涼太はそんな私の質問に、若干軽薄そうに見える薄い唇をだるそうに開き、少し長めの前髪から目を覗かせて問い返す。
「だーかーらー」
冷えた缶ビールの表面には、ほんのりと汗。早くこの飲み物を口にして、美味しさにぎゅっと顔を顰めたい。
「どうしてよ」
私は、再び涼太に問う。トングを握る手が、納得のいかない状況にプルプルと震えてきた。
「どうしてって、だから何?」
涼太は、テーブルに並ぶお肉たちに目を奪われ、私の質問には気もそぞろになっている。きっと頭の中では、はやくこの脂の乗ったお肉たちを味わいたいと思っているのだろう。
それは、私も一緒なのよ。けど、だけど、でもなのよ。
涼太よ。その前髪、長すぎやしないか。と余計な思考が混じりつつも、テーブルを挟んだ目の前に座る弟と掛け合いをしていると、斜向かいに座った人物が私たちのやり取りを何の違和感もなく眺めていた。
ツーブロックの無造作ショートの髪の毛を、完璧なまでにワックスで散らしている人物は、涼太と同じように色気づいているに違いない。私たち姉弟のやり取りを、他人事のようにしれっとした表情で眺めている態度に鋭い視線を向ける。
「なんで、ここにタイちゃんが居るのよ」
私がもらした不満に、既にビールに口をつけていたタイちゃんは切れ長の瞳をキョトンとさせる。
「ん? 俺?」
正に他人事。
「他に誰が居るの? 大体、何そのヘアスタイル。美容院の帰りですか? 直でここへ来たんですか?」
完璧に決めているタイちゃんのヘアスタイルをいじりながら、余りに他人事感が強すぎるそのとぼけた顔に向かって、私は少々強く言ってみた。すると、猫なで声なんて出したりするんだ、この子はっ。
「葵さーん。俺のヘアスタイルに気づいてくれるなんて、めっちゃ嬉しいよ。愛だな、愛。だから、そんな恐い顔しないでよ~」
〝だから〟のかかる場所はどこ? 上司にゴマでもするみたいに、下手な笑顔を浮かべるタイちゃんに、呆れて溜息が漏れる。
そもそも、愛ってなんだ。そんなものがどこにあるのか教えてもらいたい。
さっきから軽口を叩いているこのタイちゃんというのは、ずっと昔からの涼太の友達で、名前を関矢太一という。涼太とは別の会社に就職したのだけれど、今でも涼太と仲良くしていて、ことある毎に二人で行動している新社会人君だ。
「タイちゃんが来るなんて、聞いてないし」
「うん。言ってないし。つか、さっきばったり会って、姉ちゃんのところでメシ食うって言ったら、ついて来たんだよね」
ついて来たんだよねって、そんなに気軽に来られても、うちは飯処じゃないんですけど!?
私がジトーッとした目を向けても、タイちゃんてば全く頓着してない様子で缶ビールに口をつけてグビリ。ぷはぁー、と息をもらしてニコニコしている。
「いやぁー。ホント、偶然で」
なんて、ヘラヘラ笑って再びビールをゴクリ。
あぁ、なんて美味しそうに飲むんだろう─って、そういうことじゃなくて!!
「葵さん、今日も素敵だね」
しっかりゴマすりも忘れない。
「はいはい。そういうの、要らないから」
気持ちのない褒め言葉をスルーしていると、「お肉焼こうよ」とタイちゃんが箸を握ってワクワクしている。ニコニコとした無邪気な顔を見てしまうと、まーいいか。なんて気持ちにさせられるのは、タイちゃんだからかな。
このスルッと人の懐に入り込んでくる、図々しいのに憎めない人懐っこさは相変わらずだわ。その辺の猫も顔負けよ。もふもふしたくなるような毛皮まで装備していたら怖いものなしだよね。
私は仕方なく諦めの溜息を一つ吐き、ようやく力強く握っていたトングを使ってホットプレートにお肉を並べ始めた。お肉の焼ける音と香ばしい匂いに、涼太もタイちゃんも、「おぉー」と感嘆の声をあげている。
どんだけお腹空かしてんのよ。まー、新入社員の安月給じゃ、色々大変か。そんな私も、たいして貰っているわけじゃないけどね。
「はやく食いてー」
涼太が箸とお皿を持って肉を狙う。その隣では、タイちゃんも箸を握っている。肉を見る目がキラッキラして可笑しいくらいだ。
二人の期待に応えるようにホットプレートにどんどんお肉を載せて、じゃんじゃん焼いているのに、この子らの食べるペースが速すぎて私の口にはなかなかお肉がやってこない。これは大量に買ってきたお肉でさえも、争奪戦になりそうだ。
「あ、それ! 私のだからっ」
目の前で確保しながら焼いていたお肉を、タイちゃんが何の躊躇いもなく箸で摘まみあげた。
お肉ごときで何を必死にと思うかもしれないが、この二人は食べることに一生懸命で焼いてくれないものだから、私への配分がほぼないに等しいのだ。
「葵さん、そんな怖い顔しないでよ」
悪びれた風もなく、タイちゃんは私のお肉を箸で摘まむとサッとタレにからませこちらへと差し出した。
「はい。あーん」
「あーん」
トングを握りしめたまま、口を開ける。あまりにも自然にやられたもので、思わず素直に口を開けたら、お美味しいお肉が私の口内へとやって来た。
熱々で脂の乗ったお肉がとろける~。
「美味しい~」
頰に手を当て締まりのない顔をしていたら、タイちゃんがニコニコしながら私を見ている。その顔を僅か数秒見て、ハッとした。
私としたことが、あーんなんてっ! タイちゃんごときに油断してしまった。
つい気を許した自分に愕然としていると、そんなことどうでもいいとばかりに、涼太が次早く焼いてくれよと催促してくる。
全く、自分で焼きなさいよ。
そんなこんなの争奪戦の末、ほぼ二人がお腹を満たした頃。買い込んだアルコールがもう底をつき始めていた。
「葵さん。ビール、これでラストだよ」
人んちの冷蔵庫を当たり前のように開けたタイちゃんが、最後の一本となったビールを嬉しそうに席へと持って戻る。
「あのさ。長い付き合いだし別にいいんだけどね。たださ、よそ様のおうちに来るときは、何か一つくらい手土産を持ってくるとか。冷蔵庫を勝手に開けないとか。そういう礼儀は、覚えておくべきだと思うのよ」
タイちゃんに若干呂律の怪しくなった口調で言ったら、「何を真面目にー」なんて指をさされてゲラゲラ笑われる。
イヤイヤ、そこ笑うところじゃないから。呂律は怪しいけど、脳内しっかりしてますんで。
「涼太、タイちゃんとの付き合い考え直しな」
腰に手を当て諭すように言ったら、テレビに夢中の我が弟は「了解」なんて、思ってもいない返事をしたあと、「ていうか今更?」と付け加えている。
確かにそうなんだ。
タイちゃんはタイちゃんで私の言葉は聞こえているはずなのに、涼太と一緒にテレビを観てケラケラと声を上げて知らん顔だ。あれだけ食べたのに買い置きしてあったスナック菓子を見つけて広げ、なくなった缶ビールの代わりにペットボトルのジュースを開けて飲み、ゴクゴク、ボリボリと胃袋へおさめている。まるでブラックホールのようだ。放っておいたらこの家にある食べ物という食べ物が、全部この二人のお腹の中へと吸い込まれてしまう気がする。恐い恐い。
昨日コンビニで買った新作のチョコレートを冷蔵庫の奥の奥へと隠し、二人に見つかりませんようにと祈りを込める。
我が家で自由すぎる二人は、相も変わらずテレビを観ながらポリポリ、グビグビ、ゲラゲラ。
そんな様子を見ていれば、腐れ縁のようなこの二人が離れるわけがないと納得させられる。兄弟のように、いつだって楽しそうにしている二人の背中を眺めて苦笑い。
私の家で寛ぎ過ぎでしょ。
後片付けをしながら恨めし気にねっとりと見てから、この先も度々起こるだろうこの二人の急襲に、一人天を仰いだ。
「姉ちゃん、そろそろ帰るよ」
散々食い散らかし、飲み散らかした涼太とタイちゃんが立ち上がる。どうやら、面白い番組が終わってしまったようだ。ついでに言うなら、ペットボトルのジュースもスナック菓子も空になってしまったから、ここにいる意味がなくなったのだろう。
ちっくしょー。
「お邪魔しましたー」
タイちゃんが、涼太の後に続いて玄関へと向かった。
「葵さん、また来るね」
「もう、いいから」
「またまた~」
イヤイヤ、マジで。
まだピカピカの革靴を履いたタイちゃんが、遠慮しないでよ。と言って、笑っている。
空気が読めないのか、嫌がらせなのか。もう、笑うしかない。
「今度は、手土産くらい持ってきなさいよね」
「じゃあ、俺の愛を持ってくるよ」
だから、そういうの要らないってば。
満面の笑みにゲッソリ。
「涼太、気をつけてね」
「うん。ごちそーさんでした」
二人を玄関で見送り、とりあえず一息。
空いた缶ビールの数やスナック菓子の空袋の量を見て、やれやれ、と私は肩を竦めた。
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