第3話

 ヤンの生還を祝うパーティから三日後、西太平洋戦隊に緊急招集がかかった。


 ブリーフィングルームへ早足で歩く宗介に、クルツが合流する。


「ったく、ヤンの生還を祝ってたと思ったらすぐこれかよ。人間万事塞翁が馬、だな」

「どういう意味だ?」

「日本のことわざだよ。いや、元々は中国か?とにかく、良いこともありゃ悪いこともあるってこった」

「ふむ。確かにその通りだ」


 辟易したような口調とは裏腹に、クルツは猛禽類のような獰猛な笑みを浮かべた。


「まあ……不幸なのは、これから俺たちの相手をする敵さんかもしれねえけどな」


 ここ最近、マオを慰める役割を担っていたクルツだが、決して仲間の死に何の感傷も抱いていないわけではなかった。その心の奥底には、仄暗い復讐心が密かに渦巻いている。そしてそれは宗介も同じだった。


「それも、その通りだ」


 恐らく二人の胸中は一致していた。この緊急招集が、〈アマルガム〉に関するものであってくれ、と。そうであれば、この怒りを存分にぶつけることが出来るのだから。


 二人がブリーフィングルームに到着して間もなく、全員が揃った。最後に入ってきたヤンの着席を待ってから、カリーニンが話し始める。


「敵はペリオ共和国、ベリルダオブ島の米軍施設を占拠したテログループだ。その場所は化学兵器解体基地、神経ガスが数百トン単位で保管されている。敵は人質を取っており、要求が通らない場合はガス貯蔵庫を破壊し神経ガスをばらまくと言っている。我々の作戦目標は、敵戦力の壊滅および人質の安全確保となる」


 続いて、敵戦力が説明される。AS九機に戦車五両。一介のテログループにしては充実した兵装だが、〈ミスリル〉の敵ではない。


 だが、次に正面のモニタースクリーンに映し出された画像が、宗介たちを戦慄させた。


「既に耳に入っている者も多いだろうが、この機体は〈コダール〉と呼ばれる、第三世代とも一線を画す機体だ。順安でサガラ軍曹が辛勝したが、通常のM9では勝ち目は無い」


 M9に勝ち目が無い、という言葉に、ブリーフィングルームがざわつく。しかし、ガウルンの〈コダール〉のテストパイロットとして、ノーラからラムダ・ドライバに関する説明を一通り受けているSRTのメンバーは、皆一様に押し黙ったまま、画面に映る機体を凝視している。


「この〈コダール〉の撃破は、サガラ軍曹に一任する。恐らくこいつは、初めから姿を現すことはないだろう。他の者は〈コダール〉以外の戦力を無力化しつつ、奴が現れたらサガラ軍曹のサポートに徹し、〈コダール〉との交戦は禁止する」


 隣のクルツに聞こえる程強く、マオが歯ぎしりする。


 ――あたしが、ラムダ・ドライバを使えていれば。


 そんな言葉が聞こえてくるようだった。


「よろしいでしょうか」


 焼けたラテン系の顔立ちに、口ひげが特徴的な男が挙手する。手を挙げた、ウルズ3を冠するキャステロ中尉は、カリーニンが頷くのを律儀に待ってから発言した。


「〈コダール〉のチカラは、不安定な可能性もあります。隙をつくことが出来れば、通常のM9でも撃破は可能なのでは?」


 その発言に、SRTの何人かが頷く。それもそのはず、歴戦の兵であるSRTの全員が誰一人使いこなすことの出来ないラムダ・ドライバを、自由自在に扱えるとは、どうしても考えにくかった。だがカリーニンは短く首を振った。


「ガウルンへの尋問により、敵は〈コダール〉を乗りこなすため、パイロットに特殊な薬物を投与していることが分かった。対策も不十分な今、M9による撃破の可能性は限りなく低いと言っていいだろう」


 カリーニンの言葉を聞いたキャステロは、まだ何かを言いたげな表情をしていたが、結局「了解ラジャー」と返事をした。


「他に質問が無ければ、ブリーフィングは以上とし、点呼を終えたらすぐに出発する。

 作戦海域までは三日ほどかかる予定だ。それまでに、各自英気を養っておけ。作戦は追って伝える。以上、解散」

「以上、解散!各自乗艦手続きを済ませ、一五二〇ヒトゴーフタマルまでにドックへ集合!」


 マッカランの号令で、宗介たちは駆け足でブリーフィングルームを出た。


 それから十五分後、きっちり時間通り、〈デ・ダナン〉の潜水艦ドックで小隊毎の点呼が始まる。マッカランはその場にいる陸戦ユニット数十名の名前を読み上げ、「全員よし」と頷く。だが宗介が手を挙げた。


「大尉。ヤンがいませんが」

「ああ、奴なら置いていく。どうせ戦力にならんからな。奴も、迷惑をかけるかもしれんからその方が良いと」


 なるほど、「迷惑をかけるかもしれない」というのは、いかにも控え目で気配り屋のヤンらしい。ヤンには申し訳ないが、戦力にならないというのも、あの細り切った体つきを見る限り当たっていそうだ。


「昔は立つのがやっとだろうが、弾除けになるからと戦場に引っ張り出されるのが当たり前だったがな。兵隊に優しい時代になったもんだ」

「うへえ……」


 いかにもおじさんくさいマッカランの発言に、クルツが見えないようにこっそり舌を出し、顔を歪める。


「さあ、モタモタするな!全員乗船!」


 そんなクルツの様子には気付かず、マッカランが声を張る。号令を聞いて乗船しようとした宗介の肩に、誰かの手が置かれた。


「マオ?」

「あたしの手でをぶっ倒せないのが悔しいけど……頼んだわよ、ソースケ」


 マオは、振り向いた宗介の目をまっすぐ見て言った。


「ああ、任せておけ」

「背中はきっちり守るから。今度は……誰も死なせない」


 最後の言葉は宗介ではなく、自分に言い聞かせるように呟いたマオに、宗介は力強く頷いた。

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始まるワン・アナザー・ストーリー 水無月トニー @okabe-ryo

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