竜の保管
いつもなら荷物を運び終えたあと、少し遅めの昼食をとって、そこからは自由時間だ。サーミャは弓の手入れや練習、リケは鍛冶場で練習、ディアナとアンネはヘレンと一緒に剣の稽古か3人揃って娘たちと遊んでやっているし、リディは畑を手入れしている。
だが今日は、庭の一角に皆集まっていた。娘たちは腹が減っているだろうから、先に焼いた肉を出しておいたが。
俺たち家族が見つめる先には1つの壺がある。壺の表面はかなり熱くなっていて触れないほどだが、火を発するまでには至っていない。
ここの魔力を自然と吸収するのでは、これくらいまでが限度ということかもしれない。
「あれが『竜の息吹』を入れてある壺なんだが……」
「あれ、めっちゃ熱くなってないか?」
俺が言うと、サーミャが怪訝そうに言った。リケがうんうんと頷いている。
「そうなんだよ。ここに来て熱くなりはじめた。どうやら今のところは火が出るほどじゃないみたいだが」
「冬は便利そうだけどね」
ディアナが腕を組んで言った。街や都ならともかく、この〝黒の森〟では魔力はほぼ無尽蔵に存在するエネルギーのようなものなので、燃料を補給せずともそこそこの温度になる便利な熱源なので、俺は頷いた。
「今くらいの熱さなら、ゆっくり煮込む料理にも使えるかも知れないな」
つまりは低温調理器だ。金属製の器に入れて湯煎するように水を張った鍋に入れておけば加熱されるはずである。サラダチキン(サラダ葉鳥?)やコンフィなどに望みが繋がるな。
「さておき、ドラゴンはあれに魔力を込めて火を噴くと思うんだよな」
「ということは?」
アンネが片眉を上げて言った。
「あれにはまだ魔力を吸収する余地があると、俺は考えてる。うちで魔力を吸収してもらって助かりそうなものと言えば?」
「……カリオピウムでしょうね」
アンネは顎に手を当て、俺は頷いた。〝竜の息吹〟に入れることで加熱と魔力の吸収を同時に行うことができるはずで、この加工法が有効そうなのはカリオピウムである。
それもかなりの量の魔力を吸収してくれそうだし、鱗と同じように〝竜の息吹〟に含まれる何らかの成分も寄与してくれそうだし。
そもそもの目的はそこだったので、予想が当たっているなら願ったりかなったりだ。
「こうなると血も欲しかったかもなぁ」
前の世界では英雄が浴びて不死になった(ただし、木の葉がついていた箇所は除く)という伝説が残っているくらいだし、取ってあるかと思ったが今回もらってきた中には含まれていない。
何か理由があって廃棄されたのか、血液なので意に介することもなく捨て置かれたのかまでは定かではないが、血があればドラゴンが魔力を身体に巡らせている方法について、ひいては鱗の加工について少しは理解が深まったかもしれないと思うと残念だ。
だが、ないものを嘆いても仕方がないし、今はこいつをどこに置くかが先決だ。
「この温度が維持されるなら、あんまり倉庫とかには置いておきたくないんだよな」
倉庫を常に高温環境にしておくのは良くないような気がする。今くらいの時期からは湿度も上がってくるし。
「うーん、うちで熱いものとなると、温泉ですかね」
リケが首をひねりつつ言った。俺はポンと手を打つ。
「なるほど。あそこなら問題なさそうだな」
温泉のある場所は当然ながら湯が湧いていて、もともと温度も湿度も高めな上、周囲の木々からも離れている。万が一火の手が上がっても周囲への影響は最小限に抑えられそうだ。
「今日のところは、動物たちが近寄らないように軽く柵をしておこう。そのうち木でもいいから小屋を作って……」
高熱源が中にある、木製の小屋。俺は前の世界で何度となく利用した施設をふと思い出した。その名前を今ここで出していいものかはわからないので、思わず口から出かけた「サウナじゃん!」という言葉を呑み込む。
「どうしたの?」
突然言葉を止めたので、心配そうに見てくるディアナに俺は「いや、なんでもない」とだけ返し、
「さ、それじゃあ、あれを移そう。移動させる方法も考えなきゃな」
カリオピウムの加工はもちろん、うちに一つ施設が増えるかもなという期待を持って、そう皆に指示をした。
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日森よしの先生によるコミック版の25話①が公開されております。ニルダの刀がいよいよ完成です。
是非、こちらも合わせてお楽しみください。
https://comic-walker.com/detail/KC_002143_S/episodes/KC_0021430003100011_E?episodeType=latest
鍛冶屋ではじめる異世界スローライフ たままる @Tamamaru
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