竜の炎

 春の森は光も風も穏やかで、巷では危険だと言われていることを忘れるほどだ。

 だが、サーミャ曰くは、


「この時期は子供がいて気が立ってたりするし、腹を空かせてることも多いからな」


 だそうで、見かけよりは遥かに剣呑で巷の話を裏付ける状態であるらしい。幸いルーシーとサーミャの鼻や耳に引っかかるものもなく家に帰り着いた。


「うん?」


 俺がその異常に気がついたのは、いつも通りにカミロの店で買ってきたものを倉庫や家にしまおうとした時のことだ。

 あらかたを運び終え、〝竜の息吹〟と呼ばれる部位とその内容液が入った壺を蓋をしたまま鍛冶場に運びこもうと手を伸ばしたとき、ほのかに温かさを感じた。


「なんだ? 温かい?」


 俺は恐る恐る壺に手を触れた。触れないほどではないが、うちの温泉の湯でも入っているのかと思うくらい温かい。中身が熱を持っているようだ。

 さっきまでは周りに他の荷物を置いていたので気が付きにくなかったんだな。

 もしこのまま温度が上がっていくとマズいかも知れないので、俺は慌てて荷車から下ろす。


「どうした? 中に入れないのか?」


〝竜の息吹〟を下ろしたまま様子を見ている俺に、結構な大荷物を倉庫のほうへ運んだヘレンが尋ねてきた。


「うん。なんか、温かくなってるっぽいんだ」

「へえ、どれどれ」


 ヘレンは片眉を上げて、さっきの俺と同じように手を当てた。


「おー、温かいってより、だいぶ熱いな」

「え、そうなのか」


 俺も慌てて手を当てると、そろそろ触るのが厳しいくらいの温度になっている。これはもしや……。

 あたりを見回すと、リディが通りがかったので手招きをして彼女を呼ぶ。


「どうされました?」


 リディはパタパタと小走りに駆け寄ってきた。


「カミロのところでドラゴンの素材をまとめて仕入れただろ?」

「ええ」

「あれのうちの〝竜の息吹〟なんだが、どうもどんどん熱くなっていってる」


 俺が言うと、リディはヘレンの方を見た。ヘレンはしっかりと頷く。


「で、俺の予想なんだが、こいつ、魔力を吸収してないか?」

「それで熱くなっていると?」

「俺はそう見ている」


 リディが〝竜の息吹〟に近寄る。一瞬眉をひそめたのは、温かいことに気がついたからだろう。


「少し開けても?」

「いいよ。あ、俺が開けよう」


 俺は〝竜の息吹〟が入った壺の蓋を少し開けた。特に不快な臭いとかはしてこないが、ほんのり湯気のようなものが見える気がする。

 その開いたところをリディがじっと見つめる。


「エイゾウさんの予想、当たっているかも知れません。かなり魔力が蓄積されているようです」

「そうか……」


 俺はおとがいに手を当てて首をひねる。


「多分、カミロの店では温かくなかったと思うんだよ。そんなことになってて気がつかないわけがないし。気がついてたなら表向きは廃棄を俺達に任せたようにしたとしても、それは言わないはずがないと思うんだよな」

「そうだな。そういう話はしないやつじゃない」


 ヘレンが同意する。俺は頷いて続けた。


「うん。で、単純に魔力で温かくなるなら、これはこれで森に入ってから気がついたと思う。近くに座ってたのはサーミャとディアナだったかな」

「一番近いのはそうですね」

「あの2人がいて気がつかなかったってことは、温かくなっても相当わずかだけだったと思うんだよな。だけど、こいつはここに来てから、どんどん温かくなって今はもう熱いくらいだ」


 俺は一度言葉を切って2人の顔を見た。2人とも真剣な顔をしている。


「こことよそとの一番の違いは魔力の量……だったよな?」

「ええ」


 真剣な眼差しのまま、リディは頷いた。うちの周辺はこの〝黒の森〟の中でもかなり魔力が多いらしく、その影響で木が生えていないほどである。


「つまり、ぐんぐん魔力を吸収できる状況なわけで、それで熱くなるってことは……」

「魔力を吸収してそうなっている、ということですね」

「ああ」


 そして、俺はここまで2人に説明していてもう1つのことに気がついた。


「これは試してみないことにはなんとも言えないが……」


 2人の表情が一層引き締まり、ヘレンが生唾を飲み込む音が聞こえる。


「ドラゴンってこいつに魔力を送り込んでブレスを吐くんじゃないか?」


 俺の言葉に、2人は目を見開いた。その反応を見て、これはちょっと他の家族も呼んできたほうが良さそうだなと、俺は考えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る