極寒のジョーク――雪と氷のシベリア基地にて

壺中天

第1話

「警備は万全のよだな、大尉。蟻の這い出る隙もなかろう」

視察中の将軍が鷹揚にうなずいた。

「はっ、閣下! 水も漏らしはしません」

大尉はビシッと敬礼した。


「寒いであります、大尉殿~っ。おしっこを漏らしそうであります」

だが、見習い兵士のアリョーシカは場違いで空気を読まない少女だった。

「馬鹿者、美少女がおしっこだの漏れるだの口にするな!」

ウラジミール・アリンコフ大尉は厳格だが、幼少の頃に美しい母をうしなったため、女性に理想を求めすぎる男であった。

「美少女だなんてそんな……」

少女兵が膝をすり合わせながらモジモジしているのは、恥じらっているせいであろうか、おしっこを堪えているせいであろうか。

「ともかく、交代が来るまで我慢しろ」

大尉は吐き捨てるようにいう。

「む、無理であります~っ」

彼女は金色の髪を振り乱してくってかかった。

「はうっ、いまチョロッと、チョロッとでて……」

アリョーシカはロシア女性にしては、ややほっそりとして小柄な美少女だったが、歯をガチガチ鳴らしながら地団駄を踏み、氷った鼻水をつららのように垂らしているという非常に残念な状態である。

「早くいって、済ませて来い!」

大尉は顔をそむけた。この場でしろとはいえない大尉であった、たとえ真っ白な雪に残される黄色い汚点を想像し、どこかしら背徳的なものへ密かに胸をときめかせたとしても――。

「あっ、水、水であります?」

彼女が叫んだ。

「アリョーシカ、お前なあ」

チョロチョロと液体が将軍の足下へと這うように流れたのをみ、大尉は少女兵を睨む。

「ち、違います、あたしまだ。あうっ、くっ……来る~ぅ」

少女兵は悶えながら股間をおさえた。

「いかん、伏せろ! 液体爆弾だ!」

アリンコフ大尉がはっと気づく。それはプラスチック爆弾の上位互換ともいえるもので、自由自在に粘度を変えながら、遠隔操作でスライムのように動かされ爆発する。

液体が跳ね上がると水母の傘のように広がり、触手を伸ばすと将軍を捕らえて包み込んだ。

爆風に煽られて少女兵のスカートが捲れる。


警戒みずは漏れ、将軍は爆死した。アリョーシカは腰を抜かし、座り込んでおしっこを漏らした。



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