モンスター娘のいる館に住むことになりました

山賀 秀明

第1話 モンスター娘の住まう館

 トカゲ男と狼男が戦っていた。


 目の前に起きている事にもかかわらず映画でも見ているのかと錯覚してしまう。たしかに日常に疲れた俺は、非日常を求めて人の来ない森の奥までやってきた。だが科学の発達した現代で、これほどの異常な事態に出くわすとは夢にも思わなかった。

 突然の事態に固まっている俺をよそに、二体のモンスターは素早い動きで、お互いに鋭い爪による攻撃を放っている。その攻撃の鋭さは、周りにある年齢を重ねた太い木々に深い爪痕を残し、地震かと思うほどに大きく揺さぶる。


「あ? なんだこいつは? お前の仲間か?」


 トカゲ男は俺を見つけると、吐き捨てるように声を漏らす。鋭い眼光に突き抜かれた俺は動くことも声を出すこともできずに立ちすくむ。それに気づいた狼男は焦った様子で、「そいつは関係ない!」と声をあげた。


「そんなの信用できるか! 貴様から殺してやる!!」


 トカゲ男は、言いながら俺に向かって鋭い爪で襲い掛かってきた。


「やめろ!」


 狼男は叫びながら俺とトカゲ男の間に入ろうとするが、素早い攻撃に間に合わず、ましてや俺は避けることが出来るはずもなく胸を切り裂かれた。

 狼男はトカゲ男に攻撃を仕掛けつつ、俺に声をかけていたが、意識の遠のいた俺には何を言っているのか分からなかった。


……


……


 目を開けると見知らぬ天井だった。

 自分が何をやっていたのか、どうしてここにいるのか分からずに周りを見渡す。

 その部屋は、高そうなアンティーク家具が置かれたヨーロッパ風で、ひと目で屋敷のような大きな家なのだろうと予想が出来た。

 ボーっとしながら周りを眺めていると、声をかけられた。


「やっと起きたの?」


 声の主を探すと、俺のベッドのすぐ近くの椅子に、高校生ぐらいの女の子が座っていた。

 彼女は、読んでいた本をパタンと閉じると、俺に目線を向ける。窓から差し込む日差しが彼女の銀髪を美しく輝かせる。彼女は俺を一瞥すると顔をそむけた。それと同時にショートヘアがふわりと宙に舞いキラキラと輝く。その輝きの美しさとは逆に、彼女からは俺に対しての非友好的な態度が感じ取られた。

 彼女は立ち上がり部屋の扉の前まで行くと、こちらを見ることもなく「所長の元に案内します」と短く言い放つ。

 俺はベッドから起き上がり彼女の後ろに近づく。なおも俺の方を見ることもなく扉を開けて廊下に出る。俺は心の中でため息をつきながらも素直について行くことにした。態度はつんけんしているが、タンクトップにホットパンツという動きやすい服装からか、露出している細いながらも引き締まった手足の動きからか、はたまた幼い顔立ちながらも憂いを帯びた吸い込まれそうな美しい顔立ちからか、そこまで悪い人とは思えなかった。

 長い廊下の端にあった部屋をでて、二つほど扉を通り過ぎた先の一際豪華な扉の前に彼女は立ち止まる。コンコンと静かにかつ響き渡るノックをして、「お客様を連れてきました」と短く報告すると、中から「おう、待ってたぞ」と、どこか間の抜けた緊張感のない男の声がした。

 彼女は、扉を開けると俺に入るように促す。俺が部屋に入ると、後から部屋に入り扉を締め腕を組んで扉近くの壁にもたれかかる。

 部屋には同じくアンティークの豪華な家具が置かれ、正面には机があり白髪交じりのオールバックで黒いチョッキを着た、いかにも紳士風の男が書き物をしていた。

 その男は顔をあげると「体調は大丈夫かい?」とやはり間延びした声で、にこやかに聞いてくる。その言葉に、自分がトカゲ男に襲われたことを思い出す。


「そうだ! 俺はトカゲ男と狼男の化物同士の戦いに巻き込まれて怪我したんです。でも、怪我はないし……。夢だったんだろうか……」


 体を調べると傷は綺麗に消えてなくなっていた。確信を持てずに困惑するが、服が爪で引っかかれたように引き裂かれている事が、現実だったと物語っていた。


「ああ、キミが見たのは紛れもない現実だよ。怪我は私の部下が治したから安心してくれ」

「そうだったんですか、ありがとうございます」

「礼なら彼女に言ってくれ。重症のキミに応急手当てして、ここまで運んでくれたんだ」


 そう言うと、ドアの横に立っている彼女に目線を向ける。


「君が助けてくれたのか、ありがとう」


 俺は笑顔を見せ頭を下げるが、彼女は明らかに怒っており、きつい視線を俺に向けてくる。


「別に礼なんて要らないわ。それより、怪我が治ったのなら屋敷からでていってくれないかしら?」


 彼女は冷たい言葉を発するが、男が優しい声でフォローしてくれる。


「おいおい、怪我が治った早々、出て行けは可哀想だろう。それに、私は彼に仲間になって欲しいと思っているんだ」

「仲間ですって! こんな素性のしれない人間を仲間に入れるなんて危険です。それに役に立つとは思えません」


 彼女は突然の男の提案に目をむいて驚く。男は気にした風もなく淡々と言葉を続ける。


「彼があの場所に居たと言ったのはフェリアくんだろう。あの場所は普通の人間なら入ることは出来ない。それに、私が見たところ彼には才能があると思うんだ」

「でも……」


 彼女は困惑するが、それ以上は否定できずに口をつぐんでしまう。


「私の名前は安倍 晴明あべ はるあきだ。君はなんという名だ?」

菅原 アキラすがわら あきらです」

「菅原君、突然で申し訳ないがキミには才能がある。ぜひ私達の仲間になって欲しい」


 男は俺に向き直り姿勢を正すと真剣な顔で俺を見つめる。


「才能ってなんですか? それに、仲間というのは何ですか?」

「おお! そうだ。大事なことを説明しなかったな。実はこの世には君が見た人外の者達が数多くいる。そして、その人外の者達が争い合ったり、人間に危害を加えない様にするのが私達の役目だ」


 人外の者? そんなものが存在するのか? いや、実際にこの眼で見てしまったんだ。信じざるを得ない。


「警察みたいな物ですか?」

「んー、似たようなものだが、特に権限があるというわけではない。どっちかというとボランティアに近いな」

「俺の才能というのは何ですか?」

「人外の者達と戦う力。いや、違うな。正確に言うなら人外の者達の争いを諌めて、仲良くするセンス。と、言ったほうが良いかもしれない」

「突然、そんな事を言われても……。それに、自分にそんな力があるとは思えません」

「まあ、そんなに難しく考えることはない。無理だったらやめればいい。あんな場所に居たぐらいだ。どうせ暇なのだろう? 養生ついでにしばらくこの館に居るといい。この館には多くの人外の者達が居る。彼らと話をしてみて決めてくれればいい……どうだ?」


 彼の言葉は優しかった。確かに俺は仕事に疲れて宛もなく森の中をさまよっていた。どうせ戻ったって無断でサボったから仕事はクビだろう。なら、旅行気分でここにと留まるのも悪くない。


「わかりました。俺が役に立つとは思えないですが、しばらく厄介になります」

「そうか! おい、ルーシー!」


 彼は心底嬉しそうに言うと、横の扉に向かって声をかける。すると、黒いスーツを着た黒髪の美しい女性が入ってきた。彼女の外見は人間と変わらないが、明らかに人では無かった。頭にはやぎとそっくりな丸く曲がった角が二本生えており、背中にはコウモリを思わせる大きな翼が生えていた。


「所長、何でしょうか?」


 彼女はすっと流麗な動きで安倍の後ろに立つ。


「彼女はルーシー。この館の管理はすべて彼女に任せている。見ての通り彼女も人外の者だ。何かあれば彼女に聞いてくれ」

「ルーシーです。以後お見知りおきを」

「まあ、彼女じゃなくとも館に居る者はみんなやさしい奴らだ。困ったことがあれば助けてくれる。もちろん、フェリアもね」


 安倍はにこやかにフェリアに目線を向けるが、彼女は困惑したように目線を泳がせる。


「私は反対です」


 それだけ言うと、部屋からでていってしまった。


「あー、まあ、彼女のことはあまり気にしなくていい。別にキミの事が嫌いって訳じゃない」


 安倍は頭をポリポリと掻くと「やれやれ」とため息をはいた。


「時間を取らせて済まなかったね。病み上がりだし先程の部屋で休むといい」


 俺は彼に言われたとおり、部屋に戻ると横になる。

 色々な事が突然に起こり疲れた頭は、すぐに眠りへと誘った。


 どれだけ寝ていたのだろうか?

 半分覚醒したような眠りの中で、ドアが開かれ誰かが入ってくるのが分かる。

 その誰かは、傷を負っていた俺の胸に手を当てると、確かめるように撫でる。

 その手は人とは思えないほどひやりと冷たい。

 まだ覚めきっていない頭のまま、薄く目を開けて見ると、その手は水色に透き通っていた。



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