第3話 フェンリル

 目の前には良くわからない道具たちが雑多に積み上げられていた。


「任務って言うから何かと思ったら倉庫の整理かよ」

「文句言わないの。どうせ何も出来ないでしょ?」


 そう言われるとぐうの音も出ない。

 急に人外の者と戦えとか言われても出来ないし、人外の者を仲良くさせろなんて言われても何をしたら良いか見当もつかない。


「どう整理したらいいんだ?」


 しかし、目の前の惨状も何をしたら良いか検討もつかない。十帖程度の部屋には、剣や槍、装飾の施された鏡や御札のようなもの、ダンボール、書類の山、その他使い道の分からない道具などが置かれていた。

 試しに、下においてある棘が付いた30cmぐらいの輪っかを拾ってみる。


「おっも、何だこれ! すごい重いぞ」

「何よ、そんな物も持てないの」


 フェリアは、俺が両手で持とうとしても持ち上げられなかった物を、片手でひょいと持ち上げる。


「見た目に反してすごい力だな。人間じゃないってのは本当なんだ……」


 フェリアの腕は明らかに俺より細い。筋肉は程よく付いていているが、明らかに女の子の腕力ではない。


「まるであたしが化物みたいな言い方ね」

「いやそういうわけじゃなくて……」

「だから人間ってキライよ。人間だけが普通でそれ以外は異常だと思ってるんだから」

「別にそういうわけじゃないよ。ただ、見た目が人間と同じに見えたから驚いただけだよ」


 そう説明しても、彼女はあからさまな不機嫌を隠そうともせずにそっぽを向く。


「……なあ、お前って何の種族なんだ?」

「お前はやめて」

「じゃあ、フェリア」

「あたしはあなたよりずっと年上だし、先輩なのよ」

「フェリアさん」

「それでいいわ」


 さん付けに満足したのかフンッとは鼻を鳴らし偉そうにしている。


「で、何の種族なんだよ」

「教えてあげないわ。さっきも言ったけど、あたしは人間が大っ嫌いなの。所長の命令だから話してるけど、本当ならあなたの顔も見たくないわ」


 彼女はまくし立てると再び顔をぷいっとそらしてしまった。


「わかったよ。それで何をしたら良いんだよ。その輪っかを運べって言われてもムリだからな」

「あなたが非力なのは分かったわ。とりあえず、そこに積んである書類を棚に入れて。ちゃんと、種別に分けて入れるのよ」


 そう言うと、倉庫から出ようとする。


「おい、どこ行くんだよ」

「あたしはあなたと違って忙しいの。終わったら庭にいるから呼びに来て」


 言い残すとさっさと出ていってしまった。


「これじゃ、下働きだな」


……


……


 書類の整理を終えて、庭にフェリアを探しに来たが、姿が見えなかった。

 その代わり、ひなたぼっこをしている銀色の毛をもつ大型犬を見つけた。


「おーい、フェリアを見かけなかったか? って言っても無駄か」


 犬は目を開けて俺を見ると、興味なさそうに再び目をつぶってしまった。

 フェリアが見つからないので、仕方なく犬のそばに座る。

 さして俺に興味はなさそうだったが、撫でようと手を近づけると、俺を睨んで唸り声をあげた。


「おいおい、そんなに怒ることないだろ。わかったよ。触らないよ」


 俺の言葉を理解したのか、またもや丸まって目をつぶる。


「しかし、ここは不思議なところだな。ジェリーやヘーゼルはいい人そうだし、静かで心地が良い。雑音の多い人間の世界よりよっぽど平和な気がする」


 俺は独り言のようにつぶやくが、犬でも居てくれるだけで気持ちが吐き出しやすい。目をつぶってはいるが、耳はこちらに向けている。一応、聞いてはくれてるみたいだ。


「でも、所長も言ってたけど、ここにも揉め事が色々あるんだろうな。人間と人外の者とのいがみ合いや、人外の者同士の仲違いとかね……フェリアも人間が嫌いみたいだし……俺はフェリアと仲良くしたいんだけどな」


 いつの間にか犬は俺の事を真っ直ぐに見ていた。


「もちろん、お前とも仲良くしたよ。名前は何ていうんだい?」


 俺が問いかけると、犬はすっと立ち上がり、垣根の下を通って何処かに行ってしまった。

 入れ違いに、フェリアが垣根の奥からやってくる。


「なにサボってるのよ」

「終わったから、お前……フェリアさんを探してたんだよ。居ないから少し休んでただけだ」

「……フェリアでいいわ」

「え?」

「よく考えたら、さん付けって気持ち悪いし、フェリアって呼び捨てでいいわ」

「なんだよ。言うことがコロコロと変わるやつだな」

「なによ。文句あるの?」

「ありません」


 どうやら彼女はかなり気まぐれな性格らしい。


「所で、さっき犬を見かけたんけどなんて名前なんだ?」

「犬じゃないわよ! 彼女はフェンリルっていう神様の子孫なの! 今度間違えたら許さないからね!!」


 すごい剣幕で否定される。


「わ、わかったよ。悪かった。で、名前は何ていうんだよ」

「……アーノルドよ」

「アーノルドか、毛並みがきれいで銀色に輝いていたのも神だからかね」

「そうよ。あの美しい銀色に発光した姿こそフェンリルの証なの」


 フェリアはまるで自分の事のように胸を張って誇っている。

 胸を張ってもこじんまりとした膨らみがあるだけだが。


「あんた、変なこと考えてない」


 ジト目で見られてしまった。


「所で、次の仕事とかはあるのか?」


 半ば強引に話題を変える。


「そうだった。無駄話をしている場合じゃなかったわ。戦いの訓練んをしてあげるわ」

「は?」

「この世界はね。あなたが考えてるほど平和じゃないの。人外の者の世界は法も秩序もない弱肉強食の世界。本来なら、あなたなんてあっという間に殺されてるわ」

「とは言っても、俺は喧嘩すらまともにやったこと無いし……」

「だから、鍛えてあげるって言ってるの」

「俺なんかが戦いの役に立つとは思えないけど、ありがとう」

「言っておくけど、あなたのためじゃないわ。所長にお願いされてるからやってあげるんだからね。そこんとこ勘違いしないでよね」


 

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