第2話 異世界
「うん、大丈夫ね」
胸に感じるひんやりとした心地よい感触と共に目覚める。
「あら、起こしてしまいましたか?」
俺を覗き込む女性はやはり人間ではなかった。
「あなたは?」
「わたしはスライムのジェリー。あなたは人間のアキラくんよね?」
スライムというと不定形のアメーバの様に思っていたが、彼女は人の形をしていた。いや、透き通った水色の肌以外は完全に妙齢の女性だった。
彼女は、ヨーロッパの民族衣装の様に胸元の大きく開いた白いブラウスに、紐でお腹を締め上げていて、膝ほどまでのチェックのスカートをはいていた。
胸元が開いているため大きめの胸が強調されており、透き通った肌のせいで胸の奥――人間で言う心臓の場所――には赤い細胞核の様な物が浮かんでいるのが見えた。
彼女は、俺が胸元を見ていることに気づくと恥ずかしそうに手で覆い隠す。しかしながら、やはり透き通った肌のせいで、透けて見えている。
「わたしの体気になる? 人間からすれば珍しいものね。でも、女の人をジロジロみちゃダメよ」
頬をほんのり赤らめながら、いたずらっぽい笑顔で俺の額を指で軽く弾く。
「ゴメンナサイ」
人外の者でもやはり女性なんだなと気付かされ、気恥ずかしくなり顔をそらす。
「所で、体の調子はどうかしら?」
「ええ、全く問題ないです。むしろ前より元気になった気がします」
「そう、わたしの薬と相性が良かったのかもね。ここまで綺麗に傷口が塞がるとは思わなかったわ」
彼女は感心したように、俺の胸の傷のあった場所を撫でる。目覚めた時に感じたひんやりとした心地よい感覚を再び味わう。
「あなたが治療してくれたんですか。ありがとうございます」
「気にしなくていいのよ。わたしは、この館の治療係ですから。それより、体調が良いならお庭でお茶でも飲まないかしら?」
……
……
彼女に促されて中庭に出ると、その美しさに目を奪われる。色とりどりに咲いた花々や動物の形に刈り込まれた植木、バラで作られたアーチなど、庭園の様に整えられていた。
そのアーチをくぐって小さな広場につくと、切り株のテーブルと丸太の椅子が置かれており緑色の髪と肌のを持つ女性が座っていた。
「ヘーゼル、連れてきたわよ」
ジェリーが呼ぶと、ヘーゼルは嬉しそうに立ち上がり両手を広げて迎えてくれる。
172cmの俺と同じくらいの背の高さの彼女は、手足が長くほっそりとしており、花柄のシンプルなワンピースを着ていた。
ややつり上がった目から最初はきつい印象を持ったが、笑顔が可愛らしく不思議な安心感があった。
「いらっしゃい。さあ、席に座って」
彼女が言うと周りから植物のツタが伸びてきて、俺をやさしく持ち上げ丸太の椅子に座らせてくれる。まるで、不思議の国のアリスの世界に入った様な気分だ。これが、女性ならば大喜びしたことだろう。だが、男の俺は突然の事に驚いてしまった。
「あら、驚かせちゃったかしら?」
ヘーゼルは申し訳なさそうに言うが、ジェリーは呆れている。
「まったく、ホントは驚かそうとしてやってるくせに。ごめんなさいね。ヘーゼルは植物を使って驚かせるのが好きなのよ」
「いえ、ちょっとびっくりしただけなので。それより、植物を操ることが出来るんですか?」
俺は、びっくりしたことよりも彼女の能力の方が気になってしまっていた。
「ワタシはヘーゼル。ドライアード、つまり高齢の木から生まれた精霊ね。でも、ワタシは植物を操れるわけじゃないの。協力してくれるようにお願いしてるだけ。彼らも悪戯が大好きだから」
ヘーゼルは口に手を当ててコロコロと笑うと、丸太の椅子に座る。
「それにしても、人間と話すなんて何年ぶりかしら。ワタシ達はアナタを歓迎するわ」
「さあ、どうぞ。きちんと人間が食べれる物を用意したわ。傷が治ったばっかりでお腹が空いてるでしょう? しっかり食べて栄養をつけてね」
色々な事があって忘れてたが、昨日から何も食べてないことを思い出した。同時に、テーブルに並べられたスープやパン、クッキーにケーキなど料理の香りが空腹を加速させる。
「いただきます」
あまりの美味しそうな香りに、がっつかないように食べるのに苦心した。口に入れると、どの料理もふんわりと柔らかく、胃に入ると体の隅々まで栄養が行き渡るような、まるで生き返るような気分にさせてくれた。
「ふふふ、良い食べっぷりね」
「美味しそうに食べてくれると、作ったかいがあるわ」
二人の女性は、まるで子供でも見守るかのような優しい目で俺を眺めている。
少し気恥ずかしいが、それでも食べる手は止まらずお腹いっぱいになるまで食べ続けた。
「ごちそうさまでした」
「どういたしまして」
ジェリーは、食べ終わった皿を重ねると、お茶を入れてくれる。
「このお茶もヘーゼルの育てた薬草で作ってるの。美味しいだけじゃなくて体にもいいからしっかり飲んでね」
とてもいい香りの紅茶のような物を飲むと、頭がスッキリとしてくる。胃も満たされ頭が働くと様々な疑問が湧いてきた。
「あの……ここは何処なのでしょうか? とても樹海の奥とは思えません」
そう、俺は富士の樹海に足を踏み入れていた。そして、人外の者同士の戦いに巻き込まれた。だが、今いる場所は樹海の奥とは到底思えない。
その問に、ヘーゼルが顎に手をあてて少し考えた後、悪戯な笑みを浮かべる。
「ここは地獄よ」
「地獄? では、俺は死んでしまったんですか?」
あまりにも現実離れした状況に死という事すら現実的に受け取れないでいた。その冷静な受け答えに対してヘーゼルは逆に驚いたようだ。
「あら、驚かないのね」
「まったく、ヘーゼルは人が悪いわね。地獄というのも半分は間違いじゃないんだけど……別に死んでしまったわけじゃないわ。異次元、地底世界、ジャハンナム、ヘルヘイム……いろんな呼び方がされているけど、人間界とは別の世界、人外の者達が住まう場所よ」
そうか、ここは異世界だったのか、俺は樹海を通って異世界に来てしまったらしい。
「人間の世界には戻れるんですか?」
「ええ、安心して。戻りたかったらいつでも戻れるから。と言うか普通の人間ならこの世界に迷い込むなんて無いんだけどね」
ジェリーは俺を安心させるように極めて優しい口調で戻れることを教えてくれる。
「そうか、だから安倍さんは俺に才能があるって言ったのか……」
「そうね。この世界に来れたってことは人外の者とのつながりが濃いって証ね。まあ、それが何に起因しているかはわからないけどね」
ヘーゼルは興味深そうに俺を眺めている。どうやら、この世界に来れる人間というのはよほど珍しいようだ。
「この館には何人の人間と……その、人外の者が居るんですか?」
ヘーゼルは唇に指を当てると少し考える。
「ええと、人間はアナタを除けば所長1人だけね。人外の者は8人居るわ。あ、ごめんなさい。他の人達もお茶会に呼んだんだけど、みんな忙しくてね。ラァトゥルは人見知りだから初めての人の前には出たがらないし、フェリアは人間が嫌いだしね」
「フェリアさんも人間じゃないんですか? 見ただけだと人間と変わらないのに」
「ええ、そうよ」
「彼女はなんという種族なんですか?」
「彼女はね……教えるのは止めておくわ。知りたいなら彼女自身から聞いたほうがいいわ」
ヘーゼルは言いかけてから考えると、意味深な笑みを浮かべて言うのをやめてしまった。
「……人間嫌いなんですか?」
俺に対して妙に敵対的だったのはそういう理由だったのか。
「ええ、そうなの。あ、あなたにも強く当たったかしらね。別にあなた個人が嫌いなわけじゃないから気にしないでね」
ジェリーは申し訳なさそうに言うと、やさしく微笑む。
「彼女は、とてもいい子だから仲良くしてあげてね」
そんな話をしていたせいか、少し急いだ様子のフェリアが飛び込んできた。
「あ、こんな所に居た。アキラくん。早速だけど初めての任務よ。あたしについてきて」
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