第6話 ヘーゼル

「なんか、すごく長いこと離れていた気分だな」


 一週間の地獄のような特訓を終えた後、ヒミコの操る人形たちに運ばれて館まで戻ってきた。


「あ、ようやく帰ってきたのね。おかえりなさい」


 庭の手入れをしていたヘーゼルが、にこやかに出迎えてくれる。


「アナタがいなくて、少し寂しかったわ」


 庭の木々から蔦が伸びてきて、俺をぐるぐる巻きにすると高い高いをするように宙に持ち上げた。


「ちょっと、ヘーゼルさん。歓迎してくれるのは嬉しいですが、下ろして下さい」


 蔦達は妙に陽気に俺を弄ぶので、たまらずヘーゼルに文句を言う。


「アタシは何もしてないわよ。庭の植物達がよほどアナタの事を気に入ったのね。しばらく見なかったから甘えてるのよ」


 そんな陽気な蔦たちの動きが急に止まる。


「たのもー!」


 怒声のような声が聞こえたので、見ると門の前に二メートルを有に超える巨大な体をした大きな角と牙を持つ男が立っていた。

 その男は乱暴に鉄格子の門をダンダンと叩く。


「何かご用かしら?」


 態度からして明らかに敵対的な男に、門を開けてヘーゼルがにこやかに対応する。


「ここに、人間のクセに俺達にちょっかいを出す安倍とか言うやつがいるようじゃねえか。そいつを出してくれ」

「申し訳ありません。お約束が無い方とはお会いになりません。お引き取り下さい」


 ヘーゼルのにこやかな対応が逆に気に障ったのか、大男はヘーゼルの胸ぐらを掴んで持ち上げて凄んだ。


「ふざけんじゃねぇ。俺は別に友好的な話し合いをしにきたわけじゃねーんだ」

「おい、やめろ」


 危険だと思い大男を止めようと声を上げる。


「ああ、蔦に絡まったヤサ男が何をしようっていうんだ?」


 無様に蔦に絡まり宙に浮いている俺を見て大男は愉快そうに笑った。


「ヘーゼルさん。蔦をといて下さい。やつの動きを止めます」


 一週間前の俺とは違う。操縛術(そうばくじゅつ)をお見舞いしてやる。

 と、思ったがヘーゼルは平然としていた。


「アキラさん。多少は戦える様になったのかもしれませんが、この館の脅威になる者を排除するのもアタシの役目なの。そこで見ててね」


 そう言うと、地面の草が伸びて大男の足に絡まる。さらに、木の蔦が縄の様に編み込まれながら、大男の腕に絡まるとヘーゼルを掴んでいた腕を無理やり引き剥がした。

 ヘーゼルは華麗に地面に着地して、服をきれいに正すと、なおもにこやかに大男に話しかける。


「大人しく帰っていただけませんか?」

「ふざけるな! 離しやがれ!!」


 大男は激怒して暴れるが、草と蔦は硬いらしく、もがくだけで動くことは出来ない。

 激しく抵抗する大男にヘーゼルは大きくため息をつく。


「仕方ありませんね。では、力ずくで帰っていただきます」


 そう言うと、蔦が振り子のように大男を宙に浮かすと、ボールでも投げ飛ばすかのようにポーンと放り投げる。

 大男は叫び声を上げながら、彼方に飛んでいってしまった。


「まったく、変な輩が後を絶たずに困ってしまいますわ」


 俺の方に振り向くと呆れた様子で、苦笑を浮かべる。


「あんなに勢い良く投げ飛ばして大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。むしろ、あれくらいやらないとまた来るに決まってるわ」


 ヘーゼルは口に手をあてて可笑しそうにコロコロと笑った。


「所で、いつ下ろしてくれるんですかね?」


 俺はと言うと、ずっと蔦に絡まったまま宙に浮いていた。


「あら、ごめんなさい」


 ヘーゼルが更に大きな声で笑うと、呆れた表情のフェリアが館から出てきた。


「まったく、多少は強くなって帰ってきたのかと思ったけど、期待はずれみたいね」


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