第5話 操縛術(そうばくじゅつ)


「話はわかった。確かにアキラくんのやったことはあまり褒められたことじゃないな。とは言え、結果的にトレントもおとなしくなって無駄な殺生をしなくて済んだのは良いことだ。ってことでプラスマイナスゼロだな」


 所長は、頭をかきつつ呆れた顔でため息を付く。


「そうですよね。やっぱり、アキラのやったことは良くないですよね」


 所長に同意してもらえたためかフェリアは嬉しそうに身を乗り出す。

 が、所長はそれにもため息で返す。


「とは言えフェリア。お前もヘーゼルに協力してもらえばよかったんじゃないのか? 彼女がトレントと話せば原因もすぐにわかって、無駄に戦う必要もなかっただろ」


 フェリアは嬉しそうな表情から一変して叱られた子犬の様な顔になる。


「それは!……そうですけど」


 何か言いかけたが反論をすることが出来ずに唇を突き出す。


「まあ、済んだことだ。それよりアキラくん。君はしばらくこの館に滞在して、任務をこなしてみてどうだった? 今後もやってみる気になったか?」

「正直言えばわかりません。ただ、ここの人外の者達はいい人ばかりだし、人外の者達を助けるような任務ならやってみたいと思います」


 所長は嬉しそうに大きくうなずくと、地図の描かれた紙を渡してきた。


「そうか! それなら今のままじゃまともに任務をこなすことは出来ないだろう。少しは戦うためのすべを覚えないとな! というわけで、ここに行ってこい」


……


……


「じゃあ、頑張ってね」


 フェリアは、地図の場所に送り届けるとそっけなく行ってしまった。

 建物を見ると、提灯や龍をかたどった銅像など、中国を思わせる装飾の付いた巨大な門がたたずんでいた。

 少し躊躇しながらも門を叩くと、すぐに開き中から人がでてきた。

 いや、正確には人型の何かだ。人外の者とも少し違う気がする。それは、能面の様な無機質な顔に青い着物を着ていて、生物ではなく人形の様だった。

 それは、俺を見た後に門の中に戻る。そして中に進むと、再び俺の方を向いた。ついて来いということらしい。

 俺が門をくぐり人形について行く。大きな池のある中国風の庭園を進んでいくと、離れの大きな建物に案内された。

 入ると、そこは道場の様だった。

 そして、道場の真ん中には女性が座っていた。


「よう、待ってたぞ」


 彼女は酒瓶を持った腕をあげると俺を招く。

 俺が近づくとグビリと美味しそうに酒を飲んだ。


「お前が菅原アキラだな」

「はい、あなたは?」

「俺は姫川ヒミコだ。お前を鍛えるように所長から聞いてるよ」


 よく見ると彼女は隻腕隻眼で、赤い甚平の様な服を着ていた。まるで、おっさんのような出で立ちだが、顔は美しく胸も大きいので明らかに女性だ。

 だが、その眼光や体から放たれる威圧感はとても女性のものとは思えなかった。


「で、俺に何を教えてもらいたいんだ?」

「これを見せればわかると言われました」


 俺は地図とともに所長から受け取った物を見せる。

 それは、剣と勾玉と鏡だった。

 剣は、両刃で刃渡り六十センチほどだが、切れ味は良さそうではない。柄の部分に複雑な装飾を施されていることから呪術に使われるものと思われた。

 勾玉は、こぶし大の大きな緑色の宝石で首にかけられるように紐が通してあった。

 鏡は、手の平程度の大きさの八角形で、周りの金属部にはよくわからない呪文の様な物が書かれていた。


 それを見たヒミコはニヤリと笑う。


「ほう、操縛術そうばくじゅつを覚えさせようとは、なかなか面白いな」

操縛術そうばくじゅつ?」


 俺が質問をしても、ヒミコは無視して一人で納得していた。


「確かに、お前みたいな力の無さそうな人間には合ってるかもな。よし、一週間と短い間だが基礎は教えてやる。それを貸してみろ」


 彼女は嬉しそうに立ち上がると、俺から剣、勾玉、鏡を受け取る。

 そして、剣で空を数回切りながら掛け声を上げる。


「お主の動きを封じる。えい!」


 途端に、俺の体は一切動けなくなった。体が見えない力で縛られているようだ。


「どうだ? 動けなくなったろう? これが操縛術そうばくじゅつだ。剣は相手の行動を封じ、勾玉は吸収し、鏡は跳ね返す。ひ弱なやつでも使い方を学べば、強大な敵でも封じることが出来るだろう。また、仲間と連携すれば更に強力だ。多少相手を足止めするだけでも戦況を有利に出来るからな。どうだ? 面白いだろう?」

「説明はありがたいのですが、動けるようにしれくれませんかね?」


 ヒミコが、楽しげに説明している間、俺は動くことが出来ずに固まったままだ。


「おお、悪い悪い。動くことを許可する。えい!」


 彼女が唱えた途端、俺の体は自由になった。


「なるほど、たしかに面白いです。人外の者と言えども殺したりするのは性に合いませんからね。動きを封じて捕らえる技なら手加減すること無く使えますね」

「馬鹿者! お前のような弱いやつが手加減などと言うのは100年早いわ。まずは、その性根から叩き直す必要がありそうだな。楽しい一週間になりそうだ」


 彼女は意味深にニヤリと笑った。

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