第14話 想像を絶する意味の連なり


私はコロナと一緒に、過去の産物を歩いてみた。

まるでタイムトラベルの様に。


しかし、たった一日で、その活動は挫折ざせつを迎えた。

どうしても、理解が追い付かなかった。

「私が見過ごしたと思っていた」想いは、想像を絶する数だったのだ。



「もう生きてはいけない」と、首を吊って死ぬ親子。


「明日は我が身」だと、盗みを働いて家族に殺される親。


警察に射殺され、道端に倒れる人々。


意味も分からず大家に押し付けられる少女。


今も餓死寸前の路頭をさ迷い歩く人々。






彼ら彼女らが救いようがないことは、もう目の前の事実だった。


しかし、私にはどうしても見過ごすことができない。


何かしなければ……と思っているうちに、彼ら彼女らは命を落としていく。


感傷に浸っているうちに、その幻影は消え失せた。








「どうしてこうなった……私は、もう人の人生を見ることすらできないのか。」


コロナ「ええそうです。それが人間たるゆえんの性ですから。」


コロナは冷静に答える。


「私が他人を見たいと思っていたのは、差し出がましい忍耐だったというのか……」


先ほどの幻影は、私にとっては今まで見たことのないような悲痛な体験だった。

私は、まるで自分がコソドロの様に、人間のプライバシーを機密違反しているかような人権侵害に思えた。


見られたいとも思っていない。助けてほしいとも思っていない。まるで見てはいけないようなものに、私には映った。


見た所で、助けられる様子もない。

私はまるで事件の現場に居合わせた、取り巻きのような想いしか抱けなかった。




コロナ「そうですね。それらの幻影は、意味の無いことです。少なくとも、あなたにとっては。」


コロナは冷徹に答えた。


コロナ「多くの人たちに想いを寄せるということは、多くの人たちにその身を自分と分け隔てなく愛するということですよね。私にはわかりかねますが。」


コロナには感情の起伏があるように見える。しかし、その感情が一体どのようなものなのかは、私には想像できないでいる。




私は今までの嫌ぐるしさを、コロナに告白した。


「私は、今まで、一人ひとりの人間が世界を形作っていたのだと想い込まされてきた。しかし、この現状を見る限り、私は何か、思い違いをしていたといえるのか。」


コロナ「どうしてそう思うのでしょうか。私にはわかりかねます。」


「人間は、それぞれが違った価値観を持ち、それを交流し続けているからこそ、生き続けている。そう想いこんでいるうちに、私は人間と自分との世界の関係性に興味を持った。しかし、この現状は、まるで世界が、私をこの世界から分断しているかのように見えている。それぞれが分離された価値観の中で、生き残りをかけた自らのアイデンティティとの闘いの様に、見えるんだ。」




コロナ「見える、とは? いかがなものでしょうか。あなたの心は、人生の映写機の様に鈍化しているのですか?」


「心の映写機の話をしているんじゃない。身体の、生き残りの話をしているんだ。」


コロナ「それはそうでしょう。私たちは、人の身体に就く、ぶしつけなニートみたいなものですから。」


コロナは自嘲的に笑いを浮かべた。


「人間のようなことを言うな。お前が人間のはずはない。」


コロナ「そうですね。失礼しました……」


少し反省の色を示したようだ。




「人の身体はおろか、生命というのは、こんなにもたやすく潰れてしまうものなのか……ひとたび崩れれば。」


コロナ「人間に興味を続けたいのであれば、人間の身体から変化を促してはいかがです? いつまでも同じ身体ではいやでしょうに。」


「……それもそうか。」


私は少し、躊躇ちゅうちょをしたが、自分の身体が有限であることに気付いたことで、それらの話は否応なしに反応せざるを得なかった。




コロナ「人間がどれだけ自分の身体を愛していたとしても、私は自分の身体を持たないので、愛着も執着も湧きません。あなたの身体がいかようにあったとしても、免疫力を高めなければ、あなたであっても死に絶えます。それが私と人間の肉体の定めです。」


「説得力が……増してきたな……」


コロナ「私は誰も選びませんし、選べません。人間の身体を蝕み、栄養を貪り食い、人間と一緒に運命を共同している、積極的な正真正銘のニートですから。人間のようなお気楽ムードのニートと一緒にしないでください。私は人間にしか住処を作れないんです。遠隔地に離れている親や子どもに生活費を出してもらえる、自称引きこもりのニートとは違います。」



「お前……前と違う霊を宿しているな?」


私はコロナに若干の違和感を覚えながらも、こう宣告した。


しかし、コロナは焦るつもりもなく、言いよどむそぶりも見せない。



コロナ「違っていようといまいとも、それが現実じゃなくて何なんですか。あなたは、私の今と前の違いがわかるとでも? どうやったら一緒で済むんです?」


「違いがわかったところで、私にできることは少ないよ。何をどう話せるか、の違いだだけだ。」


コロナ「もう分かろうとしないでください。私たちの気持ち、分かりもしないくせに。分かるわけもないんですから。」



どうやらコロナをいじめてしまっているような気がした私は、そそくさに相手をするのをやめて、少し離れた所に行こうとした。


コロナ「……待って。」


コロナに呼び止めて話をつづけたほうが、いいのか。


しかし、このまま引き込まれていくと、最終的にはコロナと心中してしまうような気がする……。


私の心は揺れて行く……。





コロナ「お願い。待って。もう嫌だって言わないから。おとなしくしてるから。待って。」


「……」





しばらく沈黙してから、私は答えを先に出した。




「‥‥‥いいや、待たない。」









こうして私はコロナに愛想をつかした。


次の場所に進むために。





つづく

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宇宙ファンタジー @mumei-sun

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