『PART7:ファンタスチック・バンパイア』

「ん……」

ミザリーは呻き声をもらしながら起き上がった。

「よかった……」

その様子を見て、ほっとため息をついたのは、ライル・ラップキャストだ。

「大丈夫だってわかってても、怖いものね。もしかしたら何かが変わったのかもしれないし……」

ミザリーは、ぽかんと口を開けたままあたりを見回した。

「ここは……?」

「図書館よ」

そこはもはや、建物とは呼べない程に崩壊したただの瓦礫の山だった。崩れた棚から雪崩のように本が零れ落ち、散らばった本と瓦礫によって床はほとんど見えなくなっていた。

「嘘でしょ?何があったの?」

「とにかくここから出るわよ」

ミザリーは、言われたとおりにするのがいいと判断し、ライルの手を借りて立ち上がった。

ふたりは、カウンターと柱がうまく引っかかり出来た空間にいたが、いつ崩れてきてもおかしくないだろう。

ふたりは慎重に、同時に素早い動きで外へ向かった。背が高いライルは腰をかがめなければ移動できなかった。やがて、瓦礫と瓦礫の間に、ひとがぎりぎり通れるほどの隙間を見つけた。図書館にはもはや"扉"とよべるものは存在せず、出口はそこしかなかった。

ライルに促されて、ミザリーが先に出た。

ライルはその後に、地面に手をついて四つん這いにならなければ行けなかったが、なんとか外へ出ることができた。

ミザリーは、目の前に広がる光景を見て、唖然とした。人気のない道路には血しぶきが飛び交い、所々には肉片のようなものまで散らばっている。

「いったい何が起こったの……?」

「バンパイアよ」

ライルが答えた。

「バンパイアたちが地球に押し寄せてきてるの。どうする?校舎に行ってみる?」

「うん」

ミザリーは頷いた。

周囲は不気味なほどに静まり返っている。

ふたりは校舎に立ち入った。玄関を抜け、廊下の角に差し掛かると、先を歩いていたライルが立ち止まった。壁に背をつけ、そっと廊下の向こう側を覗き込む。

そこには、体格のいい男がふたり立っていた。ひとりはこちらに背を向けている。ふたりは向かい合って、何やら話している様子で、もうひとりもライルたちには気がついていなかった。

「きゃっ!」

その時、ミザリーが小さく悲鳴を上げた。ライルは彼女を振り返る。

「マイキー!?」

そこにいたのは、マイキー。エイプリル、ジャック、バニラ、ブランド、ジョージも一緒だ。

ブランドが青ざめた顔で、口の前に指を立てて"静かに"と伝えたが、すでに手遅れだった。ミザリーの小さな悲鳴は、廊下の奥にいたふたりのバンパイアたちに居場所を伝えるのに十分過ぎるものだったのだ。

「だれかいるのか?」

ライルは慌てて壁の陰に引っ込んだが、バンパイアの声は確実にマイキーたちの方へ向けられていた。廊下に反響する足音が、近づいてくる。無慈悲なる死へのカウントダウンのように。

マイキーはバニラを壁の1番端へ行くように促した。バンパイアが、角に差し掛かった瞬間に不意打ちを仕掛ければ、ひとりはそれで片付くかもしれない。だが、もうひとりは……

そのとき、突然扉が開く音がして、足音がピタッと止まった。

マイキーたちはお互いに顔を見合わせる。

ミザリーが、バニラを押しやって廊下をそっとのぞき込んだ。

こっちへ向かって来ていたであろうバンパイアは立ち止まっていた。壁の方を向いて立っている。いや、壁ではないそこに扉があるのだ。ミザリーの記憶は、そこが保健室だと告げていた。彼女にとって、学校で1番馴染み深い場所だ。目をつぶってでも歩いていけるほどに、正確に場所はわかっていた。間違いなく、保健室だ。

バンパイアは、誰かと話しているようだった。声は聞き取れなかったが、やがて頷くと、ミザリーへ背を向けて歩きだした。奥で腰に手を当てて様子を伺っていたもうひとりのバンパイアの元へもどると、何事もなかったかのように再び話し始めた。

ミザリーは、いま見たことを仲間に伝えようと振り返ったが、すでにマイキーやジャックは、彼女と同じように廊下にすこし顔を出して、様子を確認していた。

ミザリーが再び廊下へ顔を向けると、保健室からひとが顔を出したのが目に入った。ミザリーは慌てて顔を引っ込めようとしたが、それがグリーン先生だと気が付いて、視界の済で常にバンパイアたちに注意を向けながらも、グリーン先生の方へ目を向けた。

グリーン先生は、廊下をきょろきょろと見回し、やがてマイキーたちに気がつくと、一度バンパイアたちを振り返り、彼らが自分に注意を向けていないことを確認すると、手をパタパタと振って、そこへ隠れているようにと合図した。マイキーたちはうなずき、顔を引っ込める。

やがて、グリーン先生の声が聞こえた。今度はマイキーたちにも聞こえるように、わざと大きな声を出している。

「ちょっと、そこのふたり!」

"そこのふたり"、バンパイアたちに声をかけたのだ。バンパイアの足音が聞こえる。先ほどマイキーたちへ近づいてきた時の緊張感をはらんだカツ、カツ、という足音ではなく、気だるげな、擦るような足音だった。

バンパイアたちが、うん?だの、はい?だのと、答えたようだった。しかし、彼らは相変わらずモゴモゴとしたくぐもったしゃべり方で、マイキーたちにはなにを言っているのかはっきりとは聞き取れなかった。

「お願いがあるの、2階の倉庫にしまってある長机を持ってきてちょうだい」

「ええ〜!?」

バンパイアのひとりが、不満げに声を上げた。大声だったので、これだけははっきりと聞こえた。

「ほら、早く行って!」

グリーン先生に促されると、ふたりはまたモゴモゴとなにやら言いながら歩きだした。その足音は遠ざかり、やがて、階段を上がって消えていった。そして、グリーン先生がわざとらしい大きな咳払いをした。

「きっと合図だよ」

マイキーが、振り返って言った。みんなはそれに応えるように立ち上がった。そして、緊張を保ったまま、慎重な足取りで保健室へ向かった。

保健室に入ると、ミザリーはギクッとしてまた声を上げそうになったが、慌てて口を抑えた。血まみれの保健室に、謎のロボット……?

ロボット…… サイボーグバンパイアのシードル・ガードナーは、ミザリーに気がつくと真っ直ぐに気を付けをして頭を下げた。

「お初にお目にかかります。わたくし、アクモ城の守衛をやっておりましたシードル・ガードナーであります」

「大丈夫、みんな味方だよ」

マイキーは、ミザリーを振り返って言った。そして、まだ疑問が完全には拭えていない様子の彼女に、状況を説明しはじめた。

バンパイアキングが、マイキーのことをバニラをさらった誘拐犯だと思っていること、地球に報復するためにヘルズゲートが開かれようとしていること、バンパイアたちが地球に来るのを手助けしている協力者の人間がいること、そして、その協力者のひとり、リッパーを追い詰め、インタビューに成功したということを。

マイキーがひととおり話し終えると、ミザリーは眉間にシワを寄せ、ブツブツとつぶやきながら、津波のように押し寄せてきた情報を整理し始めた。

「それで、リッパーはなんて?」

グリーン先生がマイキーに聞いた。

「フードを被った怪しい男に、恐ろしい力を持った軍隊を指揮させてやるって持ちかけられたっていうんだ」

「フードの男……」

「それから、町を荒らし回っていたのは人々を町から追い出すため。学校を拠点にしたのも、学校にひとを寄せ付けないためだって」

「なぜ、学校にひとが集まると困るのかしら?指定避難場所なんだし、放っておけば、人間はそこに集まっておとなしくさせられたはずなのに」

「ここにゲートを開くつもりなんだ」

黙って聞いていたジョージが口を挟んだ。

「なんですって!?」

グリーン先生が声を荒げた。

「この学校は、古くから魔法が幾度となく使われてきた。マックイーン家によってな。その結果、魔力が蓄積し、凄まじいパワースポットと化している。ゲートを開放したあと、奴らはここの魔力を利用して時間を稼ぎ、その間にドラキュランドへトンズラするつもりだ。地球に来るのに随分苦労したようだが、帰るのは居眠りするより簡単だからな」

「では、フードの男もこちらに?」

シードルが聞いた。

「いや、やつは病院だ。こちらの準備が整い次第、来るらしい」

「これから、どうするつもり?」

グリーン先生は、ジョージたちを見回して聞いた。

「病院へ行こう」

マイキーが答えた。

「わざわざバンパイアたちの根城でやつを待つなんてダメだよ。やつらはいつでもドラキュランドへ帰れるように、ほとんどがこっちで待機してる。だから、病院にはフードの男の護衛かなんかがいるだけだと思う」

「なるほどな」

腕組みして真剣な表情でマイキーの話を聞いていたジョージが頷いた。

「儀式にはフードの男が必要なんですか?」

シードルがジョージに向かって言った。

「我々がやつにかまっている間に、ゲートが開いてしまう可能性は?」

「それはない。儀式には人間の術者が必要だ」

ジョージはそこまで答えて、一度迷うかのように口をつぐんだ。

「だが、万が一ということがある。こちらと連絡が取れたほうがいいな」

「わたしに任せて!」

声を上げたのはミザリーだ。

彼女がポーチから取り出した"それ"を見てマイキーはニヤリと笑った。

「ナイス」

それはDSだった。研修旅行で日本に行ったときに公園で拾ったものだ。ミザリーは、両手に一台づつ持ったDSを掲げてみせた。

「有効通信範囲は1000マイル。もう通信距離に悩まされることはないわ」

「それって違法じゃないの?」

ブランドが口を挟んだ。

「地球の危機なのよ?それにいまさらこの程度の法律……」

ミザリーとマイキーは顔を見合わせてニヤリと笑った。さっきまでベッドに腰掛けて(シーツが血でドス黒く染まっているを気にもとめずに)暇そうにハデスクローを弄くっていたジャックも口元にニヤニヤ笑いを浮かべていたが、それに気づくものはなかった。

「じゃあ、きみはここに残って通信係をしてくれ」

ジョージがミザリーを見ていった。

「いいえ、わたしも行くわ」

ミザリーは真剣な表情で言うと、DSをそばに立っていたエイプリルに手渡し、もう一台を自分のポーチにしまった。

「わかった。きみも来い。エイプリルはこっちに残ってくれ。マイキー、バニラ、ジャックは一緒に行くぞ。あんたはどうする?」

ジョージはライルに目を向けた。

「わたしは残るわ」

「いいだろう」

ジョージは頷き、フードの男の元へ向かうメンバーたちに目を向けた。

「行くぞ」

そして、彼は保健室の出口へ向かった。ドアを少し開け、廊下の様子を確認すると、振り返って頷いてみせた。それを見るとマイキーたちも立ち上がり、あとに続いた。

保健室には、エイプリル、ライル、グリーン先生、シードルが残った。

そして、ブランドも。

「あなたは行かなくて良かったのですか?」

シードルが聞いた。

「いいんだよ、どうせ、おれはなんの役にも立てないからさ」


病院まではあっという間だった。

通りには、相変わらず人の気配もバンパイアの気配もない。

風が木を揺らすこともなければ、道端の落ち葉を巻き上げることもなく、まるで時間が止まったかのように静まり返っていた。

病院の門の前に来ると、小柄なマイキーが先頭に立ち、安全を確認しながら進み始めた。

玄関へ続く広々とした駐車場は今までと変わらない静寂に包まれていた。

やがて、玄関の全面ガラス張りの扉の前にまで来ると、マイキーは後ろを振り返った。ジョージが黙って頷き返す。マイキーは、手を伸ばし、扉を押し開けた。

外からでは見えなかった壁の陰に視線を巡らせ、異常がないのを確認するとマイキーは室内に足を踏み入れた。

フードの男討伐隊の一行もあとに続いた。一番後ろを歩いていたジャックが部屋に入った途端、背後で音を立てて扉が閉まった。

「静かにしろよ!」

マイキーが振り返り、声を潜めて怒鳴った。

「勝手にしまったんだよ!」

ジャックが怒鳴り返した。

「でも、今の声はうるさかったぞ」

遠くから「何者だ!?」という声がしたかと思うと、ドタバタと階段を駆け降りる足音が近づいてきた。

一行は顔を見合わせ、慌てて隠れる場所を求めて視界を巡らせたが、だだっ広い病院のロビーには、所々に小さい長椅子が置いてある以外には障害物もなく、困ったことに草原(ウィンドウズのデスクトップでお馴染みのあれ)のごとく見晴らしのいい作りになっていた。

「来て!」

マイキーはバニラの手を引くと、階段の方へ向かって走り出した。

「何をするつもりだ!?」

ジョージはマイキーの背中に向かって呼びかけ、後を追おうとしたが、そこでギクッとして立ち止まった。

ひとりのバンパイアが階段の上からこちらを見ていたのだ。

「動くな!侵入者め!」

バンパイアは、そう叫ぶとジョージたちの方へ真っ直ぐに駆け出した。

「いまだ!」

マイキーが叫び、バニラが階段の影からトライデンタルを構えて飛び出した!

ジョージたちに気を取られていたバンパイアは隙をつかれ、成すすべもなく串刺しになり、その場に崩れ落ちた。

「ハハ、グッジョブ、マイキー!」

ジョージは、バンパイアの亡骸を見て笑いながら手を叩いた。

「ひっどーい、わたしたちを囮にしたってわけ!?」

ミザリーが不満げに言った。

「敵を騙すにはまず味方から」

マイキーはにやりと笑った。

「調子に乗るなよ、マイキー」

ジャックは、マイキーを睨みつけ、言い放つと階段に向かって歩き出した。

「待て」

ジョージが呼び止める。ジャックは立ち止まり、イライラとした様子で振り返った。

「どこへ行くつもりだ?」

「敵の親玉のところに決まってんだろ?ボケてんのか、じいさん」

「敵の親玉がどこにいるのかわかるのか?」

ジャックはチッ、と舌打ちをした。

「じゃあ、こいつに聞こう。おいっ!起きろ!」

そう言うと、地面に倒れたバンパイアのそばに行き、その脇腹を蹴っ飛ばした。バンパイアは、うっ、とうめき声を上げ、顔を少し上げ目に恐怖の色を浮かべてジャックの顔を見た。

「こ、殺さないでくれ!」

「それは、おまえ次第だ」

ジャックはハデスクローを突き付けた。バンパイアの細い首の左右には、チェーンの付いた無骨な刃が血を浴びるのを待ちきれないといった様子で位置する形となった。

「答えろ、おまえの大将はどこにいる?」

「院長室だ!二階の……!」

「そうか、ありがとよ」

「待った!」

すかさずジョージが口を挟んだ。

「他にバンパイアは?」

「院長室に3人!それだけだ!他には誰もいねえ!見張りはひとりづつ交代で…… なあ!もういいだろ!?」

突然バンパイアはわめきだした。

「見逃してくれよ!もう何もしない!信じ……」

バンパイアがそれ以上話すことはできなかった。ハデスクローによって切断された頭部がごろんと地面に転がった。

「殺す必要はなかったんじゃないの?」

ミザリーが言った。

「生かす必要もないだろ」

ジャックはそれだけ言うと階段を上がり始めた。

ミザリーは肩をすくめ、それ以上は何も言わなかった。


「そろそろか……」

フードを目深に被ったマント姿の男が立ち上がった。彼が座っていたイスが、キーッと甲高い音を立てる。

彼の周りには、3人の黒服のバンパイアが立っていた。入り口のそばにいたひとりが、フードの男に背を向け、扉の方へ向かった。

「見張りのバンパイアを連れてきます」

そう言うと、彼は扉に手をかけた。

次の瞬間!悲鳴を上げるまもなく彼の体は真っ二つに切り裂かれ、上半身が滑るようにして地面に崩れ落ち、やがて下半身もガクガクと震えながら膝をつき、倒れた。

「何者だ!」

バンパイアのひとりが入り口に向かって駆け出す。ひとりめを真っ二つに切り裂いた凶器、ハデスクローが再び繰り出されるが、バンパイアは素早い身のこなしで回避!ジャックの横に回り込んだ!

ジャックは、慌てて体制を立て直しにかかるが、巨大な腕の重さに引っ張られ、スキができる!

バンパイアは勝ち誇った表情で飛びかかっる!バンパイアの手がジャックに掴みかかるが、突然力が抜け、へなへなと彼によりかかるようにして崩れ落ちた。糸の切れた操り人形のように投げ出されたその体には頭がなかった。頭はさっきまで彼がいたところに置き去りにされてしまっている。バニラのトライデンタルが切断したのだ。

「ヒィ!」

幸か不幸か、生き残ったひとりのバンパイアが悲鳴を上げ、そのまま白目を剥いてバタンと倒れた。気を失ったのだ。

「あはは…… 参ったよ」

フードの男が両手を上げてみせた。

「顔を見せろ」

ジョージが言った。男はフードに手をかけ、さっと後ろに払った。

「おまえは!」

マイキーは声を上げた。

ジョージ以外の誰もがその顔を知っていた。

「ギルバート・ガイウス!?」

フードの男、ギルバート・ガイウスは静かに笑った。

「覚えていてくれて光栄だ。おれもおまえの顔を忘れた日はなかった」

「いったいどういうことだ!説明しろ!」

「いいだろう、すべて話してやるとも」

そう言うと、ふらふらと後ろに下がり、院長が使っていたと思われる革張りの椅子にドサっと腰を下ろした。

「おまえたちに生け贄にされたあのあと、おれは衛兵に助けられたんだ。衛兵は酒場のバンパイアたちに金を払って、代わりにおれを助け出した。そして、おれは城に連れて行かれて、バンパイアの王様にあった」

ギルバートはそこまで話すと、顔を上げ、マイキーの方へ視線を向けた。

「おまえたちの話を聞いたよ。バンパイアのお姫様を誘拐するとは、さすがは刑務所をぶっ潰すだけはある。

それで、王様はおれに協力しろって言ったんだ。そしたら、元の世界に帰してくれるってな。おれが協力すると約束したら、バンパイアたちの召喚の仕方と"つながり"を使って元の世界に帰る方法を教えてくれた。おれは帰ってきてすぐに、言われたとおりに仲間を集め、召喚の方法を教えた」

「自分がなにをしようとしているのかわかっているのか!バンパイアの手先め!」

ジョージが怒鳴りつけた。しかし、ギルバートは臆する様子もなく、フン、と鼻で笑っただけだった。

「手先?違うな!おれは、誰かの言いなりになるのが大嫌いなんだ!このクソッタレな世界を滅ぼせるんだったら、タダでも喜んでやるさ!」

ギルバートは話しながら右手を背中と背もたれの間に突っ込んだ。

「危ない!!」

マイキーが叫んだ。ギルバートが再び右手を引っ張り出し、部屋の入り口に立ったマイキーたちに向けた。その手には拳銃がにぎられていた。

マイキーの声を聞いた仲間たちは一斉に身構える。しかし、回避するのに充分な時間はなかった。

銃口の先にいたのは、ミザリーだ。

銃声が鳴り響く。

銃弾はミザリーの髪をかすめ、背後の壁に穴を開けた。ミザリーは無事だったのだ。

「クソっ!なんで曲がるんだポンコツめ!」

"曲がる"。

そう、銃口は真っ直ぐにミザリーを捉えていた。銃弾がわずかに曲がったのだ。

ギルバートは狼狽えながらも、再び銃を構えた。

しかし、次の瞬間、銃はその手を離れ、音を立てて地面に落ちた。

ギルバートは不意に痙攣を起こしたように震え、固まっていたのだ。額に汗をにじませ、眼球がこぼれ落ちそうなほどに目を見開いている。

「銃を向けるな!」

どこからともなく声が聞こえた。それはまるで広いホールの中で叫んだかのようにわずかにエコーのかかった声だった。

そして、その直後、ギルバートの背後の空間が割れた。まるでコミックの吹き出しように、空間が丸く切り取られたのだ。はじめはバレーボールほどだった裂け目は、徐々に大きくなり、やがてひとの体を超えるほどの大きさになると、不意にギルバートの体が浮き上がった。

「おまえは用済みだ。儀式はぼくがやる」

ギルバートの顔が苦痛に歪み、声にならない悲鳴を上げる。その手足が、あらぬ方向に折れ曲がり、骨が砕ける音が鳴り響いた。まるで紙をぐしゃぐしゃに丸めるように、ギルバートの体は歪められていき、やがて裂け目の中に吸い込まれるように移動し、バンッ!という音ともに、裂け目ごと消滅した。

唖然と立ち尽くす一行の耳に、再びあのエコーの声が、今度は落ち着いた調子で言った。

「学校で待ってる」

「学校だと!?」

ジョージは声を上げた。

「大変!」

今度はミザリーだ。彼女が手に持った違法改造DSの小さな画面をみんながのぞき込んだ。そこにはこう走り書きされていた。

"SOS"


「返事が来たわ!今こっちに向かってるって!」

エイプリルがDSを片手に言った。

保健室の外ではバンパイアたちが慌ただしく行き来するバタバタという足音が鳴り響いており、シードルがドアの隙間から様子を窺っていた。数分前、数人のバンパイアが慌ただしげに廊下を走り去ったかと思えば、大量のバンパイアたちが校舎に押し寄せてきたのだ。外で待機していた親衛隊の生徒たちは、逃げたか、捕まったか、あるいは…… いずれにせよ彼らの安否を確認する余裕はなかった。

「向かってるったって病院から学校まではまだ時間がかかるし、それに、この様子じゃここまで来る前に……」

シードルの背後で不安そうに立っていたブランドがエイプリルを振り返って言った。

「じゃあ、わたしたちでなんとかしなきゃ」

「正気か!?」

ブランドはエイプリルの顔を真っ直ぐに見つめた。彼女は真剣だった。

「そのためにわたしたちが残ってるんじゃなくて?」

「クソッ!」

「ブラボー!よくぞ言いました!」

いつの間にか外を伺うのをやめ、ふたりの様子を眺めていたシードルが拍手をしながら言った。彼の機械の腕はガンガンと一斗缶を叩くような音を鳴らした。

「あなたも来てくれる?」

「もちろんであります。ここにいる誰よりも戦力になるでしょう。逆に言えば……」

シードルはカメラアイで保健室に残ったメンバーを見回した。グリーン先生、ライル、エイプリル、そして、ブランド。

「わたし以外に戦える者はいないのでは?」

「わたしはいくわよ」

エイプリルは言った。

「あなたは通信係です。安全なところに残ってもらわないと……」

エイプリルは不満げな表情で、手元のDSに目を落とした。そのDSがさっと取り上げられ、彼女はそれを追うように視線を上げた。

ライルがDSを持って立っていた。

「行きたいんでしょ」

エイプリルは頷いた。

「ああー、ライル?それならおれが通信係をやる…… おおおっと!」

ブランドが手もみをしながらライルに近づいていったが、シードルに後ろから肩を掴まれて転びそうになって止まり、憤慨して振り返った。

「なにするんだ!」

「逃げないでください、この場でわたし以外で戦力になるとすればあなたしかいません。その筋肉はなんのためのものですか?」

「これは見せ筋なんだよ!」

「まったく、なさけないわね…」

グリーン先生が呆れた様子で言った。

「なんだよ!みんなして!わかったよ!いきゃいいんだろ!クソっ!」

そう言うと、ブランドは走り出し、そのまま扉を突き破って廊下へ飛び出した。

「作戦もなしに飛び出すなんて!」

シードルが取り乱した。

廊下からは様々な怒号が鳴り響き、やがて、ブランドが悲鳴を上げながら遠ざかっていく音が聞こえた。

「チャンスよ!ブランドがおとりになって、廊下のバンパイアがいなくなったわ!」

エイプリルが扉に向かって走り出した。

シードルが扉から外を伺い、無事を確認して頷いてみせると、ふたりは廊下に飛び出した。

「やっぱりいないわ!」

「これからどうしますか?廊下はこの様子なので、マイキーたちも安全に来れるはずです。少なくとも、ブランドが生きてる間は」

エイプリルは少し考えてから話し始めた。

「きっと、バンパイアたちは屋上に向かっているのよ。すぐにでも儀式が始まるのかもしれない」

「でも、フードの男は病院にいるはずです。誰か他に術者がいるとでも?」

「とにかく、マイキーたちが来るまでなんとかして、儀式を遅らせなきゃ!」

「わかりました。屋上に向かいましょう。1番近いルートを教えて下さい」

「あっち!」

エイプリルが廊下を指さし、シードルは走り出した。エイプリルはその後に続き、曲がり角があるたびに、方向を指示した。

そうして、階段にたどり着くまでは、一切バンパイアには遭遇しなかった。ブランドが反対方向(おそらく偶然に。あの状況で彼が冷静に判断したとは思えない)に逃げたためか、ふたりが階段にたどり着くまでは、一切バンパイアに遭遇しなかった。

ふたりは足音を立てないよう、慎重な足取りで階段を上がり始めた。

シードルの機械の足は鉄の塊であるとは思えないほどに静かで、細かなモーター音が聴こえるほどだった。

屋上のひとつ手前の踊り場で、突然シードルが立ち止まった。エイプリルを振り返り、口元に指を立てて見せる。エイプリルが頷いてみせると、シードルは膝をつき、そっと上をのぞき込んだ。

そこには屋上へ出るための扉があったが、その前に警備員らしきふたりのバンパイアが、真っ直ぐに気をつけして、立っていた。

「ここで待っていてください」

シードルはエイプリルに囁くと、一気に階段を駆け上がった。

「何者……」

警備員が最後まで言い終えることはなかった。弾丸のように向かってくるシードルに気づいた頃には、すでに頭部を失っていたのだ。

シードルは両腕から展開されたジャパニーズソードめいたブレードを収納し、何事もなかったかのように、いつもどおりの紳士的態度を取り戻し、エイプリルを振り返った。

「片付きました。どうしたんです?口が開いてますよ?」

エイプリルはハッとして小走りにシードルの元に駆け寄った。

「驚いたわ」

エイプリルは少し顔を赤くして言った。

シードルは微笑んで(と言っても、彼の無機物的デザインの機械の顔は表情が変わることはなかったが)、それから扉に手をかけ、確認するようにエイプリルを振り返った。

エイプリルが頷いてみせると、シードルは扉を一気に開け放った!

屋上の満員電車のごとく密集したバンパイアたちが一斉に入り口を振り返る。

一瞬の静寂。エイプリルには、それが何時間にも感じた。

やがて、バンパイアたちがサッとはけて、真ん中に人ひとりが通れるスペースが開いた。

いかにも、"彼"らしからぬ、背筋を伸ばし、胸を張った姿勢でこちらに向かってくる姿を見て、エイプリルは驚愕した。

"彼"はその様子を見て口元に笑みを浮かべた。

「ふふふ…… 驚いた?よく来てくれたね」

エイプリルは何か答えようと口を開いたが、言葉が出てくることはなかった。

「大丈夫、まだみんなは来ない。みんなが来たら、始めよう」


マイキーたちは走った。心臓が破裂しそうな程だったが、もし間に合わなければ、心臓が破裂するのよりも酷いことになる。地球が滅びるのだ。

「待て」

突然、ジョージが立ち止まった。自動販売機の前だった。

「おい!のんびり水分補給してる時間なんかないぞ!」

ジャックが怒鳴った。彼は右腕が巨大な鉄の塊だというのにまったく息切れしていなかった。

ジョージはジャックのことなど気にもかけず、自動販売機にコインを投入し、ボタンを押した。取り出し口から一本の缶ジュースを取り出し、ポケットに突っ込むと、マイキーたちの方へ戻ってきた。

「もう大丈夫だ。行くぞ」

やがて、一行は学校へたどり着いた。その頃にはマイキーはヘトヘトに疲れ切っていたが、休んでいる暇はなかった。

見慣れているはずの校舎もいまや巨大な要塞のようにすら思える。だが、一行は足を止めず、そのまま真っ直ぐに校舎に向かっていった。

校舎の中はバンパイアで溢れかえっているということもなく、静かだった。

まずは保健室に向かった。待機組の無事を確認し、状況を整理する必要があるからだ。

「みんな!よかったわ!」

部屋に入るなり、声を上げたのはグリーン先生だ。保健室に残っていたのは、彼女とライルだけだった。

「他のみんなは?」

マイキーが聞いた。

「エイプリルとシードルはきっと屋上だわ。バンパイアたちもそこにいるはず……」

「屋上……!すぐ行かなきゃ!」

マイキーはすぐさま踵を返し、扉に向かったが、その時、突然扉が開き、入ってきた誰かと正面衝突し、尻餅をついた。

「ブランド!?」

それはブランドだった。だが、彼だけではない!彼がよろけながら保健室の中に転がり込んできたあとから、バンパイアたちが大挙して押し寄せてきたのだ!

「敵を引き連れて、ここに逃げ込んでくるバカがいるか!!」

ジョージが怒鳴った。

「だって…… 殺されちまうよ!」

ブランドは息も絶え絶えに、泣き言を吐いた。

バニラとジャックはすでに武器を構えている。

バンパイアたちはその様子を見て一瞬立ち止まったが、すぐに突撃を再開、凄まじい勢いでなだれ込んできた!

その数、30人はくだらない!圧倒的物量、彼らは勝利を確信していた、だから、突撃をやめなかった!

バニラもジャックも最初のひとりふたりをなぎ払うも、すぐに勢いに負けて押され始めた!

ブランドを筆頭に、武器を持たぬ者たちは保健室の壁際まで後退し、恐怖にこわばった青白い顔で、せまる死を眺めていることしかできなかった。

バンパイアのひとりが放った一撃に隙をつかれ、バニラのトライデンタルが吹き飛ばされる!

そのバンパイアは、そのままの勢いで飛び込み、グリーン先生の目の前に着地した。

「ドクター・グリーン!ここで人間を匿っていたとはな!おれたちに逆らうとはいい度胸だ!せいぜいあの世で後悔するんだな!」

バンパイアの拳が振り降ろされる!しかし、突然、裏切り者の死刑執行は中断された。背後で仲間のバンパイアが凄まじい絶叫を上げ、思わず振り返ったのだ。

死刑執行バンパイアは目を疑った。彼が目にしたのは、廊下からの侵入者によって、まるで子供のように軽々と投げ飛ばされていくバンパイアたちだった。

仮初の勝利に勢いづき、目の前の獲物に集中していたバンパイアたちは突然の背後からの襲撃に、あっけなく砕け散ったのだ。

「キサマァー!何者だ!!」

死刑執行バンパイアは、グリーン先生のことなどすっかり忘れて、乱入者に飛びかかった。

しかし、次の瞬間、バンパイアのそれを遥かに凌駕するスピードで放たれた一撃によって、無惨にも頭蓋骨を砕けれ、自分の頭がたった今ピニャータめいて粉砕したことを知る余裕もなく絶命した。

あまりにも突然の形勢逆転にバンパイアたちの動きが止まる。

しかし、マイキーたちは、バンパイアたち以上の、第2の衝撃を受けることとなった。

バンパイアたちの死骸の真ん中に、腕を構え、腰を落としたファイティングポーズで、油断ならない視線を周囲に向けているのは、バスター先生だった。マイキーたちの担任教師であり、生徒に対する興味の薄さで有名だったバスター先生が、たったひとり、素手で、大量の戦闘狂バンパイア軍団の中心で、大立ち回りを演じてみせたのだ。

「間に合ったみたいだね!」

バスター先生の背後から、まるまると太ったハエが飛び込んできて、混乱したマイキーたちの頭上を飛び回りながらまくし立て始めた。

「ひいおばあちゃん!?」

そのハエこそは、マイキーのひいおばあちゃんのドローレスだ。

「久しぶりだったから、いうことを聞かせるのに手間取っちまったよ。なにせこっちは随分と見た目が変わっちまったからねえ

!」

「いったい、どういうことなの?どうして、バスター先生が……」

「先生?まだ気づいてなかったのかい?前に話したじゃないか!わたしのゴーレムがまだ学校に残ってるって!」

「ちょっと待ってよ!じゃあ、バスター先生は、ゴーレムだったていうの!?」

「そうだよ!"バトルゴーレム"バンパイア・バスター!それがこいつの名前さ!わたしたちがまだこの学校に通ってたころに、わたしを守るためにって、ジョージが作ってくれたのさ!」

「懐かしいな!まだ動いていたとは!さすがは、おれのゴーレムだ」

ジョージは嬉しそうに笑い声をあげた。

「よおし、バンパイア・バスター!おれたちを屋上まで導いてくれ!」

「オオオオオオオ!!」

バスター先生…… "バトルゴーレム"バンパイア・バスターが雄叫びを上げ、固まったままの手近なバンパイアをひとり掴み上げ、雑巾絞りの要量で、軽々と首をねじ切って見せた。

残りのバンパイアたちが、ハッと我に返り、悲鳴を上げて逃げ惑い始めた。

バトルゴーレムは、そのまま廊下へでて走り始める。

「行くぞ!全員あとに続け!」

ジョージの号令で、他のみんなも廊下に出て、バトルゴーレムの後を追った。

バトルゴーレムの通ったあとの廊下には、もはやバンパイアはいない。あるのはめちゃくちゃになった肉塊だけだ。

「ハハ!バンパイア・ミートの大売り出しだな!」

ジョージはバトルゴーレムのすぐあとを走り、次々とグラインドされていくバンパイアの体液やら肉片やらを全身に浴びながら、興奮した声で笑った。

ほとんどのバンパイアたちは、迫りくる狂気の完全殺戮兵器に恐れおののき逃げ惑っていたが、勇敢なのか無謀なのか、数人のバンパイアは凄まじい雄叫びを上げながら立ち向かってきた。

巨大なハンマーを持ったひとりのバンパイアが、バトルゴーレムに飛びかかる!

フルスイングのハンマーは、バトルゴーレムの顔面をジャストミートし、その頭部が720°回転し、ネジ切れて吹き飛んだ!

しかし、バトルゴーレムはそんなことは露ほどにも気にかけず、そのまま、ハンマーバンパイアに突撃、ハンマーをバンパイアの腕ごと引きちぎって奪い取ると、フルスイング!バンパイアの顔面をジャストミートし、その頭部が720°回転し、ネジ切れて吹き飛んだ!

バトルゴーレムの首の断面は千切れた消しゴムの断面のようになっていて、血などは一滴どころか滲みすらしていなかった。

彼はゴーレム。粘土で創られた、文字通り血も涙もない人型殺戮兵器なのだ!

「屋上だ!」

マイキーが声を上げる。

首無しのバトルゴーレムは、屋上の扉を突き破った。

ついに、たどり着いたのだ。運命の地、すべての始まりにして終わりの地、屋上!!

満員電車めいてすし詰めのバンパイアたちが、一斉に彼らに視線を向ける。

「ようこそ、待っていたよ、みんな」

その声は病院でマイキーたちが聞いたあの声だ。バンパイアたちがサッとはけて、声の主が、"彼"が歩み寄ってきた。

「そんな……どうして、あなたが……」

ミザリーは震える声で"彼"の名を呼んだ。

「ロスター……!」

「ミザリー、見てて。今のぼくはジャックよりも、いや、この地球上の誰よりも素晴らしい力を持っているんだ」

「いい度胸だ!かかってきやがれ!」

ジャックがハデスクローを振り回しながら、ロスターに突っ込んでいったが、ロスターが軽く手をかざすと、ハデスクローはそこに見えない壁があるかのように弾き返され、ジャックは反動で倒れ、尻餅をついた。

「ジャック、きみは後でたっぷりとひどい目に合わせたあと殺してあげる。いまは、おとなしく、このショーを楽しむといい」

「ショーだと?自分が何をしているのかわかっているのか!地球が滅ぶんだぞ!」

ジョージが叫んだ。しかし、ロスターは表情ひとつ変えなかった。口元に薄ら笑いを浮かべて固まったまま。まるで仮面のようだった。

「違うよ、作り直すんだ!このクソッタレな世の中をいちから作り直すのさ!ぼくのこの力を使ってね!」

「おまえじゃあ、話にならん!バンパイアキングはどこだ?あいつもいるはずだろう」

「呼んだかね?」

ロスターの背後から、巨体が悠々とした足取りで歩み寄ってきた。頭に王冠をのせ、丸々と太った体にマントを纏っている。そのマントはラメの入った紫色で、クリスマスツリーの飾りのような銀色のファーが付いていた。

「おまえがキングか!」

「そうとも。愚かなる人間ども」

「今すぐ儀式をやめろ!」

マイキーが言った。その声にキングが振り向く。その目はマイキーを見ていなかった。彼の背後に立つバニラを見つめていたのだ。

「おお!バニラ!人間にさらわれてさぞ怖かっただろう!さあ、おいで、アクモ城へ帰ろう」

バンパイアキングは先程までの威厳を失い、まるで赤ん坊の相手をするかのような猫なで声で言った。彼の視界にはもはや人間もバンパイアも写ってはいなかった。

バンパイアキングはそのまま身構えることもなく手を広げ、一歩前に歩み出たが、同時にバニラは一歩下がった。

「やだ!帰りたくない!」

バニラが叫ぶ。キングは豆鉄砲を食らったかのようにギクリとして立ち止まった。

「な、なにを……」

キングはわなわなと震える声で絞り出すように言うと、よろけるように一歩踏み出した。

バニラはマイキーの背後に隠れ、トライデンタルを構えてキングを睨みつける。

「そうか……、人間どもに何かされたんだな?魔法でデタラメなことを言わされているに違いない、きっと魔道書を使って……」

キングの目は困惑に泳ぎ、カラカラに乾ききったその声は誰かに向けられたものというよりも、自分に言い聞かせているように聞こえた。

「違う!マイキーたちは何もしてない!」

「じゃあ、なぜ!?」

「パパは、ばにらをお城に閉じ込めてばっかり!もうパパやママの言いなりになるのはいやなの!」

キングはまたも狼狽え、ふらふらと力なく後ずさり、倒れそうになった。近くにいた数人のバンパイアが慌てて駆け寄り、その巨体を支えた。ひとりは悲惨にもザブトンにされ、モゴモゴとくぐもった悲鳴をあげていたが、キングの耳には届いてはいなかった。

「バニラ」

バニラに優しく声をかけたのは、エイプリルだった。

一足先に屋上へ来てから、マイキーたちがたどり着くまでの間、バンパイアたちに拘束されていたが、バンパイアキングの一連の騒動によって起きた混乱のすきにシードルとともに拘束を脱していたのだ。

しかし、もはや彼女たちに注意を払っているものなどはいなかった。バンパイアたちの視線は、いや、屋上にいるすべてのものの視線がキングとプリンセスのふたりへと向けられていたのだ。

バニラは何も言わず、エイプリルの方へ視線を移した。

「研修旅行のこと、覚えてるでしょ?わたしたち、日本まで行ったのよね。大変だったけど、なんとか家に帰って来れたときに、わたしのパパとママはすごく心配して待ってたの。普段はうるさくてあんまり好きじゃないけど、ちょっとだけ嬉しかった」

エイプリルはすこし恥ずかしげに笑ってみせた。

「お家に帰ってあげたら?」

バニラは少しの間、エイプリルの目をじっと見つめていた。それから、マイキーの方へと。

マイキーはゆっくりと振り返ると、バニラと向き合った。一度視線をそらし、少し間を開けて、今度はしっかりとバニラの目をのぞき込んで、頷いてみせた。

「また会えるよ」

「ゼッタイ?」

「うん、ゼッタイ」

バニラは、マイキーの返事を聴くといつものニコニコ笑いを浮かべて、元気よく頷くと、キングの元へ駆け寄って手を差し伸べた。

「パパ!ばにら、帰る!」

「おお!バニラ!!バニラああ!」

キングは勢い良く起き上がるとバニラに抱きついておいおいと泣き出した。

マイキーとエイプリルはお互いに顔を見合わせて笑った。

「バンパイアキング……」

ジョージが声をかけた。しかし、彼が続きを話すよりも早くキングはびしっと立ち上がり、腕でごしごしと涙を拭き、ジョージの前に立った。その姿はすっかりと王の威厳を取り戻していた。

「安心せよ。バニラが無事に帰ってくれば、それでいいのだ」

「それじゃあ……」

「ああ、儀式は取り止めだ」

そう言うなり、バンパイアキングはくるりと踵を返し、両手を広げ、バンパイアたちに向かって声を張り上げた。

「皆のもの!!儀式は中止だ!!」

バンパイアたちが静まり返る。

キングは、横に立っているバニラを片手でひょいと抱き上げると、さらに声を張り上げて叫んだ。

「プリンセスが帰ってきた!!」

「「「ウオオオオオ!!!!」」」

バンパイアたちが一斉に歓声を上げる!拳を空に突き上げ、口々に祝いの言葉を叫び、そばにいるものと抱き合った!

「「「プリンセス、バンザーイ!!」」」

「「「キング、バンザーイ!!」」」

「バンザーイ!!!」

「バンザーイ!!!」

「バンザーイ!!!」

地響きのような轟音!!

足元がグラグラと揺れるような…… いや!揺れている!

バンパイアたちは思わず静まり返り、ざわざわと話す声だけになったが、屋上はグラグラと揺れ続けていた。

「な、なんだ!?何が起こっている!?」

バンパイアキングは、バニラを守るように覆いかぶさりながら、あたりを見回した。

「ハハハハハ!!!」

狂ったように笑い声を上げたのはロスターだ。なんと、彼は宙に浮かんでいた!

全身に黄金のエクトプラズムを纏い、まるでワイヤーに吊られているかのように、ふわふわと空中を漂っているのだ。

「儀式は続行だァッ!!」

「やめろーー!!」

ジョージが叫び、宙に手を伸ばした。その手も、声も、ロスターには届かなかった。

ロスターはさらに高く浮かび上がると、両腕をばっと広げた。伸ばした腕の先から黄金のエクトプラズムが火花を飛ばしながら迸り、あたりを眩しい光で包み込んだ。

マイキーはかざした腕の下から薄目を開けてその様子を覗き込んだ。

ロスターの背後で、真っ白に染まった空が裂けてゆく。

次の瞬間、バーン!!!という凄まじい轟音とともに地面が揺れ、マイキーはよろけて地面に手をついた。次に顔を上げ、空を見た時、そこは夜空のように真っ黒に染まっていた。唯一夜空と違うのは、星も月もない、完全な闇だということだ。

「ヘルズゲートが開く……!!」

キングが空を見上げながら言った。

寿司詰めのバンパイアたちが次々と消えてゆく。我先にとドラキュランドへ帰っていくのだ。

「キング!逃げるのか!」

マイキーが言った。

「もう地球は終わりだ」

キングは空を見て、それから、バニラを見た。

「いや、終わりじゃない!」

ジョージがキングに向かって叫んだ。それから振り返り、屋上に集まった仲間たちの方へ向き直った。

「あの本には魔法を打ち消す方法が書かれていた。強力な魔力の爆発によって、魔法を対消滅させるのだ。ベネディクトミドルスクールの魔力を使えば、ロスターを止めることができる!」

「やめろ!そんなことをすれば無駄に命を失うだけだ」

ジョージの背後からキングが叫んだ。

「おまえたちだけなら一緒にドラキュランドに移動することができる」

「地球を諦めろって言うのか!?」

「おっさん、おれがやってやるよ」

「ジャック!?」

そう言って、前に進み出たのはジャック・ジャッカルランドだった。

「マイキーにばっか、いいカッコさせてられねえからな!」

「この魔法は命の危険がある。それでも、やるか?」

ジョージが聞くと、ジャックはいつものニヤニヤ笑いで応えた。

「もちろん」

「いいだろう」

ジョージは頷くと、ポケットから缶を取り出してジャックに手渡した。それは、学校へ向かう途中に買ったドクターペッパーだ。

「魔法と言っても簡単だ。聖水(魔術師界隈では聖水といえばドクペを指している)を飲んで、やつに飛びかかればいい。あとは聖水と学校の魔力がロスターの魔法とぶつかりあい、消滅を起こす」

「任せとけ」

ジャックはそう言うと、ドクペを受け取ろうと手を伸ばした。

「おい、なにするんだよ!」

ジャックは怒りの表情を浮かべて振り返った。そこにいたのはライル・ラップキャストだ。彼女はジョージから横取りしたドクペを顔の横に掲げてみせた。

「わたしが行くわ」

「なんだと!?ふざけるな!」

「いったいどういうわけなんだ」

ジョージも困惑した様子で言った。

「あんたを死なせる訳にはいかないのよ」

「おれさまが死ぬ?バカなことを言うな!あんなへなちょこ野郎、一発でケリつけて戻ってきてやる、死ぬわけないだろ」

「いいえ、死ぬわ。絶対にね」

ライルの言い方はハッタリではなく、真剣だった。思わずジャックも黙り込む。それを見ると、ライルは満足げに微笑んで、その場の全員を見回した。

「じゃあね、また会いましょう」

ライルはそれだけ言うと、ドクペを一気に飲み干し、助走をつけてロスター目掛けて屋上から飛び出した。

「マイキー!!本!!」

ミザリーがそう叫ぶのが聴こえたかと思うと、次の瞬間には校舎が崩れるかというほどの凄まじい揺れとともに、あたりが轟音と光に包まれ、同時に意識は闇に吸い込まれていった。



いつも通りに学校へ行き、いつも通りに授業を受ける。家に帰れば家族がいて、夜になったら部屋で眠る。

そんな、当たり前の日常が、今のマイキーにとっては、非日常的なことに思えた。


あの日屋上で気を失い、次にマイキーが目覚めたとき、屋上にはキングとバニラ、それとシードル以外のバンパイアは一人も残っていなかった。

ふたりはまだ、地面に倒れたままでバニラはキングのマントの下にすっぽりと隠れていた。

マイキーが、痛む頭を抱えながら体を起こすと、すぐそばでジョージがちょうど同じように地面に手をついて起き上がろうとしているのが目に入った。

別の場所では、ミザリーがエイプリルを助けお越していて、そこから少し離れたところで、未だ気を失ったままのジャックとブランドが倒れているのを、シードルが起こそうと奮闘していた。

「何がどうなったの?」

マイキーはミザリーに言った。

「みんな気を失っちゃってたみたい」

「見ろ!」

ジョージがはっとして声を上げた。マイキーとミザリーは彼の方を振り返った。ジョージは空を指差していた。

そこには影ひとつない青空が広がっていた。

「ゲートが閉じている!魔法が成功したのか!」

いつの間にか気を取り戻していたキングが驚愕した様子で声を上げた。そのそばではバニラがぽかんと口を開けて空を見上げていた。

束の間、その場にいた全員が(依然として気を失ったままのジャックとブランドを除く)そうして、ぼんやりと空を眺めていたが、突然うめき声が聞こえたことによって、我に返り、声の方向へ一斉に目を移した。

うめき声を上げたのはロスターだった。彼は地面に手をついて、うつむいたままなにやらぶつぶつとつぶやいていたが、やがてベチャっと潰れるように、地面に倒れてしまった。

「ロスター!」

ミザリーが、地面にのびたロスターの元へ駆け寄った。

「ミザリー……」

ロスターは、少しだけ顔を上げてミザリーを見ると、またがっくりと地面に顔を押し付けた。

「ぼくって、ほんと情けないよ…… 結局何もできなかった…… ほんとにダメなやつ、これじゃあ、誰もぼくのこと好きになってくれないよ……」

「ロスター、強い力を持ってるからってみんなから好きになってもらえるわけじゃないんだよ」

ミザリーはロスターのそばに座って、話しかけた。

「わたしはただハッキリして欲しかっただけ」

ロスターはそう言われると、よろよろとゾンビのように起き上がり、そのまま何も言わずに校舎の中へ続く扉の方に行ってしまった。

「はあ、"ほんとにダメなやつ"ね」

ミザリーは扉の向こうへと消えていく後ろ姿を見て呆れてつぶやき、肩をすくめた。

ジョージは、そんなふたりのやりとりを他所に、懐から取り出した"本"の、何も書かれていない革張りの表紙を、ぼんやりと眺めていた。

「これで大いなる禍は防げたのか……」

そう呟くと、はっとして顔を上げた。

「ライルは!」

「そうだ!ライル!」

ミザリーはジョージの声が"よーい、ドン!"の合図であるかのように勢い良く走り出すと、屋上のヘリまで駆けていって、壊れたフェンスの隙間から下をのぞき込んだ。

「ライルー!!おーーい!!」

ミザリーは、そこから大声で呼びかけた。その声が校舎に反響し、木霊する。

「おーーい!!」

「おーーい!!ミザリー!!」

木霊が、ミザリーの名を呼んだ。いや、木霊ではない。それはライルの声だった。

マイキーとジョージも立ち上がり、ミザリーのそばまで駆けていった。

屋上から見下ろすと、ライルはグチャグチャに潰れたブガッティ・ヴェイロン(校長先生の2台目のヴェイロン、1台目をカルロスが以前に破壊したあとにやってきたもの)の上に座って、手を降っていた。

「良かった、間に合ったんだね」

マイキーは笑顔を浮かべ、ミザリーに言った。

ミザリーも笑顔で振り返り、ポケットから古びた紙きれを引っ張り出して、マイキーに手渡した。

「これは返しておくわ」

それは以前にミザリーが拾って使った"本"の1ページ、書いたことが現実に起こるあのページだった。

あのとき屋上から飛び降りたカルロスとバニラを救ったように、ライルが飛び出したときに、マイキーに借りて、ライルが助かることを書き込んでいたのだ。

それから、マイキーたちは、屋上出来を失っていた者たちを助け起こし、校舎を出るとライルの元へ向かった。

しかし、無残に潰れたヴェイロンにたどり着いた時には、もうライルの姿はそこにはなかった。

日が暮れるまで、マイキーたちはライルを探したが、ついに彼女が見つかることはなかった。

夕日があたりをオレンジ色に染め上げる中、バンパイアキングはバニラを連れてドラキュランドへ帰っていった。マイキーは、最後にバニラとハグをして、それから、いつかまた会うと約束をした。

ふたりが地球を去り、一瞬にして目の前から消えてしまうと、さっきまでそこにいたのが嘘であるかのような、呆気ない虚しさがマイキーの胸によぎった。

誰もがヘトヘトに疲れ果てていて、それから、どうやって家に帰ったのかも思い出せなかったが、夜が来て、そして、去ると、再び日常が流れ始めた。

ジョージは次の朝にはいなくなっていた。自分がもともといた時代へと帰ったのだ。

そして、数日もすると旅行に行っていた両親が帰ってきた。家の中はすっかり元通りになった。少し変わったことと言えば、ブランドが以前のようにマイキーをからかうことはなくなったということだろう。

一方学校は、全て元通りとはいかなかった。バンパイアたちとの戦いでただの土の塊に還ってしまったバスター先生の代わりに、グリーン先生がマイキーたちの担任を務めることになった。図書館にはライルの代わりの司書が来た。

ジャックの腕は相変わらずだったが、彼がマイキーに突っかかってくることはすっかりなくなっていた。

ロスターは今まで通り学校に来ていた。屋上での出来事などまるでなかったかのように、いてもいなくても変わらないような地味で目立たないロスター・ノーウェアにすっかり戻ってしまっていた。


そんなある日の放課後、マイキーはミザリーと一緒に図書館へ来ていた。

ふたりが保健室で会ったあの日、ミザリーから借りたあの本の最終巻を読み終わったマイキーは、その本のことでミザリーに聞きたいことがあったのだ。

マイキーはミザリーに見えるように開いた本のページを指差してみせた。

「聞きたいっていうのは、ここがよくわからなくて…… この名前の仕掛けを解くと正体がわかるって、あるんだけど、その仕掛けがわからないんだ」

「ああ、これね。アナグラムよ」

「アナグラム?」

「名前の文字を並び替えて、別の名前を作る暗号よ」

そう言うと、ミザリーは紙に名前を書いてから、その文字をバラバラに並び替えて別の名前に変えてみせた。

それから、ミザリーは本の感想を語り始めたが、マイキーは上の空で、一言も聴いてはいなかった。突然、「ありがとう!」とだけ、言うと立ち上がり、開いた本もそのままに図書館の外へ出た。

学校の前は下校する生徒たちでごった返していたが、マイキーはその中に目当ての人物をすぐに見つけることができた。

以前のマイキーの学校生活は、いかにして"彼"の気配を察知して、避けることで成り立っていたのだ。その巨大なハデスクローがなくとも、すぐに見つけ出すことができる。

「ジャック!!」

腕組みをして、校門の柱に寄りかかっていたジャックは顔を上げた。

「なんだ、マイキー?久しぶりにぶん殴られたくなったのか?」

「あの人の正体を知りたくない?」

以前なら、ジャックに自分から話しかけに行くなど、手首を切って、首に縄をかけ高速道路のどまんなかにバンジージャンプするような完全な自殺行為だったが、バンパイアたちとのバイオレンスデイズを乗り切った今のマイキーには、道に落ちた枝を跨ぐよりも容易いことだった。

「あの人?」

ジャックはそのまま聞いて返した。

「ライルだよ、全部わかったんだ。アナグラムだよ!」

マイキーは、困惑したジャックを他所に、半ば一方的に話し始めた。



アナグラム、名前の文字を入れ替えて別の名前を作る暗号。

そして、ライルの名前を並び替える……


ライル・ラップキャスト

"Lile Rapcast"


"April Castle"

エイプリル・キャッスル


ライルの正体はエイプリルだったのだ。

しかし、それでは、エイプリルがふたりいることになってしまうし、エイプリルは、ライルのことを知らないようだった。

しかし、それもあり得ないことではないのだ。

生きたジョージ・マックイーンが、自分が埋葬された墓を見ることができたように。

そう、彼女も未来からタイムスリップしてきた人間だったのだ。


でも、何のために?


その答えこそがジャック・ジャッカルランドだったのだ。

それまで、一歩引いたところで見守るようにしてきたライルが、屋上でジャックが魔法を打ち消す役に立候補したときに、無理に割り込んででも止めたのは、ジャックを救うためだったからに違いない。

ライルには、ジャックがあそこで死ぬと断言するだけの裏付けがあったのだ。実際に、彼が死ぬところを目の当たりにしていたのだから。



「……なんだと?おれが魔法を使ってたって死ななかったんじゃねえのか?ライルは結局助かったじゃねえか!」

ジャックは、マイキーの話を遮って怒鳴った。

「あれはミザリーが本の魔法を使ったからだよ。ジャックが飛び込んでたら、わざわざ助けたと思う?」

これには思わずジャックも黙り込んでしまった。

「でも、なんでエイプリルがそこまでしておれを助けようとしたんだ?」

「それは……」

それは、マイキーにもわかっていなかった。思わず言葉に詰まりかけたその時。

「ジャック」

ジャックは振り返る。彼を呼んだのはエイプリルだった。

「ちょっと、来てほしいの。ちょっとだけ」

マイキーは、慌ててその場を離れた。ジャックはそんなマイキーの後ろ姿とエイプリルを混乱した様子で交互に見て、戸惑いの表情を浮かべながらエイプリルのあとについて校舎の中へ向かっていった。

マイキーは、気づかれないように後をつけたが、ふたりが屋上へ入っていたところで引き返すことにした。これ以上、見なくても、答えはわかっていたからだ。

屋上へたどり着くとジャックはすこし居心地悪そうに、フェンスのそばに立って下校する生徒たちが行き来する道路を見下ろしていたが、エイプリルに声をかけられ、ぎこちなく振り返った。

「ジャック、わたし、ジャックのことが……」



マイキーは、家に帰るとベッドに寝っ転がって、ぼーっとしていた。特にやることもなく、かと言って何かが起こるわけでもない。

マイキーは、気がつくと、無意識のうちに屋根裏部屋へと足を運んでいた。

ジョージがトライデンタルで破壊した床に板を打ち付けて修理したことを除けば、ほとんどあの頃と変わらない部屋だった。

脚がなくなったベッドを見て思わず微笑むが、胸に浮かぶのは喜びではなく寂しさだった。

「マイキー!!」

突然、声をかけられ振り返ると、屋根裏へ行くためのハシゴの下に、ブランドが立っていた。

「そんなとこで何やってんだ?」

「別に」

マイキーはぶっきらぼうに応えた。

「あっそ、なんでもいいけど降りてきてくれ、外に客が来てる」

「だれ?」

「知らない。なんだか怪しいヤツだったけど、追っ払ってこようか?」

「その必要はない!」

マイキーの背後でガラスが砕け散る音がして、振り返ると、そこに"怪しいヤツ"が立っていた。

「ドーモ、マイキー=サン、貴士弐意生です」

「アイエエエ!ニンジャ!ニンジャナンデ!?」

ブランドは悲鳴を上げると危うく転びそうになりながらドタバタとマイキーの部屋を出ていった。。

「貴士弐意生!生きてたの!?」

「バンパイア忍者はあの程度では死なん。それに、わたしはキサマとおしゃべりをしに来たのではない。伝言を渡しに来たのだ」

そう言うと、貴士弐意生は懐からオリガミが結ばれた矢を取り出し、マイキー目掛けて投げた。矢はマイキーの耳をかすめ、背後の壁に突き刺さった。

マイキーが壁に刺さった矢に視線を向け、また振り返ると、すでに貴士弐意生はいなくなっていた。

マイキーは再び矢に向き直り、恐る恐る手を伸ばすと、折り紙を解き、開いた。



マイキーはカーテンを締め切った薄暗い屋根裏部屋にいる。目の前には円を描くように並べられた蝋燭と、その中心に置かれたファミチキ。


貴士弐意生が持ってきたオリガミは、バンパイアキングからの手紙であり、そこには、"彼女"の自由な外出を許可するとあり、召喚の呪文が書かれていた。


マイキーは、手元のオリガミに目を落とし、呪文をブツブツと唱え始めた。

「汝、そなたを召喚せしもの!ここに生け贄を捧げん!」

呪文を唱え終えると同時に、ナイフを生け贄(ファミチキ)に突き立てた!




「いでよ! バンパイアプリンセス!!」




『ファンタスチック・バンパイア』

fin

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ファンタスチック・バンパイア スパイ03 @1supai03

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